第3話ある小さな絵描きと小説家の会話。
「絵を描くのと、小説を書くのって隔たりがあるのかな」
と、彼女は言った。
「だってどちらも『世界』を表表現しているんでしょう? だれかの、なにかの。その形態が違うだけで根っこはおんなじだと思うの」
僕は小説家だ。彼女は絵を生業としている。
この二つは似て非なものと思っている。
しかし、彼女は区別がつかないと言うのだ。
「僕、絵が描けないよ。君も知っているだろう? 何かを書いてもどっかの国の遊園地にいるニセモノ以下の出来にしかならない」
「あなただって描いているじゃない。わたしは知っているわ」
頬杖をつきながら、彼女はにっこり微笑んだ。
「あなたは言葉で絵を紡いでいるのよ。わたしにはそれがはっきり見えるもの。こう、目の前にアナタの描いた世界が見える」
彼女は大きく両手を開いた。
その内側に僕の描いた「絵」があるという。
僕には見えないその絵は、彼女にはどんな風に見えているのだろう。
「わたしも同じように絵を書いてお話を紡いでいるの。絵を描くのって小説を書くのととても似てると思うの。あなたが毎日毎日小説を書いているのと同じだと思っているわ」
彼女の語りはむずかしい。哲学的ですらある。
その中に、なにか光る真実があるように思えてならないのであるが。
「たしかに君の描くものには物語があるように感じることが多いけれど……、でも小説と絵だよ」
「『世界』よ。あなたもわたしも、世界を生み出しているのよ」
彼女は譲らない。
一体彼女はどんなものを見て生きてきたのだろう。何を見て、何を感じて。
自信たっぷりに語る彼女に、僕はただ惹かれるばかりで。
「『世界』を語るのに、どんな手段を講じたって何の隔たりもありはしない。そうじゃない? わたしはそう思ってるわ。そう信じてる」
これから彼女は何を見て、何を感じて生きていくのだろう。
僕も同じ『世界』を知りたい。見てみたい。そして感じたい。ずっと。
「ねえ、君。ところで話があるんだけど」
そう言って僕は、ポケットに忍ばせておいた小さな箱を取り出した。
中にやがて僕らの『世界』を包むことになろう、銀色のリングが入っている。
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