第40話 在りし日を捨てる少年

「おかえりなさいませ、ユシル様」

「……」

侍女の言葉を無視してスタスタと自身の部屋へ向かいながら、この屋敷に帰ってきても、やはり自身の中に以前とはちがう感情が芽生えていることに気づく。



鏡で見たりしなくても今の自分が相当にやつれた、厳しい顔をしていることはわかる。


それくらいに身体的にも精神的にも疲弊しきっている。


父上への報告……。

今一番にするべきそのことがパッと頭には浮かぶけど心と体がついていかない。


今は無理だ。


そう思って自室の方へ歩みを進めるけど、すぐに声をかけられる。


「ユシル様、お父様へのご報告は……」

「……」

何も答えずに素通りしようとした僕だけどすぐにあることに考えつく。


ああ……なんだかもう、全てがどうでもいい。



抱きしめた大好きなあの子のことだけが僕をこの世に繋ぎ止めてくれてるみたいだ。



もう、どうとでもなれ。


「わかってるよ。少し部屋に寄ってからすぐ行く」

そう答えると僕は自分でもわかるくらいぼんやりとした目つきとふらついた足取りで自室へ向かった。






改めて父上の部屋の前にやってくる。


いつものように扉を開ければ、そこには変わらぬ姿の父がある。そしてその隣にはミミがいた。





遠くでミミの発するユンくんという猫なで声が聞こえる。

父上の発する声も。


けどそれは一瞬で、スローモーションのようで。


気づくと僕は父上のすぐ目の前にいて、自室から隠し持ってきた短刀を父上の心臓部分に深く突き刺していた。


父上は息絶えていた。


こんなに簡単だったのか。


不思議に思えるくらいだ。


短刀を抜いたら鮮血が飛び散って近くにいたミミが悲鳴をあげた。



ああ……どうとでもなれ。




ただ、そう思った。




抱きしめたあの子の温もりも、もう感じられないのなら。

もう抱きしめることもできないのなら。


他の男のものになってしまうのなら。


それなら僕が殺してしまったっていい。



大切なんだ。心から……。







それからの記憶はあまりない。


あまり覚えてはいない。



ただ、気づけば僕は城にやってきていた。


そしてついには王の……リオネス大王の部屋の手前にまできていた。



なぜそこまでこれたのか自分でも謎だ。


リオネス大王は誰の目にも触れられないというのに、自分はその人がいる部屋の手前まで来ている。


何がしたいのかもよくわからない。



随分と血濡れた自身の体をぼんやりと見つめてから、自分の部屋の扉を開くように、大王がいるであろうその部屋の扉を開ける。



でもなぜ、僕はここに大王がいるとわかるのだろう。


大王の部屋と書いてあるわけでもないのに


開かれる扉。


そして、その先にはーー。



「来たわね」


冷めた目をした黒髪の女が立っていた。



僕はノロノロと部屋に入ると後ろでバタンと扉が閉じる音を聞きながら地面に膝をついて、気づくと笑い声をあげていた。


だっておかしい。


大王だのなんだのいってたやつの正体がそんなに年の離れていないように見える女?


ふざけてる。


僕もふざけてる。


もうぶっ壊れてる。



そしてそこにいるその女にはどこか既視感がある。


「あなたがリィンと対となるサアヤの生まれ変わりの少年ね」

どこか値踏みをするようにそういう女。


「お前は誰だよ……」

不意にリィンの名がでてきて笑いはピタリと止まり顔には冷たいものが宿る。


「私はリオネ。覚えてはいないかしら。私とあなたとそれからゴウとテイルとフランと。いいえ、あなたにとってわかりやすくいうのならゴウネルスの王とイテイルの王とフラメニアの王と、そしてこのリオネスの王と」


ツカツカとヒールの音を響かせながら女がこちらに近づいてくる。


気づくとすぐそこに女がいて、僕の顎に指を添わせて少しだけ笑みを浮かべてみせた。

だけどそれは形は笑みであっても、本物の笑みではない。


「五人はいつも一緒。仲良しな幼なじみだった……。でしょう?」

「……」

「あなたはその中の一人、死んでしまったサアヤの生まれ変わり。魂の片割れ。」

そういうと僕から離れ、ツカツカと壁一面に描かれている絵に近づいていく女。

びっしりとかかれたそれは手描きのように思える。

しかも何回も何回も塗り重ねられたようなものだ。

そして部屋の中央にはポツンと一つのキャンパス。

こんなに絵が描かれてるのにその肝心のキャンパスにはなにもかかれていない。


「私は知っていました。あなたが今日ここに来ることを」

真っ白なキャンパスに指を這わせながらそういう女。


そうだ。この女の名は……。


「リオネ」

「……そう。やっと思い出してくれたのですね、サアヤ。ねえ、あなたのせいで私たちは……私は……どうなったかわかりますか」

「……」

「知ってますよ。あなたはサアヤではないかと。だけどその奥にあるのはサアヤで間違い無いのです。……だからきっと…………あなたは私のことを殺しにきたのでしょう」

不意にヒステリックに、悲痛な叫びでそういうリオネ。


「私の方があなたのことを恨みたい一心だけれど、結局のところそれはあなたもまた同じなのでしょう」

ねえ応えて、そういいたげな瞳。

大人の女の人なのにその奥には一人の少女が見えた。

だからいってることがこんなに支離滅裂なのかもしれない。


「……僕には……わかりません」


途端、僕の中で暴れていた虚無からうまれたなにかが落ち着いてきて普段の僕の思考や思いが帰ってきた。


自身にべったりとついた血の色が急に鮮明に見えてきて、目に痛くて、気持ち悪くて。


「その幼なじみの話やサアヤという人のこと。でもこれだけはわかる。」

立ち上がると僕は一歩、また一歩とリオネに近づいていった。


「僕とあなたは同じだ」

目の前にやってくるとその鋭いようで疲弊しきった漆黒の瞳を覗き込む。


「僕らは同じひとりぼっちだから」

そんな僕の言葉が辺りにやけに響いた。

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