第3話 背負っているもの

 この世界には二つの国がある。

 一つは我々、魔法の使える人間が住む国、ビギスト帝国。

 もう一つは魔法の使えない人間が住む国、アーストリカ共和国。

 この二つの国は対立している。もっと分かりやすく言えば、この二つの国は戦争をしているのだ。

 だから、共和国の人間が私たち帝国の人間を見れば、すぐに殺しに来るのは当たり前で、私たちもそれは同じだ。



 今、私たちがいるのは簡易型基地。簡易型といっても、その基地が帝国の物であることは誰だって分かる。

 この基地は移動要塞と言えばいいのだろうか。魔法を使うことで、この基地は動くことができる。基地を動かすには何人もの人間が必要であり、私たち二人では基地を動かすことができない。


 とにかく私たちは共和国の人間に敵襲をされたわけだ。敵が基地に侵入してきた。殺さなければ殺される。

 基地内に侵入してきた敵が他にいないかをヴィレに調べさせ、私は基地の外に繋がる出口へと向かう。

 外へ繋がっている扉は空いたままだった。扉の向こうから喋り声が聞こえる。向こうにいるのは三人ぐらいだろうか。


 少ないな。私と戦うには最低でも百人以上連れてこなければ。それも一人一人が固有魔法を持っているくらい。

 私はためらうことなく扉を開けた。砂漠には三人ではなく四人の男がいた。予想に反していたが小さな誤差。

 夜の砂漠の冷たい風が私の肌を刺す。これでは風邪を引いてしまいそうだ。

 男たちがナイフを構えるがもう遅い。


 地面から尖った砂の柱が飛び出て、彼らの体を貫いた。


 彼らの血が砂漠に流れる。


「呆気ないものだ……」


 数多もの戦場で戦ってきた私には、すぐに終わる戦闘は短いからこそ少し不安になる。まだ戦闘が終わっていない感覚に陥ってしまうのだ。


「リタ」


 出口からヴィレが出てくる。彼の片手にはボロボロになった干し魚が。


「敵はいたか?」

「二人いた。殺すことはできたが、干し魚が全てぐちゃぐちゃになってしまった。すまない、俺がもっとしっかりしていれば……」

「かまわない。それよりこいつらをどう思う?」


 私は砂の柱に貫かれている男たちを指差した。ヴィレは男たちの服を見る。


「服から共和国の人間だとは分かるが、数が少ないな」

「おそらくこいつらは、本隊の進行先の安全を確認するための調査部隊だ」


 この砂漠はミネヴァの巣。この少人数だけでこの砂漠に来ることはないだろう。なら、こいつらとは別に、本隊がいると考えるのが妥当だ。


「なら、こいつらが通信して本隊にここが知られている可能性が高いな」


 ヴィレの言う通り。本隊がここに来るのも時間の問題。


「この基地は放棄か」


 ヴィレがそんなことを言った。

 基地を放棄というのは本気で言っているようだ。この基地を放棄する必要はないというのに。

 そう思っている私は、ヴィレにこう問い掛けた。


「まさか逃げるのか?」

「っ!」


 彼が私の言葉に驚く。

 いつもは冷静な彼が、少し大きな声で私に問い返してきた。


「リタ、もしかして戦うつもりか!」

「聞こう、お前の目の前にいる人間は誰だ?」


 ヴィレは黙る。彼は信じられないといった目で私を見た。


 だから、この私が彼の代わりに自分の問いに答えよう。


「お前の目の前にいるのは、世界最強と呼ばれるリタ・バレランスだ」
































***



 ヴィレたちの簡易型基地から少し離れた場所。

 そこには、共和国軍の本隊が幾つものテントを張っていた。テントは全体が円形になるように張られている。

 魔法の使えない共和国は、帝国のような移動要塞である基地を作ることができない。だから、共和国の兵士にとって、長期の任務はテントで寝過ごすのは当たり前だ。

 そして見張りは交代制で行われる。見張りと言っても、共和国の兵士がテントの外側に座って見ているだけなのだが。


「交代まであと何分だ?」

「二十分だろ」


 やる気のない共和国の兵士二人はチェスをしながら、見張りをしている。


「チェック」

「待ってくれ、やり直させてくれ!」

「いーや駄目だ」

「いいだろ、それぐらい……って誰か来たぞ」

「話をそらすなよ」

「嘘じゃないって。見てみろよ」


 一人の兵士が指さした先には、二人の男女がいた。男が女を背負っている。

 一人は共和国の服を着た金髪の男で、もう一つは手を後ろで縛られている赤髪の女だ。


「お前ら、司令部までこいつを連れて行くのを手伝ってくれ!」


 金髪の男が見張りの兵士二人に話しかける。話しかけられた二人はとりあえずチェスをやめ、金髪の男に近づいた。


「その女は?」

「捕虜だ。さっき帝国の基地を見つけたんだが、この女しかいなくてな」

「兵士はお前一人なのか?」

「他の奴らはこの女に殺された。なんとか気絶させることができたから、捕虜として連れて帰ってきたんだよ」


 見張りの一人が女を見た。

 女の格好は下着にシャツを着ただけの薄着だ。


「捕虜に出す必要はねえよな?」


 見張りの男が笑みを浮かべながら、もう一人の見張りの男に聞く。

 聞かれた男は質問の意味が分かり、同じような笑みを浮かべた。


「だな」

「ちょっと待て。司令部にはもう捕虜を確保したって報告したんだ。犯すことはできない」

「ちっ! 着いてこい!」


 二人の見張りは金髪の男を睨みつけ、司令部のテントへ足を向けた。


 司令部のテントへ向かう途中、金髪の男が背負っている赤髪の女を見た兵士たちが、気味の悪い笑みを浮かべる。

 見張りの兵士が金髪の男を司令部のテントまで案内し、自分の持ち場に戻って行った。

 そして、金髪の男は司令部のテントの中に入る。


「司令、失礼します!」

「何事だ?」


 金髪の男の言葉に、初老の男が答えた。金髪の男はその男の前に立ち、背負っていた女を床に寝転がらせる。


「帝国の基地から捕虜を確保してきました」

「捕虜だと?」


 司令である男は聞いていない報告に、眉をひそめる。


「通信機が壊れてしまい、報告することができませんでした!」


 金髪の男は敬礼をして、司令官を見た。司令官は眉をひそめたまま、捕虜であるという女を見る。

 

「帝国の基地には何人いた?」

「この女だけです!」

「一人だけか?」

「はい! おそらく帝国のテレポートに間に合わず取り残されたのだと思われます!」


 帝国のテレポート装置は共和国でも有名であり、司令官は金髪の男の言うことに納得する。


「そうか。ならば捕虜はいなかったというわけだ」

「?」


 司令官の言葉を理解できず、金髪の男が司令官に聞き返した。


「何を言って--」

「帝国軍は全員テレポート装置で基地を放棄。基地には誰もいなかった。本国にはそう伝える」


 以上だ、と言って、共和国の司令官は机の上の書類を整理していく。

 金髪の男は司令官の言うことに納得できずに抗議する。


「なぜですか!」

「もう食料が一つも無いのは知っているだろう。補給部隊がミネヴァどもに襲われたからな。捕虜に与える飯などない」

「じゃあこの女はどうするんです!」

「兵士どもにくれてやれ」

「犯すつもりなんですか!」

「仕方ないだろう! 飯を与えなければいけないのは捕虜より我が兵だ!」


 金髪の男と司令官が言い合う。

 二人の言い合いが聞こえ、兵士たちがテントの入り口に集まる。

 そして、第三者の介入によって二人の言い合いが終わった。


「ヴィレ、もうやめろ」

「リタ……」


 その第三者は、床に寝転がっていた女だった。

 女が起き上がるのを見て、司令官が驚く。


「気絶していないだと? まさかお前は!」


 司令官が金髪の男は共和国の兵士ではなく、帝国の人間だというのに気付く。起き上がった女は、共和国の司令官を無視して金髪の男に話しかけた。


「ヴィレ、食料はない。それがわかれば十分だ」


 ヴィレとリタがこのような面倒なことをしたのには理由がある。共和国軍から食料を盗むためだ。

 リタならば、敵陣に潜入せずとも共和国軍を殲滅することができたが、そうすると食料までがなくなってしまう。それは食料のないヴィレたちにとっては避けたいことだったので、捕虜確保という形で潜入することを選んだのだ。


「女を捕らえろ!」


 司令官がそう言うと、テントの入り口にいた兵士たちがリタに襲いかかった。


 その瞬間、司令官のいたテントが吹き飛んだ。

 テントがあった場所には、ヴィレとリタだけしか立っていない。


 テントが吹き飛んだ音を聞いて、共和国の兵士たちが集まり、リタとヴィレを囲んだ。


「数は百を超えるぐらいか」

「結局こうなるのか……」

「百人などまだ楽なほうだ」

「世界最強は言うことが違うな……」


 ヴィレはうんざりとして、自分たちを囲む兵士たちを見る。そして、自分の足元で血を流している兵士を一瞥した。


「お前は立っているだけでいい」


 リタがそう言って、周りを見た。

 そのリタの言葉にヴィレが反論をしようとした時には、もう全てが終わっていた。


 地面から槍のような形をした柱が無数に出て、共和国の兵士たちを串刺しにしたのだ。

 ヴィレはその悲惨な状況を作り出した帝国最強を見て呟く。


「これがリタ・バレランスの物形操作……帝国最強が使う固有魔法か」


 物形操作。

 リタ・バレランスの固有魔法。あらゆる物体の形を変えることができる魔法だ。例えば、丸い鉄球を厚い鉄板に変えたり、破れていた服を元に戻したり、硬いものを柔らかいものにしたり。

 ヴィレの着ている共和国の軍服も、殺した兵士の破れていた服をリタの魔法で直したものだ。


 そして、目の前の共和国の兵士たちを貫いている砂の槍も、リタの物形操作によって作られたもの。

 リタの魔法を見て、ヴィレは何も言うことができない。そのせいだろうか、足元で寝転がっていた兵士の一人がリタに襲いかかるというのに気づくことができなかったのは。


「うおおおぉぉ!!」

「っ! リタっ!!」


 共和国の兵士がナイフでリタの背後から襲いかかった。リタは振り向かず、ヴィレは兵士に手が届かない。

 兵士のナイフがリタの触れそうになる。だが、ナイフはリタに届くことはなかった。リタの体に届かないように、ナイフがグニャリと形を変えたのだ。


「なんだと!?」


 襲いかかった兵士は、歪に曲がったナイフを捨ててリタから距離をとる。

 その様子を見ていたヴィレは足を止め、歪な形となったナイフを見て思わず声を漏らした。


「越えられない距離……!」


 越えられない距離。

 どんな物体も彼女の身体には届かない。

 リタが世界最強と呼ばれる理由の一つである。


 リタの身体は魔法の膜で覆われている。その魔法は彼女の固有魔法。つまり、物体の形を変える魔法の膜が彼女の身体を覆っているということだ。

 例えばナイフのような物が、リタの身体に触れようとする。その時、リタを覆う魔法膜に触れ、魔法膜の内側に侵入しないように形を変えられる。

 言い換えると、形ある物は、どんなことがあってもリタの身体には届かないということだ。

 誰が言い始めたのか、人々はそれを『越えられない距離』と呼んでいる。


「ぐはっ!!」


 また兵士が砂の槍に貫かれた。リタは何人も殺したというのに顔色一つを変えない。戦争では殺し合いは当たり前のことなのだ。















***



 リタは生き残っている兵士がいないかを確認するために、物形操作で自分の足元の砂場を上げて共和国のテントを展望する。


「やりすぎだ」


 地表にいる俺は、上にいるリタを見上げる。夜風に揺れる赤い髪は地表から見ても目立っている。そして、その髪よりも赤い血が地表を覆い尽くしていた。リタの作った砂の槍は、円を作っていた共和国のテント全てを貫いていたのだ。

 そこまでやる必要はないと思うが、さすがは世界最強。俺もユウトも彼女には敵わないだろう。


「……う…ぅ」


 砂漠の夜に消えてしまいそうな微かな声が聞こえる。一つじゃない複数だ。血を流して倒れている共和国の兵士たちが苦しんでいるんだろう。

 助けてやりたいとは思う。だけど、助けて捕虜にしたら、そいつらに食事を与えないといけなくなる。俺たちだって食料は少ない。


「すまない……」


 助けてやれない。彼らを助けることは、自分自身を危険にすることにつながる。それは避けないといけない。自分にはどうしようもできないことだ。

 そんなことを考えていると、自然と右手に力が。


「敵はもういない。さっさと帰るぞ」

「……ああ」


 リタが下に降りて来て報告してきた。

 自分のこの感情が読み取られないように、なるべく普通の声で応えるのに努める。

 俺たちは簡易型基地へ足を向けたが、背後からボコボコといった音が聞こえてきた。

 小さかった音は大きな音へと変わり、砂が巻き起こった。


「ガアアアァァ!!」


 砂からミネヴァが現れたのだ。大きさから見て、カテゴリー2だろうか。姿はトカゲみたいだ。


「私がいる時に来るとは不幸な化け物だ」


 リタがミネヴァへ近づこうとしたが、俺がそれを手で制す。


「どういうつもりだ?」

「俺にやらせてくれ」

「……別にいいが、なぜだ?」

「少しイラついていてな。憂さ晴らしをしたい」


 苦しむ奴らを見て、何もできなかったことに少しイライラしていた。この気持ちを解消することができなかったから、ミネヴァはいいタイミングで現れたと思う。


「すぐに終わらせろ」

「了解」


 俺はミネヴァの足元にある共和国の兵士の死体の数を確認する。そして死体が持っているナイフの場所も確認する。


 まずは五本で充分だな。それ以上は操るのが難しい。


 俺は魔法を使う。使うのは自分だけの魔法。


 死体の持っているナイフが空中へ浮かび上がる。そのナイフの数は五本だ。そして、ナイフが空中を回転しながら移動していく。


「お前も固有魔法を使えたのか」


 後ろにいるリタが意外そうに言ってきた。

 そうだ、俺も固有魔法を使える。俺の固有魔法はリタほど強力ではないが、便利なものだ。俺が両手で持てる重さまでの物なら何でも、空中に浮かび上がらせて動かすことができる。

 そして、一度に浮かび上がらすことができる数に制限はないが、一つ一つを動かすには器用さがいる。つまり、実際に浮かび上がらせることができる数は、俺の脳が処理できる量までということだ。


 今俺が操っているナイフは五本。そのうちの二本をミネヴァの目へ飛ばす。

 

「グギィィ!!」


 続いて三本でミネヴァの足を切る。そのままミネヴァの首へ。ミネヴァの首は太く、ナイフ三本だけでは切ることができない。だから、俺は共和国の兵士の死体のナイフの残り全てを、ミネヴァよりも高い場所へ浮かび上がらせる。そして、ミネヴァの上からナイフを下に速く落とす。


「ギアァァァ!!」


 ナイフの雨が砂漠で降る。無数のナイフがミネヴァの身体に突き刺さった。ミネヴァは倒れ、起き上がることがない。


「お前の固有魔法は物体浮遊というわけか」


 リタはテントを貫く無数の砂の槍を地面に引っ込めて、もとの平らな砂場に戻した。


「あんたほど強力な魔法じゃない」

「だが便利な魔法だ」

「世界最強にそう言われても嫌味にしか聞こえないな」

「捻くれたやつだな」

「……かもな」


 リタの言ったことを否定することができなくて、俺は彼女から目を逸らしてしまう。そんな俺の様子を見て、リタが少し笑う。


 共和国の兵士やミネヴァを殺した後だというのに、このリタとのやり取りは間違っているのだろう。普通なら殺したことに罪悪感を抱いたり、後悔をしたりする。

 だけど、俺たちは何度も戦場で戦った、何度も人を殺してきた。今更、罪悪感も後悔もない。俺たちはもう壊れているのかもしれない。


「くしゅんっ!」


 そんなことを考えていると、リタが突然くしゃみをした。

 捕虜という雰囲気を出すために、リタには薄着のままだ。目のやり場に困ったりもしたが、それは間違いだった。

 こんな寒い夜の砂漠で、薄着など風邪を引いてしまう。俺は変装のために共和国の軍服をきているから寒さをあまり感じなくて済んだ。


 とりあえず上着を脱ぎ、リタにかける。無いよりはマシだろう。


「気が利くな」


 リタが上着を着ながら俺に微笑んでくる。彼女は上着を着ても、まだ寒そうだ。


「気が利かないと、ユウト隊の副隊長はできない」

「苦労しているんだな」


 彼女は自分の足を夜の砂漠の空気に晒している、しかも裸足だ。夜の砂はとても冷たい。捕虜役のためとはいえ、もう少し厚着をしてもらってもよかったと後悔する。

 捕虜の確保で敵テントに侵入するという作戦は俺が提案したものだ。捕虜役をしてくれたリタには申し訳ない。


「ヴィレ、どうした?」


 俺が少し暗い顔をしていたからだろうか、リタが俺を心配そうに見てくる。


「くしゅんっ!」


 彼女がまたくしゃみをした。

 そんな彼女を見て、俺は--


「ヴィレ、な、何を!」


 俺はリタを無理やり背負った。


 彼女の体温を背中で感じる。

 彼女が小柄で軽いから、基地まで背負うのは問題なさそうだ。


「お、降ろせ!」


 リタが俺の背中で暴れる。


「暴れないでくれ」

「降ろせと言っているんだ!」


 リタが俺の髪を引っ張ってくる。地味に痛い攻撃で困る。


「裸足で冷たい砂場を歩くのは辛いだろ」

「それぐらい我慢できるっ!」

「それで風邪を引かれたら、作戦を提案した俺の責任になる。それに……」

「?」


 背中で暴れていたリタが動きを止める。


「あんたには元気でいてもらいたい」


 リタが元気で俺の作った料理を食べている姿を見れば、料理を作った買いがあると思える。

 砂漠で俺一人だけが取り残されたなら、不安で不安でしょうがなかっただろう。


 実際にテレポート装置に間に合わなかった時は、一人で不安だった。だから他に生きている人間がいないか必死に探した。そして、血を流しながらもまだ息のあったリタを見つけて安心したのは、まだ記憶に新しいことだ。


 リタは俺が降ろす気がないのを理解したのか、彼女は俺の首に腕を回してきた。


「よくこうやって人を背負うのか?」


 俺の耳元でリタが囁く。彼女の赤髪が視界の隅に入ってくる。そういえば、捕虜役の彼女を背負ってここに来たな。


「人を背負うのはあんたが初めてだ」


 リタが腕に力を込め、俺の背中にもっとくっついてくる。

 気のせいだと思いたいが、いや思うが、柔らかい何かを背中から感じる。

 基地で共に一ヶ月間過ごすわけだから、リタが女ということを意識しないようにしていた。だけどこんなにも密着して、いい匂いがすると意識しないわけがない。

 

「私はお前の初めてを貰ったというわけだ」

「誤解を生む発言はやめろ」


 こっちは冗談に答える余裕なんてない。少しはそれをわかって欲しいんだが。

 リタが全体重を俺に預けてきた。


「温かいな……」


 俺が彼女の体温を感じているのと同じように、彼女も俺の体温を感じている。

 

「少し……寝てもいいか?」

「いいぞ」

「ありがたい……疲れていたんだ」


 数秒も立たずに、彼女から寝息が聞こえてきた。背中にいる彼女の寝顔を確認することはできないが、きっと普通の女の子の寝顔なんだろう。


 世界最強と呼ばれているが、彼女の仕草は少し幼い所がある。それはリタが俺よりも年下だということを感じさせる。

 そして、リタはこの歳で世界最強と呼ばれているのだ。


 俺が今背負っている彼女は、一体何を背負っているのだろうか?

 

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