足元にライト照らして 6
夜の音楽室で、髪を乱し血走った眼でピアノを弾いていた女性が逢坂先生。
改めて逢坂先生を見る。長い髪、はっきりした目元。
「先生って、もしかして僕たちが帰った後もここで練習しているんですか?」
篤志が聞くと、逢坂先生は「そうよ、当たり前じゃない」と答えた。
「授業をするのも、吹奏楽部の顧問をやるのも、練習が不可欠よ。それ以外にも準備が必要で、先生たちがいないときの方が都合がよかったから伴奏練習はその後になるわね。久葉中は北の方に山があってそこまで民家には響かないみたいだし。合唱コンクール前はもっとよ」
逢坂先生は静かに言った。
「もしかして髪を下ろして練習しているんですか?」
牧羽さんが聞く。
「ええ」と返事があったので、「やっぱりね」と牧羽さんがつぶやいた。
「どういうことだ?」
「あの髪の量だと縛っているだけで痛いこともあるわ。普段は身だしなみを気にしたり広がると邪魔になるから縛っているんでしょうけれど、そうでなければ髪を下ろした状態でいてもおかしくはないわ。だって人目はないんだもの」
ああ、そういうことかと篤志は頷いている。
「先生って、結構明るい色のファンデーションを使っていますよね?」
澄香も質問する。
「そうなのか?」
なぜか慌てふためきながら澄香は答えた。
「ああ、それはね、血走った眼っていうのは、アイシャドウのせいか目の充血かは分からないけれど、逢坂先生、口紅の色は薄いし、肌の色も明るめだから、余計に強調されちゃったのかな、なんて」
澄香の観察眼に感心した。よくよく見てみると目の方ははっきりわかるのに、唇の方は化粧品のCMのように赤くはない。そういえば口紅は赤いものだけではない。
「あまり口紅は使わないのよ。リップを塗ることも多いから。ファンデーションはもともと肌が白いからっていうのもあるけれど」
逢坂先生は俺たちに若干背を向けて答える。
「そんな状態で練習していたところを用務員に見られてしまい、面白おかしく語られてしまったんでしょう」
冬樹先輩はそういう。
「でもなぜそんなことに?」
「もしかして戸締りのことを言われたのがその日のことだったのかも」
俺はそう言うと、逢坂先生は完全に僕たちに背を向けた。
「音楽室で練習しているのだから、鍵は閉めなくてもいいと思ったのよ。ところが用務員の方が来てしまった。私が説明する間もなく逃げてしまったのが原因でしょうね。教員とはいえ、まさか誰かが残っているなんて思いもしなかったのでしょうけれど。
翌日来たら戸締りがなってないと注意されたわ。危うく警察に届けようとも言われてしまったのだけれども、準備室は鍵がかかっていたことが証明済みで、音楽室も備品に異常がなかったためそのままになったのよ。あのまま通報されていたらとんでもないことになったわ」
逢坂先生は持っていた懐中電灯を点けた。
「気が済んだなら帰り支度をして、職員室に一緒に来なさい。あなたたちのためでもあるわ」
どうやら送ってくれるようだ。僕たちは逢坂先生について行くことにした。
「篤志」
職員室に向かう途中、俺は篤志に小声で話しかける。
「何だ?」
「音楽室の件だけは、聖斗たちに伏せておかないか?」
頑張っている人を笑うのは、間違っていると思う。
「そうだな」
篤志はそう言った。
明るい職員室の方から田村先生の声が聞こえる。
「お、来たか!
――おや、逢坂先生! すみませんねえ」
逢坂先生は「どうも」と返事をすると、手にしていた懐中電灯を消した。
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