面接編 30代は最高です!
「おお!」
現れた人影に私たちは歓声を上げずにはいられなかった。
魔力のうごめきが他とは違う。
現れた人物は、長身で、知性的で、落ち着き払った大人そのものといった風格を有していた。
「本当に異世界に来れるなんて思ってなかったな……」
少し驚いた風にあたりを見回して、それからちょこんと腰掛ける私たちを見て、慌てて彼は姿勢を正した。
履歴書に目を落とす。32歳。超一流大学卒業後、有名大企業の企画部にいきなり配属。その後、海外支社を回って、総務部に転属。この年で課長だ。飛び切り有能な幹部候補生じゃないか。あの無職と同い年とは思えない精悍さだ。
幹部様、と心の中で呼ぶことにした。
「初めまして、本日はよろしくお願いします」
するりと手馴れた様子で握手を求めてきた。慌てて手を差し出すと、大きい掌に包み込まれた。
海外経験の賜物だろうか、と考えて、違うと私は気付いた。
採用云々ではない。むしろ彼は、私たちを品定めしているのだ。個人と企業の上下関係を弁えた上で、彼はともに人生を歩むパートナーとして私たちを見ている。
(これは……もう決定ですね!)
魔術師が目をきらきら輝かせて断言する。
(いえ、まだ早いわ。ちゃんと面接はしましょう)
一見完璧に見えても、どんな地雷が埋まっているか判らない。
「現在のご職業と比較して、異世界はとても大きな業種変更だと思うのですが」
まずは大きな部分に切り込んでいく。どうしてこの異世界というものを選んだのか。わざわざ、今ある地位と給料を捨ててまで。
興味を引かれていた。つまり、彼は面接の最初の一歩を大きく踏み出したことになる。
「はい、大変なのは覚悟しています。ですが世界を回る中で、自分にしか出来ないことがあるということに気付きました。それを形にするには、異世界という環境の中でしかできないことなのです。それは、私が今いる企業ではどうしても叶えられないことなのです」
滔々と彼は夢を語る。いや、夢に留まらない、具体的な方策だ。
(完璧ですね。転職の時、元いた会社をボロクソに言う人がいますがNGです。自分たちのところもボロクソ言われるんじゃないかと思いますからね)
(夢を形にする方法も完璧よ――この人、私たちの世界を調べ上げてる!)
(フットサルという趣味も完璧です! 昔サッカーで国体まで行ってますよこの人!)
完璧だった。文句の付け所も非の打ち所も無い。幹部様は、地位や名誉、栄達や金銭を捨ててまで、世界と人を豊かにするという大きな正義感を持って私たちを見つめてくれている。
こんな優しさ溢れる秀才は、むしろ現実世界では生き辛いのかもしれない。ならば、私たち異世界こそがそれに応えてやらなくてどうする。
「あ、あの、私たちの異世界は、今とても苦しい立場にあるのですが」
私は腹を括った。誠実さを持って対応すべきだろう。魔術師は少し不安げな顔をしていたが、私は包み隠さずこの世界の窮状を訴えた。
もはや軍勢と呼べるほどの集団が存在しないこと。政治は安定しているが、その理由が主だった大臣が国外に逃げ去ってしまっただけだということ。物流は潤沢に保つインフラは完備されているが、その分魔王軍の補給路に使われてしまって進撃スピードがハンパ無いこと。
「ええ、判ってます。その点に関しては、私は――」
その一つ一つに、彼は彼にしか成しえない手法で改善策を述べていく。魔術師がいつの間にか身体を乗り出して、その方策に聞き入っていた。彼女の心をも彼は掴んだらしい。
これを待っていた。こんな人を待っていた。
「最後にひとつだけ、質問を宜しいでしょうか」
本決まり、もうこの場で合格を伝えようかという瞬間、幹部様がちょっと申し訳なさそうに手を上げて言った。
「もし採用が決まった場合、妻と子も連れてきてよろしいでしょうか。単身赴任だけはもうしないと、妻に誓ってしまったもので」
愛妻家なのだろう。幹部様は薬指の指輪を愛おしそうに撫でている。なんて素晴らしい人なんだ――と思う反面、私たちは血相を変えざるを得なかった。
(不味いわね)
(はい、困りました。召喚トラックは一人用です)
30代ともなれば社会人としてひとつの家庭を持つのが当たり前だ。社会的な責任感を持つという意味で履歴書上は歓迎すべき事柄だが、単身赴任の多い会社や、一旦死んでもらわねばならない異世界ではミスマッチの原因になりうる。
(でも、こんな出会いもう無いわよ)
(そうですね……背に腹は帰られません)
家族丸ごと面倒みようと思うなら、その分予算は嵩む。福利厚生だって変える必要があるだろう。
(確かに負担ではあります。ですが、かつて日本の高度成長を支えた企業たちは、社員とその家族もわが社の一員であるという気概を持っていました。どんな時代であっても、部下の忠誠に報いる企業こそが大きな飛躍を遂げることは疑う余地がありません)
度量を見せろ、と魔術師は囁いてきた。ならば、一国を預かる王女として、私は決断を下すべきだろう。
「――ご安心ください。家族全員、連れてきていただいても大丈夫です」
「それは良かった。安心しました。よろしくお願いします」
彼も確かな手ごたえを感じているのだろう。ぱあと顔を輝かせて、私の手を取った。
「合格です、すぐに採用通知をトラックの形でお送りしますね」
「ありがとうございます」
満足げな彼を、魔術師は満面の笑みで送り出した。
「これでこの世界も救われるわね」
「油断はもちろんできませんが……ええ、彼ならきっと」
魔術師も確信を得たように頷いて、そして魔方陣の中へ歩を進めた。
「では姫様、召喚の儀を執り行いましょう――行け、召喚トラック!」
魔方陣が唸り声を上げて、その中に現実世界の光景を映し出した。どこかの交差点、先ほどの幹部様と、細身の奥様と、可愛らしいお子さんが手を繋いで立っている。
これから彼らを召喚トラックと呼ばれる代物で引き潰す。現実世界にとっては悲しい出来事だが、私たちにとっては祝いの儀式だ。
「もう合格だと伝えているし、相手も心の準備は出来ているでしょう」
異世界と現実世界では時間軸が違うから、こうした即応が可能なのだ。採用合否を待つ精神状態はストレスになるから、なるべく早く返事してやるのは企業の勤めだ。
召喚トラックが動き始めた。魔法の力が現実世界に作用して、お子様の持つピンクのボールがするりと手から落ちた。横断歩道の上を転々と跳ね回り、お子様が追いかけていく。両親が叫び声を発して道路に躍り出る。
「よし、そこだ召喚トラック! なるべく苦しまないよう一気にいっちゃって!」
私たちは諸手を上げて快哉を叫ぶ。
――が。
予想した状況に、ならなかった。猛スピードで駆け抜けたトラックの後ろ。そこには五体無事な幹部様の姿があった。幹部様は元国体選手の身体能力を見せ付けて、愛する妻と子を決死の覚悟で抱き寄せるなり、横っ飛びに避けていたのだった。
「……バカな」
魔術師が、驚愕に目を見開いて呻いた。
「内定辞退……だと……」
いつからお前たちが選ぶ立場だと思った――?
家族を大切そうに抱き絞める幹部様の後姿は、そう問いかけているように思えた。
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