書類選考編 新卒は羨ましいです!

「次は新卒ですね。今回は採用基準が学歴や志望動機になりますから、在学中の人たちも一気に査収してしまいましょう。異世界の利点ですね」

 意外にも数の上ではそう多くない。新卒と在校生の彼らは、方や現世での就活に忙しいし、方や人生最後のモラトリアムを謳歌するのに精一杯なのだろう。異世界に目を向ける暇などそう多くはないということか。

「――って、そういえば志望動機書いてあったわね。相手、こっちの情報持ってるの?」

「流行ってる異世界情報サイトに求人出しましたから」

 そんなものがあるのか。リクルートみたいなヤツだろうか。

「掲載料は値が張りましたけど、その分効果は抜群でした。まあ、ウチはアピールポイントがたくさんありますからね。文化水準ほどほど、感染症なし、魔王あり、未経験者歓迎、研修制度あり、アットホームな異世界です――被召喚者が好みそうなソート基準は満たしていると自負できます」

「あら……? チート能力付与なんてあったかしら」

 記載を見咎めて魔術師に尋ねる。

 私の異世界に来れば、プレイアブルキャラクターにありがちな成長率が高いという多少の補正が効くけれど、基本は自前の肉体と知性で戦ってもらうことになる。

「ノビ代の高さも充分チートですから、嘘にはならないかと。それと一応、ハーレム要素ありとは書いておきました。これのありなしじゃ、人の集まり方が違います」

 ハーレム要素はその人の頑張り次第だ。チャンスはあるよと言うくらいなら、そっちもきっと嘘にはなるまい。

「じゃあ、どうやって足きりするの?」

「まずはぶっちゃけ学校名です。まったく、サイトで学歴フィルター掛けてくれると思ったのに、Fランがうようよ……」

 舌打ちひとつ、魔術師はとりあえずといった風に、良くわからない校名を次々弾き落としていった。

「ちょっとちょっと。人を学歴だけで判断するのは良くないわ。せめて志望動機くらい読んで、判断するべきじゃないかしら」

「姫様はお優しいのですね……」

「その下りはもういいから、さっさと反論を述べなさい」

「あ、はい。ええとですね姫様。仰るとおり、学歴は人の本質を表すものではありえません。おそらく知性ですら、学校名では判断できないでしょう。まして人格などいわんをや、です」

「だったらどうしてFランを弾くの?」

 魔術師は拳を握って力説する。

「私が知りたいのは――努力する力、だからです」

「努力する――力!」

「そうです。勉強なんて、ぶっちゃけ退屈で嫌なものなんです。いくらでも怠けられるし、怠けたからといって死ぬわけではありません。事実、さっき出てきた高校中退30代無職の人もちゃんと生きてます。まあ今後はどうだかわかりませんが」

 この魔術師、無職に恨みでもあるのだろうか。

「そんな退屈な勉強を、いえ嫌で不快で苦労するような事柄全般を、努力で克服できる人材なのかどうか――これが学歴の持つ意味なんです。正直、血の滲むような特訓を積むアスリートたちの根性なんかより、退屈に挑む彼らの努力のほうが価値あるものだとすら私は思います。アスリートたちってつまり、遊びのエリートってだけですから」

「でも、中には勉強が楽しい人とか、努力しなくても良い成績を出す天才もいるんじゃないかしら」

「どのみち、そういう人はFランにはいません」

「なるほど」

 異世界で魔王を倒すなら、努力は必要不可欠だ。嫌だ嫌だがまかり通る世界ではない。特に私は勇者に幾つか人非人の働きもしてもらうつもりだから、与えられた任務を拒絶しない従順さは持っていて欲しい。

 それから私たちは猛然とFラン弾きの作業に移った。

「ねえ、美大芸大音大はどういう扱いになるのかしら?」

「国立でもない限りFランのくくりでいいです。実際、潰しが利かない上にプライドが高いですから、むしろFラン以上に弾いたほうがいいです」

「アニメ学科とか文芸学科とかなんだけど」

「彼らが送るべきは履歴書じゃなくて作品です」

 ほどほどFランを消し去って、いよいよ志望動機に目を移す段階になった。

 じっくり読もうと顔を寄せると、魔術師は冷静な声で止めてきた。

「待って下さい姫様。まだ学歴の精査が終わってません」

「Fランは弾いたわよ?」

「いえ、学部、学科の精査をするべきです。お忘れですか、私たちは異世界の住人です。私たちにとって役に立つ知識を持っているかどうかを見極める必要があります」

 そうだった。魔王を倒すのも仕事のひとつだが、できれば勇者にはその先駆的な知識を生かしていずれは国を動かす立場について欲しい。そのためにはある程度体系だった勉強の経験が必要不可欠だろう。

「どういうのが良いかしらね」

「ウチはまあ、魔王はいてもそこそこ政治は安定してますし、物流もいいですからね。ここらでいっちょ、大きく時代を進められる発明や改革が欲しいですね。理系の基礎学問に強い人が望ましいといえば望ましいです。数学科とかなら即決レベルで最高なんですけど、残念ながらありませんね……」

 異世界に限らず、もっとも潰しが効く学問は数学だろう。一般職なら経済関係に強いし、専門知識を生かせる職種なら世界をリードする学問だ。

「農学部生を誘致して農業革命から人口爆発のコンボを起こすのも手ですね。あんまりバイオバイオしてないところはなお結構。工学部、医学部なんかも、喉から手が出るほど欲しいです」

 魔術師にはいくつかお目当てがあるようだが、そういった知性と好奇心溢れる履歴書はなかなか見つからない。理系よりは文系にどうしても傾いてしまっている。それにしても、まあ良くわからない学部がたくさんあるものだ。いくつか目に付いた学部を読み上げていく。

「総合キャリア学部」

「普通にキャリア積んでください」

「キャリアデザイン学部」

「異世界に行くのをデザインする生徒さんに用はないです」

「シティライフ学部」

「中世異世界でシティ言われても」

「異文化コミュニケーション学部」

「惜しい、異世界なら採用」

「コミュニティ福祉学部」

「平均年齢50ですから出番がないです」

「グローバルメディアスタディーズ学部」

「姫様、真面目にやってください」

「ほんとにあるのよ」

 やはり文系学部は採用の決め手にはならないか。

「これは私の見識が甘かったですかね……。申し訳ありません、姫様。学部判断は諦めましょう」

 魔術師が自分の非を認めて頭を下げる。

「まあ文系は所詮文系ですからね。どうせ遊ぶために学校行ってるのが大半でしょう。知ってるのはナンパの仕方か無茶な酒の飲み方くらいですし、どうせ大したことは学んでません。知識よりも人柄に期待してナンボかと」

「あなた、文系きらいなの?」

「こう見えても、魔術師ってバリバリの理系ですから」

 そういうものなのか。

「志望動機だけれど――」

「学歴で弾いて残ったものは、一度面接に進ませる価値が充分あります。無理に弾かなくてもいいんですが、強いて言うなら――」

 幾つかの履歴書を私の前に回してくる。

「こういうのは駄目ですね」

 なになに。

 ――私は、そちらの世界でなら私の目標が叶うと思い志望しました。私の目標は、これまで学んだ知識を生かし、大きな社会貢献を果たすことです。魔王を討ち果たし、世界に平和を取り戻すことは急務だと考えます。充実した研修制度のもとで、目標達成のためにまい進したいと思います。

 ……なかなかびっちり書き込まれていて、不備があるようには思えないけれど。

「NGワードは、目標達成、社会貢献、研修制度ですね。ぶっちゃけこっちは勇者を育ててる余裕なんてないわけですよ。即戦力が欲しいんですから、大切に育ててくださいみたいな甘い考えで来られちゃ迷惑です」

 侮蔑したように魔術師は履歴書を放り投げる。

「それに、魔王を討ち果たすのは当然の業務です。そんな当たり前のことを堂々と書かれても失笑ものですね。志望動機で知りたいのは、そういう業務を前提とした上で、さらにどんなことがしたいかなんです」

 ふむ、今捨てられた彼はテンプレートどおり過ぎたわけか。確かに個性的な人物という印象は受けなかった。

「まあ、確固たる目的を書きすぎても、じゃあ自分で異世界モノ執筆してりゃいいじゃないってなっちゃうんですけどね」

 そこらへんの見極めは、新卒なら是非学内の就職課に相談して欲しい。

 志望動機を読むのは大変だったが、読んでいる内に、なかなか期待を持てる好人物も多いことがわかった。彼らも書類選考突破だ。合うのが楽しみになってきた。

 一通り精読を終えたあと、卓上にほんの数通だけ残った履歴書を束ねて、私は魔術師に判断を仰いだ。

「この、高卒の新卒はどうするのかしら?」

「私たちが欲しいのはリーダーシップを発揮して人の上に立つ人物です。ブルーカラーは要らないですね」

 言って、魔術師はばっさりと履歴書の束を床に捨てた。



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