第86話

 キャンピングトラックの車内では、何食わぬ振りをしたザーウインが作戦の経過を見守っていた。

 席にどっしりと腰を据え、片方の手に持った電子葉巻を、まるで深呼吸するようにゆっくりと吸い、ほんのしばらくの間を置いてから、口から蒸気を吐くという行為を繰り返しては、苛立たしい気分を紛らわせていた。

 じっと待つときの気持ちはどこの誰でも一緒と言え、マドレーンから連絡があって以降、ずっとこの調子だった。

 あれからアラードとグレイに連絡を入れたのを最後にどこにも連絡をすることもなく、どこからも連絡が入ることがなかったので、耳に装着していたヘッドホンは外して首にかけた状態にしていた。

 テーブルの向かいには、お揃いの全身黒の服装で、それぞれ赤とグレーのショートヘアに人工的な顔。黒い瞳に真紅と紫色のルージュが印象的な二人のうら若い女性が無表情に並んで腰掛けていた。

 唯一の非戦闘員で、自称マギックヴァンパイアのガーリーとヒーコだった。

 彼女達はその能力もさることながら、普段から無口で大人しく、話し掛けたときと必要な用事があるとき以外はほとんど喋らなかった。そして命令には従順でこれまで一度も逆らったことがなかった。その上、二人とも異性には全く興味がないらしく。代わって唯一の楽しみは、飼っている古代獣そっくりな新種の超大型肉食獣に餌をあげるときと、上に乗って一緒に散歩するぐらいなものであった。それから言って、まさに組織向きの性格をしていると言っても良く。従ってザーウインはことのほか二人を気に入っていて大事に扱っていた。


 ザーウインのテーブルの側には、飲み散らかしたビール缶が三本と三冊の分厚い書類が置かれていた。ビール缶は彼が飲んだもので、書類は彼所蔵のトップシークレットの品で。うち二冊は積み重ねたままになっており、もう一冊はザーウインの手前の方に置かれていた。

 積み重ねられた方の書類には、仕事上調べ上げた秘密情報とその情報源、所有不動産・所有有価証券のリストと秘密口座と各種カード、顧客名簿と協力関係にある関係先の連絡先と住所のリスト、万が一の場合に備えての遺言書が入っていた。

 そして手前のもう一冊の方には、ザーウインが組織を開業して以降に在籍した歴代のメンバー全員の名前とその素性と人物写真がまとめられてリストにしたものが入っていた。

 いわばアルバムのようなもので、裏切り者として死んだ者や不慮の事故死を遂げた者や原因不明の変死をした者や重大な怪我や病気で稼業を引退して去った者や逃亡した者や仲間割れを起こして殺された者も中に含んでいた。

 本来ならば、かさばる書類としてでなくデータとして保存しておく方法もあったが、データ保存はコンパクトにできるぶん紛失しやすく、デイスプレイを通してでないと見られないし、コピーを容易にされたりして公となる危険度がより増すことや不正改ざんが可能で。よって今尚このやり方を採用していたのだった。


 クラウトンとザリムの二人が死んだらしいと聞いて、つい先ほど二人が載るページを開けて、場所と今日の日付と時間と死因を忘れないうちに書き記したところだった。


 これまでたくさんの仲間が死んでいったが、今回は相当厳しい状況と見なければならないな。 ザーウインは葉巻を手にしたまま、ふっとため息を付くと思った。


 引き受けた依頼の内容を見る限り、ターゲットはその国の各地に支部を持ち人員が八千名を越えるオアクルグという名のマンモス組織の幹部連中となっていた。

 ところがその組織は、金儲けに熱心のあまり、有事に備えてそれほど金をかけていない。人が多い割にそのほとんどが非戦闘員で、実際に戦闘員といえる者達は数えるくらいしかいない。そしてその能力も非力である。それまで組織が生き残ってこられたのは周りの複数の組織とこうもり外交をしてきたおかげだという話だった。

 だがこちらは実際に現場を見たことがなかったので、信用するに足らずと思い、慎重を期すために提供されていた本部の場所を襲わずに、その前の予行演習として、同じく提供されていた支部を先に襲い、どの位の戦闘能力値があるのか調べた。そこまでは順調だった。何も言うことがなかった。

 そうしてこの調子なら十分にやれると確信して本部の場所を襲ったのに、中はもぬけの殻で。そこにいたのはわずかな警備員と事務員だけで一杯食わされる形となった。

 その後は、急いで本部の場所を探しにかかり、荒っぽいやり方だと知っていたが、稼業上構っていられなくって見境なく分かっているだけの支部を襲い本部の手掛かりを捜し求めたのだ。

 そんなとき情報収集を任せていた息子からそれらしいのが見つかったと連絡が来て、ここまでやって来たのに。しょっぱなからあいつら、クラウトンとザリムが殺られたのは大いに誤算だ。ここまで来るまでは順調で流れはこちら側にあると思っていたのに、こんなところでつまずくとはな。

 しかもだ、あれ以降マドレーンから連絡がないと来ている。

 まさかそのようなことはないと思うが、マドレーンの奴、待機中に酒を飲み過ぎて連絡をし忘れているのじゃないだろうな。通信もつながらないし。これはきっと車から離れているな。

 グレイはこちらの指示通りに動いている筈だからつながらないのは分かるが、アラードの奴は別だ。奴は車から離れては能力を発揮できない筈だし。いつまで待っても車に積んだ無線機から連絡を寄こさないことは何かあったと考えざるを得まい。


 そんな風に気をもんでいる間に、ときは刻々と流れ。ふと気が付いて車内にあった自らの携帯で時間を見ると午後の四時前になっていた。


 遅すぎる。余りに遅すぎる。うまい話には裏がある例えで一筋縄ではいかないということか。この時間帯では、今頃ならバリウス、ボウアのコンビが本部を急襲して突破口を開いている筈だ。そして全員で寄ってたかって突入していなければならないのだが。

 これは正念場だな。ここでじっと待っていても事態は何も変わらない。ここはやはり、わしが出張らなければ収拾が付かないのかもな。

 そうなると、先ず手始めにマドレーンに直接あたってみるとするか。行ってあいつの透視能力で全員の安否を確認させれば、どうなったか一目瞭然だ。


 色々考えてようやく考えがまとまった男は、ガーリーとヒーコの方を向くと、彼女達に向かって、ぼそぼそであったが張りのある良く通る声で口を切った。


「さっそくだが、お前たちに任務を与えたいと思う。ヒーコはわしと一緒にマドレーンのところまで行って欲しい。そこにわしを降ろしたら帰って貰って構わない。ガーリーはこの国を離れる準備をしておいておくれ。今いるこの車だけは敵に渡すことができないのでな。

 それからだが、そう、わしがマドレーンのところまで行って二時間経っても戻らないときは、お前達だけでこの国を離れて本部まで帰っておくれ。

 そのついでに、ここにある書類とわしの携帯をお前たちに託したい。絶対に他人に渡してはならないものだ。向こうへ着いたなら、わしの息子に真っ先に渡して欲しい。

 なーに、後のことは何も心配はいらぬ。この分だと多少の犠牲がメンバーから出ていると思うが、わしが行けば全て解決だ。今までにもよく似た事例が何度もあったが、そのたびに何とかなってきたからな。

 それではさっそく取り掛かっておくれ」


 そう話してにんまりしたザーウインに、二人はキョトンとした顔で分かったと頷くと一斉に席を立った。そして、それぞれ支度に掛かった。

 ヒーコが横のドアを開けて、そばの取っ手につかまるようにして先に外へ出た。

 ザーウインも続いて腰を上げると、テーブルの後片付けをし始めたガーリーに向かって、「後は頼む」と優しく一声かけ、従順な眼差しで頷いた彼女をチラッと見届けるやヒーコの後に続いた。


 果たして外はひっそりしていて、すっかり葉が落ちて枝と幹だけとなった木々が沿道側に立ち並ぶという殺風景な景色が広がっていた。

 その中、地面に降り立ったヒーコは、ようやく重苦しい空気から解放されたとでもいうのか、ほっとした様子で木々から落ちた葉っぱが散在する中を少し歩いて立ち止まると、ザーウインがそばで見ている前で、腰のあたりに差していた十インチ程度の長さのスティックを無造作に抜いて頭上に掲げるや、


「イム モアレ エオラ ヴェシーダ」と手際よく魔法の呪文を詠唱。スティックで軽く五、六回ほど、円を描くような仕草をした。

 たったそれだけのことであったが、見る間に無色の空気に色がついて具現化。描いた軌跡が銀色に輝くリングとなると、螺旋状に広がりながら落下してきて二人を中に包み込んでいた。

 一風変わった空を飛ぶ乗り物の完成だった。

 厳密に言えば正確とは言えないが、螺旋状をしたリングの中に入ったりリングに直接触れると物質の重量及び万有引力が消失してしまうということで、彼女の祖国では移動手段として普通に使われているという乗り物だった。

 ちなみにその最高速度はおよそ時速三百マイル(約480キロ)と、そう速くはなかったが、その代わりに何十トンという重量物を人を乗せたまま難なく運ぶことができるのだった。


 まもなくしてヒーコはスティックの先端を地面の方に向けると、ザーウインの方に振り返り口を開いた。


「それじゃあ行きますが、よろしいですか?」


「ああ、やってくれ」


「では」


 途端にスティックの先端部から白い煙が勢い良く噴き出し二人が乗った乗り物を一気に覆い隠して綿菓子のような白っぽい塊となると、空高く上昇。目的の地点へ向かった。

 それから十分ほどして、上空からちょうど六角形に見えたかなり広い空き地へと到着していた。

 そのすぐ脇には、ほぼ無傷で十分通行可能な道路が見え、周りが子供の背丈ぐらいの石壁に囲まれていた。

 そして、その真ん中付近の一角に、以前は建物のホールかテラスであったのだろうか、大理石のプレートが敷き詰められた場所があり。その辺りにワンタッチ組み立て方式の屋根型テントが張られていて、その下に同じく簡易型のテーブルとイスが設置されていた。

 だが人影はおろか車もなかった。アルコールの微かな香りもしなかった。唯一残されていたのは、後でバーベキューでもする気であったのかブロックとレンガを適当に積んで組んだコンロぐらいなものだった。


「どうします?」


 そのような光景を見たヒーコが独り言のような小さな声で問い掛けて来た。


「ふーむ」ザーウインは小首を傾けて少し考えると応えた。


「お前は先に帰ってくれて良い。わしはマドレーンが向かった先に行ってみることにする。なーに、そう遠くまで行っていない筈だ。直ぐに見つかるさ。心配はいらない」


「はい、分かりました」


 ヒーコはあっさり同意すると、再び乗って来た乗り物を召喚して行ってしまった。

 ひとり残ったザーウインは、さっそく周りを見回して、マドレーンが向かった先の大体の見当をつけると、


「このようなことになろうとはな」


 そう呟きながら、懐から取り出した金属製の小さなシガレットケースを開けて短い煙草を取り出し火をつけると一気に吸った。イライラ感を鎮めるとともに魔力を活性化して励起する働きがある魔法パウダーを浸み込ませたドラッグ煙草というものであった。

 そのような具合いにして冷静に一息入れたザーウインは、時を置かずにそこを出発。マドレーンが乗った車の追跡を開始した。

 彼は、昔取った杵柄で相手を追跡することにかけては他の誰よりも長けており、その知識を新入りにも教えるくらいで、これくらいは何の問題もなかった。

 マドレーンが乗っているスポーツタイプの四輪駆動車はタイヤの溝が独特で分かり易い。しかもそこへつけて用心深い性格であったこともあり、初めての場所に来たときは道に迷うことがないようにと目印を残すことを普段からしていた。その目印とは、飲み終えた空き缶や空き瓶で。それを道端の所々に投げ捨てていた。従って、こんなに分かりやすい追跡はない。


 ザーウインは年を経てしっかり脂肪が付いた大きなガタイを大きく揺らしながら、廃墟化していた街を縦断している道路を疾走した。その軽快な走りと言ったら、ほとんど年齢を感じさせないものだった。

 そのとき、「マドレーンがいないということは、バリウスとボウアが心配だ。マドレーンを早く見つけ出さなければ、二人を見殺しにすることになる」と厳重な警戒態勢が敷かれている局面において、いつも一番最初に突破口を開く工作任務を任せていた二人のことがふと頭をよぎった。

 バリウスとボウアの二人は、幼少期から青年期にかけて同じ学校でグループを一緒に組んで悪ガキ生活を送った学友同士で、お互いに兄弟と呼ぶ太いきずなで結ばれた関係にあった。

 その性格は、まだ若いということもあって、二人ともわがままで非道で自信家で二重人格で金遣いが荒く、そこへ加えて怖いものなしで女癖が悪いと、いわゆる似た者同士であった。

 組織へ入るきっかけは、他のところではしたいことができそうにない。それに、例え入ったところで長続きする自信がない。そこへ加えて人と話すのが苦手だと安易な理由に拠っていた。

 ちなみにバリウスは白魔術師で、果実や野菜の中身を爆発物に変えたり、空気に色を付けたり、空気中の臭いを自在に変化させたり、空中浮遊したりできた。それ以外にはハンドガンを使ったトリック魔法を得意としていた。

 一方ボウアは結界師と世間で一般に呼ばれている家系の出身で、シールド(障壁)を張ったり、シールドを利用したトラップや密室空間を構築できるほか、他人が仕掛けたシールドやトラップを見破る能力にも長けており、また器用に解除したり避けることもできるのだった。

 そのことなどから二人は暗殺向きと言えた。ところが両人とも、一挙に形勢を逆転できるような術を持っていなかった関係で、事態が長引いたときや大人数を相手にした場合は決め手に欠け対応がしきれず。最悪の場合、死の危険に陥るのが明白であった。


「この分だと、二人とも支援が来ないと怒り狂っているな。何と言ったってあいつらはわがままだからな。

 ひょっとしてもう待っていられないと逃げ出したりしてな。その方がありがたいが、何せ二人揃ってまだ若いというだけあって格好をつけたがるからな。こちらから指図しない限り無茶をして留まるかも知れない。そうなったら最悪だ」


 そんな具合に思いを馳せながら、どんどん先に進んだとき、片側の方角に見通しの良い開けた場所が見て取れた。

 広々とした土の大地がずっと続いていて、周辺の所々にフェンスみたいなものが見えたことから、以前は公園か広いグラウンドがあったと思われ。その方向に向かって車のタイヤ跡が続いていた。


「ここか」


 即座にザーウインは一旦立ち止まると、その周辺に目を走らせた。案の定、遥か向こう側に車らしい物体が一台止まっているのが小さく見え、その側に見なれぬ人影が一緒に目に入った。

 マドレーンなのか? いやマドレーンはあんな格好などはしていない。あれは誰だ!? 


 ザーウインは険しい表情で眉をひそめると、懐と腰ベルトのホルスターに差した電撃機能付きの特別仕様モデルのハンドガンに手を添えて、いつでも撃てることを確認。他にも不審な者がいないかと周囲に目を配りながら、何食わぬ顔で静かに近付いた。


「心配したことがどうやら現実となったようだな」


 相手が少しでもおかしな真似をしたならばいつでもちゅうちょなく撃つつもりでいた。

 そうして人影の姿がはっきりと分かる距離までやって来て立ち止まると、正面を向いてこちらをぼんやり見ている相手に向かって、作り笑顔で呼びかけた。


「もしもし、そこのお方。私が分かりますかな?」


 その呼びかけに呼応するように、すぐさま人影が視線を向けて来た。人影はモデルのような均整の取れた外観をした色白の若い女で、全身白ずくめのバトルスーツにロングブーツを履きこなしていた。――こいつがそうみたいだな。

 ザーウインは相手を認識すると、何食わぬ顔で続けた。


「そこにある車の持ち主がどこへ行ったか知りませんかな?」


 すると相手は、「さあね」と素っ気なく返してきた。


 ザーウインは知らなかったが、ほんの先ほどのこと、相手の女は魔力が込められたロープをドリル代わりに使って十フィート(約3メートル)程掘り下げた側の地面に捕虜にしたマドレーンを投げ入れ、上から土をかぶせて埋め戻したところだった。


「黒と白のツートンカラーの長い髪の女性なのですが」ザーウインは尚も説明を加えると、思い出したように更に続けた。


「ああ、そうそう。確か二人の男友達も一緒の筈でした」


「さあね」相手の女は肩をすくめると、冷ややかな表情で応えた。


「私は今ここへ来たばかりでしてね」


「そうですか」ザーウインは疑いの目でゆっくり頷くと言った。


「ところであなたはここで何をされておいでで?」


「ああ、そのこと」女はにべもなく応えた。


「わたくし、この地区の治安維持を目的に現地に駐在している者ですが、ちょっとこの辺りを巡回していましたら見慣れぬ車が止まっていて、それを今見ていたところですわ。

 どうやら車の全面部が壊れているのとタイヤがパンクしていることから事故ってどこかへ応援でも頼みにいっているんじゃないかと思っています」


「そうですか、なるほど」ザーウインは頷くと、冷めた目で女を見ながら言った。


「それにしても奇抜な服装ですな。この辺りの部隊の正装ですかな?」


「ええ、そうですわ。ところでそういうご貴殿も、高齢な割に凄く意味深な服装ですわよね。全身が黒ずくめとは、怪しいですわ。まるでいかがわしいことをなさっているようにお見受けしますけれど」


「ほー、そう見えますか。それにしてもおかしいですな。若い女性が単独で、しかも丸腰で巡回しておるとはのう。逆にどうみても怪しいという他ありませんな」


「中々言いますわねえ」不審者そのものと言った感じの女はニコッと笑った。


「それではと、本題と行きますか?」ザーウインは呼びかけた。


「はぁっ!? 何のことでしょう?」


「しばらっくれないで貰いたいですな。そこの車に乗っていた三名の男女のことですよ」


「ああ、そのこと、そのことね」女は薄ら笑いを浮かべると言い添えた。


「ノーコメントよ。なぜならあの三名はまだ死んではいないからですわ」


「そうですか。それではどこに?」


「それもノーコメントよ。知りたければ私を捕えて拷問にでもかけてじかに聞き出すことね」


「分かりました」ザーウインは語気を強めると尋ねた。


「最後の質問です。あなたはどこの誰なので? ここの組織の人間ですかな?」


「核心を突いた良い質問ね。ご想像に任せたいと言いたいけれど、これだけは本当のことを言ってあげる。この辺りに展開している者達は私を含めて全て外部の人間よ。実はちょっとした因縁で力を貸すことになったの」


「というと縁もゆかりもないと?」


「ああ、その通り。これで良いかしら」


「ええ、まあ」ザーウインはピンときた。ふーん、そうか。分かったぞ。こいつらはオアクルグに雇われた殺し屋か掃除屋、エキストラ(別な正業を持ちながら副業で雇われた者達)の類か。


「それじゃあ今度はこちらの番ね。そうね、あなた達の規模から聞きたいわ。あなた達は総勢どれくらいの人数からなっているかをね、お聞きしたいわ」


「残念なことですが、そのことは機密事項のため応えられませんな」


「ふーん、そう」女は気抜けしたしたような表情を見せると言った。「それじゃあね、ご老人。お聞きますけれど、あなたはどういう立場の人間かということよ。それをお聞きしたいわ。外見から見ても下っ端にはどうしても見えなくってね」


「ま、そうですな。私と手合わせしてみれば分かると思うのですが。あなたのご想像通りと言っておきましょうかな」


「ふーん、そうですか」女は少し小首をかしげると言った。「分かりましたわ。以上で私の質問は終わりよ」


「それでは宜しいかな」


 ガーリーとヒーコに接してたときと打って変わって仮面のような表情のない顔でザーウインは訊いた。――お前と遊んでいる暇などない。


「ええ、いつでも結構よ」


 女は人が変わったかのような冷たい口調で返すと、手の中に隠していたガラスの小瓶を地面に落とした。それが合図となっていた。


 次の瞬間、「ズドーン、ズドーン、ズドーン」と大型銃に特有な重い響きが周辺に三回こだました。

 そんなこと誰が信じられるものか。こうなればマドレーンに頼らずに、わし一人で解決する他なさそうだなと、目も留まらぬ早業でザーウインが腰のハンドガンを抜くと、女の真正面目がけて冷酷な心で情け容赦なく発砲したのだった。

 もちろん普通の銃弾などではなかった。特殊部隊の頑丈なアーマーや能力者を対象として、貫通力に主眼を置いた徹甲弾(AP弾)というもので、並みの人間なら体に大きな風穴があいて決着がついている筈だった。

 ところがどうして、相手は全く動く気配を見せていなかったにもかかわらず、なぜか無傷でいた。それどころか撃ったのと同時にザーウインの直ぐそばで破裂音が聞こえ、その衝撃が体に伝わり、ザーウイン自身がバランスを崩すことになっていた。ザーウインは訳が分からなかったが、傾いて転びそうになった大きな体を立て直すことを惜しんで、ハンドガンのトリガーを更に引き、残りの弾丸を続けざまに発射した。


「ズドーン、ズドーン」再び大きな銃声が周辺に鳴り響いた。


 しかし女は平然としていた。全く動じる気配はなかった。強いて言えば、立ったまま、両手を正面に向けていたぐらいだった。

 そしてやはりというか弾丸は女の体を逸れていた。――そうか、シールドか。シールドを張ったわけか。それならば……

 ザーウインは撃った勢いのままその反動で地面を一回転すると、間髪入れずに立ち上がり、銃口を相手に向けながら疾走。接近した。

 残りの一発を放ち相手が防御した隙を突いて背後に回り込み、銃に装備した電撃で仕留める魂胆だった。

 だがしかし、相手はそう易々と思ったように運ばせてくれなかった。銃口を向け撃とうとした瞬間、相手側から槍のような細長い物体が複数、上空から降って来た。

 とっさにそれらをザーウインは持っていた銃で叩き落として難を逃れていた。が、相手の攻撃はそんな単純なもので終わらなかった。

 槍のようなものは地面に落下した途端にロープへと変わり、ぴょんぴょんと跳ねたり地面を蛇のように這う動きでもって襲い掛かって来た。

 そこでやむを得ず、ハンドガンに装備した切り札であった電撃機能を使う羽目となっていた。

 結果、足止めをされてしまった上に手の内をみせて何もできずに終っていた。

 そのことにザーウインは、その場で眉間にしわを寄せると歯ぎしりした。

 ――くそー、そう易々とこちらの思うとおりにさせてくれないということか。さすがに金で雇われるだけあって戦い慣れているな。

 ザーウインは企てを断念すると一旦後退。場所替えをして、攻撃が止んだことを良いことに、手を叩くポーズをとると、直後に両手を打ち合わせてパチンと音を鳴らした。

 ――わしだけを良いように動かして己は高みの見物か。一体何様のつもりだ。こいつはわしを舐めているようだな。ならば見せてやろう。


 次の瞬間、開けた手の間から、黒褐色色をするどろどろした液体が物凄い勢いで多量に噴出したかと思うと、見る間に建物の二階ぐらいの高さまで盛り上がり、後から飛んできた来た槍のようなものを内部に吸収、無効化。遂には大水が爆発的に流れ込む勢いで、一気に地面を這い相手の女へ向かった。

 ――さあどうする! 粘性のある油だ。一旦浴びると逃れることはできぬぞ。

 ザーウインが得意とする油の黒魔術を発動したのだった。

 ところが相手の女は、あらゆるものを飲み込んでしまう勢いで押し寄せて来た液体を逃げずに平然と見ていた。臆することなく、しっかり観察しているようだった。そして何をしたかと言えば、向かってくるまでのほんのわずかな時間帯を利用して一言、二言呟いただけだった。


 だがその瞬間、女が立つ直前の地面が一気に盛り上がったかと思うと、そこから巨大な柱状の物体が天を衝くような勢いで出現。見る間に向かった液体を防波堤の如くはね返していた。それどころか柱状の物体は、草木が芽を出すように次から次へと辺りに出現した。その数は十以上にのぼり、それらが地面を滑るようにして距離を詰めて来ると、いつの間にか周りを囲んでいた。

 ザーウインは知らなかったが、マドレーンによって破壊しつくされた術式をホーリーが復活させたのだった。

 ちなみにその柱状の物体は見上げるくらい高く。しかも円柱だけに厚みも半端でなかった。そこへ持ってきて、丸みを帯び滑々した円柱の表面は敵の攻撃の直撃を受け難いという特徴も持っていた。


 遠くの方で、相手の女が格が違うという風に、余裕で腕組みをして傍観していた。

 その見下すかのような態度に、一体何様のつもりだと鋭利な刃物のような眼光で相手をにらみつけたザーウインであったが、


「喜ぶのもたいがいにして貰おうか、今から思い知らせてやるぞ」と、一旦怒りを抑えるように吐き捨てるとベルトのバックルに力を込めた。


 鈍い鉛色をする金属製のバックルは、表面に片方の皿が欠損した天秤ばかりがワンポイント刻印されていた以外、一見して何の変哲もないありふれた品にしか見えなかった。

 ところが、組織の創設者であったガーロン・ヴィーが生前愛用していた魔導具で、苦労して運よく手に入れた品だった。しかも、これまでザーウインが生き残ってこれたのは全てこの魔導具のおかげと言っても過言ではなかった。


 それは組織の運営を始めた初期の頃の話であった。

 組織自体が広く世間に認知度を上げたくても上げることができない特殊な業務形態であったことで、組織を開業しても仕事の依頼は当分の間こない、即ち収入が全く無いことは分かり切っていた筈であったが、いざそうなってみると現実はそう甘くなく、何とでもなるという話では無かった。

 何もしていないのに支出ばかりが増えるばかりで、予想していた以上に、経営を維持することが難しくなっていた。

 といって組織には妻からの融資して貰った現金以外に全くといって資産がなかった。売るものもなかった。

 暇な間、人材を貸し出すというアイデアも、もうすでに他の組織がやっていて二番煎じにしかならず。唯一の資産と言えた車とサイト広告枠の権利を売ることになれば組織の死活問題になるのが目に見えていた。

 そんなこんなで一年近く暇な日々が続いた後、現金が底を尽きかけて、このままではせっかく手に入れた組織を店じまいして手放さなくてはならなくなる、何とかしなければの思いで無い知恵を絞り出したのが、千年以上前の時代には遺体と共に豪華な副葬品を入れて埋葬する風習があったのを思い出して、組織の代々の権力者の墓から金目の物を見つけ出して売り、仕事の依頼があるまで食いつなごうという策だった。

 組織のお歴々の墓を暴くという行為に関して、墓荒らしは、やれ遺跡の発掘だ、やれ未知のダンジョンの探索だ、やれ学術調査だとか言ってどこの組織でもやっていることで何の問題もない、それがたまたま買収で手に入れた組織のお歴々の墓になっただけのことだ。そこへ加えて、組織運営は趣味でなくて、あくまでビジネスだ、投資した資金を回収して何が悪いとドライに割り切って、後ろめたさも良心の呵責もなかった。何の抵抗もなく受け入れていた。

 そのことは一緒に作業を手伝った仲間も、仕事の依頼が来なければ生活できないことが十分分かり切っていたので納得済みのことであった。

 そういうわけで、時を置かずに事業内容マニュアルの中に記載されてあった記録から千年以上前に亡くなった故人と葬られた場所を特定すると、地理的に近いと思われる場所から順番に取り掛かった。

 ところがその場所に墓が見つからないことがざらにあった。野ざらしで放置されたのか後になって盗掘に逢い墓が破壊されたのか良く分からなかったが、そんなところだろうと見ていた。

 また、目印となっていた地名や山や川が長い年月を経て存在しなくなっていたり、一帯が森や町並みとなっていたり、湖の下に沈んでいたりと捜索は困難を極めた。だがそのことが、返ってお互いに一体感を共有できて後の仕事に役立つこととなっていた。

 そのような状況下で、よその組織が支配する一帯を捜索する場合はこつがいった。

 本当のことを言うと、足を踏み入れるのを絶対拒否されることが分かり切っていたので、「組織を開業したばかりで仕事がまだない」と本当のことを半分言い、残りの半分では「その空いた暇な時間を使って偉大な先人の墓所や昔アジトがあった場所を巡ることで、その故人の人となりを偲び、歴史に思いを馳せようと思っている」と、もっともらしい説明をしていた。

 その際、駆け出しの新人でもなかったことや、昔いた組織の名を出したりすると大概は容認してくれた。

 それでもダメなときは、団体(同盟アストラル)が出している権利書と認定書を見せると効果てき面だった。どこも疑いをかけてくることなく、立会人を一人か二人付けるならばという条件ですんなりと許可を得ていた。

 その立会人といっても、そこの組織が出してくる者は、たいていが現場の下っ端か何も知らない事務職の男女が一般的で。そのような輩は、ほとんど空気みたいな存在で何とでもなり、事を問題無く果たすことができていた。

 更に、来る日も来る日も捜索を続けていくにつれ、一つの規則性が顕著に見られるのが分かった。時代背景を映すように発見した副葬品の量と質が違っていたことだった。

 世の中が復讐を欲している時代は豪華で、そうでない時代は意外と質素となっていた。


 そのようにして墓の発掘を続けて、本家本元の組織の創業者であるところのガーロン・ヴィーとその同僚のリョー・ドロア、セブンティー・レイ、イアン・モレーの墓が最終的に残っていた。不思議なことに、いずれも墓所の所在地がマニュアルに記載されていなかったことに拠っていた。

 何も手掛かりがないのに墓の在りかを捜索するのは至難の業で、おまけに亡くなったのが二千年近く前となると、これはもはや天文学的というより他はなく。いくら何でもこれだけは捜し当てるのは無理かと半ば諦めていたとき、ガーロン・ヴィーの履歴を何気なく見ていて、ある考えが閃いた。

 それは団体の評議会副理事長にもなった彼の職歴にあった。副理事長とは団体の理事長に次ぐナンバー2であった。そのような高い地位にあった人物の墓が残っていない筈はない、記録の中に場所の記載がないのはきっと何か事情があるに違いないとの結論に達すると、ある場所にめぼしを付けたのだった。

 その場所とは、選ばれた団体のお偉方だけが眠るという霊園であった。

 即刻、団体の関係者に掛け合ったところ、当初は口が重かったものの、結果的には「今回は特別に見学させてあげよう、但しこれ一回限りだよ」と相手が折れ、指定された日の指定された時間に、指定された人数で掃除道具とゴミを入れる袋とリース(墓標や棺の上に飾る花冠のこと)と大量の花束を持ち指定された場所へ向かうと、顔には目しか見えない大きなマスク、頭はグレー色のフードですっぽりと覆い、足元が隠れるくらいの長い同色のローブを身にまとった、中世の隠者か修道士かといった格好をする一人の人物がそこに待っていた。

 その人物は、団体の委託を受けて霊園の管理をしている者ですと簡単に自己紹介すると、少し行った先に止まっていた、流線形の胴体に短い翼が上下に十二枚付いた団体専用のモダンな車両へと案内した。

 それに乗って連れていかれたのは、どこの国ともどこの場所とも見当がつかぬ、そこで吸った薄い空気がかなりな高地へとやって来ていると分かる程度の、どこを見渡しても岩だけしか転がっていない辺境の地で。そのような何もないところにあった山あいにぽかりと口を開けていた洞窟の前で乗り物が止まると、その内部へ総出で向かった。

 洞窟の内部は見上げるほど天井が高くて奥行きがあり、ひんやりとした空気が渦巻いていた。そしてひっそりと静まり返り、不思議な沈黙が支配していた。まるでそこだけ時間が止まっているようだった。

 その中を一定間隔で設置された外灯が、黄金色や銀白色の光を投げかけて辺りを照らしていた。

 それら外灯の灯りのもと、綺麗に整備された広い通路が縦横に走り、その通路の両側に、神殿、王宮、モスク、寺院、教会のミニチュア版といった感じの立派な霊廟がずらりと立ち並んでいた。そのどの造営物も白かグレーか黒の色合いに統一されてあり、案内役がいなければ迷ってしまいそうな印象だった。


 人影が皆目見られなかった中、その人物の後ろに付いて行くと、洞窟のほぼ中程まで来て立ち止まった。

 そこには予め伝えておいた時代の名だたる人物の霊廟がずらりと並んでいて、そのいずれにも古き時代の威厳が顕著に漂っていた。その並んだ中の一角に、比較的質素な神殿風の霊廟があった。それこそ探し求めていたガーロン・ヴィーが眠る埋墓だった。


「着きました。ここがそうです」と案内役を務めてくれた人物が石の階段を昇って霊廟の建物へと先に立ち入り、内部へ通じる石の扉を鍵を使って開けると「二時間すればまた戻ってきます。それまでごゆっくりなさって下さい。但し他のお墓には立ち入らぬように」と言い残して立ち去った。

 それから数分後、その人物の後ろ姿が完全に見えなくなった頃合いを見計らって、さっそく霊廟の中に入ると、壁側に陳列されていた当時の弓や槍や長剣や鎧といった武具や、壁に描かれていた当時の風俗を物語る絵図には目もくれないで、中央の墓碑の裏側で見つけた石蓋を持ち上げて、一目散に地下に造られた石窟に入った。そこまでは他の墓で既に経験済みで、難しいことは何もなかった。

 余り広くもない内部はやはりというか殺風景で、防虫防カビ対策がなされているのかナフタレンのような刺激臭がプーンと臭った。

 入口から直ぐの場所に、六つの大きな木製の箱が横並びに並べ置かれ、その奥の方には、一つの石製の棺を中心にして四方から囲むように四つの石製の棺が縦置きで並べ置かれていた。

 

 先ず否応にも目についた木製の箱を手っ取り早く開けると、中からその当時身に着けていたと思われる儀礼服やドレスといった衣装類や手織りの敷物や革製のカバンや、当時使っていたと思われる楽器や食器類や折り畳み式になったイスとかいった生活用品や、中身が入った当時の酒の器や干からびた果物やチーズや肉類が一斉に出て来た。

 それらを一通り見て、その中から売れそうにもない品は全て元へと戻し、主に金製並びに銀製に限定した、例えば皿やゴブレットやメダル類などを頂戴すると、いよいよ故人が眠る棺に取り掛かった。

 普通、複数の棺が置いてある場合、その中央が墓の主でそれ以外は主の家族か親友の場合がほとんどと相場が決まっていたので、まず両側から開けることにした。

 すると予想は見事的中していた。いずれの棺においても、薄いローブを身に着けたミイラ化した遺体が枯れた草花に覆われて、副葬品と共に納められていた。

 遺体の髪の毛の色は黒やブロンドやブラウンとさまざまであったが、腰の辺りまで達するくらい長かったことと、副葬品が短剣や杖に混じって鏡や櫛を初めとしてネックレス、ブレスレット、カチューシャ、指輪。あとレッグカバーやアームカバーの類と女性が身に着けているものがほとんどを占めていたことから、主の奥方か娘か愛人であろうと推測された。

 それらの副葬品の中から貴金属だけを急いで頂戴すると、最後に残った棺に続いて取り掛かった。すると、中には同じように枯れた草花に覆われて一人のそれほど身長が高くないミイラ化した遺体が納められていた。そしてその周りには副葬品が普通に並べられて置かれてあった。一例を挙げると、枕元には布製と革製と木の枝で編んだ帽子類、胸元にはカタビラとアンテローブと呼ばれる丈の短いローブとテンシスと呼ばれる現在のケープのようなもの。腰元には剣と杖と革製のグローブと現在のズボンのようなものと黄金色に輝く腰帯。足元には革製の現在のゲートルのようなものと靴とサンダルという風に。

 それらの副葬品は、奇妙なことに一足ずつ一振りずつ一枚ずつではなくて、全てその倍揃えられていた。

 それから見て、故人はどうやら几帳面で用心深い性格だったらしかった。

 そのような副葬品の中から最初に目を付けた帯以外に金目のものがないかとザーウインが目を凝らしていたとき、ある気になるものに意識が向いた。

 見たところ、ベルトと一体型になった何の変哲もない金属製のバックルが無造作に折り畳まれて遺体の腰のあたりに置かれてあった。しかもそれは、不思議なことに一つしかみつからなかった。

 ――どうしてこれだけ一つしかないのだ? 入れ忘れたのかな? それとも一点ものだったりしてな。


 何となく手に取って見たザーウインは、バックルに描かれた一種独特な天秤柄のイラストを見て一瞬ギクッとした。興奮が頭の中を駆け巡った。

 ――何を意味しているのか知らないが、天びんの皿が一方だけ欠けている模様は世界広しといえども、どこを探したってこれ以外に見つかりはしない。

 現物は既に失われてしまって、もうこの世に存在しないと思っていたのだが。こんなところから出て来るとは、不思議なこともあるものだ。


 ザーウインはそのバックルに見覚えがあった。組織を継承した者しか閲覧が許されない事業内容マニュアル内に目録化されて載っていたからだった。

 果たして、それの正体は魔導具だった。しかも目録化された中でも最高位に位置する。

 ――凄いお宝を発見したものだ。お宝中のお宝だぞ、これは。


 マニュアルに載った説明に拠ると、その魔導具は、いわゆるマギンズスタイル(融合)と呼ばれる機能を有するもので。その作用は、あまた知られている数多くの魔術を一つの魔術に同化させることで、今までにない進化系の強力な力が得られるようになるとなっていた。 

 そして説明文の最後に、融合する魔術の組み合わせによって、如何なるものにも自在になれ、如何なるものも自在に出現させることができることから万能型の魔導具と言って良いものだと、自画自賛で締めくくられていた。


 ガーロン・ヴィーの棺の中にあったことから、彼が普段から使っていたのに間違いなさそうだな。

 こんな貴重な品を棺に入れるなんて、入れた人間はよほどそそっかしい性格の持ち主だったのか、それともそれが魔導具と知らなかったのかのどちらかだろうな。

 ま、ヴィ―が誰にも言っておらず、秘密にしていたとしたら、普通に中に入っていても不思議でないが。

 それにしてもだ、誰かが気付くはずだ。例えば組織を継いだ者とか。しかしそれが無くて今日までここに捜査が及ばなかったことを考えると、何らかの偶然が重なり、所在不明を通り越して、もうこの世から失われてしまったと結論付けられてしまっていたのかな。

 ともかく、この俺が発見しなければ、宝の持ち腐れで永遠に墓の中だ。これは良い意味で運命だったのかもな。

 それでいうと、他にも載っていた魔導具の在りかについて、彼の同僚の墓が怪しいな。ひょっとしてそこにあったりしてな。

 この件は後で確かめるとして、これは是が非でも貰っておかねばな。


 それでは頂戴しますよ、偉大なるガーロン・ヴィーと心の中で皮肉を含んだ賛辞を贈ると、ザーウインはその直ぐそばにあった金の腰帯と剣類とバックルを何食わぬ顔で一緒くたにして回収。そのことは誰にも一切言わずに自分のものにしていた。

 それが今身に着けているこのバックルであった。

 ちなみに、その後マニュアル本の記録にあったその他の魔道具についての探索も忘れずに行った。ところがはからずも組織という壁にぶつかって断念せざるを得なくなっていた。

 それというのも、リョー・ドロアとセブンティー・レイの二人は名門組織ブイシャドウの開祖となっており。もう一人のイアン・モレーは後に移籍した組織マギナスチアで中興の祖に祭り上げられていたこともあり。そのような人物の墓の中をのぞきたいと、どの口が言えるかであった。


 千年以上も前。スタン、アストラル、クロトーの三大勢力が覇を争っていた時代。何事につけても腕力が強い発言権を持っていた時代。その時代にあって一大勢力、同盟アストラルのナンバー2の評議会副議長まで上り詰めたガーロン・ヴィーが死ぬまで愛用していた魔導具となると、その威力は計り知れないとの推測通りに魔導具は期待通りの働きをしてくれた。この魔導具の力を借りてからというもの、ザーウインはこれまで負け知らずで来ていた。

 そんな無敵であった彼でも、過度に完璧を求める余り、とある不安が常にあった。

 それは本来の所有主であったヴィーがどのような魔術を融合していたかである。魔導具は最大十個の魔術を融合可能であったのだが、例えば火と水のような相反する魔術同士の組み合わせは相殺されて効力を失う。また、似たもの同士の組み合わせも相乗効果が得ずらく返ってマイナスに働く場合があるという制約が存在したため、最大の十個を融合することはほとんど不可能に近いことで。その手掛かりでもあれば無敵なのだがといつも思っていた。

 事実、それまでに幾つもの組み合わせを試していたが、今のところ、上手くいったと感じたのは油の魔術とガス系と火系と天然由来系と再生系と偶像系の六つの組み合わせに留まっていた。


 もし負けることがあるとすれば、このことと戦闘が長引いて持久戦に持ち込まれた場合くらいだろうと高をくくっていたザーウインは、巨大な柱状の物体が四方から迫りくるという、厳しい状況に直面していたにもかかわらず、まだまだ余裕の表情で、


「これを見せると一挙に全てが片付くが、その代わりに全員を皆殺しにすることになる。せっかく示談交渉を考えていたのに残念なことだ。

 だがぐずぐずしてはいられない。早くケリをつけてしまわなければあの二人が助からない。こうなっては仕方あるまい」


 そう心に刻むと、片方の手に魔力を込め、その魔力を込めた手でランプの魔人を呼び出すようにバックルの表面をこすった。

 次の瞬間、大地が小刻みに震えると微弱な地震が発生。ザーウインが立つ周辺の地表が割れて、そこから粘り気のある黒い液体が凄い勢いで噴出すると、彼の視界を遮っていた。

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