第5話 大群
ふと気になったことをリタに聞いてみた。
「うさぎはライオンに勝てると思うか?」
「何を言っている?」
あんたが言ったんだよ。
でも、この反応は予想通りだ。
「じゃあ、うさぎとライオンだったら、どっちが好きだ?」
「まぁ、ライオンよりうさぎの方だな。うさぎより猫の方が好きだが」
やっぱり好みの順番か。
問題はプリンと猫のどっちが好きか。
「プリンと猫なら?」
「食べ物と動物を比べるのか?」
「なんとなく」
「んー、だったらプリンかもな」
どうでもいいことを話しながら、俺たちは基地の改装に精を出していた。
電気が使えない。しかも、基地には窓がほとんどない。つまり、展望室を除いて、基地の中は昼も真っ暗なのだ。
それではいろいろと不便だ。だから、俺たちは今、簡易型基地を作り変えている。
リタの固有魔法、物形操作によって、基地の廊下や部屋などに穴を開け、外から砂が入ってこないようにその穴を布で覆う。
覆うのに使う布は、個室探索の時に大量に見つかった毛布類をリタの物形操作によって程良い大きさにした物だ。
壁と布は、物形操作によってくっ付ければ問題ない。
改装するのは、使う部屋と廊下だけ。
さすがに基地の部屋全部を改装するのは、時間がかかり過ぎる。だから、使わない部屋はとりあえず放置することにした。
そして今、俺たちは廊下の改装をしていた。
リタが壁に触れると、四角い穴が空く。俺は、持っている布をリタに渡し、リタが布を壁に取り付けていく。
この作業が終われば、この廊下は改装完了だ。
「いいものじゃないか」
リタが布を付け終わり、改装した廊下を見渡した。
昼なのに暗かった廊下は、日の光が通るようになって見違えるように明るくなった。
「面白いな」
「面白い?」
横を見ると、リタが少し笑みを浮かべていた。
「きっと家を改装するというのは、こういうのと同じなのだろう」
「……かもしれないな」
「改装する前と改装した後の違いを見るのは面白い。家の改装をしてみたかったのだ」
家の改装をしてみたいか……
リタの物形操作なら簡単にできるだろう。自分の固有魔法をそういったことに利用したいと思うのは、自然なことかもしれない。
「リタ・バレランスが面白いと言っているのだ。ここまで雰囲気が変わるのは、面白いことじゃないか?」
確かに、とても明るくなった廊下は、こちらの心まで明るくするような印象を受ける。
「まぁ、こういった家に住みたいと少しは思うかもな」
「だろう」
リタが微笑んでくる。
理想の家について語りながら、俺たちは基地の改装作業を再開した。
「この基地を家の形にでもするか?」
「それはやりすぎだ」
***
電気がなくなり、基地を改装し終わった今日。砂漠に取り残されてそろそろ二週間が経ったころだろう。
基地の中が暗いという問題も解決することができ、俺たちは電気が無くても割と楽に生活できていた。
これなら救助隊が来るまでここで生活するのは、問題なさそうだ。
「ヴィレ!」
「どうした!」
「水が!」
訂正。一難去ってまた一難。
すっかり忘れていた、生活用水が無くなるという可能性を。
節約は心がけていたつもりだ。料理を作る時だって、できるだけ有り余っている飲料水を使っていた。生活用水を大量に使ったことがあるのは、前に一度風呂に入ったときだけだ。
飲料水は一ヶ月分以上はある。だけど、蛇口を捻っても、水が出てこない。
快適な生活とは程遠い状態だ。飲料水である程度なら代用はできると思うが、それでも不便だろう。
「風呂に入りたい…………」
「リタ、無茶を言うな…………」
俺たちは今ぐったりとしている。
昼の砂漠はとてつもなく暑い。身体中から汗が出て来て止まらない。リタじゃないが、ここまで汗をかくと風呂に入りたくなってしまう。
「トランプで気を紛らわすか……」
リタが手元にあったトランプを見て、そう呟いた。
正直、トランプをやる気力なんてない。それに今トランプをしたら、トランプが汗でふにゃふにゃになってしまう。でも、暇で何もしていないから、この暑さをより感じてしまうのは確かだ。トランプに集中して暑さを忘れることができれば……
「あっ……」
暑さで頭がやられているリタが、トランプを床に落としてしまった。
トランプが床に散らばる。散らばったトランプを集める気力がないリタは、俺にこう提案してきた。
「神経衰弱でも……」
「無理に決まっているだろ」
もう砂漠の暑さで神経が衰弱しているというのに、神経衰弱なんてしたら発狂するどころじゃない。
リタがトランプを集めることを諦め、床に寝転がり呟く。
「早く夜になってくれ……」
昼の砂漠より夜の砂漠の方が過ごしやすい。昼の砂漠はどうやっても快適に過ごせないが、夜の砂漠は毛布を何枚か羽織るだけで快適に過ごせる。
「いっそのこと昼夜逆転の生活をしたい」
「リタが昼の暑さでも寝れるのならできる」
この暑さで寝れるやつなんているわけない。窓のない室内もそれなりに暑いのだ。
展望室より窓のない部屋で過ごせばいいだろ、と思うかもしれないが、窓のない部屋は真っ暗だ。明るくするために懐中電灯を使いたいが、貴重な光源を消費するわけにはいかない。リタの魔法で穴を開けて明るくすると、太陽の光で室温が上がってしまう。
暑さで苦しむより暗くて少しでも涼しい方がいいかもしれない。だが、俺たちは展望室にいることを選んだ。
展望室を選んだ理由は、外が見えるから。つまり、敵を早く発見するためだ。
共和国の襲撃のこともあり、俺たちは外への警戒を以前より強めていた。この砂漠はミネヴァの巣だ。四方八方敵だらけである。
救助隊が来るまでに殺されてしまっては意味がない。だからこそ展望室で周りを警戒しているのだが、暑さのせいでそんなことも忘れてしまい、俺たちはトランプで暑さを紛らわしていた。
「あれ? 山札が二つ見える……」
ページワンをやっていたら、リタがそんなことを言い出した。俺もトランプがぼやけて見えている。
これはやばい。
トランプに集中するどころではない。
「お風呂……」
リタがそう呟いて、床に倒れた。リタの目が回っている。
これでは、敵を探す前に暑さで死んでしまう。
俺はやむなくリタを背負い、窓のない涼しい部屋へと避難した。
***
昼の暑さから解放され、やっと快適に過ごせる時間帯。
ヴィレが作ってくれた夕食を済ませ、私たちは展望室から自分たちの個室へと向かう。
月明かりが入るようになった廊下は、懐中電灯を使う必要も無くなるほど明るかった。
「改装して正解だったな」
私は、隣を歩いている金髪の男に笑って話しかけた。
「リタの固有魔法は便利でいい」
「ヴィレの物体浮遊だって便利じゃないか」
日常生活で、ちょっと離れた物を手元に移動させることができる。これはとても便利だ。現に今の生活でもヴィレが物体浮遊を使っている場面はよく見る。
「確かに俺のも便利だな」
ヴィレがそう言った瞬間、廊下が一気に暗くなった。月明かりが入ってこなくなったのだ。
私はその暗さに違和感を覚えた。
「暗い……」
違和感を感じている私とは別に、ヴィレは何も気にせず廊下を歩いていく。
「月が雲に隠れたんだろ」
「砂漠に雲か?」
「珍しいとは思うけどな」
ヴィレはそう言っているが、私はなぜかただ事ではないと思った。嫌な予感がする、と言うべきなのだろう。
すぐに月明かりが廊下に入ってきた。
ヴィレの言った通り、小さな雲が月にかかっただけかもしれない。
この胸のざわつきを無視して、私はヴィレの後を追った。
「おやすみ、リタ」
「ああ、おやすみ」
私とヴィレが自分の個室に入る。
個室は窓がないため、懐中電灯がないと真っ暗で何も見えない。私は懐中電灯を点けたままベットの上に放り投げ、着ている服に手を掛ける。
やはりこのまま寝てしまうと暑くて、朝早くに目が覚めてしまうだろう。
そう思って私がいつもの格好になろうとした時、基地が揺れた気がした。
気のせいではない。何回も小刻みに揺れている。地震とは思えない揺れ方だ。
「リタ!」
懐中電灯を持ったヴィレが、私の部屋の扉を開けて入ってきた。彼もこの異常な事態を感じ取ったらしい。
「ヴィレ、外に--」
私が彼に近づこうとした瞬間、私と彼の間の天井が崩れ落ちてきた。
ヴィレの安全が確認できない中、私の部屋の天井全てがビリビリと剥がれていく。天井がなくなった私の部屋から外が見えてきた。
「ミネヴァ……!」
外にいたのは、何体もの巨大なミネヴァだった。
私の部屋を壊したであろうミネヴァが私に気づき、大声で叫ぶ。
「キシャアァァァ!!」
カテゴリー2に分類されるカマキリのような姿をしたミネヴァが、腕の鎌で私に斬りかかってきた。
だが、その鎌は私には届かない。私に触れる寸前で歪な形に変わったのだ。その形は私にぎりぎり触れないように変えられていた。そして、攻撃するために私に近づいたミネヴァは、鎌だけでなく身体まで形を変えられた。
私の固有魔法、物形操作。
触れている、もしくは触れる寸前の物体なら自由に形を変えることができる魔法。どんな物体も形を変えられ、私に触れることができないため、越えられない距離、と呼ばれているらしい。
当然、攻撃してきた相手の形そのものを変えることすらできる。例えば、生き物を関節的にあり得ない形や球体に。
つまり、私に触れるまで近づいたら死ぬということだ。
そのカマキリのミネヴァは上半身と下半身を別々にしてやった。
私は部屋に一人分の穴を開けて、部屋から外に出られるようにする。外にいる無数のミネヴァが見えた。
「リタ!」
瓦礫だらけの廊下からヴィレの顔が見える。ヴィレに怪我はなさそうで安心した。
「ヴィレ、ミネヴァは私一人で十分だ。お前はここで待っていろ」
「俺も一緒に--って待て、リタ!」
叫んでいるヴィレを無視して、私は部屋から外の砂漠へと出る。
砂漠には百体ほどのミネヴァがいた。カテゴリー1からカテゴリー3までいろいろだ。おそらくミネヴァの群れだろう。
百体のミネヴァとは以前戦ったが、前は砂嵐で視界が悪かった。でも、今日は砂嵐などなく、私の視界を遮るものは存在しない。
「ガァァァ!」
「ラァァァァ!」
ミネヴァたちが一斉に私に襲いかかってきた。私は一歩も動かずに、無数のミネヴァとの距離を図る。
私は、私の足が触れている地面の形を操作すればよいだけ。
地面から砂の槍が無数に出てきた。その数はミネヴァの数の倍以上。
砂の槍がミネヴァの身体を貫いていく。一匹も私の元に届かない。そして、ほとんどのミネヴァが動かなくなる。
私は砂の槍を元に戻した。ミネヴァの死骸が一斉に地面に寝転がり、大きな音を立てた。
「グガァァァァァ!!」
砂の槍を受けても生きているミネヴァが一匹。
そのミネヴァは、全身が殻に覆われている。おそらくその殻は砂の槍を防ぐことができるほと硬かったのだろう。
生き残りのミネヴァが、その大きな図体で私に突進してきた。
突進してくるミネヴァを見た私は、ミネヴァに背を向けて、半壊した基地に向かって足を進める。
ミネヴァが私の背中に触れそうになった瞬間、そのミネヴァは私に触れないように形が変わり、身体があり得ない方向に曲がって倒れた。
越えられない距離、とはよく言ったものだと思う。
どんなに硬くても、私の物形操作はあらゆるものの形を変えられる。それは、最強の矛を意味していた。私が世界最強と呼ばれる理由の一つ。
「リタ!」
ヴィレが基地から急いで出てきたが、多量のミネヴァの死骸を見て驚いているようだ。
「遅かったな」
「……さすが、というべきなのか」
「基地に戻れ。風邪を引いてはいけない」
「……了解」
「ウホォォ!!」
「なっ!?」
基地を挟んで私たちの反対側から、ゴリラの姿をしたカテゴリー3のミネヴァが地面から現れた。
ミネヴァは巨大な拳で基地を殴る。基地の窓のガラスが割れ、破片が飛び散った。
「フゥゥホォォ!!」
ミネヴァが基地を破壊していく。
基地から飛び散るものはガラスの破片だけでなく、食料や水も含まれていた。
「ちっ!」
私はまた砂の槍でミネヴァの身体を貫いた。だが、ミネヴァの息が絶えることはなく、一層暴れ始める。
「ウホォォォォォ!!!」
基地が壊れていく。
ミネヴァの重い一撃により、基地はアルミ缶のように潰れていく。
「このっ!」
ヴィレが落ちていた鉄の大きな破片を拾い、魔法で浮遊させてミネヴァへ飛ばす。鉄の破片はミネヴァの眉間へと突き刺さった。
ミネヴァは背中から倒れ、地面を赤色で染める。
「くそっ!」
ミネヴァを全滅させることができたが、ヴィレが苛立ちを露わにする。
私もこうなるとは思っていなかった。
私たちの住んでいる基地は、もう半壊以上に壊れてしまっていたのだ。砂漠の上にグチャグチャに転がっている食料は、もう食べることはできないだろう。
救助隊が来るまであと何日だろう。救助隊が来るまで私たちはあと何日、生き残れたらいいのだろう。
夜の砂漠でたった二人。
ここが私たちの墓場なのだろうか。
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