第3話

 ■


 俺は最初に会った瞬間トキから、アカルエ=コルベル・チェルスターという男が何かと気に食わなかった。

 ヤツは聖職者らしく説教を垂れることもあれば政治家のように容赦なく冷徹な選択肢をとる。西に侵略者が来ればその頭をご自慢のグレートソードで叩き割り、東に魔獣が現れれば法力を行使しそれを滅す。おおよそ神に仕える身分の人間にはあるまじき血に濡れた道を歩む戦闘神官だった。

 奴と出会ったのは旅の中盤、俺とルエルがマレティアの宿場町で、民族同士の戦争に巻き込まれた時の事だった。



 馬車の振動が背中越しに伝わる。ガタゴトと道の起伏に沿って揺れている。薄目を開けるとすぐ隣でルエルが外の景色を眺めている。右側には鮮やかな緑の林が、左側には長閑な草原が広がっている。空の太陽が初夏というのに相応しいほど燦々としているが、幌がきつい日差しを遮ってくれている。


「うぁ」


 うめき声にもならない声が聴こえたのか、ルエルが俺の顔を見る。


「遅いお目覚めね」


 ルエルはにっこりと口角を上げた。少し目を閉じただけのつもりだったが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。


「遅い……? ちょっとうたた寝してただけだろうが」

「真面目に返さないで。こんなに揺れる馬車の上でぐっすり眠れるアンタが羨ましいの」

「今、何処だ」

「もうすぐマレティアよ」

「そうか」


 俺は形式的な確認を済ませると、もう一眠りする為の体勢に移る。途中で目が醒めてしまったから、まだ眠たいのだ。


「ちょっと! まだ寝たりないの!?」


 ルエルが呆れかえるのとほぼ同時に馬車が急停止する。


「何?」


 ルエルが何が起こったのかを確認しようと幌の外へ出ようとする。


「ルエル、動かない方がいい」


 俺は彼女の肩を掴んで制止させる。

 静かに立ち上がり、御者の後ろから外の様子を伺う。外には、街道のど真ん中で立ち塞がるようにして人間が数名。まだ距離があるので詳しい服装はわからないが、何人かは長槍を携えている。


「どうやら乗車希望ではない感じだな……」


 その呟きが聴こえたのか、御者の男性が、


「お客さん、もしかしたら荒っぽいことになるかもしれないンで、しっかりと掴まっといてくだされ」


 と真剣な面持ちで言った。


「ああ、中に伝えておく」


 御者は俺が後ろに戻るのを確認してからゆっくりと馬車を走らせた。


「何だったの?」

「ヤバイ感じの集団に出くわしてる。しっかりと掴まっておけってさ」

「まあ、盗賊の類いじゃないだけマシかもね。通行料は取られるかもだけれど」


 やれやれと彼女が肩を竦めた瞬間、ヒュンと風切り音がする。


「ッ! グゥッ!」


 御者が馬車の中に転げ落ちる。彼の左肩には矢が深々と刺さっている。意識は失っていないようだが、深手なのは間違いない。


「きゃあ!」

「クソッ」


 狙撃された⁉ 俺は頭を低くし、恐るおそる外の様子を伺う。右手の林から数名が馬車ににじり寄って来ているのが分かる。しかし前方の一団はこちらの様子に全く気付いていないようだ。

 幸いなことに馬は暴れていない。ルエル以上に図太い性格の馬だ。


「おっさん」


 小声で今すぐにでも意識を手放しそうな御者に訊ねる。


「マレティアまではこの道を真っ直ぐ行けば着くのか?」


 御者は無言で上下に頷く。


「ルエル、俺が合図したら御者台に移ってくれ」


 俺は席に置いてある直剣を手に取り、再び馬車の前方へと移る。


「わかった」

「じゃあ、行くぞ」


 俺は剣を両手で持ち、幌に当たらないように振りかぶる。


「え、ちょっと、なんで剣を振り上げて……」


 俺は勢いよく馬の尻に剣を叩きつけた。

 ばちん! 馬が大きく嘶き、首を振り回し暴走する。馬車が上下に跳ね、俺は尻もちをついた。後ろに目をやると馬車を囲んでいた集団が弾き飛ばされて茫然としていた。

 俺はすかさず、御者の服を掴んで馬車から吹き飛ばされないようにする。


「ルエル!」

「わかってるって!」


 俺は叫び、ルエルが御者台に付く。


「そのままヤツらもぶっ飛ばせ!」


 ルエルは手綱を握り締める。馬車は猛スピードのまま、前方に居た武装集団に突っ込む。

 すんでの所で気付いたみたいだが、もう遅い。彼らは道を転がるように俺たちの馬車を避けた。すれ違う時に不自然に馬車の片方だけが跳ねるのを感じる。これは……あとで馬車の車輪を見るのが少し怖いな。


「ルエル、よくやった」


 俺は彼女の肩に手を乗せる。


「もうっ、こういう事をするときはあらかじめ言ってって……」

「よくやってくれた、ありがとう」


 俺がもう一度言うと、彼女は耳を真っ赤に染めてふいと顔を逸らした。

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