[3]

 玄関から大きな音が響いた。ヘレーネは飛びあがった。また戦士たちが帰ってきたのかと思って眼を向ける。病室に入ってきたのは、ギデオンだった。汗と泥にまみれた格好ですさまじい形相を顔に浮かべている。背後の空は明るくなり始めている。

「空っぽだ!」ギデオンは怒鳴った。

「何が?」

 ヘレーネの問いに答えなかったギデオンはつかつかと部屋を横切り、アンを手荒に玄関から押し出した。吃驚したアンは転がるように外に出た。ギデオンはアンの襟首を掴み、相手を壁に押しつけた。

「墓を3つ、掘り返した!棺は全部、空だったぞ!」

 ヘレーネは顔面蒼白になって飛び出してきた。

「ギデオン、やめて!何をするの?」

 ギデオンは食いしばった歯の間から、絞り出すように言った。

「ここで、いったい何があった?」

「知らないわ・・・」

 壁に押しつけられたアンは頭を打ち、痛みに唸る。

「嘘をつけ!最初から、ずっと知ってたんだろ!」

「離して・・・」

「芝居はやめろ!全部、茶番だ!この村の部族は死体を火葬する。ところが、墓地に十字架がある。棺もだ!教会が連中を埋めたんだ。そうだろう?違うのか?」

 ギデオンはアンの身体を揺さぶった。

「ギデオン・・・」

 ヘレーネが口を挟もうとする。

「そうよ」

 アンはようやく口を開いた。

「何が?」ギデオンは言った。

「その通りよ。教会が空の棺を偽の墓場に埋めさせたのよ」

「なぜだ?教会は何を隠している?」

「この地は呪われてるのよ」

「また、そういうデタラメを・・・」

「待って!質問したなら、ちゃんと答えを聞いてちょうだい!」

「答えって?」ヘレーネは言った。

「この地で昔、大量殺戮があったの。1500年前の話よ」

 アンはこの地の忌まわしい過去を滔々と語り始める。

 強大な悪の起源を探すため、2人の神父がニカイアの軍隊とともに世界中に派遣された。長い旅の果てに、神父たちはようやくこの地でそれを見つけた。ニカイア軍は悪と闘い、悪を封じ込めようとしたが、逆に悪の餌食になってしまった。悪魔に取り憑かれた兵士たちは原住民を奴隷や生贄にし、宗教裁判を行った。

「その跡が、あの地下に眠る太古の寺院か」ギデオンは言った。

 最後は神父、兵士、原住民たちが互いに殺し合い、神父が1人だけ生き残った。生還した神父からこの大虐殺に関する報告を受けたゲオルギウス帝は悪魔を封じ込めるため、この地に新たに教会を建て地中に埋めることを命じた。

「そして、この話は歴史から抹消されることになったのよ」

「だが、抹消されなかった」

 アンはうなづいた。

「50年前、教会史の編纂者が教皇府の資料庫から1通の古い書簡を発見したの。そこで4人の神父がこの地に派遣され、現住民たちの協力も得て調査したの。ところが、調査に関わった全員が消えてしまったの」

「消えたって、どこへ?」

 ヘレーネは恐怖にかられて尋ねた。

「誰にも分からないわ。教皇府は事件を揉み消し、偽の墓場を作った。人を近づけないように疫病の話をでっち上げたの」

「しかし、その後の植民地政策で人がやって来た。そして、エメリアが教会を発見してしまった」

「それで、あたしが送られたの・・・伝説が正しいかどうか、調べるために」

「伝説だと?」

 ギデオンはまた歯ぎしりした。

「天国での戦争の後・・・」

 アンの声はほとんど囁きになっていた。

「この地に、ルシフェルが堕ちたという伝説よ」

 沈黙が訪れる。ギデオンは唐突にアンの襟首から手を放した。バランスを失ったアンはよろめいた。顔をそむけたギデオンの口から喉が引きつったような声が漏れた。笑っているのか。泣いているのか。ヘレーネは分からなかった。

 アンはギデオンの肩に手を置いた。

「神があなたをここに呼んだのよ、ギデオン」

「ほっといてくれ」

 ギデオンはアンの手を払った。

「悪魔はいるのよ。ジョセフの中に。ここの人たちもそれを知ってる。連中は悪魔を祓おうとしてここへやって来て、逆に全員が殺されかけた。あなたも逃げるわけにはいかないわ。力を貸してちょうだい」

「無理だ」

 ギデオンは苦しそうに言った。

「でも、あなただって、神を・・・」

「ぼくは何も信じてない」

 2人は長い間、じっと睨み合った。アンは悲しげにため息をついた。

「それなら、あなたにもう用はないわ」

 アンは病院に戻った。

 ヘレーネはギデオンを一瞥する。相手は眼を合わせようとはせず、顔を俯けて背を向けた。重苦しい沈黙を破ったのは、エンジン音だった。ムティカは眼の前にジープを停めた。

「モーガンが見つかりました」

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