第97話

 深い森に覆われた景色の中に、見づらいながらも地面がわずかに露出した地点が見えた。フロイスはその部分へ降り立った。

 傍らに朽ちかけた古い構造物がぽつんと見えていた。何のことはない、生き物の道案内でやって来た場所に逆戻りしたに過ぎなかったのである。

 これをやっとかないと、向こうへ行ったらホーリーに呆れられるのが目に見えていると、どうしても済ましておかないといけない重要な用事を思い出してそうなっていた。


 二人が開きっぱなしになった入口から建屋の中に入って行くと、青く澄み渡った空のちょうど真上に太陽が来ていたせいで、天井のない建屋に強い日差しが差し込んでいた。その中、二人の足音だけが静まり返った空間に響いていた。

 そうして召喚儀式が行われた、コンクリ様の地面に大きな円模様が描かれたあたりまで来たところで立ち止まると、フロイスが周りをゆっくり見回しながら叫んだ。


「おい、セキカ。いるかい。私だ、フロイスだ。クトゥオルフもここに来ている。なあ、おい。姿を見せてくれないか? いるんだろ?」


 フロイスには確証があった。いないはずはないんだ。万が一でも何かあった場合はここへ逃げ戻るようにと言ってたぐらいだからな。


 果たして、少し間があった後に、その呼びかけに応えるように奥の方から薄紫色をした小さな動物が足音も立てずに現れたかと思うと、落ち着いた話しぶりで口を開いた。


「首尾はどうだった?」


「あゝ旨く行ったよ。セキカ、あんたの言った通りにデイライトゴールドが現れたよ。しかも二度に渡ってね。でもそんなに強敵じゃなかった。二人で軽く料理してやった。あ、それとホーリー達の方も旨く行ったみたいだ」


「あゝそうか」


 淡々と話したフロイスに、生き物は表情のない顔で軽く頭を上下させると続けた。


「それはそうと、見たところ緊急の事態でもなさそうなのに、ここへ舞い戻ってくるとは何か用事でもあるのかな?」


「察しが早いな」フロイスは目を細めて薄っすらと笑って、


「あゝ。実は報告ついでに頼まれ事をして貰いたくってね、戻って来たんだ」


 そう言うなり片方の手に持っていた黒い袋を生き物に分かるように軽く掲げて、さらに付け加えた。


「この中にデイライトゴーストのアジトの手掛かりになりそうなものが入ってる。これを私等に代わって一足先にパトリシアに渡して欲しいんだ。私等はこれからホーリー達と合流しなくちゃならないんでね。それからのことなんだが、私等なりに考えてあるから安心して任しておいてくれるかい?」


「あゝ分かった。そうしよう。それでは後は頼む」そう生き物が応じると、今度は隣に立つ男に視線を向け問い掛けた。


「ところでクトゥオルフ。この世界の印象はどうだ、気に入ったか?」


「そう言われてもな、セキカ。まだ来てそう時間が経ってはいないからな。この世界がどうかというのはそうそう分かるものじゃないし。まあ、俺なりに楽しんではいるが」


「あゝ、そうか」生き物は分かったと静かに頷くと続けた。「最後に私からの忠告だ。二度あることは三度あるというからな。何事にも油断なく気を引き締めておくことを忘れぬようにな。私の想定が間違っていなければ、お前達が相手にしたのはまだ始まりに過ぎぬ。まだまだ強敵が控えていると心得ておくように」


「あゝ肝に愛じておくよ。それじゃあ私等は行くよ」「それじゃあな。セキカ、行ってくるぜ」


 おおよそ十五分ほどそこに滞在した二人は、生き物にそれぞれ別れを告げると、ひとっ飛びで今度こそホーリー達が待っている方向に向かった。


 疾風のごとく、あれよあれよという間に海を越え大陸を横切り幾多の国境を越えて、やがてフロイス達はホーリー達が待つ国の上空へさしかかった。すると周囲はすっかり暗闇に覆われ、月は厚い雲に遮られて見えなかった。ただ唯一というか、星がパラパラと輝いていた。

 フロイスは飛行場の灯火と都市の夜景を目印にして現在位置を確認しながら陸地を縦断すると、間もなくしてオレンジ色の灯りが点滅していた、とある小高い丘に降り立っていた。

 そこはかつて城郭があった場所で、だだっ広い広場のようになったその跡地には壁の石積みの跡と石の階段と土塁の跡がわずかに残っていた。その他には平屋の建物がぽつんぽつんと見られるのみで、何もない辺ぴな場所と言っても良かった。そんな訳で、今現在は公園となっていた。


「もう終わってしまって今はこのように殺風景になってしまっているけれど、ここから全部で四日間開かれる最初の一日目が始まるんだ。

 本当は現実的にできっこなくって単なる真似事に過ぎないのだが、疫病を流行らせるという実在しない者の魂を人に見立てた人形の中に入れる儀式が、夕方過ぎ頃からこの一角で行われるんだ。

 それが終わると、人形は木を成型して作った棺の中に入れられ、魔物の仮装をした大勢の担ぎ手に担がれてここを出発して、すっかり夜になった街に繰り出すというわけだ。

 そしてその一部始終を見ようと思い思いの格好に変装した男女や大勢の見物客が集まり、その連中を目当てにナイトマーケットも出てと大変な盛り上がりとなるんだ。

 昔は厳粛なものであって娯楽とは無縁だったらしいけれど、今はすっかり様変わりしてしまって、人寄せをして金儲けする目的のために行われるようになっているといった方が良いかも知れないけれどね」


 着いたその場でフロイスは、ほんのちょっとした気配りから疫病退散の儀式と行列について男に説明を加えた。すると、周りをきょろきょろ見回して訊いていた男がきょとんとした表情で尋ねて来た。


「ふーん。ところで一つ聞いて良いか?」


「あゝ、なんだい?」


「ナイトマーケットとは何だ?」


「あゝ、夜に人の多いところに店舗を構えて一日から十日ぐらいしたらまた人を求めて別のところへ移って行く移動式の小さな店舗が幾つも集まったものを言うんだ」


「ふーん、いわゆる定住先を持たない店舗がいっぱい集まったものというわけかい?」


「ああ、その通りだ」


「まるで俺みたいなものだな。それでどんなものを売っているんだ?」


「そうだな、手軽に食べられる食べ物や飲み物やアクセサリーやこっとう類や子供が喜ぶおもちゃや菓子を売ったりしているな」


「ふーん」


「さあ行こうか。待たせちゃあ悪いからね」


「あゝ」


 二人は公園の外へ伸びた道路へ向かって歩いて行った。すると道路は蛇行しながら下へ下っており。そこからは連なって建つ高層の建物からの明かりを始め、街の夜景が色鮮やかに見えていた。

 だがしかし、二人はそんなことなどお構いなしに、点々と居並んだ路肩の街灯の灯りが眩く輝いているのみで、人っ子ひとりいない物寂しい道を脇目も振らずに下った。するとしばらくして、道が平坦となると、高層のビルやホテルといった新しい建物と古い街並みが共存する通りへと出ていた。――あともう少しだ。

 フロイスはしーんと静まり返った通りをどんどん先に進んでいくと、アーチ状をした窓と扉が居並ぶレンガ造りの古い建物が建つ付近に見えた十字路を左に曲がった。その後に男がゆっくりとした大きなストライドで続くと、更に五ブロック行って角を右へ曲がった。

 すると、両側に中世の石造り風の外観をする建物が、火が消えたように建ち並ぶ通りへ出た。それらの建物の入口という入口、窓という窓には防犯用のシャッターが下りていた。街灯の灯りの下に浮かび上がった看板の標示から、そのほとんど全てがどうやら店舗らしかった。

 その通りをフロイスは一目散に進み、似通った建物がずらりと建ち並ぶ中、窓がわりと多かった比較的大きな一軒家の敷地内にさっそうと侵入すると、建物脇に見えた車一台分くらいの幅があった道を通り建物裏へと回った。そこには建物の二階へ通じる鉄骨階段が見えていた。


「着いたよ。この二階だ」


 ちょっと振り返って、後ろにいた男に向かってそう伝えると、フロイスは階段を上った。男は興味深そうに周辺を見渡すとフロイスの後ろへ続いた。

 二階へ二人が上がると、手すりが付いた細い通路の筋に部屋のドアが三つ見え、いずれの部屋もひっそりと静まり返っていた。

 その様子を一目見たフロイスは、


「この分だといそうにないな。まあ良い」


 そんなひとり言を呟くと、そのうちの一番手前のドアを開け、迷わずに中へと入った。男も続くと、中の様子が見て取れた。自動的に明かりが灯った部屋の真ん中に、ベーシックなデザインのラウンジチェアとテーブルとソファのセットが見て取れ、その片隅にはシングルの寝台そっくりなベンチソファがあった。


「あんたにとっては非常に狭くて窮屈だと思うが、ここが私等が年に一度ここへやって来た時に滞在するアジトだ。この世界で誰にも怪しまれずに活動するにはこれくらい目立たなくしなくてはいけないんだ。

 何しろこの世界は、科学の目覚ましい進歩からすっかり監視社会となり果てていてね。至る所に機械の目が光っているのでな」


 フロイスは一緒に部屋に入った男にそう説明しながら部屋の中を見渡すと、何か重大なものを視線の先に発見したのかほくそ笑んだ。

 それというのも、その部屋は、一年に一度開催されるお祭りに参加するために滞在する用だけにずっと使っていたので、一時の休息ができるようにとイスとソファが置かれ、色んなパターンの仮装ができるようにと、きらびやかなものから重厚感のあるものまで何種類もの衣装と備品が部屋の隅のフックに吊るされたり、ハンガーに掛けられて保存してあったのだが、その中で一番目立っていた、黒地の生地に星状や渦巻状をした色艶やかな模様が入り暗闇で光り輝くマントが二揃い、消えて無くなっているのに気付いたからだった。他にも、コウモリの羽根が付いたカチューシャと帽子とステッキも一緒に無くなっていた。

 ――部屋の備品の配置は一年前と全く変わっていないところを見ると、立ち寄って直ぐに出て行ったみたいだ。こっちが捜しやすいようにと、きっちり証拠を残しておいてくれるのはありがたい。そっちがそうなら私等もそれに応えねばならないだろうな。

 

 フロイスは、掛かった衣装の中から派手に見えた一つを手に取ると、男の前に差し出して言った。


「これを着てくれるかい? 私等も仮装しようかと思うんだ。私等は毎年来るたびに、ここで衣装に着替えて出歩くんだ」


「一つ訊いても良いか?」そこへ男が不意に疑問を挟んだ。


「あゝ何だい?」


「あんた等はこの部屋だけを占拠しているわけなのかい? いや、なーに。余りに狭過ぎるのでな……」


「あゝ、そのことか。もちろんこの部屋だけじゃないよ。この建物も建物が建つ土地も全てを、私等とごく親しくしている奴が、ちょっとした諸事情があって所有しているんだ。そして私等はそれをタダで使わせて貰っているというわけだ。

 実はそいつは私等の仕事仲間で、私等が仕事の依頼を受けたとき、前もって仕事先に出向いて私等の仕事の支援をする係をやっていてね。要するにだ、私等が仕事をし易いようにと秘密のアジトを設けるのが仕事だったんだ。

 通常、秘密のアジトというのは、仕事が片付き次第処分されるのが普通なんだが、ここだけは特別でね。この下で経営している大衆レストランが良く流行っているものだから副収入が毎度入るとして今も所有し続けているってわけさ」


「なるほど、そういうことか」



 フロイスがごく親しくしている奴とはもちろんゾーレのことで、建物と土地は彼の個人会社であるシェパード・ジュエル商会が所有していた。また、ちょっとした諸事情とは、過去に頼まれて行った裏工作のことを言っていた。

 それは七年以上も前のことに拠っていた。

 その当時、ゾーレは叔父のシュルツから、ロザリオのメンバーが速やかに役目を果たせるようにと彼等が身を隠す用の拠点(アジト)作りを一任され、忠実に職務を全うしていた。

 その日も、急ぐ案件なので即刻指定した国へ赴いて拠点(秘密のアジト)を作って貰いたいとのシュルツからの伝令を彼の男の秘書を通じていつものように受け取ったゾーレは滞在先の都市の空港から急ぐように旅立つと、半日後にはいつもながらの地味なエンジ色のネクタイにチャコールグレーのスーツという身なりで、交渉の際に相手になめられないようにとグレーの髪を短く刈り上げ暗褐色色のサングラスをかけ、キャリーバッグを引きながら、他の旅行者の中に紛れ込むようにして当地に到着していた。

 そして矢継ぎ早に、情報提供者が滞在するという州のとある都市へと向かった。情報提供者と接触し易い地点に拠点を作るのがセオリーだったからである。

 一般に拠点とする場所は、利便性の良い場所であること、比較的に目立たない場所であること、人が滅多に来ないこと、世間の目を誤魔化せること、信用に足る者が紹介するところ等が良いとされていた。そのことに関してゾーレも例外でなく、彼はテナント物件を活用していた。上記の事柄のほとんどを満たしている上に、手軽に借りられ短期滞在に適していて、どちらかと言えば周囲から内部のことが分かりづらいという利点もあったからだった。

 また拠点作りに与えられた期間は、三日以内と定められていた。最短三日から最長三週間までの三段階あったのだが、その時は急を要するらしかった。

 よってゾーレは、商社マンとか観光客に変装してじっくり見て回るという悠長なことは言ってられなかった。早く決めないと面倒なことになる。そう考えを巡らせると、宿泊先のホテルに着くや否や、最寄りの不動産屋とアポを取った。ところが、保証人の問題とか外国人の場合は代理人が必要とか仲介手数料の問題とかレンタル条件が全然折り合わず、決裂していた。それならばと手当たり次第に別の不動産屋に問い合わせた。だが運が悪かったというか、そのときに限ってどの不動産屋からも残念ながらどこも埋まって空きが無いとつれない返事が返ってきた。結果としてその日は骨折り損に終わっていた。

 二日目。大手がダメならば中小があるさと大手をあきらめ零細や個人の不動産屋に絞り、今度は電話ではなく直に足を運んであたった。その方が直ぐに見つかるだろうと見込んだからだった。

 そうして朝から十件ほど回った。だが結果はどこも同じで、最低三ヶ月から六ヶ月間の契約を求めて来て、希望の二週間ぐらいまでの短期レンタルの物件は残念ながら見つからなかった。

 その間にか、早いもので夕方になっていた。


 嗚呼、信じられん。どうなってるんだ。こんなことはありえないことなんだが。アジトを一つも見つけられないなんてな。こりゃ参ったな。順当にいけば三つや四つ、直ぐにでも見つかるものなのに。今までになかったことだ。もし見つけることができない場合は、どのように言い訳をすれば良いか……。

 もはやこの上は、怪しまれやすいから現実的ではないが、集合住宅の一室、空き家、地下室、ビルの屋上、使われなくなった工場や公共施設の建物、トランクルーム、事故物件の建物、人のいない森、廃墟、自然にできた洞窟まで手を広げて、そこを拠点とするか! でもな。息が詰まるとか、臭いがきついとか、騒音がうるさいだとか、不潔だとか、居心地が悪いとか、センスがないとか、手を抜いているだろうとか文句を言われそうだしな。


 自嘲しながらゾーレが焦りの色で宿泊していたホテルを目指してとぼとぼと通りを歩いていたところ、チェーンスタンドが点々と一直線に並んでいて、そのチェーンの中間ぐらいに掛かっていた自動車のナンバープレートぐらいの大きさのものに『売り店舗』と記されているのがたまたま目に留まった。

 彼は何とはなしに足を止めると、無意識にうつむいていた顔を上げプレートを二度見した。

 ふーん、珍しいこともあるものだな。普通は不動産、特に店舗の場合は業者間やブローカー同士で内々に取り引きがなされて、こんなふうに公開されない筈なんだが。さり気なく出してあるところを見ると、直接売り主が仲介業者を挟まないで売りたいってことかな? こういうのは売り主の気が変わって販売が取り消される場合が多いんだ。ひょっとして掘り出し物かもな? 


 プレートが掛かった背後に建っていた、シャッターで入口と窓が締め切られた比較的大きな建物はそれほど古くは見えなかった。両隣の建物と比べてもほとんど変わらないと言って良かった。

 そのとき、それまで見えていなかった回りのことが同時に目に入った。

 先ず車の往来が一気に増え渋滞ができかけていた。そして沿道の両隣では、ざっと見ただけでもステーキハウス、ケバブの専門店、ラーメンショップ、パスタとピザの店、郷土料理の食堂、パエリア専門店、タンドリーチキンとカレーが売りのインド料理店、スモーキングバー、スタンドバー、ラウンジ、カフェ、スイーツの店と、およそ二十軒くらいの店舗がずらりと並んで営業していた。しかもどこも賑わっているようで、中には行列を作っているところも見られた。


「ということは、この一軒だけが売り店舗になっているということか?」

 

 ゾーレは生つばを飲み込むと妄想した。

 借金だらけの無謀な経営をして運転資金が底をついたのかな。余りにこだわりが強過ぎて設備や資材に金をかけ過ぎ、経営に行き詰ることになったのかな。味が全然ダメで客が逃げたのかな。設定した価格帯が客の満足度と合わなくて客がこなかったのかな。経営者や従業員がやる気がなかったとか。経営者が別の金のかかる趣味に走って大損したとか。経営者が事業の手を広げ過ぎて経営が悪化したとか。経営がどんぶり勘定で行き詰ったとか。詐欺師の被害に遭ったとか。経営は旨く行っていたが、例えば経営者か経営者の親族が亡くなったとかで突然大金が入用になったとか。

 そして考えた。

 いつもとは違うがこんなやり方もあっていいんじゃないか。店舗が工作員のアジトだとは誰も思うまい。事がいち早く片付けば、売りに出せば良いだけだしな。 

 潜伏先はこれで良いとして、他にも飲食の世話もしなければならないが、周りにこれだけの飲食店があるのなら問題なかろう。捜せばデリバリーをしてくれるところもあるだろうしな。何とでもなる。

 そこまで考えを巡らせると、すぐさま実行に移した。

 携帯を取り出し、その日のうちに決めるつもりで、プレートに記してあった番号に連絡を入れ売り主と売買交渉をした。

 こういうものは細かく追求し過ぎるとまとまるものもまとまらなくなる場合が多いんだと、そのとき売りたい理由を全く聞かずに交渉に臨んだゾーレに、売り主は「現金が突然入用になったので売りに出したのに、こんなに早く求めていただけるとは」と喜んで応じてきた。

 その後、相手側も早く売ってしまいたかったのかスムーズに話し合いが進み、ものの半時間ほどで売買契約が結ばれ、続いて売買契約の手続きと店舗の引継ぎのために、お互いに会おうとなっていた。


 そして次の日の朝の十一時に、待ち合わせの場所に指定された店舗の前でゾーレが待っていると、白のハイルーフ車が現れ、店舗横の舗道に横付けされるや、中からスタンダードなネイビーブルーのスーツを着込んだビジネスマン風の男が三人降りて来た。

 いずれも三十代から四十代くらいで、その中から一番年長に見えた、小麦色に焼けた顔をした男が、


「あのう失礼ですが、サイモンさんでしょうか? その節はこの物件を買い取ってくださるということで……」


 丁寧な物腰で声をかけて来た。もちろんサイモンはゾーレの偽名であった。


「はい、そうですが」ゾーレがぶっきらぼうに応じると、男はにこりと笑って、


「お待たせしてすみませんでした」そう言うと直ぐ後ろに立つ二人の男のうち、メガネをかけた背の高い方を「彼は店舗マネージャーです」黒い書類カバンを持った、ずんぐりむっくりで丸々と太った方を「彼はプロパティマネージャーです」と紹介した。


 それを聞いたゾーレは意味が分からず聞き流した。何かしら当てが外れた感があった。

 てっきり司法書士のような不動産取り引きの専門家を伴って来ると思っていたのに……。

 だが直ぐに、――売り主は自営業者でないということか。二人の部下みたいなのが役付きであることを見れば、他にも店舗を複数持っているらしいな。まあ、売り主が何であろうと関係ないが――と思い直すと理解したと頷いた。


「あゝ、そうですか」


 そこへメガネをかけた背の高い男が、「私が中をご案内致します」と言って出て来ると、背筋を伸ばし大きなストライドで建物の方へ先に歩いていった。

 ゾーレと他の二人が後へ続くと、背の高い男は建物の玄関口で立ち止まり、固く閉まっていたシャッターを持っていた鍵の束を使って開け、現れたガラス製の扉を再び鍵の束で持って開けて中へと向かった。そしてその次に現れた自動ドアを手動でスライドさせて建物の室内へと入った。そのあとへ三人が続いた。

 室内は窓という窓がシャッターで閉ざされていたこともあり、高天井になった入口からの光のみでは明らかに暗過ぎた。しかも空気が淀んでムシムシしていて、まるで閉め切った車のガレージ内に入ったかのように蒸し暑かった。息苦しかった。

 先に入った背の高い男がそれを敏感に察したのか、「少しお待ちを。明かりを付けますから」そう言うなり、暗がりの中へ消えていった。それから一分もしないうちに天井の照明がパッと点いて、一気に明るくなった。同時に換気装置とエアコンも動かしたのだろう、何とも言えない涼しい風が吹いてくると、直に暑苦しさも息苦しさも感じられなくなっていた。


 中は室内全体を見渡せるようにバリアフリーとなっていた。やや縦長の空間の中央に六人掛けのテーブルとイスのセットがずらりと並び、両側の壁際には四人掛けと二人掛けのテーブルとイスが並んでいた。

 また、そのうちのひとつのテーブルにはメニューのパンフレットらしきものが残されたまま放置されていた。


(ふーん、六人掛けのテーブルが四つと、四人掛けが四つと、二人掛けが四つと、あと窓側にカウンター席か)


 なるほどとゾーレが明るくなった辺りを見渡していた時、彼の男が厚みが二インチ程あるファイルを二冊抱えて戻ってくると、直ぐ近くにあったテーブル上にファイルを立てて置き、


「建物の電気系統と設備を書き記した図面が入っています。あとでリフォームをされる場合に必要かと思いまして、ついでに持って来ました。後で見ておかれると宜しいかと思います」


 そう言うと、改めてかしこまって続けた。


「今から中を案内しますので、立ち合いをお願いできますか?」


「ええ」


 ゾーレが分かったと頷くと、他の二人と共に男はさして広くない室内をゾーレに説明しながら一周した。


「見ての通りのホールです。私共はファミリー層も取り込めるようなコンセプトで店舗をデザインしております」


「ふーん」


 確かに天井や壁やフロアには、絵本から出てきたような、かわいい男の子と女の子のキャラクターや動物や魚や植物や建物や風船といったカラフルなイラストが描かれてあった。

 ゾーレは一目見て思った。これは俺の趣味じゃない。はっきり言っていらないな。


「ホールからはキッチンは見ることができませんが、キッチンからはモニターでホールを見ることができるようになっております」


「セントラルキッチン方式を採用で?」ゾーレはわざと知ったかぶりをして尋ねると、男が首を縦に振った。


「はい」


「ここを何人で回しておられました?」


「はい、そうですね。通常ホールが四名と、キッチンが三名ぐらいで。状況次第で増やしたり減らしたりしておりました」


「なるほど、そうですか。トイレは?」


「もちろん男女別に二ヶ所あります」


「トイレはスタッフは別ですか?」


「はい」


 そのようなやり取りをしながらゾーレと男は他のふたりとともにトイレがある場所へと向かい、ちょっとした休憩室ぐらいの結構な広さがあったモダンな内部を一べつしてから扉や便器や鏡が破損していないか、水回りに詰まりや漏れといった異常がないかどうかを簡単に点検してキッチンへと向かった。

 キッチンはこの上なくこじんまりとしていた。

 幅四フィートばかりの通路の両側に調理台やコンロや電磁調理器やガスオーブンや食器棚や冷蔵庫や冷凍庫や二槽式の大型シンクや鍋やフライパン等が所狭しと配置されて並んでいた。それから考えてキッチン内で作業できるのは、どう見ても三、四名までが限界のような感じだった。


「ホールとトイレの面積にスペースを大きく割いたために、この通りキッチンは手狭です。食材をストックする場所もなくなり、二階にその場所を確保していました」


 男も他のふたりも、それほど若く見えない上に堅気の人間にも見えないその風貌から、ゾーレを個人の投資家かブローカーが事業用物件を見るために海外から単身やって来たと見たのか、ことのほか対応が丁寧だった。

 対してゾーレは堂々とした態度で臨んだ。ここで舐められるわけはいかないからな。何と言ったってまだ正式に契約したわけではないのだからな。そういった思いが働いたことに拠っていた。


「一階から二階に上がる階段があったのですがホールを拡張したときに撤去致しまして。今は代わって外から上がる仕組みになっておりまして」 


 一階の店舗部分を粗方見終えると、キッチンの勝手口から一旦外に出て建物の裏側に回り、そこに見えた鉄骨階段を上り二階へと上がった。

 二階には手すりが付いた細い通路が通じていた。その筋にドアが三つ見え。一番手前のドアを開けると、人感センサーが働いて天井照明が自動的に点灯。それほど広くもない窓のない空間が現れた。


「食材をストックするのに使っていた部屋です」


 そう言われてゾーレは素直に納得した。

 片方の壁際に資材を置くためのスチール製の棚が見え、その直ぐ上の天井部に小型のエアコンが設置されていたし、フロアには数枚のダンボールが折り畳んだ状態で無造作に放置されていたからだった。


「どうやって一階から二階まで上げていたのです。やはりあの急な階段を使ってなのですか?」


 そのときゾーレは、ふと浮かんだ疑問を口にした。その問い掛けにメガネを掛けた背の高い男はそつなく応えた。


「あゝ、そのことですか。勝手口にエレベーターがありましたでしょう。あれの行き先がこの部屋の向かいに設置されております。それを使って上げ下ろしをしておりました。なんでしたら見ますか? 突き当りに扉がありますでしょう。あの扉を開けると、エレベーターが見えます」


「ええ、じゃあお願いします」


 突き当りの閉じていた扉をスライドさせて開け一旦部屋から出ると、確かにエレベーターらしきものが壁面に埋め込まれて設置されてあった。更にその近くの隅に資材を運搬するのに使っていたと思われるカゴ台車とスチール台車も一緒に置いてあった。


「あゝ、なるほど」ゾーレは知ったかぶりをして頷いた。ゾーレは人が乗るエレベーターは知っていたが荷物専門のエレベーターはこれまで一度も見たことがなかった。

 確かにキッチンを出た通路にそれらしいものがあったような。あれがそうだったのか。左右に取っ手が付いていたから、てっきり大型のダストシュートか何かだと思ったのだが。

 そんなときだった。ゾーレの携帯が鳴った。ゾーレはそれを予期していたように落ち着き払ってスーツの内ポケットから携帯を取り出すと、耳元に当てて通話口に出た。そして、二言三言受け答えをしてから「それじゃあ、そうして貰えるかな」と言って携帯を切り元の場所へしまった。それから何事もなかったかのように、ぽかんとした表情で立つ男達に向かって言った。


「失礼。用件は済みました。続き行きましょう」


 四人は元の通路へ引き返すと、隣のドアを開けて天井照明が自動点灯した中へと入った。


「トイレとシャワールームが一体化したユニットルームになっています。その奥は階段で、屋根裏部屋へ通じています」


 男が説明した通りに、通路側にトイレとシャワー室が一体化したユニットルームが二つ整然と並んで置かれていた。二つは全く同じものであった。そして通路の突き当たりにはドアと急な階段があり。ドアを開けると窓にシャッターが下りた部屋が、階段を上ったところには勾配天井で木材の柱がむき出しとなった屋根裏部屋があり。いずれも室内は月並みに老朽化が進んでいた。


「どちらもスタッフの部屋として使っていました」


 それから再び通路に引き返して、最後のドアを開けると、またしても部屋が一つ現れた。その部屋は天窓から光が射し込んでいたために比較的明るかった。


「同じくスタッフが住居代わりに使っていました。以上で二階は終わりです」


 男は説明し終わるとほっと息をついた。

 屋根裏部屋も後から入った二つの部屋も、従業員が暮していたと言われても、ゾーレはまるっきり実感がわかなかった。第一に家財道具が一切残っていないのじゃな。でもまあ、何であれそういうことなのだろうな。ゾーレは納得するよりほかなかった。


 部屋の中をチラッと見ただけで四人はそこを離れると、来た道を引き返した。外付けの階段を使って一階へ降り、勝手口からキッチンを通りホールへと戻った。

 すると、白髪で黒縁のメガネを掛けるライトグレーのスーツ姿の人物が、室内の端っこのテーブルに一人で腰掛けているのが見えた。

 その人物は四人がやって来たのに気付くと立ち上がり、四人が直ぐ近くまでやってきたとき、にこやかな笑みを浮かべて呼び掛けて来た。


「サイモンさんはどの方でしょうか?」


 その人物は七十歳を越えたぐらいの初老の男でやや猫背気味で小柄だった。「私がサイモンですが」と応じたゾーレに、「言われた通り待っておりました」と言って、次いで他の三人に向かい、「わたくし、こういう者です」と首にぶら下げていたカラーの顔写真入りの身分証を名刺代わりに呈示した。

 そこには『ドーズ・エースエステート。司法書士・不動産鑑定士事務所。代表アルベルト・ドーズ』と記されてあった。

 先ほどゾーレの携帯にかけてきた人物であった。不動産取引の経験がそれまで一度もなかったこともあり、交渉相手に騙されないためにとゾーレが前日連絡を取って相談をしていたのだった。


「実はそこのサイモンさんに不動産取り引きの立ち合いを依頼されまして。それで、やってまいりました」


「あゝ」三人はなるほどと頷いた。


 その後、ホールの中央付近に並んだテーブルの一つに全員が腰掛けると交渉が始まった。

 向こう側の交渉役は売り主がプロパティマネージャーですと紹介したずんぐりむっくりの男で。男はずっと片方の手に大事そうに持っていた黒い書類カバンから細かい文字と数字が羅列する書類と高級感あふれるボールペンをテーブルの上に取り出すと、書類の内容を柔らかな事務口調で読み始めた。

 それは、建物の成り立ち、建物の延べ床面積と敷地の面積、今現在の建物の構造と付帯の設備、今現在の権利者の名称、売却条件の有無、抵当権の有無、かし(不動産の欠陥)があった場合の責任の有無、契約解除を行う場合の違約金の割合といったことで。特にかしについては具体的な例を挙げてより詳しく述べた。

 それが済むと、「それでは私共の希望値を公表させてもらいます」と続けて、白紙の紙片にボールペンでさらさらと数字を書いてゾーレの目前に提示した。そして言った。


「このあたりでいかがでしょうか?」


「ふーむ」


 このようにして売り買いするものなのかと、紙片の数字をゾーレはじっくりのぞき込んだ。そして思った。我ながら大きな買い物をしたものだ。果たして短期で元が取れるかだが。だがもう後戻りはできない。

 すると、その紙片を隣からちらりと見た初老の男がそこへ口を挟んだ。


「わたくし、不動産コンサルタントの仕事もやっておりまして。わたくしが調べさせてもらったところによりますと、その価格は大変言い難いのですが極めて異常です。わたくしの私見ですが随分と値を盛っているような気がします」


 どことなく風格のある態度でそう言って初老の男は、「例えば、そうですね……」と一例を挙げると、周囲の環境や建物の状態から見て、その価格が果たして相場的に似あっているかどうか疑問を呈した。

 初老の男の見解を、男達は揃ってぶすっとした不機嫌の顔になっていったものの、一言も反論も弁解もしなかった。交渉術の一つとして良く用いられている、最初に途方もない価格を提示して、そこから少しずつ下げていくという価格調整をすることで合意を目指そうとした駆け引きを見透かされたからだと思われた。が、交渉を取りやめることはしなかった。ゾーレと初老の男の顔色をうかがいながら「それじゃあこれぐらいでどうでしょうか?」と言って、なし崩し的に少しずつ値を下げていき、初老の男が「まあ、そのくらいでなら」とストップをかけるところまで続いた。もはやその頃には最初の希望売値価格の四割ダウンまでなっていた。

 相手に騙されなければそれで良かったゾーレは、いらいらした顔と渋い顔と険しい顔をした男達を他人事のように涼しい顔で眺めると思った。恐らく男達の困った表情からあのあたりがギリギリ限界と見たのだろうな。もうこれ以上無理ですと言って交渉を打ち切りにされても困るからな。

 そこまでくるのに二十分ほど経過していた。

 ずんぐりむっくりの男は、交渉がようやく合意に至ったのでほっと息をつくと、二枚複写式となった『不動産売買契約書』と『不動産譲渡証書』と記された紙面とボールペンをゾーレの前に提示して、空欄部分にサインを求めて来た。


「ではこれにサインをお願いします!」


 ゾーレが求めに応じてサインすると、男はその控えとボールペンを回収してカバン内のクリアファイルにしまった。

 それを見てゾーレは内心ほっとした。嗚呼ぎりぎり間に合った。これで一安心だ。もう少しで野営となるところだった。アジトがテントじゃあ面目丸つぶれだからな。

 それから男はテーブル上に出していた書類のうち、一番下になっていたカラー印刷された紙片だけを残して全てカバンにしまった。

 そして残したその紙片をゾーレの前に差し出すと、


「あゝそれと、リフォームされるのであればここが役に立つかと思います。是非とも参考になさって下さると嬉しいです」


「はあ」


 そう言われてゾーレが手に取ると、それは紛れもなく販促用パンフレットというべきものだった。

 表紙のやや上の方には、街並みをリアルにイラスト化したものをバックに黒い太文字で『私たちは明るい未来をデザインします』と載っており、その下の方に『キャンペーン中!! ゆとりのリフォーム。豊富な実績と信頼と安心の長期保証。お客様のご希望に合わせてリフォームプランの相談を無料でうけたまわります。予約受付中!!』といったキャッチフレーズが踊っていた。

 更に中を開けると、モデルハウスモニター募集中の文字と共にリフォームの施工例が、医院、事務所、店舗、セカンドハウス、マンション、一軒家別に十ページに渡ってカラー写真で載っていた。そして裏表紙にバゴングループとかいった聞き慣れない固有名詞とともに、十社ほどの社名と連絡先が載っていた。

 良くある手だ。どうせ親族か知り合いの会社なんだろうな。

 ゾーレがそれとなしにパンフレットに目を通していたとき、三人の男はすみやかに席から立ち上がると、入り口側の席に腰掛けていた売り主と思われた男が、威厳のある物言いで、


「それでは我々はこれで失礼します」


 代表してあいさつすると、すっきりした表情で揃って外へと向かった。そして、乗って来た車に乗り込むと行ってしまった。

 その間に初老の男は、持って来た黒のブリーフケースにテーブルに載ったゾーレがサインした書類をまとめて入れて帰り支度を整えると、自分の役目はこれで終わったとしてイスを後ろへ引いて立ち上がり、パンフレットに視線を落とすゾーレに向かって、


「それでは、わたくしは書類を持って帰って直ぐに登記の手続きに掛かります。できましたら追って連絡させて頂きます」と伝えて立ち去ろうとした。


「あゝそうですか、分かりました」ゾーレはすんなり受け入れると、「ところで一つ教えていただけませんか?」と付け加えた。


「あ、はい」初老の男は面倒くさそうにゾーレをちらりと見て返事を返すと、きょとんとした表情で問い返した。「何でしょうか?」


「バボングループという名はご存じでしょうか?」


「さあ、聞いたことがありませんな」


「あゝそうですか。それじゃあここに載っているリフォーム会社はどうです?」


 初老の男は、ゾーレが示したパンフレットの裏表紙に記載された十社ほどの会社名を、メガネの奥から目を細めてほんのしばらくのぞき込むと言った。


「この辺りの業者ではないようですな。わたくしが知りませんので」


「そうですか。それじゃあ依頼しても直ぐに仕事にかかって貰うのは無理ですかね?」


「たぶん」


「できれば、今日言って今日かかれるような小回りの利く業者が良いのですが。何処か知りませんでしょうかね。あなたの事務所とも、これから長くお付き合いをさせていただくことになるかも知れないので」


 ゾーレにそう言われて初老の男の顔つきがパッと明るく変わると、慌てた様子でブリーフケースの中から携帯を取り出し、


「ああ、そういうことでしたら。ちょっと待って下さい。確か……」


 すぐさま携帯を起動させると、手慣れた様子でフリックとスワイプとスクロールを駆使して、ある位置まで来たところで納得したように頷いた。そして言った。


「ご期待に応えられるか分かりませんが、仕事柄、地元の不動産会社とリフォーム会社をまとめてあります。この中から利用されては?」


「それはありがたい」ゾーレが感謝すると、初老の男が更に続けた。


「それでは携帯を出してください。データーファイルをコピーしてダウンロードして差し上げます」


「はい、お願いします」


 ゾーレは腰のホルダーから広く普及している一般的な携帯を取り出し起動させて男に手渡しすると、受け取った男は手慣れた様子で自身の携帯と一緒にテーブル上に並べて、ゾーレが見ている前でデータを移行した。

 そして「無事完了しました。確認をして下さい」と述べると携帯をゾーレに返した。

「それはどうも」と言って携帯を受け取ったゾーレは、データが確かに入っているのを確認すると、訊いた。「あと一つ訊いても宜しいか?」


「はい、何でしょう?」


「連絡先にあなたからの紹介ですとあなたの名前を出しても構いませんか。何分と私は外国人なもので信用がないと思うので」


「ええ、構いませんよ。わたくしから訊いたと言ってくれても」


「それは助かる」


「それではこれ以上何もありませんかな?」


「ええ、たぶん」


「それではわたくしはこれで……」そう言いながら携帯をブリーフケースにしまった初老の男は、


「手続きが済み次第、連絡をさしあげますので」と念を押して、ゆっくりした足取りで外まで出て、建物の玄関口に立て掛けていた電動自転車に楽々とまたがったかと思うと、見る間に風を切って走り去っていった。


 一人テーブル席に残されたゾーレは、ようやく一息つくと腹をくくった。

 あゝやれやれ、終わったな。行きがかり上、こうなってしまったが、思えば大きな買い物をしたものだ。任務の遂行のためなら幾ら使おうと問題ないが、このことは別件で直接関係ないことだからな。

 その傍ら、何から先に手を付けるべきかを頭の中で整理した。

 日があるうちにできることは全部済ませておかなければ、明日にはやって来る二人に何を言われるか分からないからな。

 ゾーレはロザリオのメンバー六名の中から必ず二人が来ることが分かって知っていたが、誰と誰が来るかははっきり言って知らなかった。分からなかった。それというのも、全ての決定権を持っていたシュルツが徹底的な秘密主義を貫いて、ロザリオのメンバー以外には一切漏らしていないことに拠っていたからだった。

 それ故、依頼者も依頼内容ももちろん知らされていなかった。知らされていたのは協力者や支援者が指定した場所や生活を営む地域、あとは約束の期限ぐらいなものだった。


 少しの間考えて方針をまとめたゾーレは行動に移した。


「それでは取り掛かるとするか」


 と一言呟いて深呼吸を大きく一度行うとテーブル上の携帯を手に取り、初老の男から手に入れた業者の名簿を一べつして上から順番に連絡を入れた。

 そのとき決まったように初老の男から紹介されたと告げた。そして、今からすぐに現場に来れること、現場を見て見積もりをその日のうちに出せること、見積もりは無料であること、意味不明の追加料金がないこと、次の日から作業にあたれること、リフォームして貰いたい建物は店舗で比較的広いので一度に作業にあたる人員は六名以上であることを条件に、作業内容は店舗の外装の再塗装とホールとキッチンとスタッフの部屋とトイレの簡単なクリーニング。あとキッチン設備とイス・テーブルの簡単なクリーニングも頼みたい。他には内壁の色もシンプルにしたいとの旨を伝えた。

 その結果、リフォーム会社というのは零細企業が多いのか、それともどこも家内工業みたいなもので人手不足であるのか、それは分からなかったが唯一人員の件だけは合意できるところはどこもなく。仕方がないので二社で折半することで落ち着いていた。

 リフォーム業者との通話が終わり、彼等がやって来るまでの時間が一時間ほどできたので通りの店を観察がてら、流行っているようだった店の一つにふらりと入ると遅めの昼食を時計を見ながら簡単に摂った。その後、購入した店舗の前で待っていると、待ち人が次々と車に乗って現れた。

 ゾーレは、ノーネクタイの白のカッターシャツの上からジャケットを着こなした中年の男とネクタイを締めたカッターシャツの上からオーソドックスに作業服を羽織った若い男の二人を出迎えると、時をおかずにがらんとした現場に案内し、それが終わると打ち合わせをした。その後三十分ほどして彼等は承知したと言って帰って行った。だが、尚もゾーレは大忙しだった。

 すぐさま携帯でレンタカーショップの場所を調べて向かうと小型のトラックを調達。それから既に調べてあった地元のリサイクルショップとインテリアショップをはしごして、テレビとレンジと電気ケトルと置時計と大型のソファとテーブルとベンチソファを購入して荷台へ積み込み、その帰りにスーパーマーケットに立ち寄ってミネラルウォーターとビールを各一ケースとワインを半ダースとレトルト食品とパンとミルクと卵、あと日用雑貨を購入して店舗まで舞い戻った。

 それからもゾーレは息つく間もなくあくせくと動いた。戻って来ると、上着とネクタイを取りシャツだけの姿となって、買ってきた電化製品と家具類と日用雑貨は店舗内へ、飲料水と食品はキッチンの冷蔵庫に収納。それが済むとレンタルしていたトラックを返却して、次いで飲食店開業サポート業者にアポを入れて相談。必要な事項はメモに取った。そこに加えて開業にかかる手続きを代行して貰うとともに、そこのアドバスによって食材の仕入れ先を首尾よく確保していた。それらのことについて、何も知識がなかったゾーレは大助かりだった。ちょっと金を出せば何から何まで親切に教えてくれるなんて、よくもまあ便利な世の中になったものだと感謝していた。

 併せてゾーレは、単に顔見知りであいさつする程度ぐらいから始まって友人付き合いするまでになっていたズ―ドに連絡を取った。プロ並みの料理の腕前を知っていたので、事情を話して料理人として来て貰う予定だった。結局のところ、忙しいからと体よく断られたが、その代わりとしてシンと言う名の男を推薦されて手伝って貰うことになっていた。

 そうこうしてその日は店舗内で一夜を明かすこととなり、その当時は食にこだわりがほとんどなかったことでパンとワインだけで夕食を済ませて、買ってきたばかりのソファの上で就寝した。


 次の日。当地へ来て四日目。いよいよロザリオのメンバーがやって来る日の朝の八時過ぎ。

 ノーネクタイ姿でゾーレは、パンとミルクだけの朝食を簡単に摂って、落ち着かない気分で待っていると、ピックアップトラックとバントラックと色んな機材や資材を積んだ中型トラックの三台がやってくるや、店舗の狭い敷地内に侵入してきて玄関前ぎりぎりに並んで止まり、車内から十代から八十代くらいまでの黄色い工事用ヘルメットに作業服姿の男女がぞろぞろ下りて来た。

 ゾーレは全員で八名いたその中からあいさつしてきた、三本ラインが入るヘルメットを被っていたことから現場責任者だと思われた二人の中年男と簡単な会話をかわすと、部屋内に物がなかったことから比較的早く終わりそうに見えた二階の方から作業を行ってくれるように依頼。その傍ら自身は一階ホールのテーブル席の一角に陣取ると、携帯を起動。飲食店開業にかかる品物のほとんどはネット通販で揃えることができると昨日サポート業者からアドバイスされたことを忠実に実行にかかった。

 確かに通販サイトを開くと何でもあった。何でも揃っていた。ゾーレはネットサーフィンをして、開業には絶対必要と言われてメモに書き留めていたレジスターとメニューボード一式とタイムカードレコーダーとタイムカード百枚入りを三箱と什器とユニフォームと、タオルや洗剤やペールボックスやごみ袋やネズミ獲りシートといった備品を次々と購入していった。

 またその合間に、好き勝手にやられても困るからとリフォームの進行具合いも確認した。それというのも、これまで生きて来た経験から家族と身内以外の他人をどうしても信用できなかったのだった。


 ところで二階のリフォームは夕方近くになっても中々終わる気配がなかった。そのうち彼等は道具や資材を片付け始めると、午後の四時きっちりに彼等が乗って来た車に乗って意気揚々と引き上げていった。

 彼等が去った後、仕上がり具合いを見るためにゾーレは二階へ上がると、リフォームをするにあたって壁の左右に並んでいた棚を一階の通路まで運び出して貰っていた元食材保管庫の部屋と同じ大きさだった二つの部屋は壁紙(クロス)が貼り替えられ、フロアもきれいに掃除されてすっきりしていた。


「新しくなっているな。生活ができるようにして貰えたらそれで良いと申しれておいたのだが」


 そんなに手を加えようと思っていなかったゾーレにとってその様子は正直な話、驚きだった。

 ところが、屋根裏部屋へと続く通路はリフォームがまだ終わっていないと見えて養成シートが敷かれたままになっていた。二つのシャワー&トイレユニットも同じだった。まだ手を付けられた形跡がなかった。


「この分だと屋根裏部屋も同じかもな」


 むっつりした顔でゾーレは屋根裏部屋に入ると、案の定リフォームが終わっていなかった。

 養成シートが部屋のフロアに敷かれ、フロアの中央には使い方が意味不明の機械(次の日に実際に使っているのを見て壁紙(クロス)に糊を塗布する装置とポータブル電源だと判明した)が据え置かれていた。また部屋の隅にはロール状に巻かれた壁紙(クロス)が数本と脚立とポリバケツ、ホウキ、ウエス、掃除機、デッキブラシ、洗剤といった掃除用具一揃いとゴミ箱代わりの段ボール箱が固めて置いてあった。


「ふーん、八人がかりでして一日で終わらないなんてな」


 口の中でそう呟きながら辺りを見渡すと、斜めになった天井に取り付けられた天窓にゾーレはふと目を止めた。


「あゝそうそう。忘れるところだった」


 何かを閃いたのかゾーレは部屋の隅に置いてあった脚立を天窓の下まで運んで来て脚を開いて固定すると、脚立の踏みざんを慎重に登り、天窓を閉じていたレバーを動かして窓が十分に開くことを確認して、更にすぐ近くにパラボラアンテナがあるのが分かるや、ほっとした表情で一旦一階へ取って返した。


「よし、あれなら何とかなりそうだ」


 ゾーレは小型の懐中電灯のようなものを自身の手荷物の中から取り出すと、手に持って再び屋根裏部屋へと入り、再び脚立に登って今度は半分ほど天窓を開けた。そしてアンテナの支柱の部分に手が楽に届くことを確認すると、部屋をぐるりと見まわして一旦脚立を降り、そのとき見つけた養成テープを手に持って再び脚立を登った。

 それから懐中電灯の発光部を空に垂直に向けるようにテープで支柱に貼り付けて固定した。これらのことを十分足らずで行うと、最後に窓を元通りに締め脚立とテープを元の場所に戻した。


「よし、旨く行った。これで安心だ。こうしておけば上空から勝手に見つけてやって来るだろうさ」


 何のことはない、小型の懐中電灯に見えたものは懐中電灯の機能を持たせながらスイッチの切り替えでレーザーポインターにもなる組織オリジナルの優れもので、普段から上空からやって来る者に点滅動作を行って場所を正確に知らせる役目を果たしていた。


「さてと、あとはいつ来ても良いようにしなければな」


 再度ゾーレは一階に戻ると、そこに一時的に置いていた電化製品と家具類を台車を使って何度かに分けて勝手口のエレベーターがあるところまで運んだ。それからエレベーターでもって、リフォームされてきれいになっていた元食材庫の部屋へ運び入れて据え付けた。

 

「これで完了だ。あとはそうだな、夕飯の買出しに行くか! 誰が来ても良いような出迎えをしなくてはな。酒だけというわけにいかないしな」


 しばらくして準備を整えたゾーレは、店舗の建物を出ると、偵察がてら通りの店を見て回って美味そうだなと目をつけていたとある店へと向かった。

 そもそも誰が派遣されて来るかは『ビエントス・ジェイスン・シュルツ』いわゆるB・Jシュルツ個人が一人で決めていた。行き先の国と地域を指定されて、そこで拠点(アジト)を作るのが本来の役目であったゾーレは、いつもふたりがやって来るのは経験的に知っていたが、誰が来るかは知らないのが、従って普通だった。


 果たして、夜の帳が落り始めた頃、一般市民の姿格好をしたホーリーとフロイスの二人が仲良く連れ立ってやって来た。

 彼女達の組み合わせは随分と久しぶりだった。某国において、スパイを取り締まる部署を数年間機能不全にするようにとの難題を請けてやって来て以来だった。

 その夜、ゾーレは通りのケバブ店で購入して用意しておいたケバブサンドとケバブラップ、あと仕事にかかる前の息抜きにと良く冷えた地元のビールとワインとを二人にまかないながら、成り行きでこうなってしまったと言い訳をした。

 対して彼女達は、そのお返しとしてこの地にやって来た理由を簡単に話した。白魔術教会の関係者からの頼みで、約八十年前に奪われた自治領地を取り返して欲しいとの依頼を請けてやって来たというのだった。


  彼等三人は知るところでなかったが、更に具体的に言えば、事の発端は、今から八十有余年前のこと。他国から十数名からなる異能能力持ちの若者たちが着の身着のままで白魔術師教会の一支部、シュルテン・シルキー教会の自領に流れてきたことに拠っていた。

 彼等のほとんどは何らかの事情で故郷に居ずらくなり新天地を求めて来た者達で。白魔術師教会側が彼等の境遇に同情してその滞在を黙認したばかりにいつの間にか居座り、ひいては白魔術師教会が争いを好まず、平穏無事な生活を望んでいたことを良いことに、十名足らずながら選り抜きの精鋭揃いだった彼等は自分たちの掟を作り徒党を組みと組織らしくなっていくと、まだその地が田舎で同じような競争相手もいなかった事情で、その地にあった裏社会を武力で持って蹂躙。勢力を広げて行くと、遂には白魔術師教会側が長く影響下に置いていた地を掌中に収めてしまっていた。

それ以降、追い出された形となった白魔術師教会側は、次々と仲間を増やして行く彼等には力では敵わないと、辺ぴな山奥の岩山に掘ってできた洞窟を仮住まいとして隠れ潜むようにして細々と生きることを余儀なくされて来た。我慢を強いられてきた。

 ところが今の今になって自領を取り戻す好機が訪れた。

 八十有余年経つ間に立派な組織にまとめ上げていたドンマスター(頭目、首領)が突然死したことだった。

 そのときマスター自身が、まさか自らが死ぬと思っていなかったらしく次の後継者を決めていなかったこと。また絶対的な力を背景に意見を対等に言える者を目ざわりとして粛清して、周りを全てイエスマンで固めていたこと。そして自身への個人崇拝を強要していたこと。それらのことが影響した結果、彼の死後、総勢六十人近くいた勢力が真っ二つに分かれると、次期後継者を巡って血で血を洗う抗争を繰り返した。

 そのとき当然のこととして、組織が所属していたスタン連合や先代と親交のあった組織が、そのことを重く見て二つの勢力に使節や幹部や使者を派遣して調停を申し入れ、話し合いで後継者を選ぶように促した。

 だが申し入れは残念ながら遅しに失したと言わざるを得なく、失敗に終わっていた。

 というのも、争いに便乗してそれ相当分の利益を得ようと近隣の組織や自活領を持っていなかった複数の組織やアウトサイダーの組織がそれぞれ独自に動くと、後ろ盾や支援者や協力者として、或いは更に踏み込んで運命共同体という形で深い関係を築いて参加していたし。そこへ加えて二つの勢力の間には、その国の複雑な歴史的事情から来る民族間の根深いあつれきという絶対に越えられない壁があったからだった。

 無論そのことを長い間辛酸をなめて来た教会支部側は黙って見ている筈はなかった。

 裏社会のとある筋からそれらのことを伝え聞くことに及んで、荒れ果てた仮住まいの教会の建物を守ってきた教司ジョルジュ・ベルダンは、今こそ奪われた支配地を奪い返すチャンスだと決意を固めると、彼の補佐役の主事、ミレーヌ・ドゥ・ロンスレールを始めとして、見習い職のテレザ・ペンドレル、エミリアン・ペンドレルの姉弟と共に白魔術教会の本部がある国の都市まで出向き、そこの事務局へ長い間我慢を強いられる生活を送って来た実情を説明して、今ならば奪われた利権や領地を取り戻す好機である。何とかならないか。誰でも良いから助けて欲しいと願い出た。

 すると、およそ三日をかけて事実関係を調べ上げた事務局は四日後に受理すると、教会の上層部へそのことを伝えた。幸運にも数ある相談の中から申請が無事通ったのだ。

 その後、上層部は上層部で、教会の明主で代表でもあったローレンティス・モルアーゼル三世に申し出を行った。 

 彼等から相談を受けたモルアーゼル三世は、例え末端の教会関係者の願いでも立場上聞いてやらないわけにはいかないだろう、何とか要望を叶えてやる方法がないだろうかと一計を案じた。

 すると、ちょうどうまい具合に側近からある人物の目撃談を少し前に聞いていたことから、素晴らしいアイデアを即座に思い付いていた。

 ――あゝそうだ。あの方なら、何とかしてくれるだろう。

 あの方とは、稀代の外遊好きで物分かりが良く寛容で、加えて奇行が多いことで知られていたネピ家九十七世、ハーディスト・ルーンハイネのことであった。しかもネピ家は、遥か遠い昔から白魔法の宗家として、ネピ家が治める地は白魔法の発祥の地とか聖地と見なされて白魔術師に崇め敬われていた関係から白魔術教会とは深い縁があったのだった。

 ――こういう時の始祖様だ。利用できるときは利用しない手はないからな。

 そのような考えに至ると、即刻モルアーゼル三世は、ハーディスト・ルーンハイネが立ち寄っていそうな場所を突き止めるように配下に命令。居場所が分かった時点で偶然を装って自ら会いに行くと、日常の世間話を交えながらダメもとで窮状を伝え、


「我々はこの通り教会の形をとっている立場上、不当な攻撃を受けない限りこちらから反撃ができない決まりになっておりまして。それ故、あなた様のお力添いをお願い致したく」と相談を持ち掛けたのだった。

 一方、白魔術教会のトップから相談を受けたルーンハイネ九十七世は、そのとき正直困った。

 ――どうしたものだろうな。我々は過去の禍根から人間世界へ干渉しないことを旨としておるからな。だが、どのような些細な依頼であっても、一つや二つ聞いてやらぬといかんかもな。何せネピ家は白魔法の宗家と見なされている以上、面目が立たぬからのう。

 立場上、応じないわけにはいかなかった彼は渋々承諾すると、「私は直接手を貸すことができない。その代わりに信頼できる知り合いに一任しようかと思う。それでも構わぬか?」と引き受ける条件を提示した。そして相手が受け入れると、すぐさま行動に移した。当時親交のあったB・Jシュルツの元まで向かうと、どうか力を貸してほしいと頼み込んだ。 

 頼みを受けたシュルツは、後々のことを考えて恩を売っておいても損はなかろうと、二つ返事で分かったと引き受けると、拠点作りにゾーレを先にやり、続いてロザリオのメンバー六名の中からホーリーとフロイスを選択すると、ゾーレに先乗りさせた現地へ二人を派遣したという次第だった。

 尚、二人はシュルツから以下のような指示を受けていた。

 今、現地では、とある武闘派の組織のトップが亡くなり、次の跡目を巡って組織内部が真っ二つに割れて争っている。更には各々が全国から後ろ盾や支援者や助勢者を味方に加えて少しでも優位に立とうとしている。

 そこでだが、お前達はそのような混乱の中に乗じて双方を一掃して欲しい。やり方はそちらに任せる。後はいつもの通りだ。但し分かっていると思うが、余りやり過ぎないことと、できるだけ本筋から外れることなく頼む。

 ところで月並みであるが、先ずはアジトに落ち着いて、そこから情報提供者にコンタクトを取って貰うことになっている。以上だ。


 その夜はいつの間にか更けていき、通りの店舗も全て締まり、辺りがひっそりと静まり返っていた頃。無論三人もいつの間にか好みの場所で寝入っていた。

 そんなときだった。何かしらの異変に気付いたホーリーとフロイスの二人は、ほぼ同時に閉じていた目を見開いて横になっていたソファとベンチから静かに起き上がると耳を澄ました。すると下の階から微かに物音が聞こえた。

 こんな真夜中に物音をさせるのはたった一つ、空き巣以外の何物でもない。そう判断して二人は、これで何とか間に合ったと一段落付いた安堵感からソファの上で熟睡するゾーレを残したまま下へ向かうと、果たして店舗前の敷地内に二台の車がライトを消した状態で止まっていた。一台はトラックでもう一台はセダンの車で、それぞれの運転席に人影があった。


「こりゃあ、とんだお客様だよ」


「ええ、そうね」


 そこへ加えて、真っ暗であるはずの店舗の中から懐中電灯らしい黄色っぽい小さな灯りがガラス窓を通して漏れていた。


「これで決まりだな」


「ええ、そうね」


「馬鹿な奴等だ」


「運が無かったと言いたいわ」


 確信に満ちた表情で二人は短いやり取りをすると、ホーリーがそこへ続けた。


「ねえ、中は私に任せてくれる! せっかくだから使い捨ての駒(協力者)にしようかと思うの」


「それじゃあ私は車の方を何とかするよ」


「じゃあお願い」


「任しておきな」


 役割分担が息もぴったりにでき上がっていた。

 そういういきさつがあった後でホーリーが気配を消して建物一階へ向かうと、懐中電灯で辺りを照らしながら金目の物を物色している実行役の男が全部で四人いた。しかも彼等は、監視カメラを警戒してなのか、目立たないように地味な服装をして、既定路線として安物っぽい仮面を付けて顔全体を隠していた。

 ――馬鹿な泥棒だこと。

 ホーリーは裏工作用に常々持ち歩いているスプレー缶を取り出して手に持つと、男達に悟られないように近付き、魔法のポーションならぬスプレー缶の噴射ボタンを男達の顔面目掛けて手際よく押していった。その手早さは目にも留まらない早業と言っても良く。ガスを直接吸い込んだり皮膚にかかった男達は、スプレー缶に入っていた身体の自由を奪うガスの効果で、何が起こったのか分からぬまま、身体の力が抜けたようにへなへなとフロアに座り込んで動かなくなっていった。このような者達に異能力などは使うまでもないといったところだった。


 そこへ一仕事済ませて捕らえた二人の男を引きずったフロイスが絶妙のタイミングで現れると、ホーリーは笑みを浮かべて目くばせをした。それにフロイスは笑顔で応えた。

 

「こいつら、まるで黒ゴキブリだな」


「ええ、ほんとうね。真夜中にごそごそ這いまわるなんて。場所をちょっとわきまえて貰いたいわ」


 フロイスとホーリーは身動きできなくした男達を一ヶ所に集めて余裕で嘲笑うと、仮面を被った男達の仮面をはがして彼等の正体を確認した。どの顔も見た目は若かった。十代後半から二十代後半くらいだろうと思われた。また男達は、二人以上の集団でトラックまで用意して来ていることなどから、どうやら工事中の店舗や建物を下見した後で中の物品や設備を無断で運び去る専門の窃盗団の一味のようだった。

 それが終わると、一時的に意のままに従わせ、彼等が乗って来た車に相乗りして走り去った。彼等のねぐらに向かったのだった。


 ところでゾーレが辺りが明るくなって目覚めたとき、当然ながら二人の姿はなかった。こんなことはいつものことだからとゾーレは気にも留めずに起きたままの格好で出来合いの朝食を摂り、その後テレビを見ながら時間を潰していると、八時少し前に業者が乗った三台の車がやって来て、昨日と同じ場所に止まり、中から八人の男女が降りて来た。やがて彼等はトラックに積んでいた器械や工具類を協力して下ろすと、簡単な打ち合わせをした後、やり残した二階部分と手付かずの一階の二手に分かれて仕事に取り掛かった。

 ゾーレは彼等が作業についたのを見届けると、自身も部屋にこもって店舗のオープンに向けての準備に取り掛かった。

 先ずズ―ドのところへ事情を説明したメールを送って、シンを即刻貸して欲しいと依頼した。

 ――これでキッチンの方は何とかなるだろう。

 次いで、使い捨てのメールアドレスの番号と共に『新規オープンにつきスタッフ募集。二十代前後の男女を数名希望。寮完備。住み込み可能』と手書きで記した求人広告を、ちょうどうまい具合に店舗内で見つけたスタンド看板に貼り付けて店舗前の舗道沿いに設置した。オープンしてからではなく、前以て人手を確保しておくべしとのサポート企業からの進言を守ったのだった。

 ちなみに採用内容で二十代前後の男女と限定したのは、長いこと店舗を営業するつもりはさらさらなく、軌道に乗って不動産価値が上がったところで売り飛ばす予定にしていたので、次のオーナーに変わった折にスタッフの年齢が若ければ無理に彼等を辞めさせることがないだろうと見越したことに拠っていた。

 またその傍ら、気が向くとリフォームの現場を訪れては進行具合を見て回った。更には素人の見た目では実際の進捗度は分からないからとして、二階の現場で自らも作業しながら周りの者達に指図をしていた三本線のヘルメットを被った中年男に向かって、さり気なく二言三言話し掛け自分はさる総合商社が設立した飲食店の運営やフランチャイズ事業を行う子会社の社員で、店舗プロデューサー及び店舗マネージャーの職にあって、世界各地を飛び回っては優良物件と見た店舗の確保からオープン、運営に至るまでの全てを一通りサポートしている、またこの件が一段落したら同様のことを行うために別の都市へ向かう予定になっている、と適当に口から出まかせの自己紹介をすると、


「どんなものでしょう、このまま行くと一週間以内に終わりますかね?」と訊いた。


 すると男は作業の手を止めると、仕事の依頼主であったゾーレの方を振り返り、愛想笑いを浮かべて素っ気なく応じた。


「さあ。下の階を見てみなければはっきりとは……」


「あゝそうですか」ゾーレは分かったと頷くと続けた。「それじゃあここは?」


「今日中には終わる予定にしています」


「あゝ、そうですか。ところで、この店舗の前のオーナーを知っていますか?」


 話題を変えたゾーレに、男は愛想良く応じた。


「もちろん知っていますよ。会ったことがないが名前だけはね。ここのオーナーを知らなかったら我々の業界ではもぐり同然ですから」


「ふーん」


「あなたは会ったのですか?」


「ええ」ゾーレは頷くと言った。「店舗売却交渉の折に二人の部下を連れてやってきましたから。ええと、確か四十過ぎぐらいで日焼けした顔をしていました」


 そういったゾーレの説明に男は首をちょっと傾げると、


「それはおかしいですな。私は顔は知りませんがオーナーはもっと若いはずですよ。それはきっと、オーナーの身内でこの近辺の店舗を何店舗か任されたエリアマネージャーか何かでしょうな。オーナー自身がたった店舗一つの売却のためにわざわざやって来るとは考えられませんからね」


 そう言って男が話してくれたのには、――――既に看板が外してあるが、この店舗は『パンタネッタ』と言う名のイタリアンレストランで、国内では知らない者はいないくらいの有名なレストランである。そしてそのオーナーというのは中々のやり手で、二十代前半の若さで祖父の代から続く中堅の自分たちと同じリフォーム会社を引き継いで、その傍らサイドビジネスとして始めた、ファミリー層と若年労働者層と学生層に狙いを定めた大衆レストラン事業が折からの好景気の波に乗って大当たりして、トントン拍子に店舗数を増やしていき、ここ数年の間で五十店舗以上のレストランチェーンを全国に展開していると言うだった。


「なるほどね、そうだったのですか」外国人だったゾーレは男の話を淡々と受け取ると、


「ところでそんな有名どころが、どうしてこの店舗を手放す気になったのでしょうかね。周りとの競争に負けて赤字が続いていたということですか。それとも他に事情があってのことなので? 些細なことでも構いませんので何かご存じでしたらお教え願いませんでしょうか? そのあたりのことは私は何も聞かされていないものでして……」


 ふと思い浮かんだ疑問を尋ねた。その途端に中年男は思案するように、ほんの少しの間首を傾げるとぽつりと呟いた。


「たぶん、あれのことでしょうかもね」


「あれとは?」


「正直言って本当のことは分かり兼ねます。噂として聞いていることなのですが」


 そのときゾーレのグレーの髪の色を目にして、実年齢よりかなり老けて見えたのか、そう言ってかなり丁寧な口調で男が語ったのには――――五年前に七十三歳で死亡した父親から聞いた話ですがとして、元々最初にこの建物を建設して住み始めたのは設計事務所を経営する男とその家族で一階が事務所で二階が住居となっていた。ところが移り住んで十年少し経過した頃に、一家は大きな借金を残してどこかに失踪してしまった。一家心中をしたのだという噂もあるが、はっきり言って分からない。その後、残された建物を購入したのが結婚したばかりの二十代前後の若い夫婦で。生まれて初めて不動産を購入したとかで、建物を小ぎれいに改装して、新婦が物心ついたときからの夢だったというフラワーショップを始めた。店はまあまあ流行り順調と言って良かった。しかし二人には凝り性な面があり、しかもギャンブルが大好きときていた。建物を手に入れた資金もギャンブルから得ていたという話で。従って、運が向いているときはそれで良かったが、運が一旦下がり始めるとどうしてもうまくいかなるもので、店を出して三年ほど経った頃にギャンブルが元で全財産を失うはめになり、建物も借金のかたとして失っていた。次いで建物を手に入れたのは、幾つもの娼館を経営していた老齢のオーナーで、その建物を新人の娼婦を監禁して教育する場として使った。だが娼婦の扱いを巡っていつもいざこざが絶えなかったらしく、あるとき刃傷沙汰が起こり、建物内で老オーナーとその部下二人がそこで暮していた娼婦十数名とともに刺殺される事件が勃発し、その結果、事故物件となった建物は空き家となったまましばらく放置されていた。そのような建物に、昔から老オーナーの遊興仲間であった個人バンクの頭取の男と手広く事業をやっていた金融業の男の二人が目をつけて老オーナーの遺族から建物を引き取ると、建物が巷で幽霊屋敷と呼ばれて誰も近づかないのを良いことに、仕事柄或いは犯罪絡みで手に入れた公にできない諸事情がある金品や貴重品や歴史的価値のある高価な品物の保管場所として使用を始めた。ところが二人して他人を信じないたちであったため、その管理人に自分たちが囲っていた複数の愛人を何も知らせずに当てたのが良くなかったらしく。間もなくして何か不都合なことが起こったのか、建物は二人の所有から不動産業者の手に移り、建物にはリフォーム会社の営業所と保険の代理店が入った。だが何があったか知らないがしばらくして会員制ラウンジが入り、これも何があったか知らないが半月もしないうちに退居してしまって再び空き家となってしまったのだが去年あたりに売却されてイタリアンレストランチェーンの所有となった、とまあ以上のような経緯がこの建物にはある。それから言って、よくないことが次から次へと起こっているこの建物で商売をするのは余り勧められない。その典型というか良い例がイタリアンレストランである。

 噂に聞いている話では、客が店舗に入ると突然耳鳴りがしたり頭痛がしたり何かしらの不快感を感じたり、或いは食事中や家に帰ってから原因不明の熱が出たり、赤いしっしんが体中に現れたりしたらしい。特にそれらが現れるのは小さな子供や十代の若い男女が多かったみたいで。それで店側は、これは目に見えない何者かの仕業なのかと見て、一度専門の業者に依頼して店内全域に薬剤を散布して消毒して貰ったらしい。が、それでも治まる気配がなくって、次の段階として店内及びキッチンの空気を始め、食材、水、建物の壁材、イスやテーブルといった調度品と、怪しそうだったものを片っ端から専門家に調べて貰ったらしい。だがやはり何も出てこなかったらしい。それで最後に人の耳に聴こえない怪電波が悪さをしているのかと疑い、その手の専門家に依頼したが同じように原因をつかめなかったらしい。その間に『この店には魔物が住みついていて、店に入ってくる客に疫病を振りまいているとか、いや建物が呪われているんだ』といった有りもしない悪い噂が立ってしまって、店はいつもガラガラで赤字の垂れ流しが続いたので、手放す気になってあなたに売却したのだろう。


 そこまで事情を説明してくれた中年男に、「ありがとう、参考になりました」とゾーレは礼を述べると、一階の店舗に向かった。

 ――いわくつきだったってわけか、なるほどな。ゾーレは心の中で呟くと、オーナー側がなぜ早く売りたかったのか分かったような気がした。このまま持っていてもお荷物と見たのか!

 だがしかし、全く気にも留めていなかった。呪われた建物か!? くだらない話だ。その観点から言えば、若い層や婦女子を相手にしない店をやればそれで済むことだ。そしてボロが出ないうちに売り抜ければそれで良いことだ。


 『見栄えを良くしている派手な装飾やデザイン模様は取り去ってシンプルな状況にして戻して貰えたらそれで良いから』と伝えていた一階の店舗は、ハウスクリーニングの真っ最中と見えてテーブルとイスがまとめて外に出されており、店内では業務用掃除機と高圧洗浄機による騒動しい音が響いていた。――あゝ、この分じゃあ中に入っていけそうもないな。

 ゾーレは思い直すと元の部屋へ引き上げた。

 それからしばらく経って、ゾーレの携帯にメールが入った。求人の申し込みのメールだった。返事を返してゾーレが下に降りると、飢えたような目をした若い男女が落ち着かない様子で店舗の前の舗道に立っているのが見えた。近づいていくと、二人とも中東系なのか、東洋人のように黒い髪に黒い瞳であったが細面で目鼻立ちがはっきりしていて、男の方はエンジ色のニットシャツにジーンズ、スニーカー。女の方は生成りの布帛のシャツにジーンズ、サンダルといったどこにでもいる若者の格好をしていた。そして両人とも大人しそうな雰囲気を漂わせていた。


「ここでは何ですから中でお話をしましょう。付いてきて下さい」


 ゾーレはわざと優しく声をかけて彼等を招くと、能面のような表情のゾーレに近寄りがたいオーラみたいなものを感じ取ったのか、一瞬二人はためらいの表情をみせた。が、直ぐに覚悟を決めたらしく素直に従った。

 間もなくして店舗裏の階段を昇って二階の部屋の入口の前にゾーレと若い男女が辿り着くと、ゾーレがドアを開け、


「どうぞお入りください。私一人だけしかいませんので何も出ませんが」


 二人に振り返って、そう声をかけて先に入った。そのあとに若い男女が続いた。その彼等は部屋に入るや否や、警戒するように中をキョロキョロと伺った。


「どうぞ、ご遠慮なく座ってください」


 先にソファに腰掛けたゾーレがぼうぜんと立ち尽くす彼等に軽い気持ちで呼び掛けると、二人は何もおかしい点がなかったことに安心したのか幾分か落ち着きを取り戻して、ゾーレが手で示した反対側のソファ席へテーブルを挟んで恐る恐る腰掛けた。

 二人はおどおどした様子から明らかに緊張しているようだった。あたかも面接が初めてかのような様子だった。

 そのような中、ゾーレは「自身は去る総合商社が設立した、飲食店の運営やフランチャイズ事業を行う子会社の社員で、店舗のオープンをサポートする店舗プロデューサー及び店舗の人員や運営を管理する店舗マネージャーの役職を任されているサイモンと言う者です」と自己紹介して「賃金は普通に週払いで行います。周辺の店舗のアルバイト従業員の額を参考にして決めるつもりですからそんなに低いことはないと思います。それから勤務時間のことですが、一応朝の十時から夕方の六時ぐらいにする予定です。あと簡単なユニフォームも用意するつもりでいます」などと給与と待遇について述べると、続いて二人に年齢と名前と関係を聞いた。すると彼等は言葉少なに答えた。

 それによると、二人は姉と弟の関係にあり、姉の方の名はアーヤと言い年齢は二十二歳。弟はミッドと言う名前で五つ下の十七歳。通りを歩いていたら、ふと求人募集の看板が目に付いたので連絡してみたということだった。


「ええ、採用の件ですが無事二人とも合格です」


 そこまで訊いたところでゾーレは切り出した。


「明日からでも出勤して貰いたいのですが大丈夫ですか? オープンまでの準備を手伝って貰いたいのでね」


 その言葉に、若い男女は安堵の笑みを零すと小さく頷いて同意した。


「まだはっきりと青写真ができていないのですが、今のところ、ホールとキッチンとレジ打ち事務のいずれかを手伝って貰う予定にしています」


 本当は頼りになる経験者を採用したいところだったが、二十代前後でそのような人材は滅多に来ないし、いない。そこへ加えて、長期間の雇用をするわけではないからな。それらを踏まえて選り好みをしていたら何も始まらないと妥協したまでだった。またそこへ加えて、応募して来た相手の年齢など、はなから信じていなかった。彼の合格基準は、若く見えることだった。若く見えれば採用だった。

 例え未経験者であってもサービスマナーを教えるセミナーへ一日か二日研修に行かせれば良いことだ。その方が変な癖がつかなくて済むだろうしな。


「あとは寮のことなのですが、一度見て貰えば分かると思う。実はここの隣がそうなんだ」


 ざっくばらんにそう話すとゾーレは立ち上がり促した。


「案内するので付いて来て貰えるかな」


 そうして何食わぬ顔でリフォームしたばかりの隣の部屋へと案内した。

 部屋に入ると、二人は何も置いていないがらんとした空間を目を輝かしてしばらく眺めた。先ほど会ったときの目つきとは天と地ほどの開きが明らかにあった。まるでもの欲しそうな、何かを訴えかけるような目だった。

 ややあって二人からため息が漏れたかと思うと、若い男の方が軽く呟くのが聞こえた。


「この部屋だけで楽に十五、六人は住めそうだ!」


 ゾーレは大げさな奴めと思ったが、もしも三段ベッドを部屋中に並べたならそれは不可能なことはないと言う結論に辿り着くと、何も反論しなかった。

 まあ、普通に考えて四、五人ぐらいまでならゆっくりできる広さだろうな。


 二人は決心したのかその場で顔を見合わせて小さく頷き合うと、ゾーレに向かって「よろしくお願いします」「一生懸命頑張りますので是非働かせてください」とそれぞれ言い放ち、ぺこりと頭を下げた。それから間もなくして、駆ける様に階段を降りていく二人の足音が響いた。

 ゾーレは思わず苦笑した。あいつ等、住み込みで働く気が満々といったところだな。


「さてと、続きをするかな」


 その後もゾーレにはやることが一杯あった。テーブル上に放置していた携帯の電源を入れると、操作して信頼できる大手ネット通販サイトを見て回った。ネットの仕入れサイトを利用して、これまでに思い付いた備品を購入するつもりだった。この分だとパソコンが数台と会計ソフトとオフィス用プリンター、あと自転車や洗濯機も入りようだな。

 ちょうどそのときメールの受信音が鳴った。メールの受信箱を見ると、一通のメールが来ていた。中身を見ると『今直ぐ近くに来ているんですけど、求人募集に応募したいんですけど』と記されてあった。直ぐにゾーレは『それじゃあ店舗の前でいてください。すぐに行きますから』といった文章を送ると、席から立ち上がり下の階へ向かった。

 表に出ると求人募集の立て看板を置いた付近に並んで立つ二つの人影が目に入った。いずれも若い女の子で。小走りでその方向へ向かうと、うち一人は赤毛の髪をショートボブにして、メガネを掛け、だぶだぶのニットシャツにタイトスカート、パンプスと言う出で立ち。もう一人はウエーブがかかったブロンドの髪を肩口まで伸ばし、同じようにメガネを掛け、エプロンワンピース、ブーツ姿で黒っぽいポシェットを片方の肩にかけていた。そして両人とも濃い目のメイクに、かなりなオシャレと見えて両方の耳にイヤリング、首にはネックレス、両手の指には派手なネイルをしていた。


「連絡をくれたのは君達ですか?」


 ゾーレが二人に呼び掛けると、彼女等は素直に頷いて認めた。「あ、はい」「ええ」


「そうですか。分かりました」


 これくらいの人数から始めるとして一度この辺で閉め切りとするか、これ以上来られても困るからなとゾーレは一旦路上の立て看板を折り畳んで回収すると、


「それじゃあ私の後へ付いて来てくれますか。中でお話ししたいので」と二人に付いてくるように呼び掛けて、二階の部屋まで案内した。

 それから部屋内で、自己紹介と給与と待遇の話をして、先の若い男女と全く同じ対応で名前と年齢を訊いた。

 すると赤毛の女子の方はナハラと言う名前で、もう一人のブロンドの髪の女子はファリーカと言い、二人は共に二十一歳で友人同士であるということだった。

 そこへ持ってきて彼女達は尋ねもしないのに、


「あたしたち、この近くで両親と住んでいるんですけれど。二人とも自立したいと思ってて、色々と仕事先を当たったんですけど良いのがなくってさ」「面接に行ってもどこも条件が折り合わなくって、ここはどうかと試しに連絡してみたわけなんです」


 そう口々に言い、ゾーレが即決で採用を告げると、満面の笑みでにっこり微笑んだ。

 その後、ついでに寮に予定している部屋に二人を連れていくと、


「アパートを借りるにも、どこも信じられないくらい高くって困っていたところなんです。ここを格安で使わせてくれるなんて夢みたい」などと彼女達はあっからんと驚きの声を漏らして、「それじゃあ明日、泊まる準備をしてまた来ます」そうちゃっかり言い残し満足げに帰っていった。

 それから三日経った昼下がりに一人の来訪者があった。その人物は淡褐色色の肌に黒い髪に黒い瞳と、東洋人の特徴を持った、やせぎすの背の高い男で、淡いベージュのコットンシャツの上から多ポケットベスト、ジーンズ、ワークブーツという出で立ちで、白いタオルをバンダナのように頭に巻いて、登山に持っていくような大きなバックパックを背負っていた。


 まもなくして一階の店舗内で作業をしていた業者の一人から、お客さんが来たみたいですと知らせを受けたゾーレが下へ降りていくと、まさしくズ―ドに頼んでいたシンだった。ようやく来てくれたな。もうそろそろ来る頃だと思っていたんだ。

 ゾーレは笑顔でシンを二階の部屋へ招き入れると、「店舗のオープンに向けてスタッフとして二十代前後の男一名女三名の計四名を採用した。だがあいつ等は今ここにはいない。あいつ等は全員サービス業が未経験のため、ちょうど接客の基礎を教える研修セミナーに空きがあったのでそこへ参加して貰っている。従って今日は会えないが明日には出勤してくるので会えると思う――」などと伝えて、


「正直言って俺はこういった飲食サービス業はずぶの素人だ。従って裏方として皿洗いや売上勘定や雑作業をするくらいしか貢献できない。

 そういうことで、この店が繁盛するかどうかは全てお前の肩にかかっているといっても過言でない。しっかり頼む! すまないが現場の責任者としてキッチンを始め、ホールの方も全部面倒見てやって欲しいんだ」


 そう言われてシンは困った表情で頭をかくと、


「そう口で言うのは簡単ですが、やる側としてはそう簡単なことじゃないんです。

 あっしはズードの兄貴から二週間ほど手伝って来いと言われて来ただけですよ。てっきり座席数、十席未満のちっちゃな飲食店を手伝うものとばかり思っていたんです。それがこれほど大きな店を取り仕切る何て聞いてないです」


 そう応えて大きなため息をついた。そんな自信なさげなシンの顔をゾーレはまじまじと見つめると力説した。


「それなら大丈夫だ。お前ならきっとやれる。何しろあのズードの一番弟子なのだからな」


「そんな簡単にいくものでしょうかね? 先に言っておきますが、あっしのアルバイト経験は店の雑用ばかりで、キッチンは入らせて貰ったことがなくって、今回が初体験ですからね。上手く回せるかはやってみないとわかりません。それに雇ったスタッフも飲食業は未経験ということですし」


「それはお前のやり方次第だと思う。でも、厳しくやれば良いものでもないし、逆に過度に妥協し過ぎてもダメだろうな。

 そうだな。短い期間で、何でもかんでも身体や頭で覚えさせるのは不可能だと思うから、お互いに間違っているか合っているかどうか教え合うとか、忘れないようにノートや手帳に書き記して貰うとか、重要だと思うことをメモや紙に書かせて目に入りやすいところに置かせたり貼り付けて貰うか携帯の中に記憶させるとかして、忘れたらそれらを見て思い出させるように仕向けたり、後これは基礎ができてからだが独自にマニュアルを作らせてみるとか、やり方は色々とあると思う。

 まあ、試行錯誤しながらで良いからやってみてくれ。そうしてお前が戻るまでにホールにしてもキッチンにしても一人前にしてやって欲しい」


 二人の話術の差は歴然としていた。少しの沈黙の後、シンはゾーレに言いくるめられる形で、こくりと頷くと言った。


「まあ何とか頑張ってみます」


 それからゾーレはもう一つの重要事案をシンに託した。それは店で出す料理のメニュー作りだった。

 ゾーレは、前のイタリアンレストランで使っていたメニュー表をシンに手渡すと、


「これを参考にしてメニュー作りをしてくれないか」と要請した。またそのとき「但しだ、中に載っている数量を作る必要はない。そんなに数を作ったところで客が注文しなければ食材のムダになるのが見えているからな。多くて三十品目ぐらい。せいぜい二十二、三ぐらいで良いと思う。あと一応、客層を三十五歳以上に設定しているのでな。毎日食べても飽きのこない味のものをできるだけ頼む」と付け加えるのも忘れなかった。


「分かりやした。あっしだって、ここまで来て任された務めをしくじるわけにいきませんので、一生懸命にやらせて貰います」シンは了解すると、「それじゃあこれからキッチンを見たいと思いますので」そうゾーレに伝え、さっそく一階に降りて、明日からの仕事場であるキッチンへ向かった。


 一階のリフォームは順調に進んでいるようだった。シンはちょうど運転していた業務用ポリッシャーをしばし止めて一息ついていた黄色いヘルメットを被った年長の男の作業員に声をかけて話を聞くと、キッチンの周辺は既にクリーニングが終わっているとのことだった。

 その他にもその作業員は「あと残っているのはホールの一部と、トイレとか排水口といった水回りのクリーニングと作業の過程で偶然見つかった何に使われていたのか全く分からない地下室のメンテナンスと古い電気設備の点検と照明器具の取り換えぐらいです。そしてそれが終わったら最後の仕上げとして看板に新しい店名を入れれば完了です」と供述した。


「お仕事中、すみません」


 シンは作業員に丁寧な礼を言ってキッチンへ向かうと、見た感じ、確かにダクトや調理台を始めとしてガスオーブンや食材保管庫や冷蔵庫やシンクといったステンレス製の設備はどれも新品のように光り輝いていた。

 ただ通路の幅は狭く感じられた。だがそう思ったものの、大勢で作業するわけじゃないからと、しかとした。

 シンはキッチンの隅々まで見て回ると、必要な物と足りないと思う物をチェックしてノートに控えていった。そしてそれが終わると再びゾーレの元へ戻り、それを報告した。

 即座にゾーレは「分かった、直ぐに揃える」と物分かり良く了解すると、行動に移した。携帯を操作して食材の仕入れ先の卸業者へ連絡を入れ必要な品と量を発注依頼。それが済むとウエブサイトから、パスタマシーンやら小麦粉ミキサーやらハンドブレンダーやらメン棒やらキッチンナイフやら浄水器やら炊飯器やら炭酸水ディスペンサーやら殺虫剤やら除菌剤やら掃除道具一式やらを次々と購入していった。


 次の朝の八時半過ぎ。シンと四人の男女は、ゾーレがスタッフの制服として用意したポロシャツとエプロンを身に着けると、リフォームが終わったばかりのホールの一部とキッチンを使って、店舗のオープンに向けてのトレーニングを開始した。

 その際シンは、四人がホール係とキッチン係の両方ができるように指導した。どちらも一通りできれば、もし片方の人手が足りなくなったときには代役に入れるし、どちらが楽だとかの不満も出なくなると考えてのことだった。

 ちなみにホール係は接客の仕方をメインに、料理やドリンクの運び方、テーブルの片付け、レジの操作、クレームの対応など。キッチン係は料理の作り方と器具・器材・設備の扱い方をメインに、料理の見栄えの良い盛り付け方、衛生管理の仕方、食材と備品の在庫確認と注文の仕方などで。それらの模擬演習が、カンニングペーパーを作成したり、意見交換をしたり、シンや四人の男女が作った料理を試食したり、休憩を挟んだりしながら何度も何度も繰り返し行われた。

 それら一日のトレーニングが終わり四人が家路に着いた頃、今度はシンが学習する番だった。

シンは持参した料理のレシピを書き留めた数冊に上るノートを広げては、前のレストランのメニュー表を参考にしながら、メニューとして成立しそうな料理を検討していった。

 あっしだってやる気になれば、このパンフレットに載っている料理に負けないものを作ることができるってことを見せないと――。そのような強い意志が働いていた。

 トータルでトレーニングは三日間繰り返された。そして当面の間としながらも、妥当な線で若い男ミッドがキッチン担当でシンの下につき、彼の姉アーヤがレジ兼雑用担当で、友達同士で仲の良かった若い女子ナハラとファリーカの二人がホール担当に決まっていた。


 そうこうするうちにリフォームもあと一日もすれば終わるところまで来ていた。

 その日の午後の八時を回った頃。最終のプロセスとして、店で出すメニューを決定するために、一階ホールにおいて、キッチンに一番近かった六人掛けのテーブル席を使って試食会が行われた。

 分かり切ったことであったが、料理を担当するのはシンで、審査する側はゾーレとホーリーとフロイスの三名が立ち会った。

 ホーリーとフロイスの二人は到着したその日に姿をくらましてしまってずっと不在であったが、つい昨夜のこと、久しぶりに姿を現したので、気を回したゾーレが二人に明日の夜に店舗で出すメニューを決めるのだがその審査員をやってみないかと話を振ったところ、両人が「面白そうね。参加しても良いわよ」「何だそんなことか。ビールが付いているならやってやるよ」と引き受け、ここに至っていた。


「今から店に出すメニューの選定をやっていくわけなんだが、これから出てくる料理を肩ひじ張らずに楽にして味わってほしい。そして途中でも食べ終わった後でも良いから意見をざっくばらんに聞かせてくれないか?」そう言ったゾーレの戯言の後、シンが調理して盛りつけた候補の料理を各人が少しずつ小皿に取って味見をして、その評価をゾーレが用意した料理名と希望価格とコメント欄と合否蘭が記されたA4サイズの用紙にペンで記入。然る後にテーブル上に置かれた水かビールでもって口内をすすいですっきりさせてから次の味見をするという形式で食味は行われた。

 先ずは料理の王道メニューとして五種類のパスタ、ニンニクと唐辛子だけのシンプルパスタ、クリームパスタ、トマトソースパスタ、ミートソースパスタ、ペペロンチーノが、やや小ぶりな皿に盛り付けられてテーブル上に並んだ。

 次いで、シンが前のレストランメニューを参考にしたというホワイトソースとトマトソースとミートソースとデミグラスソースのマカロニグラタンが並んだ。そしてその後に、シン自身がそれらに改良を加えて、土台をライスに替えたドリアとパンに替えたパングラタンが並んだ。

 それら主菜のあとに、肉料理としてビーフとラムのソテーとグリル焼きが並び、次いでチキンのソテーのタルタルソースがけと同じくビーフのコートレットのタルタルソースがけが続いて、少し遅れてスープ類とサラダ類、コンソメスープとクリームスープとコーンスープとポタージュスープと、ビーツやアスパラやケールといった地元の野菜を使ったグリーンサラダとハムサラダと卵サラダとトマトサラダとポテトサラダとコールスローがそれから続き、さらにオリジナルのソフトドリンクとしてビールの原料を焙煎して炭酸水を加えたビール風味のヘルシードリンクと炭酸水に独自に配合した各種糖類を加えてできたラムネソーダが並び。そして最後にシンが考案したアイデア料理である、カレーソースパスタとグリンピースに塩だけの味付けで炊き上げたビーンズライスとそのビーンズライスをアレンジしたコーンバターライスとパスタに重曹を加えて茹でたものをスープを浸けていただく魔訶不思議な料理がずらりと三人の前に配膳された。


 料理を試食するたびに、「さすがだな」「レストランの味だ!」「美味しいわ」「うまい」「いけるじゃないか」などと賛辞の言葉が三人から相次いで漏れた。

 ところが、シンはそれどころでなかった。シンはゾーレのことを顔見知りと言うわけでなかったが以前に何度か会って見知っていた。また素性も、個人的に兄貴と心酔するズ―ドから、「俺の親友で、通り名のサイモン名で幾つもの貿易会社を経営していて、バイヤーまたはサプライヤーとしていつも世界中を飛び回っている」と聞かされていた。

 けれどもゾーレと同じテーブルを囲んでいる二人の女性は、会うのはこれが初めてで。

 ――二人は試食に立ち会ってることから相当なグルメであることは間違いのないことだけれど。ゾーレさんの知り合いか仕事仲間なのかな?

 シンはそう思いながら仕上げた料理をテーブルに運んだとき、席に腰掛けた二人を間近で見る機会があった。だがそのとき、ゾーレと違い免疫が全く無かったせいで一目見ただけで気が動転。たちどころにドギマギして二人を直視できなくなっていた。

 それもそのはず、張り詰めた空気が漂う中で、東洋人のシンには信じがたい色白の美女と、刺すような鋭い目つきで近寄りがたいオ-ラを放つ女性を一度に見てしまったのだから。平常心でいろと言うのは無理な要求と言っても良かった。それ以後シンは、料理を運ぶたびに二人の前では違う意味で緊張して胸のドキドキが止まらなかった。


 夜の九時半過ぎ。テーブル上に並んだ最後の皿がシンによって片付けられて、試食会は無事終了した。そこまで時間にして、およそ一時間半ぐらい要していた。

 しばらくの間、ホーリーとフロイスは片手に持ったペンを弄びながら、全部で五枚あった用紙の紙面を一枚一枚確認するように覗き込んでいたかと思うと、意を決したようにホーリーが一番先に切り出した。


「確かに、どれも美味しくて不味いものはなかったわ。ほとんど全部合格よ。食材そのものは専門の卸業者から買い付けて高級なものを使っているということよね。それで言うと、この価格も頷けるわ。

 でもね、コスパが足りないというか、客を来させる動機付けがこれといってないのよね。例えばシェフが有名グルメガイドから評価されているとか、世界的な料理コンクールで賞を取っているとか、料理を監修している人物がシェフの世界で名を知られているとか。それがかなわなければ価格が量に比べて馬鹿程低料金と言ったね。

 私から一つ言わせてもらうと、食材にこだわり、良いものを揃えて普通に調理すれば当然として美味しいものが作れるはずでしょ。それを食材の質を落として同じ味が再現できれば、合格なのだけれどね」


「すると、味じゃなく、この値段で果たして客が呼べるかが問題ということか?」


「ま、そういうことよ。客はおいしいというだけで来るわけではないもの。口コミや店の評判を聞いてやってくるのがほとんどだしね。価格イコール味だとすると、世間に名の知れたシェフがいる高級なお店にみんな行くわね」


 いかにもこのままでは無理と言っているような口振りだった。


「うーん」ゾーレは腕を組むと宙を仰いで低く唸った。確かに言われてみればその通りだ。金を持っていそうな年齢層を対象に考えていたがそんなに甘くないということか。


「設定価格を下げるために食材に一級品を揃えずに客に満足させる味を提供するのは容易なことではないことは私にも分かるわ。それでなんだけれど私に妙案があるの。万能化学調味料を使うの。料理の中にほんの僅か添加するだけで飛躍的に美味しくなるはずよ」


「ふーん、それはグルタミン酸とかイノシン酸とかのことか?」


「ま、範ちゅうで言えばその仲間と言っていいかもね。でもグルタミン酸もイノシン酸も元々料理の美味しさを上昇させるうまみを生み出す物質のことで、食欲を増大させる効果があるのに対して、私が言っている万能化学調味料とは、ミネラルが豊富に含まれる食塩を主成分としていてね、後味をすっきりさせて不味いという感覚を抑制するとともに飽きが来ないようにする効果があるの」


「ふーん、分かった。ホーリー、参考になった。ありがとう」


 そこへフロイスが顔を上げると続けた。


「私には微妙な味は分からない。分かるのはしょっぱいか、辛いか、酸っぱいか、甘いか、または味がないかのはっきりした味だけだ。私としてはみんな同じように美味しかったよ。

 私個人としての感想はそういうことだが、人によって感じ方は異なるからね。万人が満足する味に合わせることはできっこないと思うね。私個人の好みだが全部のパスタにソースをかけて食べたかったし、サラダだってもっとドレッシングがかかっていたって良かったと思う。肉もスープもコショウか塩をもう少し足していればもっと美味しかったと思っている」


「ふーむ、なるほど」


 良いことを思いついたとゾーレは心の中でニンマリした。――スパイスソース、調味料の類ならうんとある。ちょうど良い機会だ、あれを使えば良いだけだ。

 それと共に、つい一ヶ月前のことがゾーレの目の裏に浮かんだ。

 あのとき拠点(アジト)作りの指令が来て、オールスパイスの原産国として有名な国の人口三十万の地方都市まで出掛けたことがあって。行ってみると、その都市の国際展示場と隣の廃空港の会場の二つを使って、三年に一度開かれるスパイスとハーブの祭典と題した国際見本市『アルゴメームフェスティバル』が初日を向かえたところで、街中が人々であふれ返っていた。彼等のほとんどは、百ヶ国以上の国からやって来た業者で占められ、他はその筋の評論家か学者かマニアか、あとは警備会社の人間とかいった内外から一団でやってきた連中だった。

 それ故、付近のホテルと言うホテルはどこも満杯で、いつものようにビルのテナントやテナントハウスを借りるどころではなかった。

 その結果、やっとみつけた一軒家の民家に三つの企業の営業マン計十名と見本市が開かれる一週間の間、壁を隔てて同居することになっていて、ロウシュとコーがそのとき任に当たってやって来た。

 彼等二人の話によると、何でも三年に一度開かれる国際見本市と並行して、闇シンジケート主催のドラッグ品評会がどこかで秘密裏に開かれている。そこへどうにかして潜り込み、とある専制国家由来で最近になって自由諸国のあらゆる階層で拡がり始めている、命令されたり励まされたりすると、この上ない幸福感や喜びを感じるようになる通称『ジョージ』と呼ばれている印象操作ドラッグの卸元について情報収集しにきたというのだった。


 日中、二人がどこかに出かけて任務を遂行している頃、ゾーレは用事もないのに三十万人近い来訪者が毎日あるという見本市の会場に連日出掛けた。

 そのとき周りに怪しまれないようにと貿易会社の役員と吹聴していた手前、部屋にこもっているわけにはいかなかったのだ。

 ところが、会場には入場パスポートがなければ入れなかった。一般市民や観光客の入場を制限するための措置らしく。入口近くの受付でご多分に漏れずにそのことを告げられたゾーレは、行列ができていた辺りにしばらく並ぶと、他の人々と同様に氏名と出身地と連絡先と来た目的を記入して、最後にパスポート発行費用をカードで支払い、晴れてパスポートをゲットしていた。


 会場内ではスパイスやハーブといった香辛料の現物や、それらを使って作った飲料水やソース類や栄養食品や薬剤を扱う企業が世界中から五千社以上集結していた。

 そして、言うまでもなく会場は遥か先まで混雑して賑わっていた。そのような中、どのブースからもスパイスやハーブの香辛料特有の独特な香りがしていた。また場所によっては、ハーブティーのかぐわしい香りや、スパイスやハーブを使って調理した肉や魚が焼ける香ばしい匂いがしていた。

 いずれも、既製品の販路拡大や新製品の売り込みのための販売戦略として企業が自主的にやっていることで、それらの試飲も試食も全てタダであった。無料であった。他にもスパイスやハーブの効能を利用した色々な無料サービス、例えばちょっとした医療施術やセラピーやエイジングケアやサウナ体験などがあって一日中いても退屈は一切しなかった。ある意味、快適と言っても良かった。ただ唯一の困ったことを除いては。それは監視カメラと警備員と出展企業のスタッフの冷ややかな目が常に光っていることだった。そのことは、必ずや何かしらの品物を購入しなければならないといった暗黙のルールにも受け取れるものだった。

 そのため、やむなくゾーレは会場にやって来るたびに、別に欲しくもなかったが、もし購入するとなればと考えて、無難なところで保存がきいて虫やカビが発生しないものが良いだろうとして、スパイスやハーブを使ったソースや各種調味料を周りの人々の例に倣ってカートン買い(二十ケース単位)して、カードで支払っていた。


 一週間に及んだ国際見本市が盛況に終わり、それから半月たった頃。コンテナ貨物が届いたと港の通関事務所から連絡があった。通関は業者に依頼して、拠点作りの際に現地で購入した品は全てフロイスの方へ行く約束ができていたので、その翌日に彼女と共に引き取りに行くとコンテナ一杯に調味料とソース類が入ったダンボール箱が詰め込まれていたと言う次第だった。


「フロイス、ちょっと野暮用なんだが頼みがあるんだ!」


「あゝ何だ!?」


「そう、一月前のことだ。要らないからとお前に引き取ってもらった荷物のことなんだが、確か段ボール箱で七百個ほどあったと思うんだが、まだあるか?」


「ああ、あるはずだ」


「あゝそうか。あれを一旦俺に返して欲しい」


「別に構わないが、一体何をする気だい?」


「お前に言ったかどうかは忘れたが、あの中には卸業者から仕入れた各種スパイスソースのビンが入っていたんだ。お前の意見を採用して、それらをテーブル上に並べて置いてみようと思ってな」


「ふーん、味付けを客の好みにさせるつもりなのかい?」


「あゝ、それでやってみようと思うんだ。ま、しばらくそれでやってみて反応が良かったら、それを売りにしようかと思ってな」


 次の瞬間、隣で話を聞いていたホーリーがニコニコ笑いながら口を挟んだ。「ふふふ、面白いじゃない。やってみたら」


「まあ、良かろう。取って来てやるよ」


「じゃあ頼んだよ」


 ゾーレは席を立ちすみやかに部屋を出ていく二人を見送ると、二人が合否を記入した紙片を回収して一息ついた。やるだけやってみてダメだったらまた別の方法を考えれば済むことだ。


 そして、二日後の午前十時。『デリッツ・フェスタ』とゾーレが名付けた地中海風料理のレストランは遂にオープンした。

 ちなみにオープンするにあたり、店舗へ少しでも客が入って来易くするためにと、前のレストランでは閉められていた表玄関の扉を終日開放したり、メニュー看板をファストフード店のように良く見える場所に立て掛けたりと工夫していた。また店内はゾーレのこだわりで、落ち着きのある淡いグレー調の空間で覆い尽くされてシンプルに明るかった。ただ、飲食店では良く見られる観葉植物を置くとか、音楽を流すとか、雑誌を置くとか、大型テレビを設置するとか、絵画や写真のパネルを壁に掛けたりアンティークを飾ったりすることは省略していた。ゆっくりして貰うとか憩いを提供する場というよりも、あくまで食事を提供する場と言う前提であったためだった。

 他にも一人前の量をよその三分の二程度にすることで価格を引き下げて割安感を持たせたり、サービスとして無料のトッピングを用意したりしていた。


 ところが当日の入りは二時間の中休みを挟んで夜の八時まで営業して七名足らずとあまり思わしくなかった。それも、その雰囲気から、当初入るつもりがなかったが途中で何となく立ち寄った人達で占められていた。

 それには、オープンの告知も派手な飾り付けもなしに突然オープンしたために認知度が明らかに足りていなかったとか、営業許可が直ぐに下りるということで飲み物はソフトドリンクだけにしたとか色んな理由が考えられた。


 それから一週間があっという間に過ぎた。その間、店舗はずっと閑古鳥が鳴いていた。

 ここまで人気が無いとはな。予想では周りの店みたいに普通に客が来る筈なんだが。やり方がどこかまずかったのかな? 前の店みたいにアルコール類を提供した方が良かったのかな。それともホーリーとフロイスの二人が合格点を出した品から、シンが抜けた場合を想定してメニュー数を絞り、比較的スタンダードなものを選んだのがいけなかったかな。

 そこまで来ると、幾ら物事に余りこだわりを持たぬ割り切った性格のゾーレでさえも疑心暗鬼になっていた。あゝ、俺としたことが。このままだと客が入らずに終わりそうだ。ポスターでも作って貼るべきだったかな?

 ところが一週間を過ぎたあたりから、それまでガラガラだった店内はぼちぼち客が増え始め、昼時などでは、およそ六十席あったテーブルがいつの間にか全て埋まっていた。

 店にやって来る客は、注文した料理を一口食べて物足りさを感じるのか、決まってテーブルの真ん中に置かれた、甘いものから激辛まであった各種スパイシーホットソース、カレー専用のソース、ウスターソース、タバスコ、エスニックソース、サルサソース、ケチャップソース、ソイソース、マスタード、ビネガー、ブレンドソルト、ペッパー、レッドペッパーといったソース類と香辛料の中から気に入ったものに手を伸ばすと料理に振りかけ、自分好みに味調整をして食べていた。

 そのことは、料理の味付けは薄味にして、最後の仕上げは客に委ねるスタイルが無事当たったと言えた。

 

 それらを見るに及んでゾーレはまぐれでないかと当初疑った。しかし無駄足に終わっていた。店にやって来る客は揃って同じ行動を取るのだった。俺の思い付きは間違ってはいなかったみたいだな。

 それ以後、ほぼ満員が連日続いたことに自己満足したゾーレは、いよいよその地を離れるときになったとき、シンに向かって、


「俺が事務で使っていた例の部屋は誰にも使わせないでそのままにして欲しい。実は俺の知り合いの、あの二人が所用で立ち寄ったときに使いたいらしいんだ。それに俺も時間ができたときに様子を見に来たいし。そのとき落ち着き先がないと困るのでな。その代わり、他の部屋は好きにして貰って構わないと伝えておいてくれるか」


 あと問題が起きたときは速やかに連絡をよこしてくれたら良いと、事実のままのことを伝達すると、後のことをシンに全て任せて、任務が無事終了して一足先に戻って行ったホーリーとフロイスの二人に一日遅れで当地を去った。

 

 その後まもなくして、「仕事はすこぶる順調にいっています。毎日、信じられないくらい忙しくて目が回りそうです。猫の手を借りたいくらいです。いつも開店前から二、三十人の客が行列を作って並び、閉店まで客が途切れることがありません。自分もそろそろ戻ろうと思うのですが、このままでは正直言って手が足りません。二人ばかり雇って構いませんか? でないとスタッフ全員がぶっ倒れてしまいます。あと自分が戻ったあとのことですが、スタッフの裁量に任せようと思うんですが、それでも構いませんか?」といった連絡がシンからあり、その証拠を映した動画が添付されてあった。

 そのことに安堵したゾーレは「全てお前に任せる。あゝ、それと。みんなによろしくな」と返事を送っていた。

 それから三ヶ月に一度、委託した経理代行業者から店舗の決算書が電子メールで送られてきた。それを見る限り、店舗は順調に利益を上げているようだった。――幾ら売り上げが良くたって赤字じゃあ何をやっているのか分からないからな。


 そうして九ヶ月ばかり月日が経過した頃。別の案件で近隣の国にちょうど用事があって滞在していたときにスポット的に約三日間の自由時間ができたときがあった。

(またとない機会だ! 久しぶりに行ってみるか。実際に見てみないと、こっちの目が届かないのを良いことに好き勝手にされていても困るからな。

 ああ、それと。オープンしてからはや九ヶ月が経つ。もうそろそろ、うちの店の成功をみて他店も真似をしてくる頃合いだ。そうなれば当然として店の売り上げもある程度落ちる筈なんだが。ところがそうなっている兆候が九ヶ月も経っているのに見られない。それがどうしても解せないんだ)

 ゾーレは思い立つと、ノーネクタイの薄ブルーのシャツの上から濃紺のジャケット、同色のスラックス、スエードの靴といったカジュアルな服装に、片手に旅行用のトラベルポーチを持った身軽な格好で、抜き打ちで様子を見に出かけた。

 ゾーレがレストランの前までやって来て立ち止まり、腕時計を見ると、午後の一時十分を表示していた。

 ――午前の部が終わるまで、あと五十分か。

 そこから店舗をうかがった限りでは、人の出入りが結構あった。

 ――休憩までそこら辺をぶらぶらするにも中途半端だしな。時間まで部屋で待つとするか!

 時間にきっちりなたちだったゾーレは、変に自分を納得させると、店舗の裏側へ取り敢えず回り、そこに現れた鉄骨製の階段を上って二階へ上がった。そうして、通路の片側に見えたドアの前まで来て立ち止まると、分かり切ったことだが一応確認のためにとドアノブを握ってガチャガチャさせた。けれどもロックされていてびくともしなかった。

 ――まあ、それは当然だろうな。マスターキーはこの俺が持ち、スペアキーはあの二人(ホーリーとフロイス)に渡してあるのみだからな。

 ゾーレは手に持っていたトラベルポーチからマスターキーを取り出すと、ドアノブの上部にあった鍵穴にキーをさし込みロックを解除して、再び同じことをした。今度はすんなりとノブが下に降りてドアが開いた。それとともに自動的に灯りがつき、やや薄暗かった室内がぱっと明るくなった。

 ゾーレが何事もなかったようにゆっくりした足取りで中へ入ると、部屋の中央に据えられたテーブルの端の方にライムソーダとビール缶のパックが並べて置いてあるのが先ず目に入った。

 他にも部屋の片隅に段ボールケースが開けられたまま放置されてあり。ミネラルウォーターの大ボトルが十本ほど入っているのが見えていた。


「おそらく、あいつらの置きみやげだろうな。あいつらなら、冷やすのは造作もないことだろうからそのまま放置しているんだと思うが。……ということは、俺がここを去ったあとに再び戻って来たということか?」


 ひとり言を呟きながらそう思い至ると、何気なく視線を動かした。すると、いつもスーツやポーチやネクタイとかいったものを掛けていたウォールフックに、見覚えのないものが掛かっているのが目に止まった。それはナイロン素材でできたロング丈のローブそっくりな衣装と派手なマスク類であった。それ以外にも長い角のようなものから、先端が渦を巻いたように加工された魔法使いの杖みたいなのが無造作に掛かっていた。


「この辺で年に一度、一般市民も参加可能な仮装行列もどきのフェスティバルが催されると言う話だから、それに参加した衣装だろうな」


 そこまで分かった時点で暑苦しさを覚えたゾーレは、取り敢えず部屋の空気の入れ換えをしようと、入り小口まで一旦戻り、壁スイッチにタッチした。すると直ぐに、天井近くに取り付けたエアコンから空気が吹き出る微かな音がして、見る間に心地よい感じになっていた。

 ――これでよしと。あとは時間がきてからだ。

 それ以後ゾーレはテーブル側に置かれたソファの一つに腰掛けると、時間が過ぎるのを目を閉じてじっと待った。

 そんなときだった。ドアノブが下に降りたカチャといった音がしたかと思うと、ドアがゆっくり開いた。


「おやっ?」


 ドアの方へゾーレが振り向くと、男のこわばった声が間髪入れずに部屋内に響いた。


「どなたですか。何をしているんです!」


 見れば、頭の禿げあがった老人と白髪の老女が立っていた。しかも二人はゾーレを不審者とみたのか怪訝な顔をしていた。

 一方、不意を突かれて一瞬状況が呑み込めなかったゾーレは、訳が分からないままにとっさに、


「私はこのレストランのオーナーのサイモンというものです。レストランが休憩時間になるまでこの部屋で待たせて貰おうと思いましててね」


 そう口を開くと、逆に訊いた。


「ところで、そういうあなた方はどなた様です?」


 ゾーレの問い掛けに、老齢の男女はお互いにちょっと驚いた表情で顔を見合わせると、少し考えるように一呼吸置いて態度ががらりと変わり、


「あゝ、そうでしたか。てっきり空き巣かと思ってました」「これはこれは、すみませんでした」


 二人は口々にそう言って低頭して接してきた。「私共はアーヤとミッドの祖父と祖母です。孫がお世話になっています」「孫を採用してくださって、おまけに住むところまで用意して下さってありがとうございます」


「はあ」二人に感謝されてゾーレは呆気にとられた。アーヤとミッドと言えば、俺が採用した姉弟のことだが。それにしても分からんな。なぜ二人の祖父母がここにいるんだ?


「なるほど、そういうことですか」ゾーレは適当に合わせると言った。「まあ、こちらへ来て座って話しましょう」


「はあ」ゾーレの提案に相手は目を白黒させながら二つ返事で従うとゾーレの相向かいのソファへ腰を下ろした。それを見計らってゾーレは尋ねた。


「ここへはおよそ九ヶ月振りにやって来たので、状況が良く分かりません。少しお聞きしても宜しいですか?」


「ええ、なんなりと」


 老齢の男が代表して応じると、ゾーレの求めに応じて、ここにいるいきさつと家族について話した。それによると――――

 元々一家は先祖代々続く平凡な農家で、とある小国の片田舎で小麦をメインにしてトウモロコシやオリーブやキャベツやジャガイモやダイコンなどを栽培して生活していた。

 ところが折から、活動資金と武器の支援を外国から受けて政権打倒を目指す過激派組織と政権側との間で紛争が起こり、国内は二手に別れた武力勢力同士の衝突が何十回何百回も繰り返されて、多くの民間人が戦闘やその巻き添えで虐殺された。

 その余波がしまいに自分達が暮す片田舎まできて、近辺の村々で食料略奪と人さらいが横行した。特に人さらいは、老人や病人やけが人は容赦なく殺され、残った働き手の男女と子共が連れ去られるというもので。その有無を言わせない残虐性から、恐らく過激派組織の仕業で、戦闘員不足と資金不足に陥ってやっているのだろうと思われた。

 そして一家が暮らす村も、このままこの地どころか国に留まっておれば、何処に逃げてもいずれは戦闘員にされて戦わされるか、殺される恐れがとうとう出て来た。

 そういうわけで、助かる道はただ一つ、この地を逃げ出して海外へ移住する以外ないと村人二十家族百二十一名の総意で決断。とある人物のつてで海外渡航の手配を専門にする代行業者に逃げ出す計画を依頼をした。

 ところが頼んだ相手がとんでもない悪徳業者で、高い費用を払ったにもかかわらず、いい加減な扱いをされて、国外へ脱出することは何とかできたものの、村人はばらばらにされて思っていたとは違う国に送られた。


「それが自分達がここにいる理由です」と胸中を打ち明けた男は尚もこう続けた。


「この地に来て一年ちょっと経ちます。文化も習慣も全く違うところへいきなりやってきて、おまけに右も左も分からないと来ていて、しかも頼れる親戚も知人もいなかったせいで、住むところと仕事には特に苦労しました。

 住むところを見つけるのに身元保証人がいると言われたり外国人だという理由で断られたりしましたし。仕事をせっかく見つけても経験が無いと雇ってくれなかったり、ほんの一日間の短期であったり、きつい肉体労働の割に手当てがびっくりするほど安かったり、詐欺師の手伝いであったりで。

 それでも生きていくためにはそれに耐えなければならず、どうにかこうにか我慢してこれまで生きて来ました」


「なるほど、そういうことでしたか」


「家族のことですが、今現在、二階の一室に自分達二人とアーヤとアーヤの母親の四人が暮しています。ミッドがつい一ヶ月前に出ていってしまったので。このことはシンという人の了解を得ています」


「なるほど」それまで眉一つ動かさずに聞いていたゾーレは静かに頷いた。「そう言うことですか」


「ええ」男はほっと息を吐いた。


 そのときゾーレは片親が抜けていることに一切気にも留めていなかった。どうせ離婚しているか、病気や事故でで亡くなっているかのどちらかだろうと見ていた。

 ところが、そうではなかった。ずっとあとになってシンからもたらされ知ることになるのであるが、姉弟の父親は生きていたし離婚したわけでもなかった。

 父親は、目下のところ刑務所で服役していた。家族を支える為にネットで知り合った面識のない男二人と共謀して、荒っぽい手口で強盗を何件か働いたのちに仲間諸共捕まっていたのだった。


 ゾーレと老齢の男女が話に興じるうちに、いつしか午後の二時を回っていた。

 そのようなとき、外の方で騒がしい気配がしたかと思うと、入口のドアが突然開いて、若い男女が仕事着の服装をしたままぞろぞろ入って来た。

 それを目の辺りにしてゾーレは呆気にとられた。どこから俺がやって来たことを知ったのだろう、誰にも知らせていないはずなのに。しかも二階の部屋にいることがどうして分かったのだろうと思った。だが直に合点がいった。そういえば、確か爺さんが話している間に婆さんの方がうつむいてテーブルの下で携帯をいじっていたな。あれは下の階の誰かと連絡を取っていたと言うわけか。きっとあれがそうだったのだろうなと理解すると、事もなげな顔で彼等を迎えた。


「せっかくの休憩時間だというのに、無断で押しかけてすまない。みんな、こっちへ来て座ってくれるかな。隣の国までちょっと用事があって来たついでに立ち寄ったんだ。みんな、どうしているか気になったものでな」


 その言葉に続くように老齢の男女がソファ席から立ち上がると、愛想笑いを浮かべて「私達は後片付けと夕方の部の仕込み作業がありますので、これで失礼します」と言い残し、入って来た若者達と入れ違いに部屋から出て行った。


 そのあと、全部で六人いた若者達は、老齢の男女が去ったあとのソファに、ナハラとファリーカが先に並んで座り、次いで男のミッドが続いて、最後に男の姉のアーヤが一番端っこにと順番に座っていった。ただし、大きな胸が目だっていた二人の女子だけ除いて。彼女等はアーヤの隣でしおらしく前で手を組んで立っていた。ゾーレが知らない顔であったので、シンが追加で採用したスタッフに違いなかった。

 ゾーレは、そのように控えめな態度でソファの端に立つ二人に気遣いを見せると、


「二人とも、立っていないで空いている席に並んで腰掛けてくれるかな」


 ちょうど斜め向かいで空いていた、ひじ掛け部分がない分、詰めて座れば大人二人が可能そうだった一人掛けのソファ椅子に腰掛けるように促した。彼女等が立ち仕事で疲れているだろうと見てのことだった。

 すると二人は当初尻込みしていたが、周りの空気を感じ取って踏ん切りをつけると、ややためらいながらも並んで腰掛けた。

 二人の女子に向かってゾーレは、 


「君達とは初体面だったね。一応私がこのレストランのオーナーのサイモンだ」


 そう自己紹介すると、そのうちのショートの黒髪をヘアピンでさらっと止め、目元がぱっちりした方に笑顔で優しく話し掛けた。


「ところで君の名は何て言うのかな?」


「はい、リザです」当の本人から返事が返って来た。


「そうかリザ君、よろしく頼むよ」


 ゾ-レがそう言うと相手は頬を紅潮させて目をぱちくりさせた。次いでゾーレはもう一人の、センター分けしたブラウンの髪をヘアゴムで後ろでまとめた、面高な顔をした方に視線を向けると、


「で、隣の子は?」


「はい、マリーです」同じく返事が返って来た。緊張しているからなのか、その表情はどことなく硬かった。


「マリー君、よろしく頼むよ」


 更にゾーレは彼女等をまじまじと見つめると、


「毎日忙しいと思うが、お互いに仲良く協力し合って業務をこなして欲しい。それが私からのお願いだ。頼むよ、お二人さん」


 さらっとそう言って二人にハッパをかけ、今度は目の前の四人の方へ向き直り、そして口を開いた。


「みんなの大事な休憩時間をこんな事に使わせてすまないが、すぐ終わるから聞いてくれ。実は私がここへやって来た理由は他でもない、君等に直接関係のないことなのだが、これまでの実績を参考にして経営分析並びに経営予測分析をして戻るつもりでいる。私としても、ずっとレストランが繁盛し続けて欲しいからね。そのためには収益性や経営の弱点や改善するべきところを知る必要があるんだ。

 そういう訳で何だが、最近三ヶ月間ので良いから売上伝票を提出して貰いたい」


 もっともらしいことを言ったゾーレに、その場にいた全員がきょとんとした表情で聞いていた。

 その顔は、何のことやらさっぱりわからず、頭の中が明らかに混乱していると見て取れた。

 それもそのはず、喋ったゾーレ本人も何を言っているのか分からなかったのだから、当然とも言えた。


「ええ、今店長を務めてくれているのは誰かな?」


「はーい、私です」落ち着き払った声と共にソファの端からすらりとした手が伸びた。アーヤだった。


「それじゃあ、副店長は?」


「はーい、私です」ノリの良い声と共に、今度はその逆方向の端から手が上がった。赤毛のナハラだった。


「そうか」ゾーレは納得した表情で頷くと思った。アーヤは俺がレジ兼出納担当に任命したのだったな。それから言えば順当な線だ。そしてナハラだが、シンがバランスを取ると言う意味で選んだのだろうな。


「それでは店長、ちょっと訊くが、普段レストランを何人で回している?」


「はい、えーと」アーヤは片方の手の指を折りながら少し考えると続けた。「普段はホールが三名とキッチンが二名で、レジ他が一名で回しています」


「それで休みはきっちり取っているかい?」


「はい、全員が休みの定休日が一日と、ローテーションで、もう二日間はできるだけ取るようにしています」


「ふーん。毎日忙しいと思うが、週に三日の休みとは……」


 首をちょっと傾げたゾーレに、アーヤは事もなげに応えた。


「なーに、うちの家族に無理を言って協力して貰っていますし、それでも足りなければ、予備の人員が支援に入ってくれるようになっているので大丈夫なんです」


「予備の人員って、誰のことなんだい?」


「マリーの双子の弟とナハラの彼氏です。三人はどうしてか仲が良くって、おまけに揃ってフリーターなんで声を掛け易くて呼んだら直ぐに来てくれます」


「ふーん。君も分かっているかと思うが、全員タダ働きじゃないんだろう?」


「はい、もちろんです。一応アルバイト待遇ということにしています」


「人を増やすのは君の考え方次第だからね、私はその点には関与しない。その分、君等に支払われる分配金が減ることになるのだし」


「あゝ、その点は全然大丈夫です。元々は常連のお客さんの要望だったんですが、朝のオープン時間を二時間早めて朝の八時にしているのと、客席を六十二席から七十五席に増やしています」


「ふーん、時間を延長することと席数を増やすことで人件費の分を補っているということかい。まあ、それなら良いが」


 そう言ったやり取りのあと、ゾーレはさらっと話題を変えた。


「あとはそう、君等が不満に思っていることや困っていることを聞きに来たんだ。何でも良いから話してくれて構わない。給与をもっと上げてくれと言うのは残念ながら応えられないが」


「あゝ、それならテーブルに並べる置きソースとスパイスの在庫がかなり減っているので、今のうちにシンさんに報告しておこうと思っていたんです。こっちで調達できるのは良いのですけれど、特殊なものは業者にあたっても取り扱ってないと断られてどうしようもなくって」


 生き生きと話すアーヤに、ゾーレはつくづくと変わったなと感心した。会った当時は、大人しくて人見知りだったのに。それが今では、こうもしっかり者に変わるとはな。


「それじゃあ見てみよう。店が終わり次第、地下の倉庫まで行こう」


「いえ、何でしたら今からでも構いませんが」


「そうか、じゃあもう少し経ってから行くとしよう」


「じゃあ、そのとき私と弟が付き添います」


 その場所は、中に入ると完全な密室状態となるので、何かあっては困るからと絶対に一人では立ち入らないようにとゾーレが指示を出していたところだった。


「うん、分かった」ゾーレは話を切ると言った。「他にはないかな。何か困ったこととか、問題になっていることとか。例えば、若い君等を甘く見て納品業者の態度が悪いとか、店が嫌がらせにあっているとか、ごろつきにつきまとわれて脅されているとか、詐欺にあって大金を失ったとか、身に覚えのない借金を背負わされたとか何でも良い。あれば話してほしい。うちにはそういったことを専門に扱う部署があってだな、速やかに解決してくれる手はずになっているんだ。あと要望などあれば話してほしい。できるだけそれに応えるようにするからな。何なら私生活の話でも良いぞ!」


 するとミッドが「あ、はーい」とノリで手を上げると満面の笑顔で嬉しそうに口を切った。


「全然困ったことではないのですが、僕たちは結婚しました」


「は?」ゾーレがミッドをよくよく見ると、隣に座っていたファリーカが頬を紅潮させて気恥ずかしそうにはにかんだ笑顔をミッドに向けた。


「となりのファリーカ君が君の?」


「はい、僕の嫁です、オーナー。僕たちは一ヶ月前に結婚しました」


 ミッドの元気の良い声が響いた。それとともに場が和やかな笑いに包まれた。

 ――初めて面接したあのときは姉の陰に隠れて気弱そうにみえたのに、今でははきはきとものをいう明るい青年に変貌しているとはな。変われば変わるものだ。


 ゾーレはもう一度二人をまじまじと見た。二人は寄り添うように身体を密着させていた。その様子から互いに手を握りあっているようにも見えた。――こいつは紛れもなく本物らしいな。


「そうか、それはめでたい」ゾーレは苦笑いを浮かべながら祝福すると訊いた。「ところで式は挙げたのかい?」


「いいえ、二人で話し合って決めたことなんですが式は挙げるつもりはありません。その代わり、商店街の申し合わせで決まっていることらしいんですが、『セリモフェスタ(神事とか行事とかいった意味)』の間とその前後の一週間はこの辺りの店舗は、全部完全休みなので、それを活用して、二人だけの旅行に行こうかと計画しています」


 ミッドが嬉しそうに打ち明けた。


「それじゃあ何かお祝いを考えないとな。何が良い?」


「はい、やっぱりお金が良いです」


「分かった」ゾーレが笑いをこらえて軽く頷くと、ミッドとファリーカから屈託のない笑みが同時に零れた。


「他には結婚する予定はいないのかな?」ゾーレが話を振ると、「はーい」とナハラから声が上がった。


「あたしはもうじきです。彼が決断してくれたらですけれど」


「それじゃあアーヤはどうだ?」


「私はまだその気はありません」動揺の色を浮かべながらアーヤがかぶりを振ると反論した。


「今は仕事が一番大事ですから……」


「それじゃあ、マリーとリザは?」


「私もまだです」「私もです」不意を突かれた彼女等は口々にぎこちない口調で応えてきた。


「いや、そんなことはないだろう。二人ともかわいいし」


「いいえ本当です」「嘘じゃありません」と二人は首を振ってたじろぐと、強い調子で必死に否定した。


「ふーん」ゾーレは二人の魅力的な容姿を嫌らしい目つきで舐めるようにまじまじと見ると言った。


「君等みたいなかわいい子に彼氏がいないとは。若い男は本当に見る目がないな。俺だったら直ぐに声を掛けて誘うところだ……」


 そこまで言って、次に出かかった言葉をゾーレは即刻呑み込んだ。危ないとことだった。胸のでかい若い女の子を間近で見たので、ついむらむらとなって、もう少しでセクハラをするところだった。この俺が立場を利用して若い女の子を誘うだなんてな。あゝもう少しのところで無神経な中年のおっさんに見られるところだった。俺としたことが、みっともない話だ。

 ゾーレは笑顔を作ると、気を回してこう修正した。


「あ、すまない。今言ったことはなかったことにして欲しい。君等と早く打ち解けたいと思って言ったことなんだ。すまない、軽率だった」


 そして座ったまま頭を下げると、二人に素直に謝った。


「許してほしい。この通りだ」


 そのように応変に立ち回ったゾーレの行為は、その場にいた若い子等には、ゾーレをやたら偉ぶる傲慢な経営者ではなくて、この上なく生真面目な経営者と映ったのだろう、好印象に受け止められたらしかった。自然とその場の緊張感が和らいでいた。


(やれやれ何とか若い子等と気軽に話せることができるようになったみたいだな)


 そのような空気を何となく感じ取ったゾーレは、心の中で大きな安堵のため息をつくと、


「先ず私自身のプライベートな話をしようと思う。別に聞きたくなかったら無理に聞いてくれなくたって構わない。そんなに為になる話でもないからな」


 そう切り出し、私は今でこそ、そこそこの地位にあり、任務を帯びて海外を飛び回る生活を送ってはいるが、元々私は一般庶民の出で裕福な家庭で育ったわけでない。その証拠に自分の母親は、とある小さなホテルの中にあったショップの店員で、父親はそのホテルの平従業員だったこと。それも二人は自身が一歳の時に離婚して母親に引き取られて育ったこと。そして勉強ができるわけでも好きでもなかったが、母親に行くように言われて、学費が最も安くて自宅から通える無名の大学を何となく選んで進学したこと。そこを留年もせずに中程度の成績で出て、高額な給料が魅力の企業の面接を数えきれないくらい落ちて、最後に例年新卒の大量採用を行う不動産会社に受かり、住宅販売の営業職に就いたこと。ところが当の会社は完全なブラック企業で、きついノルマがあって達成できないと、場所を問わずに上司から大声で怒鳴られたり殴られたりのいじめを受けるのは日常茶飯事で、それどころかペナルティーとして給料もろくに支払ってくれなかったこと。そのため、とうとう耐え切れずに三ヶ月持たずに逃げるようにリタイアしたこと。そして次に入社したのは、ド派手な公告を流して急成長していた新進気鋭の金融サービス業の会社で。ところが入社そうそう新人研修と称して軍隊式のスパルタ訓練に無理やり参加させられて、人格の否定や善悪の判断否定や絶対服従のマインドコントロールを施してきたので、嫌気がさして研修一日目が終わった真夜中に脱走したこと。それからは比較的求人が多くて採用され易かった肉体労働やら夜間の危険な仕事やら配送ドライバーやら清掃員など、どれも短期の仕事ばかりに就いて過ごし、ときには仕事がなくなって路上生活もしばらく経験したこと。しかし、そのような底辺の生活を送ろうが、最初に就職した会社みたいに人をだますような仕事や二番目に入社した会社みたいに社員を奴隷扱いする仕事には絶対就かないとプライドを持って、高額な報酬で誘っていたりド派手な広告で募集いていた怪しい企業には二度と見向きもせずに、その日暮らしを送っていたところ、五年経って幸運が舞い込んだこと。それは会社を中途で辞めて起業していた母親の兄が、人手が足りないからと母親に応援を求めて来たことだったこと。そして母親のコネでそこへ上手くもぐり込めたのが良いが、毎日製造した品をお得意先に配送する仕事、つまり配送ドライバーが主な仕事であったこと。そして母親の兄が起こした会社はあれよあれよいうまに急成長していき、ついにはグループ企業を含めてスタッフ三千五百名を越える大企業になったこと。その間に、後に入った社員が次々と出世していったにもかかわらず、自身は相変わらず配送ドライバーのままであったこと。しかし、腐らずに自分の仕事をやり続けていると転機が訪れたこと。それは、業種の枠にとらわれないグローバル化が世界的に進む風潮を鑑みて、会社が企業の経営戦略の一貫として別の事業にも実験的に乗り出すことを決めたことで。その新しくできた子会社の責任者に自身が抜擢されたこと。そして今に至っていると、身の上話に嘘を交えてざっくばらんに語った。それから場にいた全員と雑談に興じた。


 すると彼等は、若いだけあって直ぐに打ち解けると、自身のことやみんなとの関連についてあっけらかんと話した。

 それに拠ると、新しく入ったマリーとリザはファリーカとナハラと同い年で、しかも学生からの友人であったこと。そしてそのつてでスタッフとなったこと。また彼女等四人は皆、祖父母の代に当地に移り住んだ移民三世であること。そして四人とも勉強が嫌いで、学校へはまともに行っていないこと。他にもミッドとファリーカは、今現在、隣の町で見つけたアパートで同居していること。そしてミッドは困ったことができるといつもシンに連絡を取り相談していること。そのつながりで、これまで二度助けて貰ったこと。その一度目は原因不明の高熱が続いて立っていられなくなったので相談すると直接やってきてくれて熱が平熱に戻るまでの一週間の間、代役を務めてくれたことで、二度目は階段から落ちて利き腕と腰を痛めたときで、そのときも来てくれて仕事ができるようになるまでの二週間の間、代役に入った母親とアーヤのサポートを務めてくれたこと。一方、ファリーカが抜け、ナハラ一人となった部屋には新しくマリーとリザが一緒に住むことになったこと。またシンとゾーレが寝起きしていた屋根裏部屋は、今ではみんなの休憩ルーム兼アーヤが事務作業をする場所として使っているということだった。


 その間、室内は陽気な笑いに包まれ、その話す彼等の眼は一国一城の主を満喫しているかのように輝いていた。

 ゾーレは思った。ミッドもアーヤも変わったが、ナハラとファリーカもずっと接客をやっているだけあって、しばらく見ないうちに、素人っぽく見えていた顔がいつの間にか愛嬌のある顔に変わっているな。それにしても裏を返せば、お店屋さんごっこをしているような危うさがある。

 三十代後半のおっさんで、酸いも甘いも経験して来たゾーレには、それが心配だった。

 このようでは、みんな、世の中の不条理を知らないようだな。下心を持った身内や得意先や悪い友人や詐欺師連中がうまい話を持ちかけてきて騙されなければ良いんだが。それには、この俺が全部面倒を見れば良いのだろうが。そうはいってもな。シュルツおじさんに、それはお前の本来の仕事じゃないだろうと言われそうだしな。中立の立場でアドバイスをしてくれる業者なんていないものかな。……ふん、そんなものはいるわけないか。所詮、人間とは欲望のかたまりだからな。業者をやっている時点であてにはならない。

 彼等が話している間、そんなことをとりとめもなく思っているうちに、ふと壁に掛かったアナログ時計に目が行くと、指針の位置が午後二時五十分を表示していた。

 ――あゝ小一時間が過ぎたか。これ以上長引かせてはみんなも嫌だろうな。もうそろそろお開きとしようか。

 頃合いとみてゾーレは先に機転を利かすと、「うん、分かった。君等と話し合えて良かったと思う。あとは時間がくるまで自由に休憩して欲しい」と言って意見交換を切り上げ、ぞろぞろと彼女等が部屋から出て行く様子を見送るや、残ったミッドとアーヤと一緒に地下室へと向かった。

 姉弟は一階の店舗のホールを突き切ると、突き当りに見えたレンガ造りの壁の前まで来て立ち止まった。

 途中、二人の母親の姿は見えなかったが、祖父母を見かけた。祖父母はホール周辺に掃除機をかけていたり、ホール内で出たゴミ出しなどを行っていた。

 ところで地下室とは、リフォーム業者がレンガ造りの壁を高圧洗浄機を使ってクリーニングしていたときに、全く偶然に発見したもので、レンガ壁の中の一個のレンガが取り外せる仕組みになっていた。そして、ぽっかりと空いたそのあとには金属棒(レバー)が隠れていて、その棒を横方向へ動かすと、ばねの作用で床下に隠された入口の扉のロックが外れて、わずかであるが上方向に持ち上がる仕組みになっていた。あとはその扉を全開にすれば、下へ通じる階段が現れその階段の先にドアで区切られた二つの小部屋が現れる仕掛けになっていた。

 壁の中にそのようなカラクリが隠されていたことから、おそらく建物を建てたと同時に造られたものと思われたが、何に使われたのかはっきり言って見当がつかなかった。

 だが、そうはいってもそのまま放置しておくのは宝の持ち腐れとして、照明を設置して倉庫代わりに利用していたのだった。

 中に入ると当初山積みになっていた段ボール箱が想像以上に減っていた。

 二人の説明を聞きながらゾーレは在庫をこの目で確かめると、


「分かった。直ぐに手配しよう」二つ返事で了承していた。


 それが終了すると、ゾーレは再び部屋へ取って返して、アーヤから提出して貰った向こう三ヶ月間の売上伝票を参考にして、レストランが今なお流行っている理由を突き止めようと調査を開始した。

 そして、高価な品や比較的馴染みのある品よりカレーソースパスタとかドリア系とかタルタルソースをかけたものとか目新しい品が好まれて売り上げを伸ばしている傾向が見られたことと、単品のメニューより日替わりのスープとサラダと、あとパン叉はライスが付いて比較的お得なセットメニューの売上が高かったことが分かった。だがゾーレが予想していた、一品か二品が飛び抜けて売れている兆候はみられなかった。

 ――至って普通だ。


 その日の夕方。ゾーレは店舗で実際に料理を注文して試食を行った。レストランが流行る原因を頭で考えるよりも直接経験した方が手っ取り早くつかめるかもと思ってのことだった。

 店舗に向かうと、中が混んでいるのか、入口付近でレストランの制服姿のアーヤが忙しそうに配席係をしていた。そんな訳で声をかけて彼女の案内で中に入ると、やはり中はほぼ満員で混んでいた。

 ゾーレは、六人テーブルの二つの席が運よく空いていたので、その一つへ案内されて席に着き、テーブルの端に立て掛けていたメニュー表を手に取り見ていると、間もなくリザが愛想良く注文を取りにやって来た。ゾーレが適当に選んだ料理の名前を澄まして伝えると、彼女は「はい、分かりました」と明るく即応して手に持っていたオーダータブレットに注文の品を入力して戻って行った。全てがマニュアル通りだった。

 料理が出てくるまで待つ間に、各種ソースとスパイスの容器が入ったトレーとその隣のトッピングが入ったガラス製の容器が自然と目に入った。トレーとガラスの容器の側面には、分かりやすい文字で『無料ですが入れすぎに注意。自己責任でお願いします』と注意書きが記されてあった。

 またトッピングが入る透明なガラス容器から、白っぽいものと緑のものと真っ赤なものがはっきり見て取れた。ビネガー漬けしたにんにくとオイル漬けしたにんにくの芽と生の赤とうがらしだった。周りを見回すと、どのテーブル席にも同じものが置かれてあった。

 それから間もなくして料理が運ばれてきた。ゾーレはそのまま何もかけずに一口二口と口に運んだ。思っていた通り、出て来た料理の味は薄くて、濃い目の味が好みだったゾーレには明らかに物足りなかった。

 それで他の客がやっているのと同じように、テーブル上に置かれた各種ソースとスパイスの容器が入ったトレーの中から好きなソースを選んで振りかけて食べた。

 そのときスパイスの容器とトッピングには手を付けなかった。スパイスやトッピングは味を決めるものではなく、あくまで味に変化を持たせるものだとして。

 それでも自分が期待した通りの味が口一杯に拡がり、不思議と幸せな気分になった。

 何も変わったところはなかったな。ストライプ柄のコットンシャツの上からエプロン、ジーンズといった服装は四人の意見を取り入れて俺が決めた制服だ。風俗店のようにセクシーな格好で客の相手をしているわけでもなかったしな。いかがわしいサービスで客を集めているわけでもなかった。

 メニュー表も見たが、当初と何ら変わっていなかった。これも問題なしだ。

 また料理の味も格別変わったところがなかった。するとやっぱりソースとスパイスの効果かな。

 客と言うものは、一度体験した味を忘れられずに行きつけとなると、自然にそこばかり足が向かい、他所へは余程の理由がない限りは浮気しないというしな。はっきりとしたことは分からないが、たぶん、それかもな?

 そのような感想を持ってゾーレは速やかに席から立ち上がりホールを後にすると、レジで支払いを済ませてから真っ直ぐに二階の部屋へと向かった。


 部屋に入ると、上着を脱いでいつのもソファ席に落ち着き、食後とあって、やる気が起こらなかったので、しばらく目を閉じぼんやりしていた。

 しかし十五分もして動けるようになると、明日には戻らなくてはならないから、それまでには何かしらの納得できる結論を出さねばならないとの思いで、気を取り直して目を開け立ち上がり、テーブル上に携帯とパソコンを並べて、その傍に補助としてレポート用紙と筆記具とを用意。調査に取り掛かった。ネットから情報収集をするのが本来の目的で、それ自体は情報会社に金を払って任せれば難無くやってくれる筈だった。けれど、向こうに一々内情を話すのは成功の情報ネタを教えるようなものだからと、直々に調べることにしていたのだった。


 ゾーレは携帯とパソコンの電源を入れると、検索エンジンを起動。現れた項目欄に都市名と住所とレストラン名と時期のキーワードをインプットしてネット検索をスタートした。すると瞬く間に膨大な数量の個人のブログや写真や映像やローカルSNSの記事やトピックがヒットした。


「こうもネットに自由な発言があふれているということは、この国も平和だということだ。それに比べて独裁者が君臨する国ときたら困ったものだ。ありとあらゆるものが検閲されて、一旦不都合となったら削除されて二度と見られなくなるのだからな。それを安易に許す国民も困ったものだ。そんな国民何て存在する意義なんてありゃしないんだ、なんてな」


 それらを目の当たりにしたゾーレから白い歯がこぼれた。あとは、出て来たそれらを全て保存するだけだった。


「ほんとうに便利になったものだ。ネットがなかった以前はマーケットリサーチと言えば、難しい計算式から答えを導き出すか、或いは人海戦術を使って足で駆け回ると相場が決まっていたものだが……」


 そう口ずさみながらゾーレはすぐさま作業に取りかかると、深夜の零時を過ぎる頃までかかって出て来たファイル全部保存していった。それを終えると、続いてゾーレは保存した項目を一つずつまめにチェックしながら重要と思われる部分だけを切り取り、再び保存するという作業を繰り返した。

 ――あともう少しだ。

 それを五時間ほどかけて終えると、保存したデータの中から関連性のあるもの同士を集めて一つのグループにして古い日付から順番に並べ替え、内容が全く同じか似たようなものは日付だけを記録したあとに新しいものだけ残して残りは削除してとデータ量をコンパクトにしていくのに没頭した。

 そのような具合いに情報収集したデータを整理し終わると、あゝ疲れたとして、死んだように眠りについた。

 そして目が覚めたとき、軽く昼を回っていた。ゾーレは喉が渇いたとしてテーブル上に放置してあった作業の合間に飲んでいたミネラルウォーターの大ボトルに手を伸ばすと、蓋を開けて一口飲み、ゆっくり立ち上がるとトイレへと発った。

 それから少ししてトイレから戻ったゾーレは再び席に着き、残りの作業に取りかかろうとした。

 ところがそのとき不思議と空腹を覚えて、ふと壁に掛かった時計に目を向けて時間を確認すると、何と午後の三時を表示していた。


「あゝもうこんな時間か! それなら腹が減っても仕方がないか」


 そう呟くと立ち上がり、上着を身に着け、ふらりと部屋を出た。


「さて、どうしようか?」


 階段を下りてレストランの玄関前まで来ると、レストランもちょうど休憩タイムに入っていて、中の照明が全て消え、ひっそりしていた。

 ゾーレは飲食店が軒を連ねている通りまで足を向けると、どこか入れそうなところがないか探しながら通りを歩いた。だが時間が時間だけに、大抵の店舗が運悪く休憩タイムに入って閉まっていた。

 そこへ持ってきて道路も通りも閑散としていた。行き交う車も人もなかった。歩いているのはゾーレひとりだけだった。

 途中、定休日か閉店したのか分からないがシャッターが下りた店舗が幾つかあった。尚も行くと、飲食店がいつの間にか無くなり、代わってリユースショップやペットショップやフラワーショップやリメイクショップやインテリアショップや日用雑貨のショップが沿道に目に付くようになり、そこを過ぎると一般住宅や法人所有の建物や倉庫や雑居ビルが周辺に目立っていた。

 そこまで来てゾーレは、ようやく一旦足を止めると、腕時計を見て首をひねった。


「向かう方向を間違えたかも知れないな。逆にこのまま行くと一時間どころでは戻れなくなる恐れがでてきたな」


 ゾーレは正直後悔すると、引き返すことに決め踵を返した。そうして元来た道を戻り始めて一つ目の十字路にさしかかったときだった。向かって右側のおよそ二、三ブロック行った先の、バーバーショップとへアサロンとエステサロンが連なって見えていた辺りに消防車そっくりな真っ赤な車体をした車が止まっているのが目に入った。

 少し気になったゾーレが目を細めてよくよく見ると、キャンピングカーのような形状とサイド部分が店の作りになっていたことからキッチンカーに違いなかった。


「よし、あそこへ行って見よう。たぶん開いてるだろう」


 ゾーレが近寄って行くと、にらんだ通りキッチンカーだった。店頭側に大きな文字で『ストリートフード』と『グリルサンドイッチ』とペイントされており、そのすぐ側にはスタンド看板が置かれてメニューが記載されていた。

 グリルサンドイッチとは初めて聞く名前だったので、何だろうなグリルサンドイッチとは、と思いながらゾーレはメニューをちらりと見ると、レギュラーとチキンとローストポークとポテトサラダの四種類からなっていた品目の中から割安感があったレギュラーを選び、スモール、ミドル、ビッグの三つのサイズの中から無難なミドルを、そして喉が渇いていたのでドリンク類の中から、一番濃い文字で目立っていたビールを選択して、車中で暇そうにぼんやりしていた肌の黒い中年女性に向かって伝えた。


「レギュラーのミドルで、ビールを一つ。それでお願いします」


 すると女性はたどたどしい口調で「はい、レギュラーでサイズがミドルで、ビールがお一つですね」そう念を押すと、首だけを回して後ろを振り返り背後に合図を送り、続いて「百八十ブシヘルになります」と料金を請求して来た。

 ゾーレが頷いて代金を支払うと、それから十秒もしないうちに、女性は後ろへ手を伸ばして細長い形状をした紙袋とロングのプラスチックカップを受け取り、どうぞと両手でゾーレに手渡した。

 同じく両手で受け取ったゾーレは、立ったまま間髪を入れずにカップに口を添えると、良く冷えたビールをこんもり盛り上がった白い泡もろとも一気に三分の一ほど飲んだ。そして、ああ生き返ったと、ほっと一息付いた。それから周りを見回して、座って食事ができるところがどこかにないか捜した。

 するとうまい具合いに、歩いて五十歩もないところに生垣とレンガの塀に囲まれた小さな公園があるのが目に止まった。そして公園につきもののベンチが複数設置されてあるのを見つけると、


「よし、あそこまでへ行こう」ゾーレはうっすらと笑みを浮かべると公園へと向かった。


 公園には子供達がすべり台として上から滑れる仕様になっていたコンクリ製の小山がぽつんと見られるだけで、他には何もなかった。また人の姿も見られなかった。

 そのような中、ゾーレは間もなくして一番近くにあったベンチに腰を下ろすと、片方の手に持っていたカップを一旦ベンチの上に置いた。そのようにして塞がっていた手を自由にすると、もう片方の手に持っていた紙袋の閉まっていた口をその手で開けた。これまでグリルサンドイッチを見たことも食べたこともなかったので、どういうものなのか見てみようとしたまでだった。

 すると紙袋から半分に切ったバケットが顔を出した。しかも両面はバーベキューグリルで焼いた後のような黒い筋が幾つもはっきり見て取れた。なるほどな。それでグリルサンドイッチなのか。

 併せてバケットの内部にはベーコンハムとチーズが挟んであった。しかし野菜は入ってないようだった。

 ふーん、それでどんな味だろうと試しにゾーレが一口食べると、マスタードの甘酸っぱい味とバターの油っぽいコクとベーコンとチーズの旨味とピクルスの独特な苦味と食感とが口の中に拡がった。かなり複雑で濃厚な味だな。ま、ファストフードらしく格別に旨いわけでも不味いわけでもない。至って普通の味だが、サンドイッチがバケットだけあって食べ応えは十分にある。それにボリューム感が半端じゃない。

 そんな感想と共に、ある思いが頭を過った。

 ミドルでこのサイズならビッグではバケット一本分だったりしてな。もしそうだったら、俺ではたぶん食べ切れないだろうな。無難なミドルを選んでおいて良かった。そんなことを思い浮かべながら、ビールをちびりちびりとやりつつ、十分程で全てを平らげると、できたゴミを小さく丸めて直ぐ近くに見えたゴミ箱にぽいと放り投げ、ゆっくり立ち上がった。


「腹ごしらえが終わったところで戻るわけだが、慌てることはないさ。大体のことは分かったからな」


 データを整理する過程で内容を大体把握していたので、意外でも何でもなかった。

 十字路まで戻ると、いつの間にか通りに人の流れが出来ていた。車も普通に走っていた。

 ゾーレは首を曲げると、うーんと唸った。


「ずっと誰とも出会わなかったのにな?」


 でもまあ何でもいいさ。久しぶりにやって来たが、これでこの国ともしばらくお別れだ。明日の今頃は隣国を経由してまた別の国のピピンと言う名の都市に向かっているか向かう予定だ。


 ゾーレはにやにやと薄っぺらな笑みを浮かべて通りをのんびりと散策しながら、再び元来た道を戻った。

 そのとき、新しい発見があった。ちょっと見ただけでは目に付き難い場所に、釣り具やゴルフ用品やアウトドア用品や玩具やおもちゃや漫画雑誌やゲームソフトや旅行商品を販売する、いわゆるホビー関連の店舗が見られたことだった。

 これらの店舗が見られるということは、人々に経済的余裕と時間的ゆとりがある証拠だと言うしな。


 一時間余りして、ゾーレがレストランの建物まで戻ってくると、玄関前には二、三人の男女の客が立ち待ちしていた。その光景をゾーレは横目で見ながら素知らぬ顔で通り過ぎると、レストランの裏手に回った。そして見えた鉄骨造りの階段を上ると、ドアの鍵を解除して、水を打ったようにしーんと静まり返っていた部屋へと戻った。

 ゾーレは部屋へ入って直ぐにいつもの席に着いてパソコンを立ち上げると、気分よく集中して最後の仕上げに取りかかった。といっても、それまでに集めた生データを同じような事柄同士で分類して並べたものを集計して精査するだけだったが。

 するとしばらくして、地元民よりも外国からやって来た人々の投稿や反応が多かったことが見えて来た。しかも彼等は二十代以上の年齢層で占められていて十代はほとんどいないようだった。そしてその彼等の意見は、『少し工夫することによって郷土の懐かしい味に出会える』で、集計数は第一位であった。そのことは即ち、来客のほとんどは他国からやって来た人々で占められていたことを示していた。

(この国は人種のるつぼと化していて色んな人種が見られるから、別に気にならなかったが、そういうことだったわけか!)


 ちょっと調べると、北部の国境付近に外国人が比較的多く住む地域が幾つか見つかった。そこの周辺には天然ガス田が拡がり、政府が資本金の半分を出資した会社が、以前から大がかりな採掘を行っていた。ところが最近になって、そこへレアメタルの層が発見されてからというもの、技術協力と言う名目で海外からの投資が活発となり、その開発に当たって比較的所得が低い国から大勢の出稼ぎ労働者がやってきて在留するようになっていたことが分かった。

 ――距離的に見てレストランがある住所からおよそ三十マイル(約48キロメートル)というところかな。ということは車で一時間もしないうちに来れるということか。十分あり得るな。

 そして次点は『アルコールが置いていないのは不満だが、その代わりにビールの材料で作ったというソフトドリンクがある。色も香りも良く似ていて、おまけに苦味と炭酸が良く効いていて、格安でビールを飲んだような気分になるのはお得感があってうれしい。ただビールのように気分が楽しくならないのは不満だが』と『あそこに置いてあるソフトドリンクは、勤務中などでアルコールが飲めないときに重宝している』だった。

(仕事中は飲酒は禁止だからな。それでアルコールが入っていないが良く似た味のソフトドリンクが置いてあるうちのレストランが好まれたってわけか)

 続いて第四位は同率で『付属のソースやスパイス類で味変ができるので、何度行こうかいつまでも飽きるることがない』と『食べきれないくらい量が多くて値段もそれ相応の店が多い中、あそこは量が若干少な目である分、値段が手頃で食べ残しも出ないから経済的で良い』と『セットを頼んだときパンが食パンか丸パンか種なしパンかを選べるのがうれしい。他店ではそのようなサービスがないから』と『食べると自然と嬉しくなる。嬉しい気分になる』の四つがあった。

 あと八位には『トッピングが無料なところが良い』と『コスパが他店よりも良い。優秀』と『スタッフが全員若くて雰囲気が良い』と『場所が分かり難い。遠くから来やすいように案内の看板などの目印が欲しい』と『あそこへ行くと同胞に出会える。同胞の知り合いに出会える』と『専用駐車場がないので、店舗まで五分以上歩かなければならなくて不便である』の六つが同率で入り。そのあとへ『どこが地中海風料理なのか分からない』と『デザート類もメニューにあれば良い』と『どの料理も家庭で作れそう』と『メニューの品目が少ないのは難点である。だが、その分悩まずに済む』と『味やボリューム感や料理の見た目や出てくるまでの時間やスタッフの対応を総合した料理の品質は三流だが、なぜか不思議と何度でも行きたくなる』『あそこしか飲めないラムネソーダが甘くておいしい』が続いた。


(こうして見ると、たまたま運に恵まれたということかな?)


 うーんとゾーレは宙を仰ぐと鼻先で笑いながら呟いた。


「それが事実なら二号店はどう考えても無理そうだな。でもまあ、理由が分かっただけでも良しとしようか」


 気が付くと、夕方の五時半を軽く過ぎていた。

 ゾーレは苦笑いを浮かべると、データ整理の際に使っていたレポート用紙の一枚に、スタッフに宛てた伝言、


『スタッフ諸君へ。多忙な故、黙って出て行きますことをご了承願います。

 私からの提言ですが、これからもお互いを認め合い信頼し合い協力し合って業務に励んで欲しいと願っています。

 早速ですが当レストランがなぜこうも流行るのかを調査した結果、分かったことを報告しておきます。

 結論から言うと、主な理由が幾つか導き出され、これらの相互作用によって当レストランは来客を集めていることが分かりました」を冒頭に、続いて調べて分かった内容の要点を、そして文末に追伸として、


『こう言って何だが、私の親会社は、その世界では名が知れ渡っている、さる民間軍事会社と契約を結んでいて、多少の無理でも聞いてくれることになっている。

 それは例え、この国の法律が及ばないことであってもだ。難無く解決してくれる手はずになっている。このことは大げさでも何でもない。君等がまだ知らない現実だ。驚くようなことでない。

 そういうわけで、困ったことができたときは、シンに遠慮なく相談を持ち掛けて欲しい。そうすればシンが対応できないことは全て私の元に連絡が行くことになっているからね』


 と書き記すと、部屋で偶然見つけた全然知らない宛名のダイレクトメールの封筒に折り畳んで入れ、表に『スタッフ諸君へ』と表題を書いてから部屋を整理整頓をして帰り支度をした。


 ところで最後に記した文章の前半から真ん中あたりにかけては全くのでたらめだった。純粋な心で疑うことをしないでいると、いつかは悪い人間によって騙されたり酷い目に遭わされたりするからと若者達を案じたゾーレが、気休めぐらいになるだろうと気転を利かせて予防線を張ったまでだった。だがそうはいっても、内容自体は間違ったことを言ってはいないし、それに民間軍事会社以上の結果が間違いなく見込めるから問題ないと考えて良しとしていた。


 帰り支度が終わると、時間を確認した。時刻は夕方の六時半過ぎになっていた。

 あゝそうそうとゾーレはレポートの一枚にホーリーとフロイスの二人に宛てた通達文をペンで書き記すと、紙面を切り取って、それとなく目に入るようにとテーブルの端に放置してあった缶ビールのパックの下に滑り込ませた。


「あれを見れば俺が来たことが分かるだろう」


 ゾーレは満足そうに頷くと、上着のジャケットを身に着け、何事にも用心深い彼らしく忘れ物がないかどうかを入念にチェックをしてから部屋の外に出た。そしてマスターキーを使ってドアに鍵をかけ、念を入れてドアの取っ手をガチャガチャいわせて、ドアが閉まっているかどうかを確認した。それが済むと、ドアの目立つところに、一緒に持って出た店のスタッフに宛てた例の書付を、店がポスターやメモ書きを壁面に貼り付けるときに使っている押しピンで止めた。黙って出ていくことになるが、書置きもしたし。これで良いだろう。

 納得して通路を通り階段を下りると、外はすっかり暗くなっていた。

 ゾーレは外灯の明かりを頼りに建物のわき道を通り、レストランの玄関付近まで向かうと、レストランを横目でちらりと見た。するとレストランは、目が眩むくらいの明るい光に包まれて、たくさんの人々で賑わっていた。その様子に、表情には出していなかったもののゾーレは肩の荷が下りた気分だった。安堵していた。ゾーレはその場を無言で後にすると、最寄りの駅まで急いだ。これで疑問に思っていたことが無事解決したとして。


 ところがそこにはゾーレも思いもよらない続きがあった。

 実は、安価な食材の質を向上させると称してホーリーが提供を申し入れた万能化学調味料が食わせ物であった。

 実はその正体は、数種類の天然塩に、高純度の魔石をたまたま含んだ海水が地面の地下深くに閉じ込められたまま長い期間を経ているうちに水分を失って塩の結晶となったものを加えたものだった。

 後者の塩の外観は単なる岩塩に過ぎなかった。が、有毒な魔石によって汚染されていた分、性質は著しく異なっていた。それは強力な毒性を持つということだった。

 だがしかし、遥か昔に地球の環境が一時的に激変して、大陸や海や空から有用な動植物のほとんどが死滅したことがあった頃のこと。

 そのとき運良く生き残った、人であったか人外であったか異人であったか諸説があり定かでないが、何にせよ知的な生き物が,、全く別の性質を偶然に発見していた。

 それは、ある程度希薄して使うことで、他の毒物や毒素を中和したり無害化することができることであった。そしてあと一つは、さらに希薄して使うことで、味のない食べ物や不味い食べ物をおいしく感じるようにする効果があることであった。

 当然のこととして、生き残るためにこれら二つの性質うち、特に食べ物の味を変える性質を重宝したのは言うまでもないことであった。

 ところが飢餓の時代がやがて過ぎ去り、動植物が新しく繁殖し始めると、いつの間にかその使い道は顧みられなくなり、次第に忘れ去られることとなっていた。そして、それに代わって本来の強力な毒性と他の毒性を中和したり無毒化する性質が注目されることとなり、『ハザードザルツ』という名の呼称で毒薬とか消毒用とか浄化用とか防毒用の用途で普通に知られるようになって現在に至っていた。

 従って、今では食べ物の添加物として使うことができると知っている者は、ほんの一握りの専門家、錬金術師か魔法薬師か魔石の研究者か、或いはホーリーのようなマッドな魔法使いぐらいなものだった。


 ホーリーは『ナオミ・ラドキン』という名で、周りを高い壁に囲まれた形状がほぼ円型をしていることから『デイアドーム』と呼ばれている商業都市に何を買うでもなしにぶらりと出掛けたときがあった。

 とある大陸にあって、四方を高い岩山とマールと呼ばれる火山活動でできた沼で囲まれ、人口が五千七百人ほどであったその都市は、縦横に走る舗装された道の両側に石造りの立派な建物が連なる、およそ一万二千年前の古い時代の面影を残しており。それを一目見ようと訪れる人が絶えないところだった。

 そのためなのか観光にも力を入れているらしく、宿泊施設と娯楽施設と飲食施設が特に充実していた。

 またそこでは先祖から受け継いだ商いを何代にも渡って継承している店ばかりがずらりと軒を連ねており、外から取り引きや買い物にやって来る者達を相手に賑わっていた。

 そうは言っても、都市の住人も訪れる者達も普通でなかった。都市の住人は、争いを好まない穏健な魔法使いや異能者で占められていた。一方、訪れる者達は穏健派と限らなかったが同じ類いと言っても良かった。


 午後の三時頃。天候は快晴でさわやかな青空が拡がっていた。

 その日ホーリーは、ニットのシャツにニットのオーバーオールとゆったりとした服装で、素顔を隠すように顔をスカーフで覆い、『ライケード通り』と呼ばれていた真っ直ぐに伸びる通りをとぼとぼと歩いていた。

 ところが、都市一番のメイン通りと言われていた割には、どういうわけか人の往来はまばらで、明らかに閑散としていた。

 それでなのか、どの店も流行っている様子はなく、中で店番をしていた誰もが暇そうにしていた。あくびをしている者もいた。ときには立ったまま、呑気に居眠りしている者もいた。

 しかしホーリーは、こちらへの来訪は今回で四度目で、ある程度のことは知っていた。そういうことで、まあこんなものでしょうと全然気に留めていなかった。

 この都市の住人の日常は、昼と夜とが逆転していて、昼間は寝て夜に本格的に活動をする生活を送っていたからだった。

 そのため、店舗の前に陳列してある品や壁に張られた貼り紙等を勝手きままに見て回ることができていた。

 すると、外の世界と貿易が盛んなこともあって都市の外の土地家屋も扱っていた不動産屋や、物々交換他何でもありの両替屋や、運送屋や、燃料屋や、刃物店や、武器屋や、道具屋や、古代の遺跡から出たというがらくた類を売っていた古道具屋や、何でも修理屋や、資材店や、オートマタ(機械人形)を取り扱う店や、錬金術師や薬師や鍛冶師や木工師や石工師などの道具や備品を扱う専門店や、疲労回復のポーションも取り扱っていた煙草屋や、魔法使いか異能者以外には使い道のない特殊な備品だけを取り扱っていた雑貨屋や、衣料品店や、薬種屋や、魔性植物の種や苗を売っていた種物屋や、この世界でほとんど知られていない珍しい果物や野菜を販売していた青果店や、ごく一般的なカフェやレストランや、どこかのチェーン店そっくりなファストフード店といった、さまざまな業種が自然と目に付いた。

 ホーリーがそれらの店舗を見て回りながら、あともう少しで通りが終わるというところまで来たときだった。一ヶ所だけ店頭が賑わっているのがふと目に入った。

 ――不思議なこともあるものね。あそこだけ人だかりができているなんて。

 何だろうと、そこの地点まで向かうと、両隣の衣料品店と武器屋の二つの店舗が面白いことに合同でバザール(特売)を行っていた。

 武器屋の方では、店前に置かれた台座の上に、年代物の古びた短剣や弓矢の矢じりや槍の穂先が山のように積まれた箱が並べられてあって、一つ幾らでまとめて買うと幾らと値段が表示してあり、その周りを囲むように客が立ち、それらの一本一本を見定めながらまとめ買いしていた。

 一方、衣料品店の周辺では、色とりどりのローブやパーカーやスエットやベストやセーターやジャージがハンガーラックにずらりと並べて吊ってあり。その傍に同じように一着幾らでまとめて幾らと表示がしてあって、客が揃って商品を手に取ってはまとめ買いをしていた。


「ふーん、面白そうね。在庫一掃というよりは特売品を大量に仕入れた、そんな感じかしら」


 まずはこちらから寄ってみよう、と自然と足が向いてホーリーが混雑を避けるようにして武器屋の店内に入ると、そこも大勢の客で混雑していた。

 そこでは、半端ものとなったガントレットやアーマーやヘルメットや壊れた魔法の杖や大型の盾や型落ちした電子銃やバズーカー砲みたいな筒状の武器といった品が台の上に広げられて、客が手に取っては熱心に見ていた。

 他にも別の売り場では、大きさがまちまちのブーメラン、両刃のナイフ、十字剣、山刀、モーニングスター、メリケンサックと武器屋ではあまり見かけないレアモノが売られていて。それこそ売れ残った品といったところで、ホーリーにとってその全てが全然興味の無いものばかりだった。


「ふーん」


 ホーリーは冷ややかな視線を送りながら狭い通路を素通りすると、足早に一旦外へ出て隣の衣料店へと向かった。


 一体どんなバーゲンをやっているのかしらと思いながら、混み合っていた店内に入ると、伝統的な魔女の衣装やプリーストの衣装や女性もののセクシーなコスチュームやどこかの国の民族衣装や軍隊の制服みたいなのが、四列に渡って四十フィートぐらいありそうな長いハンガーラックに吊るされて並んでおり、その隣には柄物の派手なジャケットにケープコート、トレンチコート、クロークコート、オーバーコートといったコートばかりが集められてずらりと並んでいた。またその隣には、子供服ばかり集めたコーナーがあり、残りの空いた空間はソックスやストッキングや肌着やナイトウエアの売り場となっていて、あちらこちらから女性のにぎやかな声がしていた。

 それも無理のない話だった。どちらかと言うと女性客が多数を占めていて、男女連れとか男単独とか男同士で来ているのは圧倒的に少なかったのだから。

 まあ、周りがそんな風であったから、ホーリーはついついその場の空気に流されて、同じ色のランジェリーを五枚一セットとして安売りセールをしていたので、それを二セットと、場合によっては夜着にも転用できそうなガーターベルト付きのセクシーなベビードール風衣装を二着購入で一着が七割引きになるセールをしていたので、ホーリー自身もいつ着るかははっきりと見えなかったが、赤と黒と薄ブルーとチャコールの四着をまとめて衝動的に購入。サービスとして付けて貰った布製のバッグに詰めると、その足で再び武器屋へ戻った。ちょっと気になっていたものを見に行くためだった。


 非常に珍しいことに、その武器屋は武器の自作キツトを販売していた。即ち、大量生産された既製品とは別に、ハンドメイドでオリジナルの品を作ることができる部品類を販売していたのだった。

 それを裏付けるように、そこでは空の手りゅう弾や薬莢から、中身の入ってない地雷や砲弾などの容器やさまざまな種類の起爆装置や信管やらが並んでいて、ケース売りされていたり単独で売られていた。またその奧の壁際には薬品や薬剤や色んな色をしたミニサイズのガスのボンベの容器が入ったショーケースが並んでいた。

 ところが相変わらず人気がないようで、他は混雑していたにもかかわらず、そこだけはほとんど誰も見向きもしていなかった。


「人気がないみたい。これだから素人さんは困るのよね」


 一見すると武器マニアの趣味のように見られがちであったが、ホーリーぐらいの熟練者になると、創意工夫しないで既製品の武器ばかり使っていては、相手に手の内を読まれて、命が幾つあっても足りないのだった。

 前に陳列されていた空の容器他をちらりと見て、ホーリーが奥側のショーケースの中をのぞくと、色んな爆発物の原材料並びに実験用の試薬らしきものがずらりと並んでおり、その全てに見本品(ダミー)と表示がしてあった。万が一のことを想定してのことと思われ、正しい判断と言えた。


 誰もいないことを良いことにもっと近くで見ようとホーリーはショーケースの直前まで行くと、立ったまま思案するように頬杖をつき、その格好でZ字を描くように視線をずらしながら、四段の棚からなっていたショーケースの内部を舐めるように見て回った。それを他のことを忘れるほど集中して終えると次のショーケースへとゆっくり移動し、それから再度最初のショーケースへと戻った。そして最後に、下から二段目の棚の、ある一点に目をやっていた。

 そこには百ミリリットルの容量ぐらいの白いプラスチックの試薬容器があって、ラベルに『エスティバZEX』と専門家ぐらいしか分からない商品名と、小さな文字で用途がその下に記されていた。


「へえ、 悪霊祓いまたは退魔用ねえ」


 ホーリーはラベルの下に記されたその用途を目でたどると、声に出して呟いた。


「最近、死者を弔う依頼が増えているから買っておいても損はないかもね。いざというときにそう簡単に手に入らない代物だしね」


 エスティバZEXこそリザードザルツの正式名称であった。

 ホーリーはすぐさま店員を呼んで、「これを在庫があるだけ下さい」と言って、それからずるがしくて抜け目のない駆け引きを駆使すると、全量が五キログラムしか置いていなかったものの、安く手に入れてストックしていたのだった。


 そのようにして手に入れたハザードザルツについての知識は、ホーリーは全て、近年刷新された二つの書物『不可思議現象の科学的実証と解釈』と『魔石の生物並びに環境への影響について』から得ていた。

 その中で、特にリザードザルツを食品添加物として用いた場合について、実際に実証した結果に拠ることとして、


『例えそれが動物の死骸や糞尿のように異様な臭いを発していようが、自然毒を持つ生物の内臓のように猛毒を含んでいようが、極端な話、歯と内臓が持てばの話であるが、そのあたりに転がっている石ころやその辺で生えている名も知らぬ雑草や木々や、日用品のスプーンやフライパンやテーブルやイスであってもおいしく頂くことができる。その上、その後に食中毒になることもない。また身体のどこにも異常がみられない。

 そういった長所ともに、直ぐには表に出てこないが残念な現象が幾つか推定できている。

 その一つは、その依存性である。アルコールやたばこような強い禁断症状は出ないものの一度体内に入れると本人の意思に関係なく身体がなぜかしら欲するようになる。気がつくと食べているという風にである。

 ただし、その兆候が現れるのは魔力を持たない者に限られており、魔力を有する者や魔力にある程度免疫ができている者は問題ないようである。

 あともう一つは、間接的に寿命を縮めると思われることである。どうやら空気中で浮遊する細菌・ウイルスといった雑菌に対する抵抗力を弱めることに起因していると推定される。それは魔力を有する者や無い者にかかわらず関係がないらしく、特に抵抗力の弱まった老若男女が影響を受けやすい傾向がある。

 その症状は、普通にさまざまな感染症を引き起こし、次いで感染症からから数々の疾患を発症して重症となり、体力の無い者はやがて死に至るとされる。

 特にハザードザルツを食べ物に添加して食す習慣があればあるほど深刻に影響を受けやすい傾向がある』と記載されていた。

 ――この件で例え死者が出たとしたって、感染症から急性心不全か敗血症みたいな診断が下されて終いよ。誰も分かりやしないわ。

 そういった認識でゾーレに提供を申し入れていたホーリーは、話の成り行きでちょっと手助けしてやる代わりに、最近読んだ書物に書かれていたことが果たして本当なのか、不特定多数の男女を実験台にして真実を確かめてみたいと興味本位でやったことに過ぎなかった。何も親切心から言ったことではなかった。


 そう言った背景があったせいもあって、レストランは七年経った現在も客が途切れることはなかった。

 その間に変わった出来事と言えば、ゾーレが去って半年ほど経った時期にアーヤとミッド姉弟の祖父母が相次いで亡くなっていた。

 そのような悲しいこともあれば嬉しいこともあった。

 先ずミッドとファリーカの間に元気な男の子が誕生していた。同時期にナハラが長年付き合っていた彼氏とでき婚して、間もなくして双子の女の子を生んでいた。それが発端となって、なし崩し的にアーヤとマリーとリザの三人も彼氏ができて結婚していた。そして子供が生まれていた。

 その結果、アーヤとミッドの母親は、できた順番にミッドとアーヤの子供の育児を任されて店にはかかわらなくなっていた。代わってナハラの彼氏とマリーの双子の弟が加わり、それまでのヘルプから正式なスタッフとなっていた。そして家庭を持たないのは双子の弟達だけとなっていた。

 だが彼等はフリーター時代の気分が抜け切らないのか、周りが結婚して子供ができていくにもかかわらず全然その気はないようで、休日には決まって趣味のスポーツジム通いを揃って習慣にして、時折り気が向けば小旅行と称して二人で車で出掛けて一泊してきたり、日帰りでスパ巡りをしたりして仲良く独身をおう歌していた。

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