第9話 決別

その9 決別


コツ、コツ、コツ…… 白い廊下に足音だけが響く。


鉄筋コンクリートの建物。コーティングされている廊下は、陽に照らされぬ限り夏でも冷たい。

壁をぶちぬいて日光が直接あたるようにすれば、どれだけ高温になるだろう。


「目玉焼きでもできそうだな」

コーティング剤に含まれる化学薬品の臭いがしみついて、とても食べられたものではないだろうが。


男は窓から空を見上げた。

美しい男だった。女と見まごう、性別を超えた圧倒的な美しさだ。

その瞳は哀愁をただよわせつつも、奥には燃える炎が垣間見えた。


青い空はどこまでも青く。先だってまでの、ほんの少しグレーを混ぜなければ再現できなかった空とは全く異なっている。

これが「空」なんだと、男は改めて思う。



大都会に響いているのは今や男の足音だけ。


神に祝福されたのか、見放されたのか。

現在の状況はどちらでもないことを男は知っていた。


何万人の人がいなくなったのか、把握はできない。

おそらく「億」単位だろうと、男は見込んでいる。


「その時」男は悩んだ。

目覚めた時には誰もいなかった。

自分が何であるのかわからなかった。

部屋にあった資料で、この細い棒は腕と知った。太い方は脚だ。用途も理解した。

場所を変え、様々な扉を開け、自身がヒューマン・ビーングの一種らしいことを把握する。

メモにあった通り、地下室におもむく。そこで脳にケーブルをつないだことで自我が発動した。


さて。

男は考えた。

苦しみ抜いて生きるか、潔く死ぬか。おそらく後者の方がずっと楽だろう。

しかし天の使いのごとき外見の彼は、前者を選んだ。



もうこの星は生きていない。地殻活動を終了した。自転はしているが、地面の下で惑星は生きてはいない。

これが地上に住むものにどれほどの影響を与えたか、見てのとおりだ。

あるものは自ら命を絶ち、あるものは崩壊する建物と運命を共にし、

争い、破壊し、自滅的発想に基づく行動に固執した。

地軸の傾きに大いなる変動があったわけではない。突然自転が逆方向になったわけでもない。たかが地殻活動が終わっただけであるのにこの有様だった。冷静な者は削除された。地球は死んだ、この世の終わりだと騒ぐものだけが表面を覆ったのだ。




男は、覚悟を決めた。

サンプルはある。知恵も知識もある。

彼には汚れた空気も、大地も、生物が存在し得る状態に戻すことができる。

ならば可能ではないか。

この地球で、なんとかもう一度と人類という種を繁栄させる業を為すことが。

人類だけではない、動植物も昆虫も魚類も、全て。



神とも地球ともとうに決別されていた人類は、気づくのが遅かっただけなのだ。

そして気づいたならば、今一度、生きることにかけてもよいではないか。



人として。


人ではないナニカに頼ることなく、真実、人として。



男の瞳に浮かぶ炎が、一層力強くかがやいた。

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