第6話

「……ここに泊まるのは諦めましょう」

「これからどうするよ」


 コウは指先についた埃を吹き飛ばし、私と同じように咽た。


「とりあえず王都教区に行って馬車を預けましょう。あとは成るようになる、はず」

「アールを見つけられたら宿も見つかって飯にもありつけるか」


 顔には出ていないけれど、コウはどうやら空腹に耐えがたい状態みたいだ。


「そういうこと」


 見つからなかった時は泣きを見る事になりそうだけど。

 



 王都の西側……通称、王都教区にはフルラ教の教会や、関連施設がが大小立ち並んでいる。その中でも私の正面に聳え立つ、エカーバク大聖堂は王都で最も古く、最も巨大な教会だ。優美で荘厳な外観は長く眺めていたいほど芸術性が高く、壁面に並ぶ天使の像は1体1体が今にも動き出しそうなくらい精巧に造られている。聖堂の内部には煌びやかなステンドグラスや女神の姿を描いた天井画を見ることができるはず。はず、というのはあと一歩という所で神官見習いの若い青年に止められたからだ。


「だぁかぁらぁ! 私たちはアカルエ・チェルスターの友人で、彼を訪ねに来たんだって何度言えば分かるの!」

「ですから約束の無い方をお通しする訳には」


 さっきから身分を明かしても、何度アールの友人だと説得しても押し問答で全く話が進まない。それもこれもこの頭の固い彼とこんなヤツに客対応させているアールが悪い。


「落ち着けって、アイツも今じゃ王都の上級神官なんだから簡単に会えないのはしょうがねぇだろ」


 コウが私の後ろで壁面の天使像を眺めながら悠長に口を挟む。

「そんな悠長に構えていていいのかしら? このままアールに会えなければ今晩は野宿よ」

「おいおい街中なのに野宿? 宿屋に入ればいいだろ」

「もう決めたから」


 私はコウの批難を適当に流し、私は再び青年に詰め寄る。


「ということなんだけど、貴方は私たちに野宿させるつもりなの?」

「しかし、規則は規則なので、申し訳ございませんが後日また……」

「規則! 私の友誼よりも規則が大事なの⁉」


 私は大げさに驚き、さらに周りに聞こえるように声を張り上げる。


「おい、あまり彼を困らせるな」


 コウの制止に構う事なく私は周囲に響き渡るくらいの声量で御託を並べる。


「私たちはねエ、ただ昔からの友人に会いに来ただけなの。それなのに、それなのに貴方ときたらっ」

「そうでスよ、ルエル。あまり見習いを困らせないでください。彼も悪気があってアナタ達を止めている訳ではないのでスから」


 白熱しかけていると私の背後から聞きなれた声が止めに入る。


「アールまで!? 私はね、こういう四角四面なヤツが大っ嫌いなのよっ――って、アールじゃないの! 久しぶり!」


 振り向くと以前と変わらない優しい微笑みを讃えてアールが立っていた。私は嬉しさのあまり真っ先に彼に抱きついた。


「おおっと久しぶりでス。ルエルも、コウも」


 アールは私を驚きながらもバランスを崩すことなく受け止める。


「ホント、久しぶり。元気にしてた?」

「ええ、お陰さまで」


 アールは相も変わらない温和な微笑みを私たちに向ける。


「久しぶりって、手紙のやり取りはしていただろ」


 コウは冷ややかにいつもの調子で再会に水を差す。コウってばいつも一言多いのよね。


「こんな所で立ち話もなんでスし、中で食事でもどうでス?」

「いいの?」

「はい。差支えなければ、でスが」


 私は待ってましたと言わんばかりにアールの手を握り締める。


「断るわけないじゃない。コウもいいよね、ね?」

「俺には拒否権はないのだろう?」


 コウはやれやれと肩を竦めた。


「よくわかってるじゃないの」

「お二人は、相変わらずでスね」


 アールはそのやり取りに目尻を下げながら私たちを聖堂へと招き入れた。


「その前に……そこのアンタ!」


 私はさっきまで死闘を繰り広げていた青年に私はびしりと指先を突きつけた。


「は、はい!」

「私の言っていた事は本当だったでしょう」

「す、すみませんでした!」


 青年は私の指摘に萎縮したのか、はたまた突如現れたアールに恐縮してしまったのか背筋を正したまま固まってしまった。


「ルエル、あまり私の可愛い弟子を苛めないでくだサい」


 アールはそんな光景を苦笑しながら眺めていた。

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