暴かれた真実
翌週の土曜日。
僕はまたばあちゃんと一緒にお祖父様の病院を訪れた。
一昨日の夜にばあちゃんから電話があり、昨日の晩にばあちゃんの家へ帰った。
なんでもお祖父様のお付きの人から、土曜日の午後1時に迎えに行きますと連絡があったそうだ。
約束の時間の少し前に、黒塗りの立派な車がばあちゃんの家にやって来た。
お祖父様の大事なお客人というわけだ。
二人してフカフカのシートに身を沈めているうちにお祖父様の病院に到着した。
今日は一体なんの話だろう?
病室のドアをノックして足を踏み入れると、そこにはイチキの御曹司とうちの会社の社長、僕の知らない男性が二人、そして杏さんがいた。
突然の杏さんとの再会に、僕はあたふたと狼狽えた。
久しぶりに見る杏さんは、なんだか少し痩せてやつれているような気がした。
「これで揃ったな。さて…。」
お祖父様は起こしたベッドを背もたれにして座り、低く静かに呟いた。
一体何が起こるんだ?
肌を刺すように、ピリピリと空気が張り詰めている。
病人とは言え、やっぱりお祖父様のオーラはすごい。
僕は固唾を呑んでお祖父様の次の言葉を待つ。
「まずは…裕喜くん。」
「はい。」
裕喜くんって…うちの社長だ。
確か杏さんが、社長とは昔からの知り合いだと言っていた。
「この度はうちのグループ会社が迷惑を掛けたようで済まなかった。」
お祖父様はベッドの上で裕喜社長に深々と頭を下げた。
「例の会社で問題のメニューに携わった関係者に聴取したところ、あのメニューを提案した本人も他社の盗作とは知らずに商品化したと言っていた。とは言え、そちらに大変な迷惑を掛けてしまったことにはちがいない。申し訳ない事をした。」
傘下の小さな会社のした事なのに、会長自ら頭を下げるとは。
なかなかできる事じゃない。
「この件の賠償などに関しては後ほどゆっくり話すとして…裕喜くん、犯人の目星はついたのかね。」
「いえ…それがまったく。」
「有澤の人間としてこの騒動の責任を取るために杏は裕喜くんの会社を退職したと聞いているが。」
「それより以前に杏さんからは、有澤家に戻るので退職すると時期なども含め相談を受けておりましたが、結果的にそのような形になってしまいました。申し訳ありません。」
今度は裕喜社長が深々と頭を下げた。
そうなんだ…。
杏さんはあの盗作騒動より前に、有澤家に戻る事を決めていたのか…。
「いや、それは致し方のない事だ。長い間、孫が世話になった。礼を言う。」
杏さんはどこか居心地の悪そうな顔をして、固く口を結んでいる。
「形はどうあれ杏が会社を継いでくれればワシも安心じゃ。しかしかわいい孫の顔に泥を塗ってくれた者を見過ごすわけにはいかん…なぁ、穂高よ。」
イチキの御曹司は飛び上がりそうな勢いでビクリと大きく体を震わせた。
「杏お嬢さんの顔に泥をって…穂高、おまえ一体何をしたんだ?!」
途端に僕の知らない男性の一人が青ざめた。
「あれ誰?」
僕が小声で尋ねると、ばあちゃんがこそっと教えてくれた。
どうやらその男性はイチキの御曹司の父親、すなわちイチキコーポレーションの社長らしい。
「な…なんの事ですか?」
上ずった声でイチキの御曹司が尋ねると、お祖父様は冷たく鋭い目をしてニヤリと笑った。
「しらばっくれるか?おまえは鴫野くんの同僚を買収しただろう。調べはついている。おまえの小さい頃からのお家芸だな。」
一体どうやって調べあげたのか、イチキの御曹司が渡部さんに僕のメニューのデータを盗ませたんだそうだ。
お祖父様の話によると、本人から聞き出したところ渡部さんは、有澤家の令嬢で決められた婚約者がいるのに僕と一緒に暮らしている事を、社内にバラされたくなければ僕と別れろと、杏さんを脅したらしい。
もちろんその情報はイチキの御曹司から得た物だ。
ついでに言うと、渡部さんはその時、僕が好きなのは渡部さんで、僕と付き合っていると杏さんに言ったそうだ。
僕自身が知らない所でそんな話をされていた事に驚いた。
だから急に昼休みを別々に過ごそうとか、弁当はいらないと言ったり、社泊の日が増えたり、僕と距離を取ろうとしたのかも知れない。
結局渡部さんはイチキの御曹司の口車に乗り、自分をフッた僕と、僕と別れなかった杏さんへの仕返しに、僕のメニューのデータを盗んだ。
その見返りは多額の金銭と、イチキコーポレーション本社広報部への再就職だったそうだ。
イチキの御曹司は渡部さんに盗ませたデータを例のシニア向けサービスの商品開発部で働く友人に渡したらしい。
事細かに自分の悪事を調べあげられたイチキの御曹司は、物も言わず青ざめた顔で唇を噛んでいた。
イチキの社長は息子のしでかした事を知って、お祖父様に平謝りだ。
その姿はちょっと気の毒に思えた。
「市来、杏と穂高の縁談はなかった事にしてくれ。」
お祖父様はイチキの社長にそう言い渡すと、イチキの御曹司に視線を向けた。
「いくら好きでも、おまえのようなあざとい男にかわいい孫は任せられん。いい歳をして親の地位や財力にばかり頼っていないで、性根を入れ替えて一からやり直せ。」
お祖父様の厳しいお叱りの言葉に、イチキの御曹司はガックリうなだれた。
お祖父様がイチキの社長の方を見ながら、クイッと顎でドアの方を指し示した。
イチキの社長は深々と頭を下げて、御曹司を連れて病室を後にした。
お祖父様は杏さんに向かって穏やかに笑った。
「さて…穂高との縁談はこれで完全に白紙になった。杏は本当に結婚したい相手と一緒になりなさい。もちろん会社は継いでもらうがな。」
「えっ…?」
お祖父様の思いもよらぬ言葉に、杏さんは戸惑っているらしい。
「できれば生きているうちに曾孫の顔を見たいとは言ったが、すぐに子供ができなければ結婚を認めんとは言っておらん。」
僕が杏さんに頼まれて婚約者のふりをしていた事は話したはずなのに、なぜお祖父様はそんな事を言うんだろう?
杏さんが自分の口から、あれは嘘だったと打ち明けるまでは、お祖父様はその嘘に付き合う気なのかな?
「ところで裕喜くん、さっきの話なんだが。」
「はい。」
「こちらの会社で商品化した鴫野くんのメニューのデータを、ビジネスとして正式に譲ってくれんだろうか。鴫野くん本人も一緒に。」
……え?
今なんておっしゃいました?
「うちの鴫野も…ですか?」
「聞いたところによると、彼の実力がおおいに発揮出るのは、高齢者向けの商品だそうじゃないか。」
「そのようですね。」
「鴫野くんにはうちの会社でぜひ働いてもらいたい。どうかね?」
お祖父様と裕喜社長が同時に僕の方を見た。
どうかね?って突然言われても…。
これっていわゆる、ヘッドハンティングとか言うやつ?
「突然そうおっしゃられても…。」
予想外の展開に僕はオロオロするばかりだ。
「そうか。では杏との縁談も含めて前向きに検討してくれ。」
「……ハイ?」
「君は杏の婚約者なんだろう?」
「えっと…。」
なんと答えれば良いのやら。
これには杏さんも慌てている様子だ。
「君は杏の事が本当に好きなんだろう?」
「……っ!!」
自分の口から伝えた事もないのに、まさか杏さん本人の前でお祖父様に暴露されるとは!!
「この先もずっと杏といたいと…その気持ちに嘘はないと、君は言ったな?」
「…はい、言いました。」
「それでは後は当人同士の問題だ。二人でよく話し合って考えてくれればいい。信幸もそれで良いな?」
ずっと杏さんの隣で黙っていた男の人が、少し嬉しそうに笑ってうなずいた。
「ええ、お父さんがそうおっしゃるのなら。」
お祖父様がこの人のお父さん…って事は、この人は杏さんのお父さんか!!
なんかもうえらいことになってるよ…!
隣を見ると、ばあちゃんがニコニコして僕と杏さんを見ている。
「良かったわね、章悟。」
良かった…のか?
いや、ちょっと待て。
僕は肝心な事を忘れている。
お祖父様やお父さんが許しても、僕が杏さんを好きでも、杏さんが僕を好きでなければどうにもならないじゃないか!!
なんか気まずくて、杏さんの顔を見る事ができない。
「それにしても疲れた。ワシは休む事にする。信幸、弥栄子さんと鴫野くんを家にお連れしなさい。」
「わかりました。」
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