第43話 よかったと悲しみの狭間
バーなんちゃらさんが私の頬に添えていた手がほぼ強制的におろされる。
ようやっと目覚めた、ロイくんの手によって……。
「何してんだよ、お前は」
そういうロイくんの声は鋭い響きを持ったものだ。
「おおっと。騎士様のお目覚めか。」
さっきまでの真剣な声や瞳が嘘みたいにおちゃらけた調子でそういう。
「じゃ、俺はそろそろお暇しなくちゃだな」
そういうと立ち上がり扉の方に歩いていく。
かと思ったら途中で振り返り
「なんだかんだ無事でよかった」
と呟く。
それから自然な流れで部屋から退出していくバーなんちゃらさん。
「似合わねえセリフ」
どこか吐き捨てるようにそういうロイくん。
私はそんな目覚めて間もないロイくんのおでこにためらいなくデコピンをお見舞いしてやった。
「って!何すんだよ」
「最強の騎士だっていうんならもっとしっかりしなさいよ」
いってから後悔する。
なんで私ってこう、素直に言葉をかけられないんだろう。特にロイに対してだ。
「最強の騎士……っつわれてたのはお前ぐらいの歳の頃の話……」
頭に巻かれた包帯を確認するように触りながらぼんやりとした瞳で天井を見てるロイ。
なんだか、怖くなる。
「こっちみて」
慌ててロイの顔をひっつかみこちらに向かせる私。
「なんだ、お前……」
ぼんやりとした、いつものような覇気のない、先ほどバーなんちゃらさんと対したときとは打って変わった瞳で私のことを見てるロイ。
「俺が倒れたくらいで動揺してんじゃねえよ」
「なっ!動揺なんてしてないわよ」
「じゃあこの手を離せよ」
そういってやんわりと私の手を外すロイ。
「押さえつけられなくてもお前のこと見てるよ」
「……あっそ」
それから少しの間のあと、
「……くっそ。なんも思い出せねえ」
悔しげにそういうロイ。
「あのさ、私のことまじまじと見つめながらいうのやめてくれる」
「はあ?お前がいったんだろ。わたしのことずっと見つめていてって」
「なっ、私のことずっと見つめていてなんていってません!ほんと、これだからロイくんは」
なんていいながらふと先ほど知りあったロイの妹、ノノちゃんのことを思い出す。
「ノノちゃんって、あんたの妹がさっきまで来ててあんたの面倒見てくれてたんだよ」
「ノノが……」
そういうロイの顔はあいも変わらず険しい。
「妹のこと話してる時くらいもっと楽しそうな顔しなよ」
なんていいながらも、今は到底そんな気持ちになれないことを重々承知していた。
「ノノ、なんていってた?」
「え?……なんてって……お兄様ーお兄様ーって、熱出てる時はこうしてあーしてとか、妹たちの世話があるからもういくとか、そんな感じ」
「くそ程わかりづれえな」
「……否定はしないけど……。あんたがいえっていったんだからね」
むすっとしてそういうもロイからの返事はない。
またどこか空をみつめてる。
そして私はそれを見るたびに怖くなってしまう。
大切な人がそこにいながら、いないようなそんな経験を実際にしたからかもしれない。
よく見知っているその人がいつなんの拍子にか突然私のことを忘れてしまうなんてことも、……いなくなってしまうってことも、あり得るんだってわかったから。
「ノノには迷惑かけっぱなしだ」
やがてポツリと呟く。
「……ノノちゃんは迷惑かけられた方が嬉しいんじゃないかと思うけどね」
「……」
私の言葉になんと答えればいいのかわからないのか、それともただ単に無視を決め込んでるのか、また黙り込むロイ。
頭をなにかで打たれたという話だったからきっとまだ頭が完全に働いていないのかなとも思う。
「……相変わらず思い出せねえな……」
心が痛くなるような悲痛な声。
「なにが?」
怖いけど尋ねる。
「犯人だよ……いきなり俺らを襲った……」
「ああ……」
そっか。犯人のこと……。
でも正直、頭を打たれたのなら思い出せなくても仕方ないとも思う。
けど今のロイにはなんだかそんなこともいってはいけない気がした。
あと少しの言葉で崩れてしまいそうな、そんな気がする。
……知ってるのかな。
サアヤのことも。
まだ私も整理しきれてないし認めてないこと。
ロイはまだきっと……。
「お前は無事か」
不意にハッとした声でそう言われて目を見たら、真剣な瞳がそこにあって、私の目をまっすぐに見つめていた。
「え……うん」
なんか調子狂うな。
いつもと違うと……。
「そうか……。じゃあ、そいつはなにが目的で……」
頭を抑えながらそういうロイに私は口を開こうか開くまいか迷ったまんま口ごもる。
いつかは必ず知ることだけど今知るべきことではないと思う。
でも
「お前はなんか知らないか?話はいってきてないか」
また向けられるまっすぐな目。
けど今度の目はどこか縋るようなものがある。
ああ……いいたくないな。
言葉には……したくない。
「サアヤ……が」
途中で口ごもって俯く。
怖くてロイの顔が見れない。
どうしよう。
私、なんでよりにもよって傷も完全に癒えてないこの時にこのことを口にしてしまったんだろう。
ギュッと拳を握る。
「……嘘だろ……」
途中までしかいってなくても察した様子のロイ。
やがて絞り出すようなか細い声が聞こえてきて余計に胸が締め付けられる。
自分でそうしたくせに勝手に傷ついて本当に私って自分勝手だ。
幼馴染たちのことだってそうだし。
「……嘘だろ……」
さっきよりもいくらか確かな声音。
そうだ。
私はロイくんを支えるって、支えてあげたいっていったんだ。
なら、今支えられなくてどうするんだろう。
どこか自分自身も縋るような気持ちで寝ているロイの上に覆いかぶさる。
「……なんだよお前」
「抱きしめてるつもり」
「……なあ……ほんとなのか」
ロイは抱きしめてるつもりという言葉を、普段ならつっかかるような言葉を素通りして、呆然とした様子でいう。
「私は……」
嘘って信じてたいなんて
「……本当……だと思う」
言葉にはできないんだ。
「ごめんね。傷つける言葉だってわかってるのに」
普段よりすんなりでてくる謝りの言葉。
「……すまん。一人にしてくれないか」
やがて紡がれたその言葉に胸がズキンと強く痛む。
そっか。
私じゃあまだロイを癒せないのか。
「……わかった」
苦い思いなんて、感じさせないようにそういって。
何事もなかったみたいに体を起こして立ち上がって
「じゃあね」
そう一言いって、部屋を出た。
自分がこの事件を起こした犯人の次のターゲットになっていることなんて全く気づかずにーー。
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