第49話 真実はいつも残酷に

どこかトボトボと、でも力強く、目的のその人の元へ急ぐ。


その人がいる、いつもの場所。


ああ……やっぱり、流石にこんな日はいないかな。


そんな思いで見つめるのはいつものその人の定位置。


「なに……してるんです」

と思ったらこれだ。


意図的にではないだろうけれど、その人……

アイネくんは、いつもそう。


花束を渡した時だってそうだった。



喜んでいないのかな、なんて思って悲しくなった次の時にはにっこり笑顔になるからこっちまで自然と笑顔になる。


そして会えないかなと思った日にトボトボ歩いている私の前にまるで顔を出し忘れた太陽のようにふっと姿をあらわすのだ。




ロイとは真逆の人。



悲しみの次に喜びをくれる人。




「これ……どうしたんですか」

気づいたらすぐそこにいたアイネくんの細い指が私の手首に残る縄の跡に触れる。


くすぐったくて身震いする。

いつものアイネくんならここで『ごめんなさい』なんていってさっと身を引く。

だけど今日はなんだか様子が違う。


さっきよりも強く手首を掴まれて驚く。



「見せて……」

「え、あの」

目の前で私の手首をまじまじと見つめだしたアイネくんに戸惑う。


気恥ずかしいったらありゃしないけど、こんな近くでアイネくんを眺められるなら(しかも意図的でなく不可抗力的に)それはそれでありかも


というか大ありかも。


なんて思う。


「……」

なにも言わずに、私から離れ、花壇のある方にかけよるアイネくん。


どうしたんだろうなんて思って見つめているとなにかを手に取り戻ってくる。


「……」

相変わらずなにも言わないアイネくん。

だけどその手の中にあるものがチラリと顔を覗かす。


雑草?……にしか見えないんだけどなんだろうそれ。


それにしてもアイネくんが草花を摘み取るなんて驚きだ。


初めて出会ったあの日から今日までアイネくんの色々なことを知ってきたけどその中でも特に印象深いのが、『花や草にも命が宿っているのだからその命を容易く奪ってはいけない』というなんとも感慨深い言葉。考え。



だから今目の前で懸命にその葉をすりつぶしている彼にはただただ驚くしかなかった。



あんなにも草花を摘むのも、踏むのも毛嫌いしていたのにどうしちゃったんだろう。




「これで……」

やがてそういうと私の手首を手に取りそのすりつぶした葉っぱを手首に躊躇なく塗りたくってくるアイネくん。


訳が分からずなすがままになっていた私だけど、やがてそれが強く傷跡に染みてきて思わず呻きを漏らす。




「あっ……ご、ごめんなさいっ!き、気づいたら勝手に……。実はこれは傷跡をはやく治す薬草で。助けになりたくて何も聞かずに勝手に……」

そういってバッと頭を下げたあと、ゆっくりとあげられた顔には申し訳なさそうな感情がいっぱいにうつっている。


私はそんなアイネくんを心から愛しく思いながらクスリと笑った。


真剣な瞳で私の縄の跡を見ているアイネくん。

「アイネくんは優しいね。でも私のために大切な草花を手折ることないんだよ」

優しくそういうとアイネくんは静かに首をふる。

「あなたが大切なんだ……と思います」

たどたどしく発せられる言葉。

「え?……」

嬉しさと驚きで目を見開く私。

だけどその言葉に、思いに私が期待しているようなものがないことに気づいて、一瞬でも勘違いしてしまったことを誤魔化すように無造作に髪の毛を触る。

「わたしもアイネくんのこと大切。ありがとね」

慌ててそういう。

誤魔化せたかな。

変なふうに捉えられていないかな。

アイネくんのことになるとすぐ不安になってしまう。


「……そういえば、なぜここに……」

「え?あっ、そうだ。実は話があって」

アイネくんにいう話ではない、とも思う。

だけれど相談したい。話してみたいんだ。

アイネくんならなんていうんだろうって知ってみたい。


そして心の何処かでアイネくんは誰よりも真摯に向き合ってくれるとわかっているから……。


「サアヤが亡くなっちゃったことは……知ってるよね」

「……はい。流石に僕の耳にも届いてます」

「だよね。で、さ、サアヤを……した犯人がわたしのことも狙ってるみたいでね」

そういった瞬間、急に手を強く握られて戸惑う。

「えっと……」

やがてハッとしたように手を離すアイネくん。

「す、すいません。でも大丈夫なんですか?その傷もその人にやられたってこと……ですか」

「うん、そうなの……。でね、相談したいのは、そのあと、なの」

まだその真実に戸惑いながらもどこか確証を得ていて自然と口が開く。


「その犯人、わたしの部下の親友みたいなんだよね……」

「……」

「どうすればいいんだろうって……」

「どうすればって、なにを……です?」

「ああ……えっと、だから、部下の……親友な訳でしょ。だから、さ……」

「?……部下さんにそのことを伝えられないということですか?」

「……そうなの」

「そう……ですか。でも、伝えるしかないのでは?結局知ることにはなってしまうと思うし……」

なにを悩む必要があるのだろう。

とでもいいたげな、どこか戸惑ったようにも聞こえる声音。

そんなアイネくんの言葉にどこかハッとしてしまう。


そう……だよね。



そっか。


私はこんなにもロイを傷つけたくない。

きっとそれはサアヤを……した犯人を突き止めるよりも……。


「アイネくん、ごめんね。動揺してて変なこと相談しちゃったね。そりゃそうだよね。結局伝えることになるんだし、伝えるしかないのにね。話聞いてくれてありがとう」

早口でそうまくしたてると慌ててその場を後にしようとする。


だけど不意に腕を掴まれた。


「変なこと……ではないです。とても大事なことです。あなたは部下さんを傷つけたくないんでしょ?それは素敵なこと。応援します」


まただ。


悲しくなったかと思ったら、喜びを、前を向く力をくれるの。


だから私はーー。


「ありがとう、アイネくん。私、いってくるね」


あなたのことを好きにならずにはいられないんだ。










時刻はもう夜になっていてさすがにお別れ式に参加していた人たちも大半が帰っている。

まだちらほらと残っている人もいるけど時間的にそろそろだされるだろう。


そしてその中にロイの姿を探す私。




王様のとこにいくとき呼び止められたけど無視してきちゃったんだよね。


きっと怒ってるんだろうなあ……。



「あれれ、ありゃゴウネルスの姫もどきさんじゃないですか」

「キキ、失礼でしょ。こんばんは、リィン様。連れが申し訳ありません」

そんな声の数々がしてきた方をみると、喪服をきたキキとエミリさんがいた。


ということはここにナナミも……。

そう思ってあたりを見渡してみたらホールの最奥中央の、サアヤに花を捧げる場所からこちらに向かってくるナナミの姿がある。


ナナミも来てくれたんだ……。


そう思って普通に話しかけようとしかけるけど、たとえこのあいだの舞踏会で元どおり話せたとしてもナナミはまた演技を続けているのだと気づく。


そう思うと声が出なくなってしまう。


「どうかされたんですか、リィン様」

そう気遣ってくれるのはエミリさん。

ちゃんと話したことはまだないけれど優しい人なんだろうなということが伝わる。

それから続いてキキが口を開く。

「そういやロイくんがいやせんねえ。エミリが会えなくて寂しがってたって伝えといてくださいねえ。あと、バークスのやつにも伝えといてほしいんすけど、今度また4人で酒飲もうっていっといてください」

「ちょっと、なにいってるのよ、キキ!私は寂しいなんて思ってないわよ!」


バークス。


その名前を聞いてズキリと痛む心。


でも、まだだ。

まだここで考えたり止まったり傷ついたりしてる場合じゃない。


ロイに会うまでは……。


「エミリさん、心配してくれてありがとうございます。大丈夫です。あと、キキのも一応伝えとくね」

「ってなんであたしだけタメ語なんすか!これでも10は年上ですけど」

なんてキキがいってるところでナナミがこちらにやってきた。


けど私のことは冷めた目で一瞥しただけ。

何も言わずに去っていく。


相変わらずすごいなあ。

あれが演技とか正直信じられないんだよね……。


でもまあそれくらい完璧だからイテイルの人たちも騙されてるのか……。

なんて思ってたらナナミが、私の横を通り過ぎる途中耳元で

「久しぶり。さっきキラを見たわ。まだこの城の何処かにいるはずよ」

といわれる。


ハッとして振り返ったときにはもう後ろ姿で、エミリとキキと歩きだしてしまってる。


でも……。


よかった。

あれは演技なんだよねって、改めて思う。



あとはロイと、新しくキラを探したい。


この城の何処かにいるってどこだろう。


ロイに伝えることが最優先だけどキラには今しか会えないしちゃちゃっと会ってしまおう。


どうせ無視されて終わりだろうし……

なんてネガティブなことを思いながらもホールからでて城の中を走り出す。


帰っちゃう前にーー、そう思って。


それから暫くして救護室の前を通りかかったときだった。


どんっ

救護室からでてきた誰かと思い切りぶつかって尻餅をつく。


「いててて……」

なんていいながら顔を上げ、謝りの言葉を言おうとしたら……。


「お前か……」

尻餅をつくどころかちっともよろけてなさそうなケケがいた。


「あれ?私ってそんなに軽かったっけ」

ついでるつぶやきにケケは呆れ顔。

「どんだけポジティブなんだよ。あとそういうバカみたいなことはあいつといいあってろよ」

そういって顎で救護室の中をさす。


「あいつ……って……」

まさか、そう思って慌てて救護室に入る。


するとそこにはベッドに横たわる大層顔色の悪いロイくんがいた。


そしてその隣には……。


「キラ……なんでここに」

そう言葉にするけど、キラは私の顔を見た途端にハッとした様子で顔を伏せて慌てて部屋から出て行こうとする。


だから私はすかさずそんなキラの手を掴んだ。


「まって、キラ。なんでそんなに私のこと避けるの?それに、嫌いなら嫌いってそういってよ」

「嫌いなわけない」

「え?」

少し動揺した隙に私の手から逃れ、部屋から飛び出していくキラ。

そんなキラに心配そうな瞳を向けたあとすぐにこちらをみやり憎たらしくあっかんべーをするケケ。すぐにキラを追いかけていく。


私はそれを見届けてから改めてロイの方を見やる。


「ロイさんが倒れたところをフラメニアのお姫様が抱えて連れてきてくれたんですよ」

その存在に今まで全くきづいていなかった救護室のお姉さんが優しくそういう。


「そうだったんですか……」

「私がやるっていったんですけどね、お世話までしてくれて、リィンの為なら、なんて呟いてらっしゃいました」

その言葉に胸がドクンと脈打つ。


もう心は通じないのかと、あの頃の私たちには戻れないのかと思ってた。


でも、ナナミがそうだったように

絆も関わりもその中で生まれるあたたかさも見た目は変わってしまっても中身は変わってないのかもしれない。




私は胸いっぱいの嬉しさと、これからロイに真実を告げなくてはいけない苦しさとを抱えてロイの隣に歩み寄った……。

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