第47話 昔の話、深層の話

「そこに座りなさい。今軽くお菓子を出してあげます」

「……」


リオネさんにすすめられた席に着くと、目の前にポンっとテーブルと、それからテーブルの上にお茶菓子とティーポットがあらわれる。


「どうぞ」

リオネさんが手にしていたティーカップにトポトポと紅茶を注ぎ僕に手渡す。


「ありがとうございます」

受け取ったもののあつそうなのでもう少したってから飲もうととりあえずはテーブルに置く。


そうしてる間にリオネさんも僕の前の椅子に座っていた。



よくわからないがこの人は僕とゆっくりお茶を飲みながら会話をする気らしい。

まあ、先ほどの話ぶりからしてサアヤのことを話すのかもしれない。

そう思っていたら早速言葉が発せられる。

「あなた、前世のことを覚えていたりは?」


さっき一瞬見せた子供のような姿など嘘のように大人びた雰囲気。

前に流れてきた腰丈ほどの長い黒髪を後ろに払い冷めた瞳をこちらによこす。


「いえ。全く」

なんて答えてからなんとなしに菓子類に伸ばした手が血で汚れているのを見て慌ててその手を引っ込める。


自分でやったことのはずなのに全くといっていいほどに記憶がなくて怖く感じる。


「そう。じゃあ、あなた、私の……私たちの昔話を聞かない?」

これ、聞くのはほぼ強制的な流れ……ですよね、なんて思いながらこれから行くあてもなく、することもない僕はただ「はい」と答えた。




「ありがとう。じゃあ、まず最初に質問よ。あなた、外にでたでしょ?そこでなにを見た?」

「……っ」

「あら、驚いた?私はこの国の王。見えないものはなにもないのよ」

少しクスリと笑いながらそういって口元に手を当てる。

「あなたの父が反乱を起こそうとしていたこと。いずれは私をこの場から蹴落とし外の世界までも乗っ取ろうと計画していたこともよく知っているわ」

「……」

「だから、遅かれ早かれあなたの父は亡くなっていたのだから」

気にすることはないわ

そういうような瞳をよこすその人。

……僕が何をしてきたのか、全て見抜いているみたいだ。

そして、大事なところは言葉にしないタイプの人らしい。


重い口を開いてみる。

「国が……ありました。幼馴染たちもそこにいて。舞踏会をやっていました」

「……そう。その国の王様を見た?」

「……見ました。三人いた気がします」

「そう。その人らが私の幼馴染よ。」

さっき一瞬クスリと笑ったのが嘘みたいになにも映さない無の表情。

「ゴウネルス王国の王、ゴウ。イテイル帝国の帝王、テイル。フラメニア島群の長、フラン。そしてリオネス大王国の大王、私、リオネ」

そこまでいうとゆっくりと視線をあげて僕の瞳をじっと覗き込んでくる。

「最後にもう一人。サアヤと言う名の少女。その五人でいつも一緒に遊んでいた。本当に仲のいい幼馴染だったのよ、私たち」

「……。サアヤ。最後のその人が僕と……リィンが生まれ変わりだという……その人ですか」

「ええ。その話はまた後ほどするわ。とりあえず今はザッとこの世界の成り立ちについて話してしまいましょう。あちらでも色々あったようで情報がかなり入ってきてるのよ」

「あちら……」

そろそろ多少は冷めたかなとティーカップに手を伸ばす。

辛うじて持てるくらいにはなっているそれを持ち上げ口につけ一口飲む。

なんとも言えない、美味しくも不味くもないただの紅茶だ。

「最初にいっておくわ。私がこんなにも醜く生にしがみつき根回しをし、国を動かし、嘘をついて心まで無くしながら生きながらえているのは私を救ってくれたあの人のためなの。あなたにもそんな人がいるのでしょう」

そういわれて自然とリィンのことが思い出された。

淡々と生きていた楽しみもなにもない暗い日々に一筋の光をくれた女の子。


十年ほど会えない時が続きはしたけど、その間すらも彼女の存在がこの世界にあるというだけで僕に光を与えてくれた。


「あなたもその子のことを考えながら聞くと少しはわかるかもしれない。でもまあとりあえずは土台となる部分ね」

そういうと改めて僕の瞳を覗き込む。

「改めてだけど、ゴウとテイルとフランと私。それからサアヤは五人みんなでよく遊んだ。幼馴染だったの」

五人の幼馴染と聞くと自然と自分たちのことを思い起こされる。

リィン、ナナミ、キラ、トウヤ。それから、僕。

みんなで沢山遊んだな。

「だけどそんな穏やかな日々も長くは続かなかった。ある日突然、五人の中でもリーダー格だったゴウがこんなことをいいだしたの。『英雄の石碑』を見に行こうって」

僕からは視線を外し、紅茶に浮かぶ茶葉を見つめる。

「なんだかおかしな感じだったわ。いつものあいつとはちがったの。でも、結局みんなでその『英雄の石碑』を見に行くことになった」

「……その『英雄の石碑』っていうのは……」

そういうとリオネさんは少し目を細めてみせる。

「いい質問ね」

そういうとなにかいいことを思いついたというような顔をして(クールそうに見えて案外感情がダダ漏れという感じだ)パチンと指を鳴らす。

すると僕とリオネさんの間にモヤモヤと雲のようなものが集まってくる。

「あの、これは……」

戸惑ってそういうも、徐々に見えなくなってきているリオネさんの顔には笑みが浮かべられるだけ。

「いいから」

そういわれて黙って待ってるとそのモヤモヤになにか……石が幾重にも積まれた、どこか荘厳で神々しいなにかが現れる。

もしかしてこれが

「これが英雄の石碑よ」

僕の心を読んだかのようにそういうと、そのモヤモヤにスーッと流すように手をかざす。

するとその石碑の上に、なにやら文字が現れる。



世界が混沌へと導かれる時、

五人の若人わこうどが現れる。

彼らが導き出す道の先にあるのは闇か、はたまた光か。

その行く末が、世界を変えるーー。


「……これは」

「この世界の根源とも言える伝承。世界が混沌に包まれた時、五人の若人が世界を変えるといわれている」

真剣な、どこか怒っているようにも見える表情でそういうと、今度はさっきより荒々しくモヤモヤに手をかざす。


するとそこには石碑の前にいで立つ五人の若者があらわれ、石碑にはなにか、強い光が吸い込まれていっているような、そんな情景があらわれた。


「これは私達の前の代の五人の若者の姿。彼らはね、この石碑にあるものを閉じ込めたのよ。」

「……」

「なんだと思う?」

「……竜……とか」

夢があっていいと思うんだけど、リオネさんは少し笑うと静かに首を振る。

「魔力よ」

「魔力を?……」

「驚いたでしょう。でもその背景を話せば、わかるかもしれない。その当時はね、みんな等しく魔法が使えたのよ。今はこのリオネス大王国に住まう者と、先ほど名前を口にした王しか魔法が使えないけれど。それで、みんなが魔法がつかえて、みんながいいことに魔法が使えればよかったんだけれど、そうはいかなくてね」

そういってリオネさんがまたサッと手を動かした途端モヤモヤに映る光景が変わる。

炎や氷や落雷が、とても自然的なものとには見えないものが飛び交い、人々が争っているように見えるそれ。

「魔法は戦争で大活躍。魔法大戦が起こった。ただでさえ多くの人が亡くなる戦争は魔法の力が用いられることでより凄惨なものになったのよ」

「……」

「そこでこの事態をなんとかしようと立ち上がった若者が五人いた。彼らは魔法を無くすべきだと考えたの」

そういってまたモヤモヤにうつる光景を変えるリオネさん。

そこにはまた先ほどの石碑がうつされる。

「そうして彼らはここに魔法を全て封じ込めたの」

「でも……どうやって……」

「さあ?それは彼等に聞かないことにはわからないわね」

軽くそういうとまた光景を変える。

そこには、その石碑の前に立つ、五人の少年少女たちが映っている。先ほどの人たちとは違う人物だとわかる。


しかもなんでだろう。どこかか、見覚えがある……。


「そしてこれが私達。五人の英雄によって魔法が封じ込められた、英雄の石碑がある場所に私達五人はやってきていた」

紅茶はもう随分と冷めてきたように思う。

だけど話の展開が気になって飲むこともできない。

手に汗がにじむ。


「ただ石碑を見て帰れればよかった」

暗い瞳でそういう。

「けど、そんな風に行くわけもなくてね。壊れたの」

「……なにが?」

「石碑よ」

「え?……」

「正直、未だにあの時なにが起こったのか、正確なことがわかってないわ。だけどね、その出来事によって私達の人生が変わったのは明白」

視線を下に向けてそういう。

「私達はそのとき、次の五人になった。」

「伝承の……ですか」

「察しがいいのね。そう、その通りよ」

そういうと気を紛らわすように立ち上がり、ガラス張りの壁の方に歩いて行く。

「私達はその時に魔力を授かったの。その石碑に一番近い場所にいた私達五人は特に色濃く魔力を得て、その石碑が安置されていた村に住まう白光の守り人と呼ばれる人たちもまた、それなりに魔力を得た。そしてその守り人たちというのが、このリオネス王国の国民の祖先にあたる人たち」

「……っ」

モヤモヤには遺跡から溢れ出る光に姿が霞んですら見える五人の姿が映っている。

「これはあくまで私の予想だけど、あの石碑はそんなやわなものじゃない。だけど壊された。そしてそれは、きっとゴウの手によって……」

「……」

「そう、思うの」

ひどく苦しそうにそういう

ガラスの向こうに映る壮大なリオネス大国の城下町に手を伸ばすように、ガラスに手を沿わせる。

「私はあいつに救われたの。町長の家の子で、高飛車で気が強かった私には一人も友達がいなかったわ。みんな私と少し関わっただけで逃げてくの。面倒なやつだって。自分でもわかってたわ。心の中がどうであれ口から出てくるのはひどい言葉ばかりで、こんなだからいけないのねって」


ガラスに沿わせていた手が力なく落ちる。


「だけどね、あいつは違ったの。私のこと、面白いやつだっていって、ほかの三人と知り合わせてくれた。どんだけ突っぱねても必ず私のこと迎えにきてくれるの。私、素直になれないから、それがすごくありがたくて嬉しくて……」


痛いくらいに、リオネさんの気持ちがわかる。


今のこの状況も、きっとーー。


「ごめんなさい。話が逸れたわね。そして魔力を得たあとの私達だけど、簡単にいうと仲間割れしたわ。そして、ゴウは……おかしくなってしまった。私は危険を感じて、白光の守り人たちを保護するようにこの隠された大王国を作り上げた。国ひとつ隠すのは大変でね。それで国民から魔力を吸いあげているのよ」

「……。ゴウさんがおかしくなったっていうのは、一体」

「……なんていうのかしらね。石碑を見にいこうといっているあたりからずっとおかしく感じてたんだけれどそこでより強く感じたのよね。なにかに取り憑かれてるんじゃないかって……」

「取り憑かれてる?」

「確証はないけどね」

スパッとそういうとこちらを振り返る。


切なく悲しい表情。



「そしてゴウは国を作った。その力を抑えるようにほかの二人も……。まあこの話は私はよく知らないんだけれどね。問題はサアヤのこと」


漆黒の瞳は少し潤んでいるようにもみえる。


「これ全部……私が国を作ったこと含めて、サアヤが死んでしまったあとのことでね。サアヤはゴウのことが好きで、ゴウはサアヤのことが好きだった。つまり二人は両想いだったの」


そんなに辛いのならいわないで、そう言いたくなるような表情。


「……サアヤは、ゴウが変わってしまってからもずっと説得してたの。色々なこと。残酷なことをしようとするたびに止めたり、倫理に反するこも、色々。だけど話を聞いてくれないゴウにサアヤは絶望して……命を絶った。そしてゴウはサアヤが死んでやっと目を覚ました。だけどその取り憑かれてるような感じは変わらなくて、私はさすがに危なさを感じて、兵器にもなりかねない魔法を使える人々を皆ゴウの目の前から隠し去ったというわけ」


「……」


「ごめんなさい。わかりづらかったかしら」

「いえ……。でも、なぜ……あなたはここで何をしてるんです」

「……そうね。いうなれば次の五人を待ち望んでいた、というところかしら。均衡を保ち、睨み合いを続けていた。これまでそれが一番よ最善だと考えたから。でも、あなた方が現れて変わったわ」


そういうとその人は強い瞳を僕によこす。


「あなた方こそが次の五人なのよ」

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