第16話 砂漠に風が吹く
「リタ!」
俺は大声で叫ぶ。伝えたいことを全部言葉にしている余裕はない。
「分かっている!」
リタは元々そう考えていたのか、俺の言いたいことを理解してくれたようだ。
目の前には砂嵐のミネヴァ。
迷っている暇はない。
リタが魔法を使う。砂がリタの周りに集まり、巨大な波を形成した。
俺がリタに言いたかったことはこれだ。
倒せない相手と遭遇した場合、俺たちが取れる最良の手段。砂の波による敵への攻撃。
問題を先延ばしにするのだ。何度も先延ばしにして、救助隊と合流するまでの時間を稼ぐ。ミネヴァを倒せないという問題を解決する必要はない。俺たちが生き残るという目的を達成できればいい。
巨大な波が地を揺らす。荒波は流れていき、やがて地面は水平に戻る。
ミネヴァの姿は見えない。
波にそのまま流されたか。
リタが荷物へと手を伸ばす。
「ヴィレ、今のうちに……」
リタがそう喋った瞬間
「ヒヒィーーーン!!」
「なっ!?」
砂嵐のミネヴァが地面に着地した。
なんで気づかなかったのだろうか、砂嵐のミネヴァが風を操って大跳躍をして、砂の波を避けたということに。
ミネヴァは驚いている俺たちに魔法を使う時間を与えない。人間では耐えられないほどの強風が、俺たちを襲った。
風の勢いに負けた俺は共和国の馬車に激突した。剣を全て外に出していなかったら、俺は剣に串刺しにされていただろう。
リタは地面に転がりながらも、即座にミネヴァへと反撃した。砂の紐がミネヴァを締めようと波打つ。
「ブルルッ」
リタを嘲笑うかのように鼻を鳴らしたミネヴァは、数多の風を作り出した。
刃物のように鋭い風が、砂の紐を切り刻んでバラバラにする。
暴風が束になってリタを襲った。
「かはっ!?」
直撃したリタが激しく地面に叩きつけられる。
彼女は地面に寝転がったまま動かなくなった。ミネヴァが気絶したリタへと足を進める。
「やばいっ!」
リタに近づけさせるわけにはいかないため、俺は炎の魔法をミネヴァへ放つ。
ミネヴァはこちらを一瞥することもなく、強風で炎を掻き消した。
「くそっ!」
ミネヴァの歩みを止めることができない。物体浮遊でナイフを投げ飛ばしても、風によって弾かれてしまう。
リタの側に生きたいのに、ミネヴァの風が邪魔をしてきて迂闊に動けない。
「くっ!」
……安全ではないが、確実な手を取るしかないのか。
俺はナイフを操りながら、元々馬車の中にあった、地面に落ちている毛布類を全て浮かす。
その毛布を俺とミネヴァの間で広げて浮かした。毛布の面積はかなりの広範囲だ。これで、俺はミネヴァの姿が見えなくなる。
だが、敵の姿が見えないということは、敵も俺の姿を見えないということ。
ミネヴァは俺の姿が見えないから、風も正確に俺に当てることはできない。
全力でリタの元へ走る。
「ブルゥ」
ミネヴァがかまいたちを闇雲に連発してきた。かまいたちは毛布を切り裂き、地面のあらゆる場所を傷つける。俺の肩をかすったが、俺は足を止めない。リタの元へ滑り込む。
「リタっ!」
彼女の反応はないが、息はしている。
やはり気絶しているようだ。血は彼女の腕から少し出ているくらい。
彼女が生きていることに安心していたら、かまいたちが俺の背中に当たった。
「ぐっ!」
背中から飛び散った俺の血が、地面の砂を汚す。
なんとか倒れないように手を地面につけるが、背中からの痛みで動きが鈍ってしまう。
「ヒヒィーーーン!」
暴風が俺たちを襲った。
俺はリタを横に全力で投げることで、突風からリタを守る。その代わりに、無防備だった俺は、もろに暴風を受けて吹き飛ばされてしまった。
すごい勢いで地面の上を転がり、砂利が口の中に入る。
「ごほっごほっ!」
咳をすれば、口から大量の血が。
肋骨が骨折した時から肺は痛かったが、今はその痛みとは比べものにならないほど痛い。
この痛みでよく気絶しないな、俺。俺が気絶したら、そこで全てが終わってしまう。
俺は血を吐きながらも、何とか立ち上がった。
ミネヴァは意識のある俺をリタよりも厄介だと思ったのか、リタではなく俺の方へ向かってきていた。
都合がいい。リタを攻撃するより俺を攻撃してこい。
俺はナイフを浮遊させる。
風によってナイフは吹き飛ばされてしまう。もし届いてもミネヴァの皮膚は硬い。リタの砂の槍でも傷つけることができなかったから、ナイフでもあまり効果は無いだろう。
だが、一点だけ傷つけることができる場所がある。的は小さいが、物体浮遊なら当てることができるはずだ。
今度は毛布を浮遊させた。
広範囲に展開して、ミネヴァが俺の行動を見ることができないようにする。
「ブルルッ」
またミネヴァがかまいたちを連発してきた。毛布が細かく切り刻まれる。
俺は地面に伏せて、かまいたちが当たる可能性を低くする。
毛布の下からナイフでミネヴァを攻撃したが、風がナイフを拒んだ。
毛布がミネヴァの風で使い物になくなり、砂の上に散らばっていく。
互いが互いの姿を確認する。
ミネヴァは俺を見ていて、上に注意を向けてない。
俺は物体浮遊で上空まで浮かしていたものを下へ加速させる。
浮遊させていたのは、無数の剣。
共和国の馬車から出していた剣を、ミネヴァが毛布によって見えないようにして、上空に移動させていたのだ。かなりの数を浮遊させているので、頭痛が酷い。
ミネヴァは剣に気づいていない。剣をミネヴァへと一直線に加速させる。だが、剣は一本もミネヴァに届くことは無かった。
風の鎧だ。
ミネヴァの身体の周りで風が渦巻いているのが見える。その風に飲み込まれ、剣が地面へと落ちていく。
重力と物体浮遊による加速で、風の鎧を破れるかもしれないと思ったのだが、現実はそう甘くないらしい。
ミネヴァの風の鎧が消え、その代わりに暴風が俺を襲う。
息をすることができない。かまいたちが俺の腹を抉る。突風が身体全体に当たる。
「がはっ」
口からさらに大量の血が。
俺は物体浮遊でミネヴァの足元の剣を操るが、風の鎧がそれを防ぐ。
俺を襲っていた風が止んだ。
地面に膝をつけてしまう。
風が止んだのはなぜだ?
そのまま攻撃すればいいというのに。わざわざ攻撃の手を緩める必要はないはずだ。
そうか。そういうことか。
風の鎧と風による攻撃は同時にできないのか。
ミネヴァの弱点とも言えるものが見つかるが、今の状況を覆せるほどの発見ではない。
どうしようもできない。
ミネヴァへ攻撃しても、風の鎧がある限り意味がない。
唯一倒せる手段は、リタがミネヴァに触れることだが、リタは気絶しているし、ミネヴァには風の鎧がある。
倒すことができないのなら、せめてミネヴァをリタから遠ざけるか?
ミネヴァのかまいたちが向かってきた。俺は倒れるように横へ飛んでそれを避けた。
俺がミネヴァを引き寄せてリタから距離を取れば、リタだけでも助かるか?
考えておいて、それは無理だなと思う。この傷ついた身体ではミネヴァを引き寄せるほど走ることができない。ミネヴァに背中を向けたら、一瞬で殺される。
救助隊が来るまで戦い続けるというのも無理。
ミネヴァの風で俺の血が飛び散る。
倒すしかない。でも、どうやって?
物体浮遊による攻撃は届かない。ミネヴァを倒す手段を持つリタも気絶している。
ふとミネヴァの足元に散らばっている細かな布切れが目に入った。
……ミネヴァは風を操る。風の鎧はミネヴァの身体の周りを覆っている。そして、ミネヴァの足元には布切れ。
そうか、風の鎧の本当の弱点は……
ミネヴァを倒せる方法が思いついた。失敗すれば俺はミネヴァに殺されるだろう。だが、
「やるしかない!」
地面に散らばる全ての剣を浮かす。
かまいたちが俺の頬をかすった。
ミネヴァに向けて剣を飛ばす。
ミネヴァは俺への攻撃をやめ、風の鎧を展開した。やはり、攻撃と風の鎧は同時にできないのか。
剣が飲み込まれては地面に散らばり、俺がそれを再び物体浮遊で浮かせる。
頭痛が酷い。それでも、俺は剣を浮遊させていく。ミネヴァに風の鎧を展開させ続けるために。
ミネヴァはその場所から動かない。随分と余裕そうな態度だ。
俺は剣を浮かしながら、さらにミネヴァの足元の布切れ全部を浮遊させた。
頭痛だけじゃない、魔法の反動で鼻からも血が出てきた。
布切れはミネヴァの風の鎧により、宙を舞い続ける。
後はもう簡単だ。
俺はただ炎の魔法を放った。
炎の塊がミネヴァの風の鎧へと。そして、鎧によって舞っている布切れに。
その瞬間、火柱が上がった。
俺は炎をミネヴァへと撃ちまくる。
「ヒィーーーーン!」
ミネヴァの苦しむ声が聞こえてきた。
そう、これが風の鎧の弱点だ。
火が着いてしまえば、風の鎧が火に酸素を送り込み巨大な火を作りだしてしまう。
風の鎧を纏っていたミネヴァが業火に焼かれる。
火柱を消すために、ミネヴァが風の鎧をやめた。
ミネヴァの行動を予想していた俺は、剣を浮かしてミネヴァを攻撃する。ミネヴァの皮膚は剣を弾くが、唯一剣を防げない場所があった。
ミネヴァの目だ。
物体浮遊で剣をミネヴァの両目に刺す。ミネヴァが苦しみ、剣から身を守るために風の鎧を再び展開した。
俺は炎を打ち込み、また火柱が上がる。ミネヴァのやけどによって脆くなった皮膚が剣によって傷つく。
俺は物体浮遊で何本もの剣を操りながら、炎の魔法を放つ。
魔法の酷使によって鼻と口から出る血が止まらない。
俺が先に果てるか、ミネヴァが先に倒れるか。
やがて砂漠から風が消えた。
ミネヴァのその巨体が砂の上に倒れる。
つまり、それは俺の勝利を意味していた。
「はぁ…はぁ……はぁ」
耳鳴りがする。
息をするだけで身体が痛む。
「まだ……生きて…いる」
顔の血を拭った。
手が赤一色に染まる。
「これじゃ……もう…死ぬな、俺」
貧血で倒れていてもおかしくない血の量。
肋骨と右腕の骨折、大量出血、ミネヴァの風によって内臓も傷ついているだろう。
今すぐちゃんとした治療をしなければ、死ぬことぐらい俺でも分かる。
「まだ…死ね……ない」
気絶しているリタの元へ。彼女の腕から血が少し出ているが、傷は浅いだろう。それ以外の場所から血が出ていなくて安心する。
歩けないリタを一人にするわけにはいかない。
ほんの少しでも救助隊に近づくために、少しでも彼女が生き残れる確率を上げるために、彼女と荷物を背負う。
身体が全然言うことを聞かない。
壊れたおもちゃのように、足が全く上がらない。
それでもこの一歩が積み重なって、彼女が生き残れる未来に繋がればいい。
広大な砂漠に俺が残す足跡に、赤い血が重なる。
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