第4話
マレティアに着いた俺たちを待っていたのは手厚い歓迎ではなく、厳戒態勢下での対応であった。運がいいのか悪いのか、手負いの御者のお陰でほぼ素通りで入城することが出来たのだが、城壁の内部では多くの人間が陰鬱とした雰囲気で生活していた。
マレティアは宿場町というのには少々大規模な街だった。四方を頑強な城壁で守られ、街の裏手には大きな湖がある。遠くから見ると湖上都市そのものだ。街の至る所に水路が張り巡らされ、城壁の上からは湖面に映る青空や水平線に沈む夕日を眺めることが出来、観光地として有名だ。尤も、戦時下である今ではその城壁から風景を臨む事は叶わないのだが。
話を聞くと、数日前から東の部族と西の部族の衝突が激化し、戦争状態へと移行したらしい。どちらの陣営にも加担していないマレティアは、持ち前の城壁の厚さとたまたま王国の騎士団が駐屯していたこともあり、このまま戦争終結まで中立地帯として旅人の避難所になっていた。
「あーもう! あとチョットだって言うのに、いつまでここに居ればいいのよ!」
マレティアの中でも3番目に大きな宿屋の食堂で、ルエルは退屈そうに机を叩く。
「落ち着け」
「コウってばどうしてそんなに冷静なの」
ルエルは頬を膨らませて両手で一際大きく机を叩いた。俺は仕方なく、読みかけの文庫本に栞を挟んだ。
「聞いたところに依ると、数日後には両陣営の停戦を以って終結するみたいだし、騒ぐだけ無駄だ」
そもそも両陣営共に国家規模の軍事力を有していたわけではないので、戦争の終結も早い。痛み分けでまた停戦状態のままずぶずぶと均衡を保ち続けるのだろう。
「数日後! あと数日もカンヅメ状態!」
そんなに退屈ならば、と言いかけたところで宿屋の扉から来客を報せるベルが鳴る。
身を屈め、入ってきたのは背丈が異様に高い温和そうな男性だった。3メートル近い身長に、威圧感を漂わせる金の刺繍がなされた黒い神官服を着ている。背中には身の丈と同じ長さの白い包みを背負っていた。
「スみません、一部屋あいてまスか?」
男性は変な訛りでカウンターで暇そうにしている店主に聞いた。宿の主人は男性の巨大さに若干気圧されながらも、友好的に対応する。
「すまねえな兄ちゃん、空き部屋はねえんだわ」
「……紛争の影響ですか」
「ここは中立地帯だからな。どこらかしこも今は一杯だと思うぜ」
「んー。しょうがないですねェ、そこの床をいや、馬小屋を貸して頂けるだけでも嬉しいのでスが……」
男性のほうも依然穏やかな表情のまま食い下がる。
「あの神官服、戦闘神官のものよ」
突然、ルエルが俺に耳打ちする。
「戦闘神官?」
「そう。フルラ教の神官なんだけど、魔獣狩りや異端者狩りとか荒事が専門の下級神官よ。私も教会に居た頃に何度か見てるわ」
「有名なのか?」
「いいえ。知ってるのはそれぞれの教会のトップに近い人物か、私みたいに無駄に修道女生活が長かった人間くらいよ」
「しかし、戦いの専門家でも数の暴力には勝てないか」
魔獣狩りと人間の戦争。同じ戦闘でもやはり勝手が違うのだろう。そう妙に納得していると、ルエルが突然、その神官に向かって声を張り上げた。
「神官さん」
「良ければ私たちの部屋に来ませんか?」
ハぁ? と俺は彼女の言葉に眉を顰める。確かに俺たちは3人部屋を取ってはいるが……。
「いいのでスか?」
男性は恐縮ながらも、といった感じでおずおずと言った。
「いいの、いいの。私たちが二人なのに三人部屋使っちゃってるのにも原因があるし」
「ありがとうございまス」
ルエルは隣で呆れている俺を無視して話をどんどん進めていく。彼女のことだ、たとえ俺が口を挟んでいたとしても、結局は彼を部屋に招き入れる事になっただろう。
「あア、申し遅れました。
アールと名乗った男はニコニコと微笑みを崩さずに握手を求めてくる。
「私はルエル、ルエル・フリージア。こっちはコウ・ヘンドリクス」
「どうも」
俺はルエルの紹介に軽い会釈をする。ルエルは両手でアールの握手に応じている。
「それで、アールさん」
「ハイ?」
ルエルは人当りのよい笑顔のまま目を輝かせながら言った。
「何か、面白いお話はある?」
俺はやはりか、と肩を竦めた。――結局退屈しのぎがしたいだけかよ。
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