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 ギデオンとムティカが発掘現場に着いたのは、もっとも日差しが強い時刻だった。どうやら徹夜で作業を続けたらしく、教会の正面玄関は周囲がきれいに掘り起こされていた。考古学者のギデオンとしては許しがたい行為だった。シャベルやつるはしで、どれだけの情報が破壊されてしまったことだろう。

 ムティカがブレーキを踏むと同時に、ギデオンはジープから飛び降りた。教会の入口に向かって駆ける。兵士が入口の蝶番に油を差している。折しも、グレインジャーが大きな扉の間にバールを差し込んでいるところだった。周囲に兵士たちが警戒心をあらわにして立っている。

「少佐!待って下さい!」ギデオンは叫んだ。

「バカ言うな」 

 グレインジャーはバールを押し上げた。

 かすかに抵抗があり、軋む音を上げて扉が開いた。教会から雲のような蠅の大群があふれ出た。慌てて顔を覆うギデオンや兵士たちの間を怒ったように飛び回った後、やがて微風に散っていった。

 ギデオンはさっそく中に入ろうとするグレインジャーの腕をつかんだ。

「何をするつもりです、少佐?」

「夕べ、縄梯子を使って部下を中に入らせたんだがね。そしたら、何が見つかったと思う?」

「なぜぼくに知らせてくれなかったんですか?」

「探したが、君はどこにもいなかった」

 グレインジャーはギデオンの腕を振り払い、教会にずかずかと入った。

 真昼の日差しが開いた扉から、どっと内部に入り込む。さらに大量の蠅がぶんぶんと唸りながら集まってきた。すさまじい悪臭に喉がつまる。グレインジャーは教会の奥に進んでいった。背後からギデオンと兵士たちが続いた。通路の中程まで進んだグレインジャーは大きく息を呑んだ。ギデオンも立ち止まる。

 開いた天井から差し込む日差しに、モーガンの死体が浮かび上がった。大天使ミカエル像の間に、血まみれの身体が吊るされている。一瞬、モーガンが翼を広げているように見えたが、背中から剥がされた皮膚が外側に広げられていたのだ。折れた背骨が両脚の間からぶらさがっている。胴体から折れた肋骨が飛び出し、あばた面は無残に砕かれていた。

 グレインジャーはよろよろと後ずさりした。ギデオンは喉からこみあげてくる胃液を懸命に抑えた。

「なんてことを・・・」

 ギデオンは呆然とつぶやいた。

「降ろしてやれ!」

 グレインジャーは命じる。全員がその場に固まっている。

「降ろせと言ってるんだ!」

 ようやく兵士たちは動き出した。遺体を降ろす作業は難航した。ミカエル像の間に身体を吊るしている紐はモーガン自身の腸だった。やがて皮膚の翼が切り離され、くしゃくしゃに垂れ下がった。グレインジャーは背後を振り返った。

「何だ、今のは?」

 ギデオンは問い返した。

「何ですか?」

「物音がしただろう・・・ほら、まただ」

 ギデオンは耳を澄ました。聞こえてくるのは、兵士たちの押し殺した話し声とモーガンの死体を動かす重い摩擦音だけだ。

 グレインジャーはまたビクッとして振り向いた。呼吸が次第に荒くなり、何かに触れようとするかのように、影に向かって震える手を伸ばしている。

「あの・・・野蛮人ども」

「は?」

 ギデオンはまた聞き返した。

 グレインジャーは教会から強烈な日差しの中に飛び出して行った。ギデオンは教会を見回した。ここで何が起こったのか理解しようとした。誰がモーガンをここに連れてきて、こんな仕打ちをしたのか。モーガンはたしかに上等な人間でなかったかも知れないが、これほどの仕打ちを受ける謂れはないはずだ。

 突然、ギデオンはハッと気づいた。慌てて教会を出る。グレインジャーは急きたてられるように現場から離れ、不安定な足取りでトゥルカナの部族に向かっている。槍を手にしたセビトゥアナが前に進み出た。

「この・・・畜生ども!」グレインジャーは忌々しげにつぶやいた。

「やめろ!」

 ギデオンは走りながら叫んだ。グレインジャーはホルスターから拳銃を引き抜き、眼の前に立つセビトゥアナの頭を撃ち抜いた。額を吹き飛ばした銃弾は後頭部を突き抜け、背後の戦士たちに血しぶきを浴びせた。セビトゥアナはどうとその場に転がった。

 ギデオンは走った。背後から兵士の一団がついてくる。グレインジャーは拳銃を振り回しながら、その場を遠ざかる。

 トゥルカナの戦士たちは怒りの雄叫びを上げて兵士たちに向かってくる。驚いた兵士たちがライフルを構え、下がれと叫ぶ。戦士たちは慌てて立ち止まった。辺りに重い緊張が張りつめた。セビトゥアナの死体に近づこうとするギデオンをムティカが抑えた。

「早く帰ってくれ!みんな、悪魔が来ると言ってる。ジョセフに取り憑いた悪魔が。みんなでジョセフを殺す気だ!」

 1人の戦士が槍を空に突き上げ、鬨の声を上げた。周りの戦士たちが一斉に唱和する。正義を求め、復讐を誓う声だ。生きようが死のうが、全ての者を巻き込んで、どこまでも突き進む決死の声だ。ギデオンは血が凍るような気がした。

「早く!」

 ムティカがギデオンを手荒に押した。ギデオンは走った。背後で銃声が響いた。振り返ると、トゥルカナの戦士たちが一斉に突進した。戦士の1人が地面に倒れる。ムティカの姿はすでにない。戦士の投げた槍が兵士の首を貫いた。兵士は喉に刺さった槍を引き抜こうとして、そのまま砂に伏した。激しい銃声を背中で聞きながら、ギデオンはジープに飛び乗って現場から脱出した。

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