第11話 心地良い共有
ミネヴァ。
世界に突如現れた災魔。
その名は、元々ただ一体の化け物を表すための名だったが、今では怪物の総称になっている。
ミネヴァという怪物は、姿形がそれぞれだ。ゴリラのようなミネヴァもいれば、ゾウのようなミネヴァもいる。
そして、ミネヴァはその大きさによってカテゴリー化されている。
カテゴリー1から3のミネヴァがほとんどで、カテゴリー4以上のミネヴァは全くいない。
カテゴリー化されているミネヴァにも、人間と同じように魔法を使う個体がいる。魔法というのは、例えば口から火を吹く、手が伸びるなど。
カテゴリー3以上のミネヴァがそういった魔法を使える。例外の個体もいるらしいが。
あの強酸を吐くミネヴァも恐らくカテゴリー3だろう。強酸を吐くというミネヴァは、歴史上でも何回か現れたことがあり、その度に甚大な被害をもたらしてきた。
戦う相手のことを知るために、私はミネヴァの研究報告書を読むことがある。
その研究書は、帝国の魔法省がミネヴァについて研究したことが書かれている。
魔法省というのは、魔法の研究を主とした行政機関である。
魔法省は基礎魔法の開発や魔法機器の開発などを目的に作られ、未だに分からないことが多いミネヴァの研究も担っている。魔法を使用してミネヴァの細胞の分析をしているのだろう。
そして、その魔法省の研究報告書には興味深いことが書かれていた。
ミネヴァという生物は、どの個体の遺伝子情報も同じらしい。
つまり、姿や大きさの違うミネヴァ同士も、遺伝子情報は全て一致するそうだ。
ミネヴァの姿や形は遺伝子情報によって決まるわけではなく、どのようにしてミネヴァのそれらが決まるのかまだ分からないらしい。
人類が未だ発見できていないことによってミネヴァの姿が決まるのなら、その法則さえ見つければ人類はもっと発展することができる、というのが研究者たちの考えだ。
もっとも、私はただ目の前の敵を殺せばいいだけで、研究者たちの考えなど知ったことではない。
オアシスへ向かう途中にカテゴリー2のミネヴァと遭遇してしまったが、一体だけだったので一瞬で片付けた。
魔法の使えないカテゴリー2のミネヴァなら何体が同時に襲ってきたとしても、私は負けない。
カテゴリー2など取るに足らない相手だ。
ただヴィレがいるため、他人を守りながら戦うとすれば、ミネヴァの数は少ない方がいいに決まっている。
砂漠の日光は相変わらず私たちを苦しめる。
こんな暑い中で移動するなど考えられないことだが、私たちは歩みを止める訳にはいかない。
早く救助隊と合流するためには、多少無理してでも歩かなければならない。
私たちは会話を全くすることなくただ歩き続けた。そして、どこを向いても砂しか無かった風景に変化が訪れる。
そこは砂漠の中で唯一、水のある場所。
オアシスだ。
オアシスを見つけた私たちは、自然と足が早くなった。
オアシスに辿り着くと、そこは水があるおかげなのか、かなり涼しく感じることができた。
歩き疲れていた私たちは、湖の前で座り込む。
砂漠の風を初めて涼しいと感じた。
水が近くにあるかないかだけで、なぜこんなにも気温に違いが出るのだろう。
私たちは湖の水を口に含み、それが飲めると分かると、空になったペットボトル全てに水を入れていく。
これであと四日間は水の心配をしなくて済む。
今日はこのオアシスで夜を過ごす予定だ。
今はもう夕暮れ。急ぐことで体力を消耗するより、ここでしっかりと休憩した方がいいに決まっている。
それに夜に水を消費しても、明日の朝の出発する前に給水すれば、水も多く使える。
「地図にここが載っていて良かった」
オアシスの水で顔を洗ったヴィレがそう呟いた。私もヴィレと同じように自分の顔を洗う。
「私たちの前の調査部隊がここを調べたことがあるらしい。その時にここでミネヴァに襲われてテレポート装置が無ければ壊滅するところだったと聞いている」
「俺たちもミネヴァに襲われないことを祈ろう」
「襲ってきたら返り討ちにするだけだ」
「さすがは世界最強……」
オアシスの周りには木がたくさん生えている。
その景色を見るだけで涼しくなるような気がするが、木の根元に何かが落ちているのに気づいた。
「地図?」
近づいて拾ってみると、それは地図だった。ボロボロではあるが、読めないほどではない。
「どうした?」
濡れた髪をタオルで拭きながら、ヴィレは私に質問してきた。
私はボロボロの地図をヴィレに見せ、憶測ではあるが答える。
「おそらく私たちの前の調査部隊が使っていた地図だ」
「前の調査部隊? ここで壊滅しそうになった部隊か?」
「そうだと思う。この地図にはオアシスが書かれていない。オアシスを発見する前にこの地図は使われていたということだろう」
多分調査部隊は地図にオアシスを書き込む前に、ミネヴァに襲われてテレポート装置で逃げたのだろう。そして、生き残った人間が新しい地図を、私たちが今使っている地図を作成した。
「この赤い線は?」
ヴィレに言われて地図を見てみると、地図には赤い線が書かれていた。
地図にはオアシスが書かれていないが、オアシスがあるであろう場所と帝都を赤い線は繋げている。
「これは……」
赤い線は一直線に引かれているわけではない。何の規則性も無くグニャリと曲がりながら書かれている。
なぜ、一直線に引かない?
自分たちのいる場所と帝都との距離を測るためなら、一直線に引くはずだが。
いや、これは距離を測るためじゃなくて……
「分かった……これは進路だ」
「進路? リタ、それってつまり……」
「帝都からもう一度ここへ来るための進路だ。安全で確実に辿り着くための進路。これは役に立つぞ」
「そうか、もしかしたら救助隊もその進路を利用しているかもしれないのか」
ヴィレの言う通りだ。
もし救助隊の進路を決めるとしたら、この砂漠の地理に詳しい人間が決めるはず。そして、この砂漠について詳しいのは、以前の調査部隊の生き残りたち。
彼らならこの地図に書かれている進路と同じ進路にする可能性が高い。
この地図の進路はこのオアシスが目的地で、救助隊の進路は基地が目的地で、二つの進路は少し違うだろうが、途中まで進路はほぼ同じなはずだ。
この地図の進路を元に、私たちが進む予定だった道を修正すればいい。
救助隊と遭遇できる確率が現実味を帯びてきた。
「ヴィレ、暗くなって地図が見えなくなる前に進路を修正するぞ!」
***
すぐに私たちは進路の話し合いをした。
自分たちの予想していた進路と違う部分があり、そこを変えるべきかどうか議論した。
結局、変えることに決まったが、これが吉と出るか、凶と出るか。
そして、すっかり暗くなり、周りもあまり見えなくなった頃、ヴィレがこんなことを言ってきた。
「身体を拭いたらどうだ?」
オアシスの水があるため、水を使うことには抵抗がない。
身体も砂まみれでとても汚れている。
夜の砂漠は寒いため、水に浸かると風邪を引く恐れがあるので、濡らしたタオルで身体を拭くことに決めた。
早く風呂に入りたいものだ。
見張りをヴィレに任せ、私はオアシスの前で服を脱ぐ。
服もやはり砂でかなり汚れていた。自分の物形操作ですぐに作ったものだが、割と丈夫にできており、破れて使えなくなるという心配は無さそうだ。
私は下着一枚になって、手元のタオルをオアシスの水で濡らす。
最初は腕、その次に足を拭く。
ヴィレは覗きをするような人間ではない。というよりも、私などの身体を見たいと思う輩などいないだろう。
ハルナ副司令はバランスのとれた身体をしていると思う。スラリとしていて胸もある。
湖の水が私の姿を映す。
私も胸が全く無いと言えば嘘になるが、人並みにあるかどうか怪しい。まだ成長の余地があると信じるしかない。
私は下着も脱ごうと手をかける。
その時、音が聞こえた。
湖に向いていた私はすぐに振り返るが、音の原因を見つけることができなかった。
まさかヴィレが?
だが、そんな考えはすぐに消える。
ヴィレはテントで見張りをしているはずだ。与えられた仕事をすぐに放り出す男じゃない。
空耳だったのだろうか。それとも風に揺れた木の音だったのだろうか。
そう考えた時、後ろから、つまり、湖の方から音が聞こえた。
私が湖に振り返った瞬間、
「ジャラァァァァ!!」
ミネヴァが湖の中から出てきた。
そのミネヴァには見覚えがあった。
共和国の兵士を殺した、酸を吐くミネヴァだ。
ミネヴァが私に向かって酸を吐く。
だが、私は避けない。
ジュゥゥゥゥ
私の周りの地面が酸で侵されていく。しかし、私には酸の一滴もかかっていない。
個体であろうと液体であろうと、私の『越えられない距離』はあらゆるものの侵入を許さない。
「どうした、リタ! ミネヴァが襲ってきたのか!」
ヴィレがこちらに走ってくる音が聞こえる。
「ヴィレ! ここに来るな! 酸を吐くミネヴァが出てきた! 暗い中では酸を避けられないぞ!」
酸を避ける必要のない私なら、暗い中でもこのミネヴァを倒すことができる。
問題はどう倒すか。
このミネヴァには砂の槍は効かない。
砂以外に武器として使えるもの。
ああ、あった。
私は湖に足をつけた。
そして、湖の水を操る。
「ミネヴァは溺死するか研究しよう」
ミネヴァの全身を水で覆う。
ミネヴァが苦しみ暴れるが、水はミネヴァの全身から離れない。
「ジャ…ガァ……ァ」
ミネヴァが口を開いたので、水をミネヴァの口の中に入れていく。
ミネヴァは一層暴れ出すが、それでも水はミネヴァにまとわりつく。
数秒たったがミネヴァはまだ生きている。
ミネヴァは溺死しないのかもしれない。
そう思って、私はミネヴァに近づいて触れる。
その瞬間、ミネヴァは首の関節などがあり得ない方向へ曲がり、歪な形へと変化した。
最初からこうすれば良かったのか。
「リタ!」
来るな、と言ったはずなのに、ヴィレが近づいてきた。
もうミネヴァは倒したのでヴィレが来ても問題はない。足元の酸の水溜りにさえ気をつければいい。
「大丈夫か?」
世界最強を心配するとは、ヴィレも心配性だな。
ヴィレが懐中電灯で私を照らす。
「あ、すまない……」
そう言えば、私は下着しか身に付けていなかった。
見られたくはないが、見られても困ることはない。
「それより私の服は……」
私の服は簡単に見つかった。
しかし、湖の近くにあったのは、ミネヴァの酸によって無残な姿になった私の服だった。
***
「へっくし!」
下着姿のリタがくしゃみをする。
下着姿と言ってもリタは毛布で身を包んでいるが、それでも寒いらしい。
「う、うう」
寒くて身体を震わしているリタ。
このままではリタがまた風邪を引いてしまうかもしれない。
俺はリタの隣に移動した。
「あっ……」
俺は羽織っていた毛布の中にリタを入れる。
リタが動揺しているが、風邪を引かせるわけにはいかない。
「これなら寒くないだろ?」
「ヴィレ、お前は……本当に大胆なことをする……」
少し顔が赤くなったリタがそう言って、俺に身体をくっつけてきた。
俺の腕にリタの肌が触れる。
ん?
リタは毛布で身を包んでいたはずだ。肌と肌が触れるのはおかしくないか?
「リタ、毛布はどうした?」
「脱いだ。私も大胆なことをしようと思ってな」
リタはいたずらな笑みを浮かべて、俺にもっとくっついてくる。
腕にとても柔らかい感触が……
腕に布が当たっているのが分かる。
その布が毛布では無いということは、リタの下着ということで。
つまり、俺が感じている柔らかい感触は……
「顔が赤いぞ、ヴィレ」
「き、気のせいだ」
リタの大胆な行動に動揺してしまう。
顔が赤いというのなら、リタだって少し赤い。
俺たちは自然と無言になり、時間を過ごす。
「温かいな……」
リタが俺の耳元で呟いた。
確かに温かい。
二人で体温を共有しているから、砂漠の寒さにも耐えることができる。
リタが眠そうに目が半開きになっている。そのリタの様子を見ていると、俺も少し眠たくなってきた。
どちらかが起きて見張りをしないといけないのに、心地のよい温かさが俺たち二人を安心させて眠らした。
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