第6話 人生の意味
ミネヴァの群れに襲撃によって、破壊された簡易型基地。
基地の外には、大量のミネヴァの死体が転がっている。
実際のところ、基地が壊れたことについては問題ない。基地が壊れても、リタの物形操作なら基地を作り直すことができる。
いろいろと破壊されたせいで、作り直した基地は元々の大きさより大分小さくなってしまったが、二人だけなら十分な大きさである。元々の大きさが百人用だったため、作り直した基地が小さく感じられるだけだ。
俺の個室、リタの個室、食料を保存するための個室、展望室のような広い部屋。これだけあればもう十分だ。
そして、基地が壊れたことよりも重要な問題がある。
それは食料。
ミネヴァの攻撃によって、食料を保管していた部屋が潰されたのだ。二週間分あった食料も、一週間分あればいいという量しかない。
一番の被害は水だ。
二週間分以上余裕であった水が被害を受けた。生活用水でも代用することを考えると、水は一週間分あるかどうか。
この砂漠で水が無くなるというのは、完全に死を意味している。これからはもっと節水を心掛けないといけない。
一気に砂漠で生き残れる可能性が低くなってしまった。
救助隊があと一週間で来てくれればいいが、おそらく可能性は限りなく低いだろう。あと二週間以内に救助隊が来てくれる可能性なら高いと思うが。
何か解決策はないだろうか?
一週間ではなく二週間まで生き残れる方法は?
リタが作り直した基地の展望室で、俺は悩み続ける。
俺は目の前の人物に目を向けた。
基地を作り直して疲れたのか、リタはテーブルに顔を伏して俺の目の前で寝ていた。彼女の規則正しい寝息が聞こえてくる。
昼の砂漠は暑いというのに、よくここで寝れると思う。ここじゃなくて自分の個室で寝ればいいのに。
彼女の赤い髪に目が移った。
彼女の髪は、絹のように綺麗で美しく、少し寝癖がついていた。
その彼女の髪を見て、俺は思わず彼女の髪に触れてしまった。
彼女の髪は柔らかくて、俺の指に絡みついてくる。彼女の寝癖を直そうと指で整えても、寝癖は簡単に直らず、はねてしまう。
その様子が少しおかしくて、俺はリタの頭をできるだけ優しく撫でた。
「ん……」
リタを起こしたと思って、びっくりしてしまう。だが、リタはまた規則正しい寝息をたてた。リタが起きなくてよかったと安心する。
俺はリタの作り直した展望室を一望した。ミネヴァによって壊された展望室も、リタのおかげで元通りとなった。
リタがいなければ、基地を直すことはできなかっただろう。本当にリタがいてくれてよかったと思う。
俺が今まで生きてこれたのは、リタのおかげだ。
一人だけじゃ不安で生きることを諦めていたかもしれないし、リタがいなかったら、俺は共和国の兵士にもミネヴァの大群にも殺されていただろう。
彼女がいなければ、今日まで生き残ることはできなかった。彼女には感謝しかない。だからこそ、彼女には生き残って欲しい。
彼女が生き残るためなら、俺は--
***
リタ・バレランスはただの少女だった。帝国の兵士に興味も無かったし、なりたい職業なんてものも無かった。
帝都に一番近い村で生まれ育ち、豊かな自然に囲まれて暮らしてきた。
「リタ、お隣さんからお肉をもらってきたぞ」
私の父は帝国の研究員だったそうだ。だけど、私が生まれてすぐに母が死に、私を育てるために職を辞め、この村でほぼ自給自足の生活をすることに決めたらしい。
「じゃあ、夕食は何になるの?」
「今日はすき焼きだ」
今思えば、あの頃は幸せだった。村の外にある世界なんて考えたこともなかったあの頃は。
不便ながらも、田舎であるあの村が好きだった。生きていくのに必要最低限のものはあったし、綺麗な夜空を見ることが楽しかった。
そして、雪が降っていたその日。
別に村に雪が降ることは珍しいことではなく、例年通りの気温だった。
私は布団で寒さから身を守り、快適に寝ていた。だが、珍しいことにその日は朝早く起きてしまい、私は二度寝をしようとしていたのだ。
その時、遠くで何かが崩れ去る大きな音がした。何というか、家が崩れ去ったような音だ。
ズシン、ズシンと大きな音を立て、何か大きい生き物が近づいてくる。
私は気になり、ベットから抜けてカーテンを開けた。そして、私は信じられないものを目にした。
どん!!
カーテンを開けた瞬間、窓に人が飛んできてぶつかり、血が窓にこびりついたのだ。
「えっ……」
いきなりのことに声が出ない。
私は夢か何かを見ているんじゃないかという錯覚に陥った。
血のついた窓の向こうには、吹雪によってぼやけて見える大きな黒い影が、こちらに近づいてきていることが分かる。
「リタ!」
父が私の部屋に駆け込んできて、私の手を掴んだ。父の手の力でこれが夢じゃないことを実感する。
私は父に手を引かれ、自分の部屋から離れた。
「パ、パパ! 一体何が!?」
「ミネヴァだ!」
父はこの村にミネヴァが来ることを予想していたのだろうか、家に地下室を作っていた。
父は地下室の扉を開けて、私を中に押し込む。
父も中に入ろうとした時、家がいきなり崩れ落ちてきた。
「パパ!」
「くっ!」
父が私を地下室の奥に避難させるために押し飛ばした。
家の瓦礫が落ちてきて、父は地下室に入ることができなかった。
「ガァァァ!!」
家の瓦礫のせいで姿は見えなかったが、ミネヴァの叫び声が聞こえた。
私は地下室の中にいて、瓦礫の被害を受けることは無く、怪我をしなかった。
「ぱ、パパ?」
地下室にいない父を探すため、私は瓦礫の隙間を通り、地下室から外へ出た。
「リ…タ……」
「パパ!」
私の名を呼ぶ方を見れば、血だらけの父がいた。腹から血を流しながも、父は立ち上がっていた。
私は父に駆け寄る。
父の血は止まることなく、父の身体から流れ出ていた。
「リタ……に……げろ」
父はもう一歩も動くことができない様子だった。それでも、私は父を置いていくことなどできずに叫んだ。
「嫌!」
「グゥ?」
私の叫び声によって、ミネヴァの足音がこっちに近づいてくる。
「リタ……すま……ない」
父が口から血を出す。私は父を手を引っ張ってここから離れようとするが、父はその場から動かなかった。
「ガアァァ!」
ミネヴァが私たちに気づいた。私もミネヴァの姿を確認することができた。そのミネヴァはクマのような姿をしていた。ミネヴァの手には赤い液体が。おそらく人間の血だろう。
私が父を庇うように両手を広げる。
ミネヴァが私たちを殺すために腕を振り上げた。
「す……ま……ない」
父はそう呟いて、私を押し飛ばした。
私は背中からの力によって地面に転がってしまう。そして、すぐに父の方を見たら、父は私に微笑みながら、ミネヴァの腕に体を吹き飛ばされた。
「パパァァァァァーー!!!」
その瞬間、私の中の何かが変わったような気がした。
「グゥゥ」
ミネヴァが私を殺すために、また腕を振り上げる。そして、そのまま私を潰そうとする。
「ギャッ!?」
しかし、ミネヴァの腕は私に触れないように形を変えられた。私がミネヴァの腕の形を変えたのだ。
ミネヴァが私から距離をとる。
私はただ黙ってミネヴァを睨んだ。
そんな時、たくさんの帝国の兵士たちが現れた。おそらくこの村の誰かが通報したのだろう。
帝国の兵士たちがミネヴァを魔法で攻撃するが、ミネヴァには何の効果もなかった。
私に気づいた帝国の兵士の一人が、私に近づいてきた。
「お嬢ちゃん、ここは危険だ」
私に話しかけてきたのは、キリジツさん。当時はまだ英雄ではなく、新兵としてこの村に来ていた。
私はキリジツさんの言葉も聞かずに、ミネヴァを睨んだ。ミネヴァも私に視線を向けてきた。
「ガァァァ!!」
ミネヴァが私に向かって突進してくる。帝国の兵士たちが魔法でミネヴァを止めようとするが、ミネヴァの勢いは止まらずに加速してくる。
「お嬢ちゃん、早く逃げて!」
キリジツさんが私を庇うように立つが、私にとってはどうでもよかった。
ただ私は地面の形を操作するだけ。
「ギャアァァァ!!」
「なっ!?」
キリジツさんが驚く。他の帝国の兵士たちも。
地面から無数の槍が出てきたから。その全ての槍が、ミネヴァを貫いたのだ。
「まさか、これは君が?」
キリジツさんが私を異常な人間を見るような目で見てくる。無数の槍を作った張本人である私は、一瞬で死んだ、いや死んでしまったミネヴァを見ていた。
村に現れたミネヴァはたった一体。だけど、その一体によって、村の半分以上の人が死んだ。そして、その大量殺人したミネヴァを、私は一瞬で殺したのだ。
本当に呆気なかった。復讐すべき相手だというのに、復讐したという実感も持てず、ミネヴァを殺してしまった。
その後、ミネヴァを倒した私は噂となり、帝国が私を兵士として帝都に移住させた。
そして、命令に従い戦い続け、英雄となり、今ここにいるのだ。
***
「う……?」
「起きたか、リタ」
重い瞼を開ければ、そこにいたのは微笑んでいるヴィレ。そして、テーブルの上には料理が並んでいた。
時計を見れば、午後の六時。
三時間は寝たことになる。そこまで疲れる作業では無かったと思うが、今までの疲労もあったのだろう。
「俺はもう夕食を済ませたから、これはお前分な」
ヴィレがそう言って、料理を指差す。
料理の匂いが私の食欲を誘ってきた。
腹の減っている私は、ご飯粒一粒も、スープも一滴も残さず食べた。
ヴィレが私の食べ終わった食器を片付ける中、私はヴィレから借りた本を読むことにした。
月明かりの中でも本は読むことができるし、懐中電灯をテーブルの上に置いて手元を明るくすれば何も問題ない。
本は半分まで読んだ。暇な時はだいたいこの本を読んでいる。
『他人に認められたいという欲求を否定しなければいけません』
『他人に認められたいと思うのは当然のことではないですか!』
『私たちは他人のために生きているわけではないのです。他人に認められる必要などないのです』
この心理学の本を読んでいると、自分はどうなんだろうかと思ってしまう。
少なからず自分もどこかで他人に認めてもらいたいと思っていたのだろう。命令に従って上層部に実力を認めてもらい、英雄の称号を貰って兵士たちに認めてもらう。そのために戦ってきたのではないか?
そんなつもりはなかったのだが、そう言われても反論することができないだろう。
『他人のことなど気にせず、やりたいことをやればいいのです』
老人の一言に、青年が怒って反論していく。
私も青年のように本の中の老人に反論したいものだ。だが逆に、怒っている青年を見る分だけ、私は冷静になることができた。
私のやりたいことか……
自分の人生の意味を理解するまで死なないことだな。
自分の人生の意味なんて理解できないと思うが……
もし人生の意味を理解したら、私は何をしたいのだろう?
人生の意味を理解したから生きる必要はないという考えにはならないが、やりたいことなんて簡単には思いつかない。
心理学の本はまだ途中だったが、夜遅くになり私は寝ることにする。
布団の中でも、私は自分の人生の意味について考えたのだった。
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