面接編 やっぱり無職は無職です!

 残った書類は5通。30代一人、20代二人、新卒二人。

 どれもなかなかの学歴に職歴だ。志望動機も立派な大人物を予期させる気配をひしひしと感じさせてくれる。

「では姫様、いよいよ面接ですが」

 机と椅子を用意しながら、魔術師は注意事項を述べはじめた。

「原則として、私が鞭の役目を担当します。飴役は姫様です。朗らかに笑っていてください。おそらく姫様のほうに言葉が集中しますから、そのフィーリングを大切にしてくださいね」

 魔術師がキツい言葉を使って相手に緊張を強いる。私は笑顔で相手に話を促す。

 緊張と緩和、このギャップの中で言葉を出せるかどうかが大事だという。

「服装はこれでいいのかしら」

 魔術師はいつもの通りの黒いローブ。私は皇女らしく、白く豪華なドレスに身を包んでいる。本当なら私たちもスーツであるべきだろう。が、魔術師は「異世界であることを印象付けるために普段どおりで」と強弁してきた。

「でも、自信が無いわね……。一体その人のどこをみればいいのかしら」

「それならちょっと練習してみますか? これを使って――」

 書類選考で落とされた履歴書を拾い上げて、魔術師は呪文を唱え始めた。

 ああ、この人か。32歳、高校中退後無職。

「生身ではなく、あくまで相手の精神体との面接になりますから、画像がブレるのはご容赦ください」

 そんな前おきをして、魔術師は魔方陣からあふれ出した光をひとつに束ねていく。

 やがて光は人の形を模り始めた。少しずつ、最初の面接者が立ち現れていく――。

「ブフォッwww」

 魔術師め。

(あのね、wを使うのは辞めなさい。品が無さ過ぎるわ)

(だってリクスーですよリクスー! 30越えて紺のリクルートスーツ! サイズ合ってないし! ボタン全部留めちゃってるし! 他にないのかな? お母さんから貰ったスーツ代、ゲーム買うのに使っちゃったのかな??)

 机の影に隠れて魔術師は抱腹絶倒している。

 私は流石に表情を変えなかった。王女とはポーカーフェイスで成り立つものなのだ。若干危なかったが、大臣のヅラが飛んでも耐え切れる私の鉄面皮は今回も活躍してくれた。

「よ……よろしくお、ねがいします……」

 小さい声で彼は名前を名乗って、そのままどすんと椅子に腰を下ろしてしまった。スニーカーみたいな革靴が自慢げに輝いていて――くそ、ダメだ私も限界に近い。

 適当に言葉を濁しながら、一通り面接を進めていく。

「ええと、散々嗤っ――いえ、合否は後ほどトラックでお送りしますね」

 最後の言葉を一気に捲くし立てて、即座に魔術師が彼を現世に送り返した。何を話したかは笑いを堪えるので一杯だったから良く覚えていない。

「はー……。後半は痛々しかったですね。一体前世でどんな悪行を繰り返せば、あんなにも哀れな人間が生まれてしまうんでしょうか」

「あなたは爆笑してたじゃない」

「不覚でした。まさか履歴書から立ち上る気配の通りとは……思わず嗤っちゃったんです」

「誤字に気をつけなさい」

「これは失礼しました。――笑っちゃったんです。ともかく、典型的な悪例をご覧になって、どこが重要かは判りましたか?」

「やっぱり服装――トータルコーディネートの第一印象ね。新卒ならともかく、社会人ならリクスーはないわ」

「その通りです。スーツの着こなしは、すなわち社会人としての純度を端的に表すものです。アルマーニを着ろとまでは言いませんが、自分を魅力的に見せる一着は社会人なら持っていて欲しいですね。ちなみに値段はシルエットに出ます」

 黒いローブしか身につけないくせに、意外とファッションに煩いやつだ。

「それから声。怒鳴れというわけじゃないけれど、はきはきとしっかり、こちらと目を合わせて喋る人でないと」

「慧眼です、姫様。堂々とした覇気は声色で表現されますし、本心は瞳――瞳孔に出ます。お気づきになりましたか? 私が少し強い語調になると、とたんに無職の彼、瞳孔が狭くなっていたことを」

 気付かなかった。そんなところを見るのか。

「人はやる気になると瞳孔が開きます。らんらんと輝く目、ですね。ちょっとブラックっぽいこと匂わせて、あの無職みたいに死んだ魚の目のようになったら要注意というわけです」

「言葉遣いや立ち振る舞いなどは、まあ節度を守ってくれれば充分ね」

「最終的に打ち解けた空気にまで持っていけたら、かなり好印象になりますね」

 そういうわけで、いよいよ本番を開始することにした。



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