第3話

 綿のようなふわっとした雲が垂れ込め、太陽がどこかに隠れた空の下、黄緑一色におおわれた丘陵地帯。その谷あいの路を一台のワンボックスカーが慎重な運転で進んでいた。薄汚れた白いボディの車に四人の男女が乗り込んでいた。ダイス達一行だった。この日は珍しく薄紫色のネコも一緒だった。

 先日のこと。清掃作業の請負の仕事で全員が地方へ出張した際にみんなで話し合い、スタントマンの採用募集へ応募することに決めたのだった。

 ちなみに彼等は車を利用する場合、全員の席がほぼ決まっていた。先ず運転ハンドルはダイスが握り、その横の助手席にはイクが。後部座席にはジスとレソーが乗る決まりになっていた。もしも彼女がいない場合は、助手席はいつも空席にしておいた。だが、ただ一つ例外があった。ネコの姿をした生き物が同行する場合である。外出するときはイクと常に行動する生き物が一緒に乗る場合に限っては、生き物の“目立つ場所は困る”の一言を受けて、イクとレソーが入れ替わっていたのだった。


 片側一車線の舗装路は中型プロペラ旅客機が余裕で着陸できるかもと思えるほど幅がある一本路で、切り立った崖の傍を通る曲りくねった大きなカーブと速度制限の電光標識がなければ、距離的に見て、時速五十マイル(時速八十キロ)で一気に走行すると目的地まで三十分もかからないような距離であった。

 だが、時速三十五マイル(時速五十六キロ)までと速度制限があったことで、その倍以上の時間を要することは明らかだった。


 ほんの数分前、基地の窓口となっている出先機関の建物で、基地へ入る手続きを済ませてきたところだった。

 当初、基地まで直接出向き、その門前で手続きをするものと思っていた。ところが、ネットから得た情報から事前に目的地を調べると、そこはニュークライストという一都市の中心部だった。

 そこで、いつもと同じように時間計算をしたダイスは、朝の五時前に家を出発していた。そうして二時間ほど走って市内に到着したときは、まだ時刻が早いのか、通りの店舗はどこも軒並みにシャッターが閉まっていた。だがあいにくと周辺は朝のラッシュ時の真っ最中だった。

 車が混雑のために通りで停滞する中、バスターミナルは待つ人の波で一杯で、バスがひっきりなしに優先道路を往来していた。この時間帯だけは不景気という言葉が当てはまらないようだった。

 よそ行きの格好で仕事先や学校に向かう人々の雑踏を、自分達とは違う人種だと、ダイス達は何気なく違和感の目で眺めると、住所通りに都市部の中心へ向かったのだった。

 すると、中心部へ行くにつれて、行き交う方向の一方側だけが込んでいてダイス達が向った先の方向は比較的空いていた為、思いのほかスムーズに目的地へ到着することができていた。

 ようやく辿り着いたその住所は、大ざっぱに言えば、東西に並行して伸びている二本の幹線道路と、同じく南北に伸びている二本の幹線道路に囲まれた区域。もっと具体的に言うなら、高層ビルのような役所と警察の建物。五つの高い尖塔が立派な教会。外観がホテルのような病院の建物とそれより少し小規模な本物のホテルが立ち並ぶ狭間にあった。

 だが直ぐに見当がつくものだった。問題の場所は、他の建物と違い周囲が高い塀で囲まれてあったことと、敷地の門前には警備員ではなく重装備をした迷彩服姿の兵士が立っていたことからだった。

 さっそくダイス達は、直ぐ近くの道路と見間違えるほど細長い駐車場に車を止めると、門が開くのをじっと待った。午前八時四十五分だった。どうやら一番乗りだったらしく、他に待つ者はいなかった。

 午前九時に門が開いたのを待って、事情を説明して中に入らせて貰うと、そこは別天地のように思えた。

 前面に、五万人ぐらいが一度に集会を開けそうなとてつもなく大きな広場があり、その奥の方に、大きな円柱の柱で梁を支えるギリシャ建築様式で作られた玄関がある地上百フィートはありそうな白亜の建物が堂々と建っていたのだから。

 その上、壁面や細長い形状をした窓の辺りに細かい彫刻が施されてあることなどから、建物はあたかも長い歴史を誇る美術館か政府の公邸か迎賓館と思わせるぐらいの立派なものに見えたのだった。

 歩いて向かう途中でふと建物の端を見ると、その片隅に四、五台の観光バスが連なって止められているのが見て取れた。そのことなどから、先客がいるのかと思われたが、玄関口に二か所見られた扉の内、本来の出入口と思われる鮮やかな青と金色で彩られた木製の立派な扉でない方の、おそらく通用口と思われた自動ドアから入ったロビーには青色をしたベンチソファが並べて置かれてあるだけで人影は無く。室内は、一番手前に受け付けがあって、その横に監理部広報課、総務課、施設課、保険年金課の表示があるガラス貼りの部屋が連なっているという役所のそれとそう変わらない殺風景なものだった。

 それを見たダイスは、この建物は基地の出張機関か何かのようだな、と見なしていた。

 だが不思議だったのはロビーの掲示板にスタントマンの募集の広告ポスターが一枚も貼られていなかったことで。賞金の八百万ドルは大金なのにどうしてないのだろうとダイスはふと疑問に思ったが、直ぐに何か事情があるのだろうという答えに落ち着き、気にも留めていなかった。

 ダイス達が受け付けの方に向かうと、外で見た軍服に銃という重々しい雰囲気と打って変わって半袖の白いシャツにノーネクタイといった比較的普通の格好の男が正面に腰掛けているのが目に入って来た。

 その人物は、シャツからはみ出た首から上及び両腕がこんがりとこげ茶色に焼けており、おそらく外で長く勤務していたのだろうという印象だった。

 さっそく受け付けの席の前に立ったダイス達が何かを言おうとしたとき、ちょうど中にいた人物が先ににこやかな笑顔を向けると声を掛けて来た。


「ここへはどういう御要件で来られましたか?」


 至って事務的な物言いだったが、その声はかなりのベテランの兵士か何かがここへ移動して来ているのだろうと思わせる年期の入ったしわがれ声だった。


「実はそのう……。ここが会場の受付ということでやって来たのですが、後どうすれば宜しいんでしょう?」


 そう言って、予めジャケットのポケットから取り出してあった例の文言が載る紙面をダイスが遠慮がちに男の目の前に差し出すと、相手は一瞬にしてにこやかな表情を引っ込めるや、びっくりしたように目を見開き、やがて急に不機嫌そうに顔を曇らせて目を逸らせたのだった。

 男のそのような表情の変化について、ダイスは、自分は白のシャツの上からオーク色のジャケットを着て濃グレーのズボン姿だし。他の三人は何れも下は色落ちしたデニムのパンツとズック靴。それに上ときたら、娘は白のブラウス。ジスは黄色のTシャツでレソーは縦縞のシャツ姿だ。だから、てっきり新人募集の申し込みに来たのだと考えていたのが当てが外れてがっかりしたのだろう、と思っていた。 故に全く気にせずに待っていると、やがて「はいはい、そうですか」と男が分かったように口を開いた。


「判りました。ではあの訓練の……。そうしますと見学の方で?」


 言葉使いは丁寧だったがどこか険のあるようなきつい言い方だった。だがダイスはそれも平然と聞き流すと、


「すみませんが、私共は見学じゃありません。私共は参加させて貰おうかと来たわけでして」


 そのとき、男の表情が強張った。「すると……」


「はい」


 はっきりと通ったダイスの短い返事に、ちらっと目の前の四人を睨むように見た男は、「そうですか」と沈んだ声で呟きながら再び目を逸らした。それから目の前のパソコンの画面に目を落とすと、黙々とパソコンのタッチパネルを操作した。次に男は、直ぐ横のブックスタンドにずらりと並んでいたファイルの束から赤い色をした薄いファイルを選んで取り出すと、表紙を開いて、画面とファイル内の中身とを見比べるようにして何かをチェックをしているようだった。

 その間、一分ほど要して、やがて男はパソコンの画面を見つめながら例の枯れた声で告げたのだった。


「その紙面を見たというからには分かっていると思いますが参加料を収めて貰う決まりになっています。あなた方様は四名様ということでしたので改めて確認させて貰ったのですが、それによると総額で千ドルとなります。尚、参加料はここでも収めて頂くことができますが、どうなされます?」


 そう尋ねてきた男に、「あ、そうですか……」と応えながら一瞬、聞き間違いかとダイスは耳を疑った。

 聞いていると四人で計算しているようだったが総額が千ドルとは不可解だ。資料では一人に付き千ドルということだから単純計算で四千ドルになる筈が、一人分の千ドルとは、計算間違いの何ものでもない。そう思ったダイスは、その実直さから思わず訊き返していた。


「あのう、千ドルで宜しいんでしょうか? 確か一人当たり千ドルの申込金が必要なら四人だと四千ドルじゃ……」


「ああ、そのことですか」男はこともなげに応えた。「一人ずつ別々に申し込まれますと、確かに一人千ドルの参加料が必要になります。四人ではおっしゃる通り四千ドルが必要です。ですが、この募集には裏メニュー的な特例が設けられていまして。六名様までの団体で申し込まれますと、総額が千ドルで良いようになっているのです」


「ああ、そうですか。なるほど」


 単純明快な男の説明に、ダイスは得した気分で、納得したように頷いた。

 当初、千ドルという高額な費用のことを考えたダイスは、向こうへ着いた時にジスとレソーの二人の中で調子の良いと思う方に出て貰って、もう一人には辞退して貰う予定にしていた。ところが、ここまでやって来る途中で娘のイクが、私も是非参加したいと言い続けてきたため、「男と同様の危険なスタントができる女のスタントマンはそういない筈だから娘の方が脈があるかも」と欲が出て気持ちが揺らいでいたのだった。だが娘を出場させた場合、えこひいきになりはしないかと考えると、結局、三人を出場させないわけにはいかなくなる。そうした場合、合計三千ドルが要る。だが三千ドルは大金だ。ではどうすれば良い?

 そのようなことを考えながら、申し込む寸前まで何人にしようかと悩んでいた矢先のことだったので、これで頭がすっきりした気分になっていた。


 すぐさま相手が、「どうなされます」と催促して来た。ダイスは片方の手の中に二つに折り畳んで握っていた紙幣の束から百ドル札を十枚、入念に数えてから受け付けの前に、「これで」と差し出した。それを確認もせずに無表情で受け取った色黒の男は、紙幣を机のどこかにしまうと、次に足元の方から、予め用意していたと思われる多少ぺちゃんこ気味であったが確かに中身の入る無地の紙袋を立てた状態でダイス達の目の前に置いた。

 中には、首に掛けるようにと細い紐が付いた磁気カードとペンくらいの大きさの白のフェルトペンが二本と小冊子が入っていた。


 そして、四人が見ている前で男は別に用意していたと思われる紙袋の中身と同じものを手に取ると、一つ一つ丁寧に説明して行った。

 それによると、紐が付いたカードは、臨時に基地を通行できるパスで、基地に出入りする際と兵士が許可証を求めて来た場合は、必ずその当人に提示するようにと念を押したのだった。

 その次に手に取ったのは、ペン先の先端が針のように細くなったフェルトペンで。二本あるのはインクの色が褐色と緑色の色違いだからとのことだった。

 それで、その用途は、本人の確認と訓練の前後で入れ替わりなどの不正を防止するためで。その使用法は、二色のペンを使い本人であるという証、性別と応募番号と登録名を身体にマーキングするというもの。もしこれを怠ることがあれば即失格になるということだった。

 ちなみに印を入れる場所として歯は必須。それ以外に手首、足首、首筋、胸部、臀部、太腿部の何れか三か所以上に記すというものだった。

 また補足として、インクに使われている染料は人畜無害で空気に触れて十分もすれば消えて見えなくなる。だが特殊な機器を使えば容易に判別できるので気にしなくて良い。そしてその効果持続期間は七十二時間でそれ以上の時間の経過で完全に消滅するということも忘れずに付け加えたのだった。

 そうして最後に手に取ったのはA4サイズぐらいの大きさの、それ程厚くない小冊子で。黄・緑・青の三色の四角形で構成されたチェック柄の表紙から、何かの雑誌か教科書のようにも見えたそれは、その予想にそれほど違わず、基地を説明したパンフレットということだった。事実、四人の前で男がパンフレットの表紙をめくると、基地のおおよその見取り図が現れ、次のページには基地の沿革と歴史。その次には基地の特色と題して白黒及びカラー写真と共にびっしりと文字が羅列されていたのだった。

 男は、決まりになっているので読んで措いて下さいと言って締め括った。そのときダイスは、ここはやはり基地の出張所のようなものだな、と理解したのだった。


 基地へのルートを聞きお土産の紙袋も貰い、ここでの用事はこれで済んだな、と判断したダイスの心はもはや基地の方へ向かっていた。話が途切れたところで礼を言って早くここから立ち去ることだけを考えていた。だが彼の気持ちをよそに、この日はダイス達の他にはまだ誰も来訪者が来ていなかったせいなのか、他の部署の係の者の階級が男より遥かに下であろう十代後半から二十代前半と思われる若い男女で占められているようであったことなのかその辺りは定かでなかったが、男は「ところで」とはやる彼等を足止めすると話題を変えて、今度は基地の自慢話を、言われてもいないのに得々と話し始めたのだった。

 その内容は、――全国各地に陸海空の基地は数あるけれど、どの基地一つとっても全く同じ機能を有するところはない。だが現在、傍から見ればどれもほとんど同じように見える。それはどうしてかというと、今はかつての時代より役割の複合化が進んでいるからだ。

 昔は、何でもかんでも完全分業制が最高でこれの右に出るものはないと言われていた時代で。 軍のほうでも例外でなく、有事が起こった際に最大の成果を上げる手法として、其々の基地ごとに役割分担方式が採用されており、どの基地もそれぞれ特徴があった。例えば、要塞機能を有し軍隊が作戦展開を行う前線の基地。兵器・弾薬・燃料・食料を貯蔵保管する、いわゆる補給を主に行う基地。捕えたテロリストや捕虜を収容する収容所の役割を担う基地。主に新兵器の実験開発を行う研究基地。即戦力の兵士の育成と将来の幹部を養成する目的で設立された基地。主に軍事演習を行う訓練の場としての基地、などだ。

 そういうわけで、我が基地は即戦力の兵士の養成が目的で設立された。もう少し詳しく言うと、直接、作戦や戦闘にあたる前線の部隊を養成するのではなく、昔から戦況の優劣を左右すると言われた、前線部隊の後方で援護を行う兵站部隊を養成するのが目的で設立された基地なのだ。

 また単に兵站部隊の養成と言っても、兵士・弾薬・食料の輸送全般、爆破工作、地雷の敷設、情報収集を行う、いわゆる戦闘支援の部隊を養成するのと、負傷者の処置や道路の建設や橋を掛けたり壊れた建物や塔を修復したりするのが任務の部隊を養成する二通りがあって。我が基地は任務自体が地味で比較的危険度が小さい後者の方だった。そのためなのか、基地としての評価は他の基地と比べて、それほど高いとは言えなかった。

 ところが社会情勢が変化し、占領することより占領した後のことに重きが置かれるようなってから我が基地への注目度が一変した。つまり、占領した地域を平和裏に維持するための専門の兵の必要に迫られ、我々の方にその意向が回って来たのだ。

 そういう訳で、今では、占領した現地のインフラの整備、病気感染の予防、そのとき大量に出ると思われる失業者への対応、現地の子供の教育などに当たる技術兵を養成する機関として基地は躍進を遂げている。

 またそれだけではない。教える側と教わる側のバリエーションも広がり、軍事演習や実際の戦闘中に体に障害を被った兵士や関係者はもちろんのこと、除隊後の将来を見据えて資格を取りたいとか手に職をつけたいと希望する他の基地の人々にもアフターケアとして対応しており、彼等を支援したりする場としても基地を解放している。こう言った基地は全国広しといえども、我が基地以外にそうないだろう。

 ……ところで、そうはいっても本来の兵士を養成することを基地は放棄したわけではない。それらと並行して、寧ろ、後方支援という枠から外れた本格的な訓練を行い、有事の際に役立つ兵士を養成することに力を入れている。

 例えば……


 尚も男が、「例えば」と具体的な例(この具体例こそ、これから基地内で何が行われるか真相を知っていた男が、その内容のヒントを吐露しようとしたものだったのだが……)を出そうとして、そこで話は終わった。入口の自動ドアから入って来る人影が見えたからだった。

 そこへ現れたのは、共に色が黒い二人の男と松葉杖をついた若い男で。杖をついた方は片方の膝から下が欠けていた。今日二組と三組目の来訪者だった。


 そのようなわけで、手続きに十五分ほどしか時間が掛からなかったにもかかわらず、向こう側の一方的な喋りで二十分ほど足止めを食って、こうして今現在、行き先で何が行われるのか知らないまま、車を走らせているダイス達一行だった。


 車中では、三人の若者が、もう賞金を手にしたかのように、ご満悦な表情を浮かべていた。

 それに比べて、同様に、まだ手に入れてもしない金のことを考えながら運転するダイスの胸中は複雑だった。

 実は、三人には八百万ドルの賞金が貰えると伝えてはいなかった。彼等にはその十分の一の八十万ドルが貰えると言ってあったのだ。

 もしそんな大金を一度に手にしたなら深く考えもせずにこれから働かなくて良いんだと思い込んで会社を辞めてしまう恐れがある。そうなった場合、あいつ等の将来にも良くないと、これまで仕事一筋でやってきた彼らしい考えから来たものだった。だからと言って、八十万ドルも同じように大金であることに変わりはないことは、車内でそのような大金をまだ見たことがないと口々に言っては、うきうきしている彼等が証明していた。

 もし賞金をゲットした場合。娘のイクについては、「お前は俺の後を継いで次期社長になる身なのだから賞金は全て会社の運転資金に回すのが務めだ」と言って賞金を旨く諦めさせるつもりだった。あいつは親の俺には素直に従うから直ぐに納得して聞いてくれるだろう。

 一方、ジスとレソーの二人とは、その実、既に話ができていた。

 二人を前にして、


「たった二時間ぐらいで稼いだ大金は出て行くのも早い。その良い例が、たまたま高額ロトくじを当てたとかカジノで大儲けした口だ。そのような連中はみんな、それまで見たことのない大金を持ったことで一辺に舞い上がってしまって、身分不相応な使い方で金をデタラメにばら撒き、あっという間に元に逆戻りかそれ以下の生活に落ちてしまう。それどころか気の弱い奴なら思い余って自殺したりもする。お前達、そんな話を良く聞くだろう。

 しんどい目をして稼いだ金は、誰だって良く考えてから使うもんだ。それに比べて、楽して得た金は直ぐに右から左に消えて行くもんなんだ。

 だからそうならないために俺からの提案だ。会社に全額預けて、給料とは別に利息として毎月一定額受け取るというのはどうだ。そうすれば今の給料が、毎月の仕事がそんなにないときでも一定額で渡せると思うんだが。どうだろうな。

 賞金の方は、お前達の為を思って預かるだけだから、辞めたいと言えば直ぐに全額返そう。それでどうだ」


 と、旨く行くかどうか心配だったが一応説得してみたところ、日頃からお金の重要さを十分身に染みて知っているジスには効果的であったようで。彼はすぐさま納得した。これで一辺に助かった思いだった。そのお蔭で、どちらかといえば優柔不断なレソーが釣られて同様に賛同したのだから。


 ただ一つ残った問題は、賞金の本当の額をどこまで隠し通せるかだった。

 ジスとレソーの二人に、悪銭身に付かずの立派な人生訓を披露したダイスだったが、自身は無意識に大人の事情。つまり、置かれた現実に支配されていた。

 先ず八百万の賞金のうち、その五分の一を負債の返済に回して借金をちゃらにするんだ。次にそこから八十万を差し引いた残りを資金にして、別の場所に会社の新しい建物と作業場と倉庫を建築し、それまで仕事に使うトラックや重機や備品をレンタルで借りていたのを自前で購入し、さらには社員数を今の二人から五十人ぐらいまで増やすんだ。

 だが、あの豪華な建物に着いたとき、一瞬、嘘がばれるのかとハラハラした。映画関係者がスポンサーであるなら、宣伝のためのポスターやチラシが派手に壁に貼ってあってもおかしくなかったからだった。その場合、八百万という数字をきっと目につくようにでかく強調しているのではないかと配していた。だがしかし、建物の外にも内にも貼っていなかったので内心ほっとした気分だった。

 そう考えていくと、一番心配なのはやはり賞金を受け取るときだな、と思っていた。

 賞金の受け取り方はどんな風なやり方をするのか知らないが、盛大に行われるとなると、一番可能性があり得るのは、人が大勢見ている前で一抱えもあるパネル状の小切手で支払うような演出をするのがそうだ。そうなると直ぐに嘘を付いていたのがばれてしまう。

 だがそのときはそのときだ。俺が悪かったと正直に認めるより、数字のゼロを一つ間違えていたとでも言い訳する方が無難だ。後は、どんなに仕事がなくたって一定の給料を払うとかで解決する他ない。それでもダメなときは暫く頭を冷やそうと言って、仕事を一週間ほど休んで、身近な所へ旅行へでも連れて行ってみんなで楽しく過ごせば、あいつ等の性格ならどうにかなるかもな。

 そう考えをまとめたとき、それまで抱いていた心の重石がとれたような気分だった。


 相変わらず、空はまだ曇ったままだった。濃グレー色をしたアスファルトの道路の両脇には黄緑色が鮮やかなブタクサやギシギシやスギナのような雑草が密集して生えているのがずっと続いていた。どれも田舎道をずっと走っているときに何気なく見かける野草で、何の変哲もない光景だった。

 それ以外で出現するのは、ドーム状の監視カメラが設置された街路灯と、路の両端若しくは片側が険しい崖になっているときだけに姿を現す落石防護のフェンスと、通行速度の上限と下限を同時指定する標識ぐらいなものだった。右を見ても左を見ても家一軒見当たらなかった。


 やはり基地は相当奥まったところにあるんだな、とダイスが思ったときだった。途中の路辺で、おそらく検問所と思われた三つの四角い箱をピラミッド状に積み上げたような建物が見えたかと思うと、直ぐに視線から遠ざかって行く。

 その辺り頃から急に目にくっきりと焼き付くようだった黄緑色の色彩が途絶え、濃いベージュ色の岩肌が目立つようになってくる。気が付くと路は緩やかな上り坂となっていた。 

 路は曲がりくねるように丘陵の頂上部へ向かっているようだった。


 更に十分程走ったときだった。いつの間にか晴れ間がのぞいていた。路は身晴らしの良い下り坂となっており、尚も進んでいくうちに、突然、前方の視界が百八十度以上開けたかと思うと、目の前に丘陵のふもとの景色が見えてきた。

 先ず目に入ったのは直ぐ前方に現れた、見渡す限り緑の大地で。そこには、おそらく羊の群れであろう白っぽい塊が数か所に渡って小さく見え、別の場所には牛の群れらしき茶色の塊が、同じく草を食む姿が見え。また反対側には何かの畑か樹園であろう、碁盤の目のように区画化された中に緑・黄・黄緑・深緑色と云ったカラフルな大地が見えていた。

 その奥の方には、極細の木の枝のようにしか見えないが、おそらく一棟の長さが千フィート近くあるものと思われる細長い半透明のソーラーハウスの建屋。塔か煙突とおぼしきもの。工場か倉庫のもののように思われる青や赤や白や黄色をした四角い屋根。レゴブロックの基本パーツのような形状をした高層建物群などがパッと通っただけで見えてきたのだった。

 その光景は、自然と共生する都市、田園都市というべきものだった。

 そして更にその遥か奥は、露天掘りの鉱石採掘場の跡地のような荒涼とした別の丘陵が幾つも迫るように広がっていた。

 それらをひっくるめて全体を見ると、本当にあそこに聞いてきた基地があるのかと疑う程ののどかな光景で、鉱山開発を主にしてできた都市とほとんど区別がつかないように思えたが、ほどなく向こう側の丘陵付近ぎりぎりに複数の軍用機の機体がエンジン音や羽音を響かせながら超低空飛行しているのが見え。ようやく一同は、基地はあの辺りにあるのだなと、その存在を納得したのだった。

 けれども、基地へは既に到着していて、その敷地内を走っているのだとは夢にも思っていなかった。

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