[5]
この日の夕方、軍用機がルドルフ湖周辺の白い平地に着陸し始めた。1時間後、2台のトラックがデラチの村に入ってきた。村の広場で雑貨を並べていた女たちはそそくさと品物をまとめ、恐怖と不信を露わに立ち去った。子どもたちはトラックに駆け寄ろうとして親たちに止められている。その様子をギデオンはホテルの玄関から見ていた。
金髪をクルーカットにした曹長が1台目のトラックから飛び降り、荷台にかけられたカンバスをほどき始める。ギデオンはトラックに近づいていった。オラトゥンジも後からついてくる。腰に赤い布を巻きつけた男たちが広場の隅に集まり始めた。
「よし、集合!」
曹長は命令した。
「さぁ、さっさとしろ!このウスノロども!第1小隊は左、第2小隊は右だ!」
ライフル銃を手に、ヘルメットを被った兵士たちがトラックから降りてくる。ちょうどその時、アンがホテルから出てきた。2台目のトラックからはグレインジャー少佐が出てきた。長旅の疲れからか、ややぼんやりした様子だ。サングラスをかけたまま、トゥルカナの男たちに向かってにっこりと笑う。男たちは無表情で見返してくる。
「どこに行っても大歓迎だな」
グレインジャーが皮肉まじりに呟いた。アンが小走りに歩み寄った。後ろからギデオンもやってくるが、こちらは急いでいる様子はない。
「シスター・アン!モーガンの件は何か分かりましたか?」
グレインジャーはアンの手を握りながら尋ねた。
「いいえ、残念ながら」
「我々をお呼びいただいたのは、いい判断でした。以前にも経験がありますが、こういう状況下では・・・」
グレインジャーは急に言葉を切る。何かに耳をすますように頭を傾げた。
「・・・住民をきちんと抑えることが肝心だ。トラブルが起きるのは・・・」
ギデオンは言葉を挟んだ。
「ここで起きていることは地元民のせいだとは思えません、少佐」
グレインジャーは何かをじっと見ている。ギデオンはその視線をたどる。ホテルの玄関があった。ドアが黒い口のように開いている。
「グレインジャー少佐?」
アンの声にグレインジャーは我に返った。それまでの愛想はどこかに消えていた。
「ああ、そうだな」
グレインジャーは広場に集まっている村民たちを横目に、声を張り上げた。
「貴重な遺跡を危険にさらすわけにはいかない。発掘作業の安全が確保できるまで、現場はエメリア陸軍の管理下に置く」
ギデオンは胃が収縮するのを覚えた。
「少佐、武力を誇示することはかえって、住民の反発を・・・」
「住民がどう感じようと、私の知ったことではない。連中がこれ以上問題を起こすようなら、エメリア女王陛下の軍隊が相手になる」
グレインジャーの部隊は発掘現場にトラックを停め、兵士たちがすでにキャンプを設営し始めている。飛び交う号令と金具を打つハンマーの音が辺りに響き、やや離れた丘の上から大勢のトゥルカナの村民がその様子を見つめていた。
ふとギデオンは顔を上げる。遠方で一筋の煙が空に立ちのぼっている。丘の上にいた村民がいつの間にかいなくなっている。ギデオンはグレインジャーに断ってその場を辞し、急いで煙が上がっている場所に向かった。
ちょうど村と発掘現場の中間にあたる、岩の多い丘のふもとに村民が集まっていた。全員が色鮮やかな晴れ着に身を包んでいる。まるで岩の上で虹が砕けたようだ。群衆の真ん中に薪が高々と積み上げられ、今しも火が点じられたところだった。ロキリアは小さな白い包みを腕に抱いていた。隣にセビトゥアナが無表情で立っている。
3人の村民がドラムを叩き、2人が木製の笛でもの悲しい旋律を吹き始めた。端に立っていたムティカがギデオンに気づき、慌てて駆け寄った。
「ここに来てはいけない」
ギデオンは歩みを緩めようとしなかった。ギデオンの存在に気づいた村民に怒りが波のように伝わる。数人の戦士がギデオンの前に立ちはだかった。全員が手に槍を持っている。戦士たちの厳しい眼差しに対して、ギデオンは会釈をした。ドラムの音がはたと止んだ。
「セビトゥアナに伝えて下さい。お悔み申し上げると」
「さっさと出ていけ」
戦士の1人が答える。
「お前らはおれたちの大地を汚した。50年前と一緒だ」
「50年前?村を破滅させた疫病のことですか?」
「あれは、疫病なんかじゃない」
その言葉にギデオンはいささかたじろいだ。
「では、何だったんです?」
「お前たちの教会の中に潜む悪魔だ」
その口調にお前ほどのバカはいないというような侮蔑がこめられていた。
「そいつがオラトゥンジの長男を奪った。そいつは族長の子も奪った。どんどん強くなっている。発掘はいい加減やめろ。嫌なら、おれたちがやめさせる」
群衆がざわめいた。全ての視線がギデオンに注がれる。ギデオンは突然、自分が無防備で孤独であることを感じた。これほどの怒りと憎悪を自分に向けられた記憶はかつてない。戦士たちは今にも飛びかかろうと身構えている。ムティカがギデオンのシャツの袖を引いて立ち去るよう促している。
ギデオンは後に引かなかった。
「では、50年前に何があったのか、誰も教えてくれないのか?」
戦士がトゥルカナ語で何か答える。ムティカの顔が真っ青になった。戦士たちは背を向け、再び火の回りに集まった。ドラムが鳴り始めたが、周囲にはりつめた緊張は消えない。
「何て言ったんだ?」
ギデオンは尋ねた。ムティカはためらっている。その身体を揺さぶって答えを聞き出したい衝動にかられる。しばらくして、ムティカが重い口を開いた。
「教える必要はないと。今ここで、再び同じことが起こっているのだから」
セビトゥアナが火の前に進み出る。妻の手から包みを受け取り、丁寧に火の中に横たえた。包みに火が移り、遺体が焼けはじめる。ロキリアが慟哭をあげた。ギデオンは喉が詰まった。親が自らの手で火の中に我が子を投じたのだ。
ギデオンはムティカを振り返った。
「デラチでは、死者は埋葬しない。火葬にするんだな」
「そうです」
ギデオンが何を言いたいのか分からぬまま、ムティカは答えた。
「だとしたら、あの墓地にはいったい誰が埋められてるんだ?」
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