書類選考編 最後は精読です!

「残ったのは30通ですね。どうします、姫様。このまま面接始めてもいいですけど……」

「出来ればもう一絞りといきたいわね」

 絞り込まれた履歴書は文句のつけようがないものばかりだ。年齢職歴学歴、これだけきちんとしていれば、正直なところ今志望動機を精査する必要すらない。後はフィーリングであり、面接でどんな人物かのほうが大切になる。

 しかし、30人を面接しても採用は一人だけだ。出来れば最後の最後、書類を煮締めておきたかった。落とすというよりは優先度を明らかにしておかなければいけないだろう。

「でしたら、粗探しですね。えーっと、例えばこれなんかは優先度低いですね。この乱筆はちょっと引きます」

「学歴職歴が万全なぶん、もうちょっと丁寧に書いて欲しいところだったわね。修正液を使ったりするのは大きな減点……と、私が思うわけじゃないけれど、履歴書は常に比較されるためにあるというのを忘れて欲しくないわ」

 ぱっと見の乱筆は、やっぱり見栄えが良くない。折角の華麗な経歴もちょっと減じてしまう。

「あなたとしては、こういうのもNG?」

「姫様、私は魔術師――いわば理系人間ですよ? データ化された履歴書に嫌悪感は覚えません。むしろスキルをアピールしていて、好印象です」

「私もよ。まあ、大臣だったら即NGだろうけど」

 年寄りはこういうのも気にする。私の世界は魔法が息づく場所だから、データ化された履歴書でまかり通るけれど、剣戟タイプの古い異世界だとハネられかねないだろう。

「こうなると中々絞れないわね……」

 流石は書類選考突破者たちだ。荒を探そうにもきちんとしている。ネットなり就活本なり説明会なりをきっちり読み込んだに違いない。そうした努力は評価しなくてはいけない。

「でしたら、姫様のフィーリングですね。要は顔です」

「……顔で魔王は倒せないわよ?」

「その通りですけど、なんだかんだ姫様とは上司部下に近い関係になるわけですし。もし全てが円滑に行くなら、姫様は勇者を婿として迎える可能性も……」

 なんと。履歴書と同時に、下手すりゃお見合い写真と釣書でもあったわけか。

「そういうことなら最初に言ってよ。これとこれは駄目ね、鼻が低すぎる――うーん、笑顔は素敵だけどマッチョマンて気持ち悪いのよね。若ハゲは当然NG、肌が汚いのもご遠慮願わなくちゃ。――ってこの髪型! 私ウルフカットって怖そうに見えてダメなのよねぇ」

「……あの、姫様。必ずしもというわけじゃないですから、参考程度でいいです」

 引いたように魔術師がジト目で睨んでくる。

「姫様のお言葉ですけど、顔で魔王は倒せませんから……」

 魔術師の言葉に、私は断固として反対した。

「いいえ。人は見た目が十割よ。それに、あなたもさっきこう言っていたでしょう? 魔王を倒してからが本番なのだと。何をするにしても、勇者は人の上に立つ好人物でなければいけない。仰ぐ御旗として、イケメンであることは必須の要件ともいえるわ」

「そういうものですか」

 とにかく半分くらいを落とすことが出来た。もちろん私だって分別は弁えている。多少不細工でも、学歴と職歴が輝かしければ残しておいてある。最低限の清潔感さえあれば、肩書きと人柄でどうとにでもなるのだ。

 残り15通。これが限度だろうか。

「そうだ、忘れてました。ネットで彼らの名前を検索しましょう」

「――! それは大事ね」

 ツイッターにSNSは、その人の本質を前もって知ることの出来る重要なツールだ。炎上歴は当然NG。アニメアイコンも幼稚な精神性が垣間見えるからNG。政治的な発言や差別発言なども、こちらとしてはリスクが高すぎるからNG。

「多いですね……。人は見られているほうがはっちゃけ易いと聞きますが、こんなにあっぴろげに日記を公開するなんて信じられません」

 特に新卒に、引っかかる人間が続出している。

「大学はどんな指導しているのかしらね」

 不満を爆発させるのはせめて2ちゃんねるとか、まとめサイトの掲示板に限るべきだろう。匿名性は大事だ。

 ともあれ、ネットの強力な共有能力のおかげで一気に7通まで減らすことが出来た。いよいよ面接だ。

「あ、待って下さい。これも追加で」

 飛込みで、魔術師が二通ほど履歴書を紛れ込ませてきた。

 31歳、学歴職歴共に魅力的に映る、達筆な文字の履歴書だった。

「何も変なところないけれど……」

「年の記載が、和暦ではなく西暦になっているんです」

「それが?」

「その書き方、共産党員に多いんです」

「パスね」

 こちらとら未だ封建社会だ。



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