内定辞退編 譲れない世界観があります!

「ヤバいです、姫様」

 幹部様の後姿に感じとった嫌な予感は、その後ことごとく私たちを窮地に追い込んできた。

 20代の転職組、新卒の二人に続けざまにトラックを送り込んだが、誰も彼もが華麗なフットワークで避けてしまったのだ。

「これはどういうこと!」

「くっ……。今異世界採用情報サイトを確かめました。私たちのところ以外にも魔王が復活して、どこも勇者の面接を始めています……!」

 そういうことか。

 私たちだけではない。他の異世界だって、自分たちの運命をひっくり返そうと採用を行っているのだ。幹部様や、他に面接まで残った彼らは当然引く手あまただろう。私たちが選ぶ側なのだと誤解していた。

「迂闊でした……。異世界にとって新勇者採用は死活問題。いわば、異世界同士も競争の中にあるんです。条件などを比較されるのは当たり前……!」

 魔術師が歯噛みする。異世界情報サイトを見れば、私たちより待遇のいいキーワードはいくらでもあった。

 チート能力付与、魔法か剣かを選べる特典つき。

 現場第一! 最初から国政に参与していただきます。

 異世界内恋愛奨励。お供の美少女奴隷つけます。

 整形あり。イケメンになれます。というかイケメンとして扱います。

 もし来ていただけるなら、私たち皆ありえないほどバカになります――。

「他の異世界にはプライドがないというの……!」

 自分たちの歴史と文化を全否定してまで勇者を迎える気満々だ。

「新入勇者が気持ちよく働けるよう、どの異世界も必死なんです! 姫様、私たちも何か特典を用意しましょう!」

「嫌よ! 私は自分の異世界を誇りに思ってる! 今よりもっと文明を退化させるなんて――」

「しかしこのままでは! これを……これを見てください!」

 懇願するような口調で、魔術師は情報サイトの特集ページを開いた。

「魔王がいないのに……平和なのに……それでも勇者を求めるというの……」

 ありえないキーワードが連なっていた。

 魔王なし。戦闘なし。衣食住完備。美少女たくさんあり。店舗経営のみ。冒険のみ。国政のみ。アドバイスのみ。

 ――そこに何の意味があるというのか。

「完全に平和。モンスターもさして強くない。でもチート能力を付与して、周りにはそれを誉めそやすだけの部下を配置。こうすることで、現実世界の先駆的な知識をひとつでも多く回収しようとしているのです……」

 そんな異世界に勝てるわけが無い。勇者に確実な名声と栄達を約束できる職場なんて、一般異世界が用意できるはず無いじゃないか。

「姫様……」

 がっくり膝を折った私の肩を、魔術師はいたわるように抱いてきた。

「条件をよくしましょう? 新たに面接をやりなおし、勇者を見つけ出すのです」

 もうそれしかないことくらい、判っていた。幽鬼のように立ち上がり、椅子に腰掛ける。心配そうに見つめてくる魔術師に、私はようやく決断を下した。

「勇者候補たちのニーズを読むわよ」

「……はい!」



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