足元にライト照らして 5
亡霊の正体は懐中電灯で自分を照らした冬樹先輩だった。
「冬樹先輩、驚かさないでくださいよ!」
「心臓が止まるかと思いましたよ!」
「そんな昭和みたいな芸当やめてください!」
「どうしてここにいるんですか!」
俺、澄香、篤志、牧羽さんが思い思いの言葉をありったけの声でぶつけた。冬樹先輩は懐中電灯を消すと、「まあまあ」とみんなをなだめて教室の奥まで誘導すると、教室の電気を点けた。
「放課後田村先生から呼び出されてね。気づいたら研究部の名で残留届が出されているが何をやるか、って問いだたされたんだ。何も聞いていなかったから知りません、と答えると、部長なんだからそのくらい管理しなさいと叱られてしまって。昨日は学校を休んでしまったし、委員会に出ていたから昼休みもほとんどなかったようなものでね。すぐに行動できればよかったんだけれど……」
だから探してもいなかったのか。軽率だった。
「勝手に残留届を出して迷惑をかけてしまい、すみませんでした」
篤志がそう言って頭を下げると俺たち3人も「すみません」と謝る。俺たちが勝手にやりだしたことで冬樹先輩は怒られたのだ。全員で頭を下げても怒られるだろう。
「頭をあげて、みんな。確かにそういうことは事前に知らせておいてほしかったけれど、今回に限っては俺もいなかったわけで部長としては責任を果たしていないわけだし。責任問題という点では田村先生や増田教頭先生の方に迷惑をかけてしまったからね。これから気を付けてくれればいいよ」
俺たちは「はい」と頷く。
「それより、何のために残留許可を取ったのかな?」
これ以上隠すのも意味はない。素直に話すことにした。
「実は、昨日4人で久葉中の七不思議について話していたんです。だから、それを確かめようということになり、知っている話の中で2つが夜に起きたことなので暗くなってからも確かめようとしました」
部で考えたことなのだからやはり冬樹先輩に相談しなければならなかった。今さら思っても意味はないのに。でも冬樹先輩は怒ることもなく「なるほど」と頷いた。
「そういえば俺たちが入学した頃もそんな話あったっけ。確かピアノ弾いている女性の話と放送室の話と光が見えた話。もしかしてこれ?」
「そうです!」
俺は思わず答えた。
「意外ですね」と澄香がつぶやいている。
「噂っていうのは早く広まるからね。どうやら3つとも作り話ではないみたいだから実際検証してくれっていうような依頼もあったみたいだよ」
「本当ですか!」
素っ頓狂な声を上げたのは篤志だ。
「結局真相は闇の中、だけれどね」
怪談話に対する興味はいつの時代も変わらない、ということなのだろう。
「実は増田教頭先生から放送室の話は聞いているので、明日の放課後に話すということで話はまとまったんです」
牧羽さんが言うと、冬樹先輩は「なら是非、俺にも聞かせてくれないかな」と言った。これで少し気分が軽くなった。僕だけ明日の放課後まで蚊帳の外なのは気が進まない。
「ところで冬樹先輩、その懐中電灯はどうしたんですか?」
「ああ、これ? 懐中電灯を貸すから電気を消してくるよう言われたんだ」
冬樹先輩が差し出した懐中電灯には確かに『久葉中 職員室』と書かれている。
「それで、何か分かったのかい?」
「はい。忘れ物を取りに来た生徒が廊下で見た光というのは、懐中電灯の光なんじゃないでしょうか?」
「というと?」
「懐中電灯ならスイッチを入れれば点き、スイッチを切れば光は消えます。よくよく考えれば夜の学校という暗い場所を歩くのですから、懐中電灯のような明かりが必要だと思うんです」
「それは同感だね」
この言葉に澄香も牧羽さんも頷いている。夜だけでなく、明かりのない夕暮れの学校でも必須アイテムであろう。俺たちは見落としていた。
「っていうことは光の正体は見回っていた先生の懐中電灯? でも何で隣の教室に入っていったのよ? 普通生徒に声をかけたりするものじゃないかしら?」
牧羽さんが聞くと、元気が答える。
「声をかけられない状態だったんじゃないかな。分からないけれど」
「えっ!」
澄香が口に手を当てる。
「いや、学校の教室に忍び込んで何を盗るんだ? 職員室なら個人情報とかも考えられるが、普通金目のものはないはずだし忘れ物って言ったってお金も携帯も持ち込み禁止だから貴重品類ではないだろう」
「それに何か盗まれたのものがあるなら七不思議で済むはずはないわ。何も盗んでいかなかったにしてもセキュリティシステムが作動しているはず。なぜか生徒は校舎内に入ることができたけれどね」
篤志と牧羽さんの2人がそう言い切ると、冬樹先輩はこう言った。
「2人の言う通り。何で懐中電灯を持っていたその人は忘れものを取りに来た生徒に声もかけずに隣の教室に入っていったのか。
それはきっと探し物をしていたから」
「探し物、ですか?」
「思い出してみて。机が振動していたっていう話があっただろう?」
「ありましたが……それと何か関係が?」
「大いに関係あるよ。むしろその振動を頼りに探していたんだ。とある貴重品をね」
「振動を頼りに探す貴重品……まさか、スマホですか!」
大声を上げたものだからみんなが驚いている。確かにスマートフォンはマナーモードにしておけば着信があったときにはバイブレーションで知らせてくれる。机の中に入れておけば鉄板部分の引き出しがとてつもない音を立てて振動するだろう。
「でも何でスマホが学校の机の中にあるんですか? 校則で持ち込み禁止のはずでは?」
「もちろん携帯電話でも同じことだけれどさ、先生のものでうっかりその机の中に入れたのを忘れてきたとか、生徒がこっそり持ってきて荷物検査から逃れたはいいけれど回収ができなかったとか、理由はいろいろあると思うよ。不登校の生徒の机なら引き出しには何も入っていなかったかもしれないし、隠れ蓑にはうってつけじゃないかな? とにかく机が振動したのはスマホなり携帯電話なり、何か振動の機能が付いた電子機器だよ。それを探すために振動させた」
「なら光の正体っていうのは何ですか?」
澄香が聞く。
「それは、バイブを鳴らすには電話するなりメールするなり、とにかく着信させなければいけないよね。だからおそらく、廊下から来た人はもう1台のスマホで忘れてきたスマホに電話を掛けた。スマホも携帯電話も操作中は画面が明るいけれど、何秒かすると画面が暗くなるから、一瞬だけ光が見えたっていうのは、スリープモードになって画面が消えただけだと思うよ」
「それで間違えたのか順番に探しているのかは知らないけれど、振動している場所がないか探すために隣の教室に入っていった、そんなところかしら?」
牧羽さんがさらっとまとめる。
「だから七不思議で済んだ、ということか……」
スマホなり携帯電話なりを探していたなんて知れ渡ったらどうなるか分からない。だからいっそのこと怪奇現象で済ませてしまおうと思ったのがこのありさま、というわけか。
「ちょっと、あんたたち! 何でまだ学校に残ってるの!」
戸口には懐中電灯を握りしめた逢坂先生が立っている。そうか、見回りに来たのか。
「僕たちは生徒の要望で残っているんですよ。残留許可も出しています」と冬樹先輩が言う。
「聞いてないわよ。さっさと帰りなさい。生徒の頼みか何かは知らないけれど、最終下校時刻を過ぎた学校内に残ってもろくなことはないんだから」
「どんなことがあったんですか?」
早口でまくしたてる逢坂先生に、冬樹先輩は首を傾げた。逢坂先生はそのまま言葉を失った。
「さっきの件も生徒が学校に不法侵入したけれど特に被害に遭ってませんね」と元気が言う。
「とにかく帰りな――」
「生徒が帰ってくれなければ先生は当然帰れません」
逢坂先生の言葉を冬樹先輩は遮った。
「逢坂先生、早く帰りたいんですか?」
澄香が遠慮がちに聞く。
「いや、その逆だよ。先生方に早く帰ってほしい」
冬樹先輩が言った。帰ってほしい? 何のために? 何か盗んだら分かるし、それとも他に1人で学校でやりたいことでもあるのだろうか? やりたいこと……。
「あー!」
急に大声を出したものだからみんなは耳を塞いでいる。篤志からは「うるさい」とも言われてしまった。
「だってやっとわかったんだ。夜の音楽室でピアノ弾いてた女の話!」
「今この状況で話すことじゃない……嘘だろ?」
篤志が目を丸くしている。
音楽室にいた女のことさえ分かってしまえば俺たちは撤収することができる。「じゃあ明日聞く」と篤志が言いかけて、篤志は言葉が停まった。
逢坂先生の目が笑っていないことに気付いたようだ。
「……逢坂先生?」
先に気付いたらしい澄香が声をかけている。
「えっ、まさか」
牧羽さんが俺たちの方を見る。
「そうだよ、きっとその女って逢坂先生のことだったんだよ!」
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