第15話 再び
リタのおかげで心身共にだいぶ楽になり、俺は未だ壊れずに彼女を背負って動けている。
食料が無くなり水しか口にできない俺たちは、この砂漠の中であと何日生きていられるのだろう?
それまでに救助部隊に出会える確率はいかほどのものだろう?
出会えることだけをただ信じて進むしかない。最後まで諦めなければ必ず報われることを願う。
「ヴィレ、しんどいのならすぐに休憩しよう」
背中にいるリタが心配してくれている。彼女の赤い髪が歩く度に揺れる。
正直に言うと、休憩をしたい。だけど、俺たちには時間というものが無い。
「大丈夫だ」
進めば進む分だけ救助部隊に近づくことができる。食料が無い今、少しでも早く救助部隊に遭遇しなければいけない。だからこそ、多少無理してでも身体を動かし続ける。
今は涼しい時間帯だ。ここで距離を稼かないと後が辛くなる。
重い足を動かして歩いていたら、砂しか見えなかった風景に変化が訪れた。
黒色というより茶色のような塊が遠くに見えた。それが何かはまだ分からない。全く動いていないことから、ミネヴァではないことは分かる。俺たちはその茶色の塊に近づく。
「これは……」
その茶色の物体は馬車だった。
車輪が無残にも破壊されており、もう馬車としては使えないだろう。
見た限り、帝国の馬車ではない。となれば、共和国の馬車だろう。壊れてからかなりの時間が経っていそうだ。
俺は魔法で板を浮遊させる。瓦礫によって馬車の中を確認できなかったが、これで邪魔をするものは無くなった。リタには外で座っていてもらい、俺が中を確認する。
馬車の中は砂まみれだった。
あっても腐っているだろうが食料などは一切なく、代わりにあったのはたくさんの剣。
俺は右腕が使えないため、物体浮遊によって数本の剣を外に出して、リタの前に置く。
「リタ、魔法でしっかりとした板を作ってくれ。骨折した部分をそれで固定しよう」
固定するために今使っている板は、とても薄く、ちょっと力を入れただけで曲がってしまう。それではあまり意味が無いだろう。
リタが剣の形を変えて、今使っている板より分厚い板を作った。とりあえず俺たちはそれを使って、骨折した部分を固定する。
その後、俺は馬車の中身を全て出してみた。
この共和国の馬車は、武器などの補給物資を運んでいたのだろう。残念なことに馬車の中には剣と毛布ぐらいしか入っていなかった。俺たちが砂漠で生きていくために役に立つものは入っていないことになる。
「ヴィレ、ここで休憩しよう」
リタが地面に触れて砂のドームを作った。
リタが俺の身体を心配してくれているのは分かる。その気持ちはありがたいし、俺自身も休憩をしたいと思っている。だけど、やはりここで進まないと後が辛くなる。休憩している暇は無い。
「リタ、休憩は--」
ドォン!!
俺の言葉は続かなかった。
いきなり巨大な岩石が俺たちの近くに落ちてきたからだ。
一個だけじゃない。次々と無数の岩石が俺たちの近くへ落ちてくる。そして、そのうちの一個が俺たちの頭上へ。
「ヴィレ、私の後ろに!」
リタが叫ぶ。
俺が飛び込むようにリタの後ろに移動したのを確認して、リタが魔法で巨大な砂の壁を作った。
分厚い壁が飛んでくる岩石から俺たちの身を守る。
「ガァァァ!!」
ミネヴァの叫び声が聞こえた。最初は一体分しか聞こえなかったが、徐々に数が増えていく。
敵の数を見ていなくても分かる。ミネヴァの群れだ。
リタの作った砂の壁が崩れ去った。
砂の壁によって見えなかったミネヴァの姿を確認できる。
カテゴリー3のミネヴァ。その姿は身体中が岩石でできており、一言で言うのなら、ゴーレムと言えるだろう。ゴーレムの腕には穴が空いており、その穴から岩石を生み出して投げている。
そのゴーレムは見えるだけでも十体。それ以外は、カテゴリー1やカテゴリー2のミネヴァが百体ぐらい。
リタを背負って逃げても、追いつかれて囲まれるだけ。だったら、最初から戦うのが賢い選択だろうか?
そもそも俺たちに勝ち目はあるのか?
リタは足を骨折している。砂の槍で大半のミネヴァは倒すことができるが、あの岩石のゴーレムは倒すことができないだろう。つまり、あのゴーレムたちはリタが近づいて触れなければ倒せない。でも、リタは右足が骨折しているから、ゴーレムに近づくことができない。
俺にゴーレムを倒す手段があればいいのだが、生憎手持ちの武器でどうにかできる相手じゃない。
ミネヴァたちが俺たちとの距離を詰めてくる。だが、随分とゆっくりだ。全速力で突っ込んでくるのではなく、ジリジリと迫ってくる。まるで、襲うタイミングを狙っているかのように。まさか--
「キシャアァァ!」
「なっ!?」
「地面から!?」
モグラを彷彿とさせる歪な姿をしたミネヴァがいきなり地面から現れた。
ミネヴァの触手が俺の腹を強打して、俺の足と地面が離れてしまう。
「ぐはっ!」
「ヴィレ!」
俺とリタが引き離されてしまった。
このミネヴァによる奇襲を待っていたのか、ゴーレムたちのミネヴァの群れが二つに分かれて、俺とリタに迫ってきた。
奇襲をしたミネヴァが、座っているリタに襲いかかる。
だが、『越えられない距離』がある限り、ミネヴァの触手がリタに届くことはない。リタが元々歪な姿をしていたミネヴァをさらに歪な形に変えて命を奪った。
立ち上がった俺はナイフを取り出し構える。
リタが、迫ってくるミネヴァたちの位置を確認したら、無限の砂の槍を地面から出現させた。
槍が多くのミネヴァを突き刺す。リタに迫ってきたミネヴァだけでなく、俺に向かって来ていたミネヴァにも。でも、やはりゴーレムのミネヴァにはあまり効果がない。
「グラァァァ!」
このゴーレムたちも俺たちだけでは倒すことができないだろう。前と同じように、砂の波でミネヴァたちを遠くに流すべきだ。でも、俺がリタの遠くにいる今、砂の波は俺までも飲み込んでしまう。
とりあえずリタの近くに移動して、リタが砂の波を作れる状況を作らなければいけない。
ゴーレムが岩石を投げながらこっちへ向かってくる。
リタに近づきたくても、落ちてくる岩石によって近づくことができない。理性なのか直感なのか、もしくはどちらでもないかもしれないが、ゴーレムたちは確実に俺たちの合流を防ごうとしている。
「グガァァァ!」
ゴーレムが腕を振り上げ、俺に突進してきた。そのゴーレムの後ろには四体のゴーレム。一体だけなら避けることは簡単だろうが、複数は難しい。一体目の攻撃を避けることができても、二体目三体目の攻撃を連続で躱すことはできないだろう。
右腕が骨折している状況でどこまで戦える?
決定打のないこちらが不利なのは明白だ。
俺がゴーレムの対処に困っていたら、ゴーレムたちの足元の砂が動き出した。砂は巨大な手の形に変化し、ゴーレムたちの足を掴む。足を掴まれたゴーレムたちは轟音を出しながら地面に転んだ。
リタの魔法だ。
彼女が砂を操っているのだ。
砂は紐の形になり、ゴーレムたちを縛っていく。ゴーレムたちは無数の砂の紐を引きちぎることができない。
座っていたリタが立ち上がった。
ゴーレムたちは身をよじらせて、拘束から逃れようとするが、全く意味がない。
リタが魔法で砂を操る。砂はゴーレムを握るほどの大きさの手へと変化した。砂の手がゴーレムを掴む。
「近づけないのなら、こちらに引き寄せればいい」
リタの意思に従って、砂の手がゴーレムをリタの目の前へと運ぶ。そして、リタはゴーレムに触れた。
ゴーレムの身体を構成していた岩石が、ボロボロに崩れ去る。ゴーレムだった残骸がその場に残った。
リタがどんどんゴーレムを引き寄せて触れていく。触れられたゴーレムは例外なく、その身を砂粒へと変えていく。どんなに屈強な身体でもリタに触れられたら意味がない。
あっという間に全てのゴーレムがバラバラになり、
帝国最強は一歩も移動することなくミネヴァの群れを絶滅させた。
ミネヴァの残骸が砂の中に埋もれていく。生きているミネヴァは一体もいない。それは戦いが終わったことを意味している。
また生き残ることができた。
ミネヴァの群れに何度も遭遇してまだ生きていることは、奇跡と言っても過言じゃない。リタがいたから生き残ることができた。俺一人ではミネヴァの群れ相手に無傷なんて無理だ。
俺はリタに近づく。リタはまだ足が痛いのか、ゆっくりとその場に座った。リタが俺を見上げる。
「私も役立たずじゃないだろう?」
リタがそんなことを言ってきた。
俺は別に役立たずなんて元々思っていないのに。もしかして、彼女は自分が足手まといになっていると思っているのだろうか?
今のミネヴァの群れとの戦闘で、俺は何もすることができなかった。足を引っ張ったとまではいかなくても、役に立つことができなかった。
今までの戦闘だってそうだ。いつも彼女がミネヴァを倒していた。
リタが役立たずじゃないのは分かっているという意味と、役に立てなくて済まなかったという意味を込めて、リタの頭を撫でる。
空が随分と明るくなってしまった。これから気温は急に上がるだろう。あと少しでもいいから距離を稼ぎたい。
そう思って、リタを背負おうとしたら
ばぁん!
巨大な何かが上空から着地した。
その衝撃は凄まじく、俺とリタは吹き飛ばされる。
砂煙が舞う。
俺たちは互いの無事を確認し合うが、着地した何かの姿を確認することができない。
飛んできたのは岩石ではない。それよりもかなり大きい。
俺たちが落下してきたものに警戒していたら、突然の豪風によって砂煙が掻き消された。
「ヒヒィーーーン!」
砂漠では目立ってしょうがない色、他のミネヴァより一回り大きい巨体、俺とリタを骨折させた存在。
現れたのは、あの砂嵐のミネヴァだった。
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