第2話 本の貸借

 ここまでゆっくりできる朝はいつぶりだろうか?


 おそらく軍に入る前ぶりだろう。軍に入ってからはいつも時間に追われ続けていた。

 時計はとっくに普段の起床時間を過ぎた時間を示している。とはいうものの、幸いと言っていいのか、私が寝坊しても怒る人間はいない。


 人生で数回しかしたことがない二度寝をするなら、今しかない。久しぶりの二度寝に少し幸せな気分になる。


 私がベットにその身を預け、夢とうつつの間を彷徨っていたら、部屋の外から声が聞こえた。


「リタ、起きたか?」


 男の声だ。本当は無視してもう一度寝たいのだが仕方ない。

 覚醒していない頭でベットから立ち上がる。小さな幸せを感じていたというのに、邪魔をされて少し嫌な気分だ。


「リタ?」


 私はこの声の主を知っている。誰だっただろうか。思い出せない、いや、思い出す必要はない。扉を開ければ、相手が分かるのだから。

 そして、私は目をこすりながらも、躊躇わずに部屋の扉を開けた。


「目が覚めたか、リ……タ」


 そうだ。声の主はこの男だ。

 確か名前はヴィレだったな。ユウト隊の副隊長で、私以外唯一の砂漠に取り残された人間。


 ところで、なぜ彼は固まっているのだろう?

 気のせいか、彼の顔が少し赤くなっているように見える。

 私はヴィレの反応をおかしいと思い、彼の視線を追ってみた。彼の視線を辿ると、私の服に辿り着く。

 ちなみに私は今、下着の上にシャツを一枚着ているだけ。


「すまない、まさかそんな格好だったとは--」

「用がないのなら、おやすみぃ」

「え?」


 一刻も早く眠りたい私は部屋の扉を閉め、ベットへと転がる。

 扉の向こうにいたヴィレが戸惑っていたような気がしたが、気のせいだろう。


「やっと二度寝ができる……」


 次に私が起きたのは、十二時を過ぎた時間だった。

















***



「世界最強も朝には弱いのか?」


 俺の目の前には、帝国最強とも、世界最強とも呼ばれている人。その小柄な体型からは世界最強とは到底思えない。

 彼女は赤いショートヘアーを揺らしながら、俺の作った料理を食べている。


「久しぶりのゆっくりできる朝だったからな。二度寝をしてしまった。迷惑をかけたのなら謝る」


 別に迷惑なんて思ってはいない。それより気になるのは、今日の朝のことだ。


「いや、それはいいんだが、怒っていないのか?」

「怒る? なんでだ?」


 リタが食べるのをやめて、俺を不思議そうに見てきた。彼女の口にはご飯粒がついている。


「いや、怒っていないならいい」

「そういえば、夢でお前が出てきたような……」

「き、気のせいだろ」


 寝ぼけていたのか。でも、あれを夢と勘違いするのもどうかと思う。

 俺は既に朝食も昼食もすませており、テーブルの上にはリタ一人分の料理しかない。俺はお茶を飲みながら、リタの右肩を見て気になったことを聞く。


「右肩の調子は?」

「もう大丈夫だ。これくらいならミネヴァの相手だってできる」


 リタが右肩を動かす。最初に右肩に包帯を巻いたのは俺だが、それからは当然リタ自身が包帯を変えている。

 昨日リタが捨てた包帯は血が着いていたが、思ったよりは着いていなかった。


「とにかく安静にな」


 俺がそう言うと、リタが少し笑った。

 なぜ笑われたのか理解できない。


「どうした?」

「いや、お前はいつもこんな感じなのか?」

「こんな感じ?」

「母親みたいというべきか、先生みたいというべきか」


 もしかして俺が言い聞かせるように言うから、リタはそう感じたのだろうか?

 もしそうなら、リタにそんな風に言ってしまった理由には心当たりがある。

 あいつがいつもいい加減だから、俺は自然とこうなってしまったんだろう。


「隊長があんな感じだからな……」













***



「隊長があんな感じだからな……」


 ヴィレが少し遠い目をしている。

 なるほど、隊長が副隊長にほとんどの仕事を押し付けると、副隊長はこんな風になるのか。

 私はそこまで副隊長に仕事を押し付けているつもりはないんだが、自覚がないだけかもしれない。これからは気をつけなければ。


 ヴィレの様子をそう分析した私は、昼食を食べ終わり、台所へ食器を洗うために持っていく。

 台所には、昨日とは違い、缶詰のタワーが立っていた。ヴィレが午前中に食料を整理していたのだろう。

 台所を観察していた私に、ヴィレが低い声で話しかけてきた。


「あんたは食堂に入るな」

「食器を洗うぐらいはいいだろう?」


 料理はできなくても、私にだって手伝えることはあると思う。例えば、皿洗いなど。


「食器を洗ったことはあるのか?」

「…………」

「目をそらすな」

「ない……」

「やっぱりな。食堂で座っていろ」


 そう言われて、ヴィレに台所からつまみ出された。

 つまみ出された私はあまりいい気分がしない。


「そこまで邪険にすることはないだろう」


 不満を口にしたが、台所にいるヴィレは私に反論してきた。


「食器だって貴重な資源だ。何枚もあるが、割られるのは勘弁してもらいたい」


 私が割らない保証はないわけで、むしろ割る確立の方が高いのは分かっているから、私はそこで黙った。


 すぐに水の流れる音は聞こえなくなり、台所からヴィレが現れる。

 ヴィレが食器を洗い終わるのを待っていた私は、飴玉を口に含めながら彼に話しかけた。


「基地内の個室をとりあえず調べるぞ」

「了解」














***



 簡易型基地と言っても、基地は百人を収容することができるように部屋が作られている。一部屋に二人、つまりは基地全体で五十の部屋がある。


 その一つ一つをくまなく調べないといけないので、一日では到底終わらない。おそらく三日はかかるだろう。


「この部屋にも食料はないか……」


 着替えなどはたくさんあったが、肝心の食料が一つもない。


 テレポート装置での脱出はいきなりの決定だった。そのため、部屋に戻って自分の荷物をまとめる時間なんてなかったはずだ。そのおかげというべきか、基地内の一つ一つの部屋の中は、部屋の持ち主の私物でいっぱいだった。

 全ての部屋に私物があるのだから、食料が少しはあると思う。だが、私物が多い分、一つ一つの部屋を調べるのに、時間がかかってしまうのが問題だ。


 九つ目の部屋の探索が終わり、気がつくと、もう夕食の時間だった。


「食堂へ行こう」


 私はヴィレにそう提案したが、ヴィレは反応しない。おかしいと思って、私はヴィレに近づいた。


「どうした?」

「この部屋はこいつらの……」


 ヴィレがこの部屋から見つけたと思われる写真を持っていた。近づいた私にヴィレが写真を見せた。

 この部屋で撮ったのだろう。写真には男二人が互いに肩を組んでいる姿が写っていた。


「俺の部隊の奴らだ。二人とも俺の目の前でミネヴァに地面へ引きずられていった……」


 ヴィレがそう呟いた。

 この写真に写っている彼らは、あの砂嵐の時のミネヴァの奇襲で死んでしまったのか。


「助けることができなかったな……」


 副隊長という立場もあるのだろう、彼は責任を人一倍感じているはずだ。

 私も何度も戦場に出て、何度も目の前で人が死んでいった。私にもこういうのは経験のあることだ。


「死んだ者たちの死を悲しんで引きずるな。そいつらの分まで戦うことを考えろ」


 私が言えるのはこれだけだ。

 私はただ命令に従って戦ってきたが、戦場にはその思いで立ってきた。

 悲しむ時間すら無かったから。

 戦いが終われば、また戦いだったから。


「勘違いをしないでくれ。別に悲しいわけじゃない」


 ヴィレが私の方を向いた。

 彼の目は綺麗なはずなのに、私が感じたのはもっと黒いものだった。


 そして、彼は私にこう告げた。


「ただ後悔しているだけだ」


 ヴィレがその写真を破ってゴミ箱に入れ、その部屋から出て行く。


 私は動くことができずに、その離れていく背中を見ることしかできなかった。





















***



 今日は昨日と違い、私は二度寝をすることもなく、ちゃんと朝食をとり、部屋の探索をしている。

 部屋の中から出てきたものは、着替え、毛布、トランプ、懐中電灯など。

 偶にアダルトな物などを見つけたが、これは見つけたら魔法ですぐに処分した。

 肝心の食料だが、乾パンを見つけたぐらいだ。それ以外は特に見つかっていない。これでは先が思いやられる。


「すごい私物の量だな」


 ヴィレが困ったように呟いた。

 私たちが見つけた私物が山のように積まれており、三つの部屋だけでこれだけ出てきたのは、正直驚きだった。


「毛布を何枚か持っていくぞ」


 私は毛布を両手で持ち、私物の山を見ているヴィレに話しかけた。


「そうだな。夜の砂漠は寒かったが、これなら問題ない」


 ヴィレの言うように、夜の砂漠は昼の砂漠と比べて信じられないほど寒い。

 節電のため、冷暖房は使えないから、昼は汗をかき、夜は震えている。

 部屋の探索があまり進まないのも。この砂漠の極端な気温のせいだ。


「ついでに昼食にするか」

「先に食堂に行っていてくれ。私は毛布を部屋に置いてくる」

「分かった」


 その場でヴィレと別れて、私は寝室として使っている部屋へと向かう。

 部屋の探索も明日で全て終わりそうだ。食料がたくさん見つかればいいのだが。


 そう言えば、私がヴィレの部屋に入るのは初めてな気がする。ヴィレも私の部屋に入ったことはないと思う。


 私は先に自分の部屋の前に着いた。とりあえず自分の部屋に毛布を放り投げる。


 ヴィレの部屋は私の部屋の二つ隣だ。

 部屋の扉は鍵をかけれるほど便利な物ではなく、ただ板にドアノブがついている物だった。だから、私は簡単にヴィレの部屋の中に入れる。

 ヴィレの部屋の中は、綺麗に布団が畳まれて置いてあることが私の部屋と違うだけで、それ以外は私の部屋と変わりなかった。

 私は一応毛布を畳んで、ベットの上に置いて、すぐに帰ろうとする。


 ふと、一冊の本が目に入った。その本は紙のカバーで包まれていた。

 ヴィレが本を読んでいることを意外とは思わないが、どんな本を読んでいるか気になる。

 その本を手に取って、題名を見ようと一ページ目を開こうとしたら--


「それは心理学の本だ」

「!!」


 いきなり声をかけられ、びっくりしてしまう。危うく本を落としそうになった。

 部屋の入り口に振り向くと、そこには予想通り、この部屋の主であるヴィレがお玉を持って立っていた。


「すまない。気になってしまって」


 ここで冷静さを欠いてはならない。というより、近づいてきていたことに気づけなかった、帝国最強と言われているこのリタ・バレランスでも。


「構わないぞ」


 ヴィレは怒っておらず、穏やかな口調で話しかけてきた。私はそのヴィレの様子を見て安心し、この本について質問する。


「心理学の本なのか?」

「ああ。割と面白かった」

「こういう本を読むのか?」

「いや、特にそんなことはない。今回読んだ本が、心理学について書かれていた本だっただけだ」


 今の言葉からすると、ヴィレは本をよく読むんだな。それにしても、心理学の本か。そういった本はあまり読んだことない。本は好きだが、今まで本を読む時間すらなかった。


「よければ読んでくれないか?」

「いいのか?」

「その本の感想を聞きたい」


 私はその本を見つめた。

 嬉しいことに、本を読む時間はたっぷりある。暇潰しにもなるだろう。それに私もこの本を読んでみたいと少しは思っている。


「分かった」


 私はその本を胸に抱え、ヴィレの部屋を出た。

























 そして次の日の夜、やっと基地の中の部屋を全部調べることができた。

 予想通りというべきなのか、食料は全部で二日分は見つかった。乾パン、缶詰、飴玉など。

 それらは全てヴィレが台所へ持って行ってしまった。私は台所に入るのを禁止されているから、もう食料が私の手の届かない所へ行ったことになる。

 ヴィレはちゃんと料理を作っているから、料理について心配はない。しかし、台所を全て任せるというのはどうかと思う。私も台所に何があり、どこに置いてあるかぐらいは把握しなければならないのではないだろうか。


「失礼する……」


 だからこそ、ヴィレが台所にいないことを確認して、私は台所へ侵入した。

 ヴィレは料理を作っている最中だったのだろうか。まな板の上には包丁と魚が置いてあった。


 とにかく私は台所の引き出しの中を確認していく。引き出しの中には調味料などがあり、綺麗に整理されていた。元々このように置いてあったのだろうか、それともヴィレが自分で整理してこのように配置したのだろうか。

 戸棚にはたくさんの皿がある。この簡易型基地は百人を収容することができる。食堂の広さも、食器の多さも、それを考えれば納得がいく。


「何してるんだ?」

「!!」


 まただ。また後ろから声をかけられる。

 声をかけられた方を見ると、怒るというより呆れているヴィレが立っていた。ヴィレの片手には箱が。おそらく彼はその箱を取りに行くために、台所から離れていたのだろう。

 また気配を感じなかった。このリタ・バレランスが二度も。


「なんで台所に?」


 彼は私が台所にいるのを見て、どう思ったのだろう。私が食料を漁りに来たと思っているのだろうか。そう思うことは仕方ない。私だって反対の立場ならそう考えてしまうかもしれないから。


「食料をくすねに来たわけじゃないんだろ?」


 ヴィレのその一言で、誤解されていないことが分かる。


「……疑わないのか?」

「あんたはそんなことをする人間じゃないだろ。俺の知っている世界最強はそんなことはしない」


 ヴィレはそう言って、まな板の上の魚二匹を箱に入れて、台所から出て行く。

 私は彼の後を追うために台所から出た。


「台所に何がどこにあるかの確認がしたかったのだ。それよりどこへ行く気だ?」

「外だ」

「外?」


 私が疑問に思っていると、ヴィレは外の砂漠へ繋がっている扉の前に着いた。

 ヴィレが扉を開けて外に出る。私もヴィレに続いて基地から砂漠へと出た。

 基地の中も暑かったが、外の砂漠は比べものにならなかった。熱風が頬を差し、容赦を知らない日光が私の肌に襲いかかる。砂漠は辺り一面砂だらけで、砂以外の存在を見つけることができない。

 基地の入り口の近くに、洗濯のために使われる物干しがあることに気づいた。

 ヴィレが洗濯バサミで開いた二匹の魚を吊るしていく。


「それは?」


 ヴィレの行動を理解できず、私はこちらに背を向けている彼に質問をした。


「天日干しだ。こうやって魚を乾燥させれば、少しは日持ちすると思ってな」

「それは普段からよくするのか?」

「天日干しをするのは初めてだ。失敗するかもしれないから、魚は二匹だけ使うことにした」


 魚を干しているのは初めて見た。こうやってするのか。

 確かに乾燥させれば、日持ちする。乾パンがいい例だろう。


「ヴィレ、日光がこんなに強い。夜になる前に回収すればいいと思うぞ」


 天日干しは夜も干すのが普通なのだろうが、夜の砂漠は気温が一気に低くなる。朝になると空気中の水分が水滴になってしまうため、魚が濡れてしまう。夜になる前に回収するのが妥当だろう。


「そうだな。今日の夕食の材料にでもなってくれればいいんだが」


 私とヴィレは基地の中へと戻る。外にいたせいで、基地の中がとても涼しく感じることができた。



















「馬鹿なことをしてしまった……」


 珍しくヴィレが落ち込んでいた。

 彼が落ち込んでいる理由は、今日の朝から天日干しした魚だ。


「少し考えれば分かったことなのに……」


 砂漠でも風は吹く。これは当たり前のことだ。風が吹くおかげで、魚も早く乾燥するのだが、そういいことばかりではない。

 風が吹くと砂が舞う。砂は風に運ばれる。つまり、天日干しした魚は砂まみれになってしまったというわけだ。


「すまない……リタ」

「気にすることはない。私はそうなるんじゃないかと思っていたが」

「ぐっ……!」


 ヴィレが砂まみれの二匹の魚をゴミ箱へ捨てた。

 冷蔵庫の中に魚はまだたくさんある。今回の失敗はどうってことはない。


「今度は室内で干す……」

「展望室を使え。あそこなら日光を遮るものはない」

「了解した……」


 ヴィレはそう言って、魚と共に砂塗れになった物干しや洗濯バサミを洗いに行った。


 私は食堂で椅子に座っていて、心理学についての本を読んでいる。まだ読み始めたばかりで数ページしか読んでいない。

 心理学の本は、論説というより小説だった。地の文がほとんどなく、二人の登場人物の会話しか載っていないのだ。老人とその老人の元に訪れた一人の青年。この二人の対話している様子が本に書かれている。


『あなたは、人が誰でも幸せになれると言うのですか!』

『ええ、そうです』


 老人の考えを極端なものとして、青年が老人を論破しようとする。老人は青年の問いに一つずつ答えていく。

 この二人の質問の攻防が、この本の魅力の一つだ。青年の疑問は最もであり、私たちも共有できる疑問だ。その疑問に老人が答えていく。


 心理学の本がここまで面白いとは思っていなかった。


「リタ、すまないが手伝ってくれ!」


 おそらく砂を洗い流すのに苦労しているのだろう。食堂の外から聞こえた声に返事をして、私は読んでいた本を閉じた。















***



 室内で魚を干し、今度は砂塗れになることはなく、望み通りに魚が干物になってくれた。

 その日は砂漠に取り残されてから六日目。私の肩の怪我も治り、ヴィレの言ったとおり風呂に入った。久しぶりの風呂だ。普段から自分が風呂に入れていたことの幸せを実感した。



 もう夕食も済ませ、後は寝るだけ。

 今日は大丈夫だったが、電気もあと一日か二日か使えなくなるだろう。だからこそ節電には気を使わないといけない。

 基地の電気を全て消し、手元には部屋の探索で見つけた懐中電灯。懐中電灯の光で夜を過ごす。些細なことかもしれないが、やらないよりはマシだ。

 ヴィレと別れ、自分の部屋へと入る。部屋の中には毛布が何枚もあり、これがないと寒い砂漠では眠ることができない。


 だが、問題が一つ。寝る前に厚着をしすぎると、朝の砂漠の暑さに耐えることができないのだ。

 暑さで起きてしまうことは仕方ない。そして、暑かったら毛布から抜け出し、体温調整をすればもう一度寝れる。だが、寝着は簡単に脱ぐことができない。

 だから私は、夜は薄着でも寒くならないように何枚も毛布を被り、朝になったら毛布から出て薄着だけになってもう一度寝る。なので、私はいつも寝る時は、下着の上にシャツ一枚を着ただけの格好になり寝ている。


 そして今日も服を脱ぎ、私はいつもの格好になるわけだが、毛布を掴む前に動きを止めた。


 音が聞こえたからだ。


 扉を開けた音が微かに聞こえたような気がした。ヴィレが部屋の扉を開けたわけではない。もしそうなら、もっと大きな音が聞こえるはずだ。

 私は気になり、懐中電灯を持って部屋から出た。扉の開閉時に音が出ないように注意を払う。

 足音を立てずにヴィレの部屋へと行こうとした時--


「おららぁぁぁ!!」


 後ろから大声が聞こえる。

 振り向くと、ナイフを持った大男が私に向かって突っ走ってきていた。


 走っている男とは対照的に、私はそれを見ているだけ。動く必要はない。なぜなら、どんなことがあっても、大男のナイフが私に届くことはないのだから。


「ぐふっ!?」


 大男の足が止まった。彼は口から血を吐き出す。いや、彼だったものは口だけではなく、腹からも血を出していた。


「どうした!?」


 ヴィレも部屋から出てくる。

 彼は着替えておらず、先ほど見た格好のままだ。

 彼が血だらけの大男を見て、次に私を一瞥し、再び大男を見た。


 そう彼が見ているのは、廊下から飛び出た柱に腹を貫かれている大男。


 いきなりのことで驚いているヴィレに、私は落ち着いた声でこう伝えた。


「敵襲だ」


 

 


 

 

 

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