第9話 それは、決断
「うっ……?」
起きたばかりで意識と身体が上手く繋がっていない。まるで身体の感覚がなくなったように思えてしまう。
今は何時だろうか?
朝になれば、砂漠は暑くなる。
その暑さのおかげでいつも自然と目が覚めるけど、今日はいつもと違う。今は暑くなく、まだ明るくもない。午前五時とか六時ぐらいだろうか?
昨日寝たときの記憶が曖昧で思い出すことができない。俺はいつの間に寝たのだろう?
身体の感覚が段々戻ってくる。
少し肌寒いな。
毛布を被らなければ、前のリタみたいに風邪を引きそうだ。
そう思って、俺は近くにあるであろう毛布を取ろうと身体を動かしたら
「ん……」
耳元から声が聞こえた。
身体が誰かにしがみ掴まれているようで動かなかった。
俺は声が聞こえた方向を恐る恐る見た。
リタの顔が目の前に。
「なっ……!」
ついさっきまで寒いと思っていたのに、身体の体温が一気に上昇するのを感じる。
リタの顔が目と鼻の先なのだ。しかも、リタは薄着である。
リタは俺を抱き枕のように扱い、規則正しい寝息をたてていた。
リタの寝顔を見て、昨晩の事を思い出す。
涙で頬を濡らした彼女。
言い訳なんてできない。俺は彼女を一人にしようとしたんだ。彼女に対して罪を犯してしまった。
彼女の頬を撫でるが、彼女は起きずに寝ている。気のせいか、リタが少し笑みを浮かべたように見えた。
昨晩、俺はリタが泣き止むまで頭を撫でていた。そして、泣き止んでくれたと思ったら、リタはもうすでに寝ていたのだ。
そのリタの寝顔を見て、俺も安心して寝てしまったのだろう。
いや、昨日の事を思い出すより、今のこの状況をどうにかしなければ。
リタが起きてこの状況を見てしまったら、平手の一つなどが飛んで来るだろう。
そんなことはユウトとハルナのやり取りを見ていれば、すぐに予想がつくことだ。
どうにかしてリタから離れたいが、リタは俺の左側にいて俺の右腕を掴んでいる。そんな状態では抜け出したくても抜け出すことができない。
柔らかな感触と己に迫る危険を同時に感じる。
「うん……?」
俺が抜け出そうと動いていたら、リタの目が開いてしまった。
詰んだ。これはもう平手打ちは覚悟しないといけない。
俺は目を瞑って、リタの平手に備える。
「ままぁ?」
「は?」
リタから聞こえてきたのは、あまり舌が回っていない声 。
平手が来ると思っていたため、俺の頭はそのことについていけない。
「あったかぃ」
リタが一層俺に身体をくっつけてくる。柔らかな感触と甘い匂いが俺に襲いかかってきた。
ずっとこうしていたいという邪な気持ちが芽生えそうになる。
ああ、こいつは寝ぼけているとこうなるんだった……
なんでそのことに気がつかなかったのだろう。それより、平手よりこちらの方がやばいような……
「あつぃ〜」
寝ぼけているリタが服を脱ぎ出し、下着姿になろうとする。
「待て、待ってくれ!」
それは駄目だ。俺の理性が崩壊する危険がある。ここで俺の理性が崩壊したら、いろんなものが終わる。
リタが服を脱ごうとして俺から手を離したため、俺はリタの拘束から抜け出すことができたが、リタの行動を止めることができず、リタがどんどん服を脱いでいく。
「もう勘弁してくれ……」
なんとかリタを寝かしつけることができた俺は、毛布をリタに被せ、余った毛布で身を包み展望室で寝た。
***
ある程度明るくなったため、俺は朝食の準備をする。リタは今ここにはいない。おそらくまだ部屋で寝ているだろう。
俺は缶詰を開ける。保存食であるため、当然ながら腐っていなく安心して口にできるだろう。
ここ何日か全く食事をとっていなかったため、俺の身体は言うことを聞いてくれない。立っているのもやっとで、手も震えている。
もう自分は食事を済ませたと嘘をついて、リタだけに朝食を食べてもらうべきだろうか。俺が死ねば、食料は二週間分になる。リタを一人にしてしまうが、やっぱり二人とも死ぬよりは……
いつも同じ場所に置いてある皿が見つからないので探すが、皿を割ってしまったことを思い出す。
新しい皿を取りに行こうと振り向いたら
「……」
そこには毛布を身に包んでいるリタが立っていた。
気のせいだろうか、リタは怒っているように見える。リタは視線を俺からまな板へと移した。
「また自分の分の料理を作っていないな?」
すごい低い声で、リタが言ってきた。
声の低さで分かる、リタが今までにないほど怒っているということが。
リタの視線がまな板から俺に戻る。
その目はまるで嘘を許さないと言っているようで。
「そんなことは……」
「…………」
「……すみませんでした」
「歯を食いしばれ」
嘘をつこうとした俺だが、リタの鋭い視線に耐えることができずに自分のやろうとしていたことを認めた。
そうしたら、リタの平手が飛んできた。今朝、来ると思って来なかった平手が今ここで来てしまった。
ほぼ毎日ハルナの平手を食らっていたユウトは、これをよく耐えていたと思う……
リタになんとか許して貰った俺は、きちんと自分の分の朝食を作り、リタの監視下の元で食べ終わった。まともな食事を摂ることができたので、身体の調子はもう元通りと言ってもいい。
「二人とも生き残る方法を私も考えたのだが」
俺の前の椅子に座っているリタがそう言ってきた。
二人とも生き残る方法は俺も探したけど、一つも見つからなかった。
今ある食料をどう節約しても二人じゃ二週間なんて持たない。今ある食料はあと五日分あるかないか。
「あるわけ無い……」
「いや、あるぞ」
「え?」
「向こうが来ないなら、こちらから行けばいいだけだ」
こちらから行くってまさか……
「この基地を……捨てるのか?」
「そうだ。この基地を捨てて私たちが帝都に向かう」
リタがとても真面目な顔でとんでもないことを言ってきた。
食料もないのに帝都に向かうって……
俺は当然ながらリタに抗議した。
「ここから帝都まで二週間以上かかるんだぞ! だったらここで待つ方が--」
「帝都へ向かった方が二人とも助かる可能性がある。帝都へ向かう途中に救助部隊と合流すれば二人とも生き残れるだろ?」
「……」
確かに可能性が無いわけではない。
俺たち二人がこの基地から出発して、救助部隊が帝都から出発してうまく落ち合うことができれば、二人とも生き残ることができるだろう。だが、この広大な砂漠で救助部隊と会える可能性は低い。
それこそ、救助部隊が確実に来るであろうこの基地で待つ方が--
「お前はいつか私に言ったはずだ。私たちなら帝都に帰れる、と。」
リタが言っているのは、砂漠の夜空が綺麗と気づいた日のことだろう。帝都に帰れるか不安になっていたリタに、俺が手を重ねてそう言った。
その時の俺の真似だろうか、今度はリタが俺の手に自分の手を重ねてきた。俺の手よりもリタの手は小さい。
リタが身を乗り出すようにして俺に言ってきた。リタのまつ毛が一本一本見える。
「二人で生き残ろうと言ったのはお前が先だ。言葉の責任ぐらい取ってもらわないとな」
そう俺に囁いてくるリタは、いたずらな笑みを浮かべていた。確かにそう言ってしまった俺はリタに言い返すことができず、リタは俺の沈黙を自分にいいように解釈してテーブルに地図を広げた。そして、赤いペンでリタが地図に書き込んでいく。
「ここが現在地だ。そして、一番近い街がここ」
現在地と街は地図の端と端に位置している。リタが地図上の現在地と街を一直線で結んだ。その線の長さは地図では縮小されているので、実際の基地と街の距離は、物凄い距離だろう。
リタが赤いペンで地図に書き込みながら、言葉を続ける。
「救助部隊は最短ルートを通るはずだ。私たちも通ればいいが、少しここで寄り道をする」
リタが地図上のある場所を赤いペンでぐるぐると囲む。そこは砂漠で唯一水がある場所だった。
「オアシスで水の補給か?」
「そうだ。そして、オアシスで水を補給した後に最短ルートに戻る」
「ちょっと待ってくれ。自分たちが最短ルートを通っているなんて確認のしようがないだろ」
「そこは方位磁針と自分の勘を信じるしかない。二人とも生き残るためには、それぐらいの危険は覚悟しなければ」
リタの目を見れば、彼女がどれだけ本気かということが分かる。
二人とも生き残れる可能性に全てをかける、と彼女は言外にそう言っているのだ。
俺の言葉を信じてくれたリタのように、俺も彼女を信じるべきなのだろう。
彼女と共に生き残る覚悟を決めないといけない。彼女はすでに覚悟している。だからこそ、俺も……
リタの提案に反対することを諦めた俺は、二人で確実に生き残れるように自分たちが行くルートを考えた。
「街までの距離が長すぎる。ある意味これも『越えられない距離』だな」
「面白いことを言うじゃないか」
地図から読み取れるだけ情報を読み取る。たった一つの情報が生死に関わっているかもしれないと思って。
可能性の高いミネヴァとの遭遇、それが影響してくる進路のズレなど。考えられる全てのことを想定して話し合う。
俺も可能性に全てをかけることに決めた。
「この基地と今日でお別れか……」
「随分と世話になったな……」
俺たちはもう基地の外に出ていた。俺たち二人の服は先ほどとは違う。
基地の中にあった大量の毛布類を、リタの固有魔法によって服の形に変えた。
日光の強い砂漠では、肌の露出は逆効果になってしまう。だから、通気性の良い生地で服を作ったのだ。もちろんターバンも作り、顔を覆っている。
寒い夜を凌ぐための毛布類、全ての水と食料、簡易型テント、その他の道具をバックに詰め込み、俺たちはその大きなバックを背負っていた。
「ここで生活したことを私は忘れない」
「俺もだ。今思うと、いろいろ不便な中でよく生きてこれたな」
「楽しかったな」
「楽しむ余裕なんて無かった」
「いや、楽しかった。このリタ・バレランスが楽しかったと言っているんだぞ?」
「…………楽しかったかもな」
楽しかったかもしれない生活を送った場所から、俺たちは離れていく。
どこを見ても同じ黄土色の景色。
砂に俺たちの足跡が残っては、風に運ばれた砂によって消えていく。
いつミネヴァが襲ってくるか分からない状況、自分がミネヴァにとって獲物であることを自覚する。
常に死が自分の足元にあるというのに不思議なことだが、隣にいる彼女と一緒なら、生き残れるような気がした。
多分それは彼女が世界最強だからという理由じゃないと思う。自分を信じてくれた彼女だから、自分が信じている彼女だから。
もう見慣れた彼女の赤髪が、俺の視界に入る。砂漠の中でも目立つ彼女の髪なら、俺も彼女を見失うことは無いだろう。
二人とも生き残る希望を求めて、俺たちはこの広大な砂漠で確実に歩みを進めていく。
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