第79話

 それから四日経った午後の昼下がり。パトリシアは片側の耳に携帯を軽く押し当てた状態で猫足テーブルの上に肩肘を突き、顔が見えない相手に向かって、明るい調子で話しかけていた。


「どう? そちらは上手く運んでいる?」


 その視線の先には、何かしら懐かしい感じの匂いが漂っていた。

 果たして彼女は、作戦室と名付けた部屋の中に一人でいた。

 長方形状をする部屋の周囲には、時代物の家具や家財道具や骨とうの類や数々の荷物が木箱や段ボール箱や袋に包まれた状態でうず高く積まれ、足場の踏み場もないくらい並べ置かれて、パトリシアがいる、その外観と様式から見て、百五十年ぐらいは優に造られてから経っていると考えられるアンティークの総革張りのソファとテーブルを覆い隠していた。テーブルの中央付近にはテレビモニターが一台ぽつんと置かれ、傍にタッチ式のキーボードと二台の携帯とノートと筆記具と、あとは銀色に輝くポットとローストされた雑穀の香りがほのかにする茶色の液体が入る耐熱性のガラスカップと、それ以外には「おみやげよ、食べて頂だい」とホーリーが置いて行った、見た目には普通の暗褐色色をする焼き菓子、チョコクッキーが五枚詰め合わせになった小箱が開けられた状態で置かれてあった。

 いつもの日課を朝から一通りこなしてからここに詰めており。目下のところ、午後のティータイムへと入った頃で。向こうも同じようなことをやっているのかしらと、連絡を入れたところだった。


『ああ、そうだなー』中年男の声が落ち着いた口調で返って来る。同じ境遇にあると思われるゾーレからだった。


『二人からの連絡がないということは、上手く行っていることなのだろうな』


「ふ~ん」


『そちらこそどうだ、上手く行ってるか?』


「ああ、そのこと」パトリシアはリラックスして応えた。


「私は何もしてないんだけど。まあ、あちらさんが上手くやってくれているし、今頃は何とかなっているのじゃなくて」


 にこやかに当たり障りなくそう返したパトリシアに、すかさすゾーレが、


『まあ二人とも、なんて言ったってほかでもないベテランだからな。二人に任せておけば安心だ、黙っていてもどうとでもなる。その点、俺の方はやっかいだ』


「それって?」


 ゾーレの言葉に一体どういうことなのと疑問を呈したパトリシアに、ゾーレの歯切れの悪い声が携帯口に響く。


『ああ、実はな、あの二人ときたら似た者同士と言うべきか、負けず嫌いで競争をするのが大好きときているのさ。それで、適当なところで見切りをつけさせてやめさせないといけないんだ。

 そうでもしない限り、自らの力にうぬぼれて、いつまでも気のすむまでやり続けるのがあの二人が一緒に揃ったときのお決まりのパターンなのさ』


「ほんと!?」パトリシアはその応えに思わず目が点になると、声を少し荒げ気味に尋ねた。


「コーちゃんて、そんなキャラだったの?」


 ロウシュは元プロのギャンブラーだったという話だから、言われなくても分かっていたが、コーに関してはとても意外だった。信じられなかった。

 ロウシュはあの気性だから十分あり得るけど、コーちゃんがそうだっただなんてね。

 とてもそんな風にみえないのにねえ。大人しい性格に見える東洋人の少女の顔を思い浮かべて振り返ったパトリシアに、


『ああ、そうだ』ゾーレがあっさり肯定すると続ける。『こう言ってはなんだが、あいつは人を見た目で判断してはいけない典型と言っても良い』


「ああ、そう」パトリシアは神妙に相槌を打つと納得したように頷いた。「ふーん、ちっとも知らなかったわ」

 

 きっと芯の強い子なのだわ。それが負けず嫌いに見えるのよ。パトリシアの脳裏にそのときよぎったコーの印象だった。だがパトリシアは知らなかった。コーは俊敏さと身軽さにおいてロウシュと優劣がつけ難いといっても過言でなく。そのため、通り魔的な無差別殺りくでは、二人は良きライバルであったことを。


『まあ、お前も(二人と)一緒に仕事をすればわかることだがな』


「ふ~ん。ところで二人から連絡あったわけ?」


『ああ、あったよ。目的の国へ無事着いたとね。こちらは雷雨だ、視界が効かないくらいに土砂降りだ。空港の外では洪水が起きているとか言ってな』


「ふーん」


『それから一日経った頃かな。計画通りに行ってる。アジトを確保した。これから眠ると連絡が入って、それからまた八時間ほど経った頃かな。今から仕事に取りかかるとまあ短い連絡があって、それから以後一度も連絡がないまま今に至っているよ』


「ああ、そう」パトリシアはふっと息を吐くと、そう言えばとゾーレの自宅に居候しているフロイスが数日前に話してくれた話が頭の中に浮かんだ。


 それに拠れば、ゾーレ達が練った作戦は、外国人の受け入れを観光目的のみに限定し、あらゆる場所に監視カメラが設置して国民を情報統制している当時国へ観光目的という理由で堂々と入り、途中で姿をくらませてテロを行うというもので。更に二人の特殊能力と特技を使って、国内の反乱分子が海外のテロリストと協力して犯行を行っていると向こうの人間に信じ込ませるというシナリオだった。

 そして彼らが選んだ犯行手口は、人的被害をどれくらい出してもかまわないから、深刻なダメージを政権ヘ与えて欲しいとの依頼をクライアントから受けていた関係で、上級市民や軍幹部が暮らす建物並びに彼等の子息が通うエリート養成学校や軍の施設、庁舎への破壊工作が主なるミッションで。それらの行為を、治安にあたる警察官や普段は市民に紛れ込んでいる公務員をあぶり出しながら通り魔的な無差別殺人を行い、国内を転々と巡って実行するという、ある意味、大胆不敵といって良いものだった。もちろん、事に当たるにあたって必要であった武器弾薬は向こうから調達して使わせて貰うことになっていた。


『だが、こちらが先方の望み通りにしてやっても、結局そうそう上手く行くはずはないんじゃないかと俺は思ってる。何て言ったって、あの国は絶対王政と何ら変わらず、支配者一族の間で後継者を決めて体制が継承されてきているのだからな。

 所詮は今のトップとその関係者を取り替えるだけで終わってしまい、国民の方は置き去りでこれっぽっちも恩恵がいかない気がしてしょうがないんだ。

 こんなんじゃ何のためにやっているのかさっぱりわからない。そのためにどれだけの人間が犠牲になることやら。手を下す側ながら、呆れるぜ。

 こんな話をしていいかわからないが、俺だったらこんな回りくどいことはしないな。

 俺だったらそう……、そこへ加えて、紙幣を印刷する印刷局とか、政府系の金融機関だとか、政府直轄の食糧倉庫、軍の武器倉庫を襲い公務員や兵士に支払う給料を中断させたり、変電所の破壊や送電線を切断して電力を遮断したり、電波塔を破壊して携帯電話通信網を機能不全にするとかして地方と中央を分断するな。

 そのようにして国民への情報操作を終わらせたあとで、あの国を支えている官僚達を捉えて、その家族の身の安全を保証する代わりに政府を解体して完全な空白地帯にしてしまうね。そうやって十年、二十年と期限を定めて保護国という形で複数の国で管理する方向に持っていくんだ。

 無理やりにそこへ新しい政府を作ったとしても、必ずと言っていいほど、実権を握った側と失った側とで支配された側と支配した側という過去の因縁から言うまでもなくあつれきが生まれて、国がますますまとまらなくなるのは、世界の国々の実情をみれば火を見るより明らかだからな。

 そうして二度と悪さをしないという仕組みができ上がった頃に、初めて再び独立国と認めてやるのだ。そうすれば国民も救われるし、国も無くならずに済む。

 それで思い出したのだが、昔であったなら、こんな国は体制の混乱に乗じて攻め込まれて即刻国民は全員捕虜となり、遠からず皆殺しにされて、国は滅亡していてもおかしくない。

 昔は一つの国自体の人口がそれほどでなかったこともあったろうと思うけれど、それが普通だった。当時はどの国もそんなことを繰り返しながら、領土を拡大して大きな国へと成長していったのだからな。

 それがいつの頃か、捕虜全員を皆殺しにするのは惜しいと思うようになって、戦利品として或いは労働力として利用できる捕虜を生かして自国へ連れ帰ることが一般化した。

 まあこれが、色々と諸説があるが奴隷の起源の一つだと言われている。

 ところが中には、育った風土と偏った教育によって他民族を下等な種族とみて一切歩み寄ってこない変にプライドが高い民族や、いつまでも怨みを忘れることのない偏狭な心を持った民族もたまにはあり、そのような輩は、例え奴隷の身分であっても自国に留め置いていたのではいつ何時裏切られて国家が脅かされるか分からない。そう案じて、それまで通り一人残らず殺したらしい。

 しかし時代を経て、一つ一つの国自体の人口が増えるに従って、全員を殺してしまうのは効率的でない、むしろ死に物狂いの抵抗にあって味方もかなりな被害が出ることが分かって。それよりも、服従するという意思表示を示させるために人質や貢ぎ物のようなものを取った上で、謀反を防ぐために政治犯のように辺境の地に閉じ込めたり経済的に豊かな生活をさせない方向で支配下におく方が理にかなっているとして、世界が揃って右へ倣っていったのは周知の事実だ。

 俺の個人的な考えだが、どの民族にも住む大陸の風土や歴史的背景から特徴的な気質というものがあると思うんだ。例えば、陽気で明るいとか、何事にもポジティブであるとか、礼儀正しいだとか、頑固であるとか、寡黙であるとか、用心深い、プライドが高い、自己中である、けんかっ早い、ルーズ、横柄、冗談好き、討論好き、神経質とかいったな。

 それから言って、歴代の党首とそのかいらいの幹部連中の発言から国民性を察するに、あの国は一言で言って変にプライドが高くって何をやっても罪悪感がない恥知らずな、そんな民族が建国した国じゃないかとか、思ったりしているんだ』


 ゾーレの落ち着いた声が携帯口に滑らかに響く。想定していた通り、その口調は回りくどくて、じっと聞いているパトリシアにはたまったものではなかった。ほんと、くだらないわ。馬鹿みたい。ゾーレったら、そんなたわいもない妄想を膨らませて時間をつぶしていたのね。私だったら、そうね……。世界のことなんて分からないからどうでも良いというのが答えよ。大概あんなのものは、きれいごとではすまされないのだからね。事実そうだし、考えるだけ無駄ってものよ。

 その間も、ゾーレの話が淡々と続く。

 

『この先、世界がどうなろうと知ったことじゃない。しかしどこへ行こうが世間の暮らしが悪化して活気がないというのはつまらなくて困るし、争いばかりやっていて住む家や家族を失うのはその民族の無知と愚かさと身勝手さが生んだ宿命だから何とも思わないが、ぼろをまとった大人や子供から死んだ目を向けられたり道端に死体が普通に転がっていたりするのはやりきれない。ましてや大地や大気や飲み水が毒で汚染されてしまって生き物が生きられなくなってしまうのはもっとやりきれない。

 それよりももっと恐ろしいというか心配なのは、あの神の一族が全人類に最後の審判を下すときだ。そのときは、正真正銘、この世が終わる時だとみて間違いないのだからな。

 そもそも俺達がわざわざ向こうの言いなりになって依頼を受けてやるのは、向こうのやり方に賛同しているからでも金が欲しいからでもない。

 話を聞いているうちに、大それた考えを持っていることが分かって、それなら利用される振りをして上手く利用させて貰おうと考えたからだ。そうして世の中をまともにできるかどうかははっきり言って分からないが、やらないよりはやるだけやって見て、少しでも神の一族が介入するのを遅らせてやろうと考えてのことだ。だが長い目で見れば、この世界はいずれにせよリセットされることになるのだろうけどな……』


 そのようなゾーレの発言にパトリシアは、なるほどね、ゾーレが妹にこだわったのはこういうことだったわけなのねと頷くと、ふうーんと思った。

 ああ、確かにその通りかもね。あそこは世界中で日常的に起こっている争いごとを平和的に解決すると同時に格差と不平等を是正する方法だとして、世界共通の法律を制定したり、世界同盟軍を新たに新設したり、各国が有する軍隊の戦力の割り当てをしたり、人口比や宗教別や民族別で国を分割・合併させたり、国家間の国境線の見直しをしたり、仲の悪い民族の移封をしたり、少数民族や難民のために特別保護区を設立したりして、今現在百二十余りある国を整理しようとしたり、世界中で今問題となっている刑務所不足の現情を解決するために一つの国を丸々刑務所の器にしてしまおうと本気で考えているところだったわね。誰もそんな大それたことはあほらしくって思いつかないのにね。

 そのような思いを巡らせたパトリシアの耳元に、尚もゾーレの歯切れの良い声が響く。


『民、道違えしとき、天、これを導きただす。世界の滅亡を記した預言書が数多くある中で、その中の一つ、カタロ聖典の最終章、世紀末審判編に記された一節だが、もしその記述が正しいとするならば、どのような基準でもって天、すなわち神の一族が民を導き、審判の判断を下すのか見てみたい気もしないではないが。まあ、そのときはそのときで、俺もただではすまないだろうがな』

  

 そこまで話すとゾーレは不意に言ってきた。

 

『さてと、無駄話はこれくらいにしておいて。ところで、そっちの方は上手く事が運んでいるか?』


 その問い掛けにパトリシアは何食わぬ顔で「ああ、そのことね」と返すと、携帯口でにこやかに笑って応えた。

 

「あなたと同じで無事到着したとの連絡が、二人からつい一時間ぐらい前にあったわ」


 次いでパトリシアは、時差の関係で昨夜の午前零時に二人がN国とX国へ向かったことを話すと、それ以後せきを切ったように、犯人達の実像は親しくなった魔物の協力によって依頼先の組織が提供してくれた資料からどうにかこうにか確認できたが、犯人達がいつどこに現れるかは不明で、皆目見当がつかなかったこと。そういったこともあり、フロイス主導で話し合った結果、資料に添付されてあった人工知能AIが過去のデータから推定した場所へ一度行ってみることに決定したこと。それについてホーリーとフロイスは不思議と案外能天気に構えていて。その際の二人の言い分はそれぞれ、


「私達みたいな業が深く罪深い人間が辿る道筋には、往々にして同じような境遇の者達が不思議と現れるのよねえ」


「犯行集団がいつどこで事件を引き起こすか分からないとか言っても、難しく考えちゃいけない。実際、雲をつかむように見えて案外そうでもないんだ。こういう場合は、強いて言うなら、これまでの経験と勘が物を言うんだ。ただ私等の場合、ブランクが長かったから直ぐに元に戻るとは限らないけどね。なーに、心配いらない、やっていくうちに何とかなるだろうさ」と、どうみても運か巡り合わせが頼りであるように思えたこと。


 そのせいなのか、遭遇する確率を上げると称して二手に分かれて捜索しようとフロイスが提案したこと。もちろん、誰も異存がなくそうすることに決まったこと。その結果、人手不足を補うために先の合同演習に参加した例のイク、ジス、レソーの三人の若者を仲間に引き入れることにしたこと。

 また三人をどう振り分けるかについては、男どもの扱いに手慣れている親分肌のフロイスがジスとレソーを、女子の面倒見がいいホーリーがイクを引き取るという形で話し合いがついたこと。

 最後に、どの国に向かうかについては、N国は今現在も国内が内戦状態にあり、普通に外国人の傭兵が入り込んでいる関係で、誰が行っても問題がなかった。一方、X国はホーリーの祖国とは陸続きで、人種的には彼女が行ってもほとんど違和感がなかった。

 そんなこともあって、N国にはフロイスの組が、X国にはホーリーの組が適任だろうとすんなり決まった。

 以上のことを持ち前のテンポの速い口調で事細やかに伝えた。

 その間ゾーレはふんふんと関心がある素振りで聞いていたが、やがて話が終わるや否や、


『あの二人が一緒に組むと、どんな難しいことだって、何でもないことのようにそつなくこなして片づけてくれるので安心して見ていられるんだが、今回はそれぞれ単独行動みたいなものらしいし。そこが少し気がかりだな』そう感想を漏らすと、『分かった、もし手が足りなくなったとかトラブルができたとかあれば、すみやかに連絡をくれ。待機組の二人(サイレレとザンガー)に頼んで見るから。きっと良い返事が返ってくる筈だ』


 そう言って、考え事をするようにうーんと黙り込み、二人の間にしばし沈黙が流れた。だが再びゾーレが、「あ、そうそう。一番大事なことを伝えるのを忘れていた」と口を切ると、成果報酬が支払われる一般的な流れとその手続き並びに管理方法について話し始めた。


 もちろんパトリシアは、その話題に時折り質問をしながら熱心にメモを取った。私も馬鹿ね。ビジネスだということをすっかり忘れていたわ。これじゃあ、ほんと洒落にもならないわ。肝心なところが抜けてるんだからと、心の中でぼやきながら。

 そしてゾーレの「もうこれで言い忘れていることはないと思う」の一言で、「それじゃあ、また何かあったら連絡するわ。ありがとう、ゾーレ」と礼を言い携帯を切ると、他に訊き忘れたことはなかったかしらと、ほんのしばらく首をかしげて宙を仰いだ。そうやって、今のところは思い浮かばないわとの結論に至ると、ほっとした気分でソファにゆったりと腰を下ろし、目の前のカップに手を伸ばして、三分の一ほど残っていた茶色の液体を一息に飲み干した。喉が渇いていたのと一気飲みしたせいで、ほとんど味は分からなかった。

 そのついでに、見た目はかなりな厚みがあって食べ応えがありそうだったチョコクッキーの一つを指でつまむと口に放り入れ、口をもぐもぐさせて喉を通過させた。 その途端、パトリシアはふわっとした高揚感とともに得も言われぬ濃厚で甘苦い感じの余韻が口の中一杯に広がったのを感じ、クッキーを一個丸々口に放り込んだことを直ぐに後悔した。ちょっと欲張り過ぎたみたい。リキュールがたくさん使われていて、チョコも正直一般のと味が違うわ。これは上品に少しずついただくもののようね。メ―カー名はないみたいだけど。どうやら作ってるお店は隠れた名店みたい。彼女ったら、気を使って、かなりな高級品を置いていったみたいね。

 しかしやってしまったことは仕方がない。ともかくも一刻も早く口内に残るくど過ぎる刺激をどうにかしなければと、パトリシアはステンレス製のポットからガラスカップの目一杯まで茶色の液体を手早く注いで、今度は味わうようにゆっくりと飲んだ。すると、口内が何ともなくなって、それまでの不快感が嘘のように消えていた。嗚呼、これですっきりしたわ。

 それからパトリシアは、何を見るとはなしにリモコンを操作して、テレビモニターの電源を入れた。自宅の随所に設置された防犯カメラの生映像がモニターの画面に映し出される。当たり前といえば当たり前であったが人の姿はなかった。

 パトリシアは気晴らしに足を投げ出すと、テレビモニターの画面をぼんやり眺めながら、ため息をついた。


「本当に不便ね。こちらから連絡できないなんて」


 ロザリオ時代からの約束事で、メンバがー一旦任務に取り掛かると、緊急の用事以外は、外から彼等に連絡できない決まりだった。

 メンバーのそれぞれが豊富な経験と優れた技術を持つ、いわゆるプロフェッショナルな存在であったこともあり、本人たちの裁量に任せる方が外から余計な口出しをするよりも確かで効率が良いとみた結果であった。


 続いて、「パティー、気長に待つと良いわ」「パティー、ちょっと出かけてくる」と、それぞれ言って旅立っていったホーリーとフロイスの二人へ思いをはせると、そのついでに三人の若者のことが気になって、パトリシアの頭をよぎった。


「別に心配するわけじゃないけれど、あの子達、うまくやれるかしら。二人の足を引っ張らないと良いんけれどね」


 パトリシアはこれと言って意識することもなく腕組みをすると、ソファの背もたれにもたれかかり、今の思いをひとりごちた。


「何事もなく片付いてくれたら良いんだけれどね……」


 彼女にとって退屈な時間が、まだ始まったばかりだった。

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