悲観主義者の解釈

@943trc

第1話 解は神速を貴ぶ

何人か昨日知り合ったクラスメイトたちと挨拶を交わし、その背中を見送る。

俺と砺波となみはクラスメイトでもなければ友達でもない。雑談相手や、休日に遊びに行くやつは他にいくらでもいる。それでもこいつとの奇妙な縁は続いている。どうしてこいつと関わるのか俺自身わからない。

以前、俺と砺波は二人して地蔵に向き合う。

地蔵の表情とは対照的に、俺たちは浮かない顔だ。いや、こいつは違うか。

「そろそろ教室に行きたいね」

相変わらずの笑顔で砺波は言った。

「なら何でもいいからお前の考えを教えてくれ」

「何でもいいなら、ね。じゃあいいよ」

「この地蔵がひとりでに歩いてここに来た、なんて言うなよ?」

「もう少し論理的な解釈がひとつあるよ」



少し憂鬱だ。だからこのまだ見慣れていない校門をくぐる俺の心情は、ドキドキでもワクワクでもない。

今日から高校としての生活がスタートする。

見上げる校舎からは、無機質ながら同時に人の喧騒がある。その騒がしさは、自分とはかけ離れたところにあるような心理的距離を感じる。だからたぶん憂鬱だと思うのだ。

小学校から中学とは違い人間関係はほぼゼロからのスタートという状況に、少し不安でもある。だがそれは周りの誰もが同じはずだ。条件は変わらないと思うと気が軽くなる。

大抵のことはなるようになる、という心構えで望むようにしている。別に自分に自信があるというわけではない。

いずれこの校舎にも慣れ親しんで、日々の生活はただの日常に組み込まれる。そういうものだ。幾年もの学生生活で俺たちは学んできている。

校門を通り過ぎ、昇降口横を目指す。そこにクラス分けの結果を記した紙が張り出されていると聞いていた。遠目に大勢の生徒たちが集まっているのが見えた。どうやらあそこらしい。

高校一年のクラス、これは大事だ。気の合う友達と休み時間やイベントを過ごす。そんな日常が一番楽しかったりする。もちろん部活には入るつもりだがどの場面にも友達という存在はいてほしい。

なるようになる、なんて言いつつも神様に祈りたくなる。どうかいい感じのクラスに入ってますように。

まぁ逆に大事じゃないクラス分けなんて俺は知らないけども。

昇降口にたどり着き、生徒たちの群れに俺も交じりにいく。大宇陀おおうだ、大宇陀と。

もうすでに親しげに言葉を交わしている人たちも群れの中に何人かいた。同じ中学だったのかもしれない。しかし邪魔だ。喋るならどいてからにしてほしいものだ。

ようやく5組の欄に名前を見つけた。早々に群れから離脱した先に、偶然知った顔を見つけた。

仏頂面で群れから少し離れたところに立っていた。クラス分け表の横に貼られた教室場所の案内を見ているようだそうか、こいつもここに受験したんだったな。

「よっ」と軽く声をかけた。

すると仏頂面から一転、ニッコリ笑い

「やぁ。君もここ受かったんだね」と応えた。

反応から察するに、俺のいることに声をかける前から気付いたらしい。まぁこいつから声をかけてくることはない。俺とこいつは別に仲良くもない、何なら気に入らないタイプだが一緒にいると面白い、ときもある。

「何組だった?」さっき5組の欄に砺波という名前は見なかったと思いながら聞いた。

「1組だったよ。君は?」

「5組だ。いいクラスだといいけど」手をすり合わせながら言った。

「御祈り?君が信仰に厚いとは知らなかったよ」

「別にそんなんじゃねーよ。ただの気休めだ。苦しい時の神頼みってな、いや苦しんではないけども」

砺波は首をかしげながら指摘してきた。

「気休めになるかな~」

「なんだ、お前は神頼みしないのか?」

少しの間黙り込み、鷹揚に口を開いた。

「むしろ怖いと思うけどね。自分の願いや祈りが正しく伝わるか分からないからさ。曲解されて、望まない結果になるかもよ。ちなみになんて願ったの?」

「適当だそんなの。『いい感じのクラスに入っていますように』みたいな」

砺波は目を見開いた。

「それは危険だよ!アバウトすぎる。『いい感じ』なんて表現は、なにをもってそう言えるのか人によって様々だよ。今からでも撤回するのをお勧めするね」

笑顔でそう言い残し、自分のクラスの下駄箱の方へさっさと行ってしまった。俺も自分の名前が書かれた下駄箱を探す。

確かに言われてみれば俺の「いい感じ」と神様の「いい感じ」が全く一緒とは限らない。そういったズレが悲惨な結果を招くこともあるかもしれない。

なるほど、これは気を付けた方がいいと感心しかけたが、いや待て。納得されかけたがなんか違う。というか神様ってそんなに融通聞かないのか?

学校指定の青いスリッパをカバンから取り出し履き替えて、すでに歩き出している砺波の背中に追いつく(こいつには人を待つという考えがないらしい)。

「いや神様ならそれさえも汲み取ってくれるに違いない。神様ってそういうのも超越したものだろ」

だって神様なら全知全能だろう?

「神様便利すぎじゃない?誰かに要求する以上相応の覚悟をすべきだよ」

砺波は呆れたような笑みを浮かべながらそう言った。

神頼みなんてもの、皆ただ何となくやっているに過ぎないと思うが。ケータイの電波が悪いと、大して変わらないと分かっているのにその場で振ってみたり。……ケータイは俺だけかも。

二人で階段を上りながら、なお俺は反論を試みる。

「要求って、大げさだな。もっと気楽でいいだろ。文化っていうか習慣みたいな感じで」

「ちなみに初詣なんかで願い事するときは自分の住所も言うべきらしいけど」

「マジか!」

「神様も楽したいのさ。いちいち細かいとこまで汲み取ってられないってね」

「それでもいい。皆そんなに期待してるわけじゃないんだ」

「ならお祈りする意味がない、と思うけどね」

めんどくさいなぁこいつ。俺にケチつけなければ気が済まないのか。

もう少し言葉をひねり出す。

「ゼロじゃないというか、ひょっとしたら叶うかもみたいな。そしたら儲けもんだろ?」

自分で言いながらよくわからなくなってきた。だいたいこんなに神頼みについて考えることは普通ない。

「ひょっとしたらそのお願いのせいで事態を悪化させているとは考えないのかな」

「考えねぇよ……」

なんだそれ、ネガティブが過ぎる。

「お前は全く祈らないのか?いかにも神様とか信じなそうだしな」

「信仰心に厚い君ほどは信じ切れていないね」

「いや厚くはねぇよ。……でもまぁ一心不乱に何かに向かって努力してきたやつには、そういう存在が味方することもあっていいと思ってるよ」

またじっと黙り込んでから応えた

「その『何か』はきっと良いことだけを想定してるんだろうけど、人が一心不乱になるのは良いことにだけじゃない」

気が付けば1年1組の教室にたどり着いていた。

この悲観主義者は別れ際、相変わらずいい笑顔を貼りつけたままの顔で言った。

「だから僕はみんなに等しく、神様なんていらないと思う」

SHR(ショートホームルーム)の予鈴が校内に響いた。


今日で高校生活二日目だ。昨日は入学式が午前中にあっただけですぐに帰ることができた。しかし今日は実力テストで6限まである。いよいよ本格的に高校生活が始まるわけだ。

昨日と同じように校門を過ぎ、昇降口に入ろうとした。そこで今日も砺波に出会った。軽く声をかけ、あいさつを交わし、それぞれの下駄箱に向かった。

下駄箱は階段のある側から1組,2組,3組…と並んでおり、必然靴を履き替え階段に向かうと、砺波の方が先行するのだ。

スリッパを下駄箱から取り出し、脱いだ靴をしまい履き替える。昇降口の土の落ちたタイルの地面から廊下へ上がり、昨日と同じく追いかけようとすると(昨日と同じくこいつは待たなかった)、あるものが目を引いた。

お地蔵さんだった。町で見かける本物の地蔵ではなく誰かが置物として作られたものだろう。石からできたものには見えず、粘土で作られたような質感だ。首がやや斜め上を向き、にっこり笑顔で立っている。首からは赤い、よだれかけみたいな物を下げている。その柔和な笑顔で俺を出迎えているように感じた。

見ているとほっこりしてしまいそうな、やわらかい印象を与える佇まいだ。なんかいいな。朝から、頑張るか!という気になりそうだ。

場所は階段に向かって右手、昇降口の反対側の廊下の壁際にあった。廊下に突き出した大きな柱によってできたデットスペースに置いてある。この学校の美術部が作ったんだろうか。その地蔵の横を通り過ぎようとしたところでふと思った。

昨日こんなのあったか?

結構目につくので記憶に残りそうなものだが、全く覚えていない。初めて見た。

帰る時ならば位置的に柱の陰になって見えにくいだろう。しかし登校した時は間違いなく視界には入る。

なんだか気になる。いや正直この程度の疑問、放っておくことは簡単だ。数歩歩けば記憶は薄れ、友人と会話を交わせばたちまち忘れる。

普段なら間違いなく放っておくのだが。せっかくだし、この疑問にちょっと取り組んでみるか。こいつもいることだし。

砺波の肩をたたき、話を切り出した。


俺の疑問について聞き終わった砺波の感想は簡潔だった。

「度忘れしたんじゃない?」

にっこり微笑んだままはっきり言ってきた。

そう言ってしまえば簡単だが

「こんなところに地蔵があれば印象に残るだろ」

砺波と一緒に地蔵の前まで引き返していた。

「じゃあ考え事していたとか。ぼんやりと通り過ぎちゃったんだよ」

こいつ明らかにめんどくさがってるな。考える気が全く感じられない。

「SHRまで暇だろ。つき合えよ」

「それまで目一杯時間使いそうだね、君は……」

「嫌そうだな。なら早く答えを出すしかないな」

「あのさ今日テストて知ってる?それに答えもなにも、君が気付かなかっただけだったら?」

あの時はどうだったか。何か考えことをしていたような・・・あ

「昨日の神頼みのことを考えたんだった。ということは余計に気付かないはずないな。なんか同じカテゴリっぽいし」

砺波はそうかなぁと首をかしげた。

お地蔵さま、地蔵菩薩は道祖神としても祀られることがあると聞くのでそんなに間違ってはいないはずだ。……たぶん。あまりここを突っ込まれるとまずいと思い、話を逸らす。

「うーん、つまり俺の視界にそもそも入らなかったのか。ここ通ればいやでも目につきそうだが……お前は見てないんだよな?」

「うん、ここ通らないし」

地蔵は2,3組の下駄箱の向かいの廊下の隅に位置している。仮に1組の下駄箱からそっちを見ても柱の陰で地蔵は見えにくいだろう。ましてこいつは人を待つということをしないから、進行方向の階段の方しか見ていなかったのは容易に想像できる。

「見えていれば記憶に残っているんだよね?」

確認するように訊いてきた。

「それは間違いないと思う。だから昨日はどういうわけか見えなかったんだ」

「昨日は地蔵がなかった可能性もあるけどね」

まぁ確かにあるだろうが、わざわざ出したり閉まったりするようなものに思えない。俺の得心行かない顔を見て、砺波は言葉を足した。

「今日初めて出されたとしたら?」

それならありそうだ。改めて地蔵を見る。そんなに埃もかぶっていない。しかし昨日掃除されているかもしれない。これだけでは判断できないな。

「だが今日出すよりせっかくなら入学式以前に出した方が自然だと思うが」

「確かにそうかもね」

「お前はどう思っているんだ?」

「僕も今日出されたとは思ってないよ。上級生は数日前から学校が始まっているだろうから、美術部員にしろ教師にしろ、出せないことはないよ」

「思ってないなら昨日はなかったとか言い出すんじゃねーよ、あくまで可能性でしかねーのに」

無駄足を踏ませやがって。

砺波は少しため息をつく。

「可能性の話でも、僕はこういうとき慎重に丁寧に考えを進めたいんだよ」

そうかよ。やはりこいつとは考え方が大きく異なるようだ。

こういうことに俺は向いていない。

とにかく口に出しながら一回整理しよう。

「忘れたわけでもなく、昨日以前からあったとするならば。やっぱり何故か見えなかったと考えるべきか」

「一時的に君が来た時だけなかったか。人とか物で視界がふさがれていたか。」

「その辺が可能性高そうだな。他にはないか?」

う~ん、俺が言い出したものの何の手がかりもなしのこの状況で、というか何をポイントに考えればいいのかすらサッパリだ。

あれだけいい笑顔を浮かべているように見えた地蔵までも、頭を悩ませ、困り顔になっているように錯覚してきた。

多くの生徒が俺たちの前を通り過ぎ教室へと向かっていく。ふと彼らには今の俺たちはどんなふうに見えているのか気になった。高校生らしい、くだらない雑談にふけっていると思われていそうだが。やはりこんな状況、周りからはかなり異質なものだろう。答えのない推理ごっこなんて。あの娘は誰が好きなのか?とかならあるけど。

だしぬけに砺波が訊いてきた。

「ちゃんと考えてるかい?」

「お、おう……」

呆れたような笑みを浮かべて

「神は見通し、だよ」

「はいはい」

あれ?神は見通しってどんな意味だったろう?


「論理的な解釈がひとつあるよ」

ほぉ、サラッと言うね。

「なら頼むよ、SHRまで時間もないことだし。なんで俺は見えなかったんだ?」

「じゃあまず今日と昨日の違いはなに?」

「は?関係あるのか今?」

相変わらずの笑顔で、しかし気怠さを感じさせる声で

「もう少し考える努力はしてほしいね。昨日は見えなかったのに今日は見れた。なら昨日と今日の相違点から考えるのが妥当だよ」

「なるほど」

ふむ、昨日といえば

「入学式か」

「そうだね、つまり僕らは初めて登校してきたってわけだ」

おお、やんわりと修正されたな。

登校初日と二日目の違い。クラス分け表見に行ったぐらいしか思いつかない。

「その違いがなんなんだよ。地蔵と関係あるのか?」

「まぁ言っちゃうと、昨日だけあるものがここに置いてあったんだよ。地蔵を隠してしまうほどの物が。もう少しいうと、昨日はあっても不自然でなく、今日はなくてもいいものだと思うんだよ。昨日そこにあって不自然なものだったら、それを君が覚えていそうなものだから」

昨日あってもおかしくないもの。えーと、登校初日の日におかしくない…必要?…もしかして

「案内板みたいなものか!?俺たち新入生のための教室の場所を記したものがあったんだ!」

「残念だけど違うと思う。教室の案内なら昇降口横にクラス分けの紙と一緒に貼ってあったよ。もし案内板なら確認しそうだし、なおさら覚えているんじゃない?」

言われてみればそうかも。結構自信あったんだけど。

「ならなんだよ、答えは。もう思い付かねーよ」

解決をもったいぶるのはミステリのお決まりだが、いざやられるとムカつく。

「昨日僕たちはクラス分けされたあの下駄箱を初めて使った。だからどの下駄箱も空っぽだったよね。そのせいである点で今日とは決定的に違っているはずなんだ。新入生の僕たちは昨日、スリッパを下駄箱ではなく自分のカバンから取り出した。だから全員持参してこなければならなかったんだ、忘れずにね」

砺波は言いながら自分の足元を指さした。

「まぁそうだな。俺も昨日はそうしたぜ」

俺も自分の学校指定の青いスリッパを見ながら思う。でもそれが一体……

思わずハッとした。そういうことか。

「だからスリッパが大量に入った箱が置いてあったんじゃないかな、忘れてきた人用に。スリッパがなかったら結構困るだろうからね。まして入学式じゃ恰好つかないさ。そこで学校が用意してもおかしくない」

「ねるほど……それなら違和感なさそうだな。俺は忘れてなかったから素通りしただろうしな」

「実際昨日入学式で茶色いスリッパをはいている人を見かけたよ。来客用の物が用意されてたんじゃないかな。まぁ確かめようもないことだけどね。納得できたかい?」

「ああ、満足だ。時間も間に合ったな」

厄介事から解放されたとばかりにため息をついている。今回、こいつに謎の真相を突き止めようという気持ちは微塵もなかったのだろう。

ただ俺が納得できるような解釈をいかに早くこじつけられるか、という思いだったと俺は思う。こいつらしい。

これが答えかはわからない。他の物が置いてあった可能性も、人影で見えなかった可能性も十分ある。正否はクラスの誰かに聞けばわかりそうだが、もういいや。楽しめたし。

「相変わらずたいしたもんだ」

「ありがと、もう行くよ」

笑顔で言い残してさっさと行ってしまった。相変わらずだなぁ。

俺も早く教室に行って少しでもテスト勉強するか。

最後に地蔵を振り返ってみた。その誰ともなく向けられた笑顔は、他にも見覚えがあった。

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