第39話 始まりは突然に


「リィン!」

「リィンーっ!」

「おーい!」

「気づいてないのかしら。リィン?」


そんな沢山の声に目をあける私。


そこは見覚えのない一面の青々とした草原。

爽やかな風が頬を撫でて、どこから運ばれてきたのか、花の香りが鼻孔をくすぐる。


そしてぼんやりとした頭で声が聞こえてきた方を見やる。



「え……嘘……」

思わずそう呟く。

それくらい、信じられない。


みんなが、幼馴染のみんなが、昔と変わらない笑顔を浮かべてそこにいる。


そして、私を呼んでいる。


私は起き上がると慌てて駆け出した。


すごく嬉しい、信じられない、夢みたいだ、なんて思う。



……けど、本当はわかっているんだ。


自然と動きが遅くなる脚。


これは夢。


しかも何度もみた夢。



いつも、みんなのもとにたどり着く前に目覚めてしまう。


長年みんなを無視してきた私への戒め。


わかってるんだ。


ほら、やっぱり。


もう少しでみんなの元へたどり着く。

何か言葉をかけられる。


そう思った瞬間、私はその世界からほぼ強制的に引き離されることを感じる。






「……っ」

目覚めて体を起こすと頭がズキっと鋭く痛む。



「夢ですよねえ、やっぱり……」

なんて呟やきながら、窓の方を見やる。

まだ日もでていない。

真っ暗ではないから朝方ではあるんだろうけど、変な時間に起きちゃったなあ。



でもまあ起きちゃったもんは起きちゃったんだし顔洗おうかなあ。

なんて思ってモゾモゾと布団から這い出ようとした、その時。



バンッ


すごい勢いで扉が開かれる。


驚いてそちらを見やればそこには息を切らした侍女さん。


「ど……どうし」

「よかった……起きてらして……」

息を切らしながらそういう侍女さんの表情はなんとも読み取りづらい。

悲しい?怒ってる?混乱してる?

それら全てを混ぜ合わせているような気もする。


「サアヤ様が」









「サアヤ……」


サアヤ様が何者かに刺され、亡くられた。


そんな言葉を聞いてから私は考えることなんてなにもなく、ただサアヤの名前をつぶやきながらサアヤの部屋へ向かった。


でもそこには、いつもの優しい笑顔を称える彼女の姿はなかった。



ベッドに横たえられたサアヤは、ただ眠っているようにもみえる。


だけど、その手を触って、すぐにわかる。


「サアヤ……!」

冷たくなったその手を握ったまま崩れこむ。


状況に頭が付いてかない。


もしかしてこれも夢?


夢ならいいのに。

そう思ってあいているもう片方の手で思い切り自分の頬をつねった。


「痛い……」

そう呟くとともに涙が一つこぼれ落ちた。


やめてよ。出てこないでよ。


でてきたら、ほんとに、サアヤがほんとに……!



どこか祈るような気持ちでいると、後ろがざわついてることに気づく。


ハッとして振り返れば……。


「王様」

よかった。

王様が来てくれた。


王様ならきっと。


そう思ったのも、一瞬。


王様のサアヤを見つめる瞳に一切のあたたかさがないことに気がついてぞっとする。


まるで不良品だとでもいいたげなその目に私は言葉を失った。


「我が娘に誰がこのようなことを……」

なのに、次の瞬間にはいつもの王様の顔になる。

だから、見間違いなのかな、なんても思う。


でも、見間違いなんかじゃない。


そう思うとただひたすらに怖くて、でも怖いなんて言ってられなくて、慌てて目の前のサアヤに目を移す。



私の魔法さん、こんなときこそ役に立たってよ。


お願いだからサアヤを返して。

そう思う。


けどそれと同時にあることに気づく。


侍女さんは刺されたと言っていたけど、本当にそうなのだろうか。

体には薄い布団がかけられていて見えないけれど、どうも刺されたようには見えない。



部屋で刺されたのだと思うけど、部屋にも血の跡は一切みられないし、サアヤ自身にもそのような跡が見られない。


私がそんな謎に気づいたことを察したかのように

「あとはわしに任せよ。リィン、下がりなさい」

そういう王様。


なんでだか、このあともう二度とサアヤに会えない気がした。


もちろん、今だって息絶えてしまってるんだからそういうこと……なんだろうけど、でも何かまた別の……。





「リィン様」

だけど私はショックでうまく力も入らないようなその体を軽々と侍女さんたちに両脇から抱えられ、部屋の外へ連れてかれる。


そのまま、部屋へ移動するとベッドに寝かせられる。


「状況が変わり次第またお伝えする、とのことです……」


きっと王様からの伝言なのだろう。


いいづらそうにそういうとそそくさと部屋を出ていく。






ベットの上で自分がどんな体勢でいるのかすらわからないほどに力は入らないし頭は働かない。



なんで?誰が?



それと同時にあることに気づく。


サアヤは王族なんだから簡単に殺されるわけない。

そしてなんでそう思うかといえばそれは星鎖の騎士団の中でもエリート中のエリートである星凰の騎士と呼ばれる人々が王族の警護にあたっているから。



そして星凰の騎士の中にはわからないけどもしかしたら……。


私はさっきまで力がはいらなかった体なんて嘘みたいにベットから飛び起きて駆け出した。


目的の場所へかけるけど、その肝心の場所がわからない。


そうだ。

こんなときこそ……。


手と手を合わせ、強く念じる



お願い

ロイのところに連れていってーー。








それから少しとしないで体全体を生暖かい風が包みはじめて……。





その風が消えて、ハッとして目を開くとそこには

「ロイ!」

よかった……。

ちゃんと来れた。


そんな思いで見つめる先には、二段ベッドの下に寝転んでいるロイの姿。


この様子だと寝ているだけだよね。

よかった……。


サアヤだけでなく、ロイまで倒れたら私……

なんて思いながらふとあることに気づく。


ロイの頭、よく見たら包帯がまかれてる?

しかもじんわりと血が滲んで……。


その先を考える間も無くベッドの横に飛んでいって、間近でロイを見やる。


「ひどい汗……」

苦しそうな表情をしたロイの顔には玉のような汗がいくつも浮かび、時節それらがツーっとベッドに向かって垂れていく。


頭に巻かれた包帯も一部でなく全体に巻かれていて、血も今は止まっているようだけどすごく痛々しい。



「ロイ……」

女の子らしくいつでもハンカチを持ち歩いているような私じゃないから、懸命に服の袖で汗を拭ってあげる。



「あとは……」

あとはどうしてあげればいいんだろう。


どうすれば



バンッ


そんなときすごい音を立てて扉が開く。

慌ててそちらを見やればそこには見知らぬ女の子がいて怖い顔をしてこちらに近づいてくる。


「だ……誰、あなた。も、もしかしてあなたがロイを?」

私がそういってる間にこちらへ歩き着いたそのこは私を押し遣るようにその場に膝をつき、ロイの額に手を当てた。

「ひどい熱……。兄様、今助けてあげますからね」

そういうと懐から何かを取り出し、ロイの口に無理やり押し込め頭を少し上げながらまた懐から取り出した筒から水を飲ませてやる女の子。


って、今、この子兄様って……。


「これで少しはよくなるはずです」

そういうと隣で呆然としている、というかほぼ腰を抜かしているといっても過言でない私の方をバッと見やる女の子。

「あなたは今の今まで何をやっていたんですか?!」

自分より五歳は年が離れていそうな子に説教されるという不思議な状況に若干言葉を失いつつも

「私も……私なりに助けようと……」

「あのですね、たとえ助ける、助けたいという気持ちがどれだけあったとしても助けられなければ意味がないんです。状況を的確に判断して行動するべきです」

「はあ……」

「こんなに汗をかいているということは体の熱が異常にあがっているということなのです。汗は体温を下げるためにでるものなんですから。それくらい把握しておくべきです。そして熱があるときには、このメルティヤの薬です。これは常備しておくことが望ましいです。特にケガ人の元に向かうときには」

真剣にそう話すその子の顔を見ながらふと

「綺麗だねえ……」

なんてつぶやく。

ほんとに、何も考えずに、素で。


それくらい美人さんだ。


まあ、ロイもあんなだけど顔は整ってるしな。

この子がいった兄様という言葉が聞き間違いでなければこの子はロイの妹ということになるし、と納得したりする。


まだ幼いながらもスーッと通った鼻筋。

透き通るような白い肌。

綺麗なマリンブルーの瞳。

紺色のような深みのある青い髪の毛は肩につくかつかないかくらいで、脇の毛を三つ編みにして後ろで結んでる。


「なっ……なっ……」

途端みるみるうちに赤くなっていくロイの妹ちゃん。

「何ジロジロ見てるんですか!気持ち悪い!」

そういうとバッと立ち上がり颯爽と扉の方に歩いていく女の子。

「もう帰っちゃうの?」

「……ロイ兄様に頼まれてる、妹達の世話をしなくてはなりません。」

「そっか……。にしてもなんでこんなにはやく駆けつけてこれたの?」

「連絡がはいったからです。ロイ兄様になにかあれば私の元にいち早く連絡が来るようにしてます」

「そっか。お兄ちゃん大好きなんだね」

「当たり前です。私たち家族を支えてくれてるのはまぎれもないロイ兄様です。私は正直あんなだらしのない人たちを家族とは思いたくないですがロイ兄様が家族だというなら家族なのです」

「そっか……」

兄弟ってそんなものなのかな。

「そうだ。あなたの名前は?」

「……ノノです」

「そっか。私はリィン」

「リィン?!」

さっきまでいち早く帰ろうとしていたノノちゃんが声を裏返しスタスタとこちらへ歩いて来る。

「あの、ロイ兄様が帰宅するたびに」

「おお、ノノちゃんか。やっぱり来てたんだな」

そんな突然聞こえてきた声にハッとしてそちらを見やれば、ノノちゃんの後ろからぬっと大柄の男の人があらわれる。

あの人だ。

バーなんちゃらさん。ロイの同僚の……。

バーなんちゃらさんの登場でハッと我に返った様子のノノちゃんは、話の途中だというのに慌てて帰っていく。


「それでは」

短くそれだけいうと部屋を出ていく。

残されたのは眠るロイと座る私と立つバーなんちゃらさんだけ。


「この様子だと追加で頼むことはなさそうだな」

ロイの様子を見てそう呟くバーなんちゃらさん。

「どういう意味です?」

「救護班に薬やらなんやらを追加で頼むかどうかってことだよ。あまりにも状態が良くならんようならまた頼むつもりだったがノノちゃんのおかげで大丈夫そうだな」

そういわれて改めてロイを見るとここへ来た時はしかめっ面だった顔にどこか安らかな表情が宿っていて、汗もあれから一粒もでてないみたいだ。


「あの、ロイもその……サアヤを……した犯人に……」

言葉にしたくなくて

形にしたくなくて

発した言葉はもにょもにょとした聞き取りづらいものになる。


「ああ。夜、星凰の騎士の人の一人が寝込んじまっててな。こいつが代わりに見張りにでてやってたんだ。で、その時に……な。ほんと気のいいやつだよな」

呆れたような誇るようなどちらともとれないような表情でそういうと続けて

「で、その犯人に頭を相当強く殴られたらしい。その感じだと素手で殴られた……とは考えにくいが何かまでは俺にはわからん」

そういいながら私の隣にやってくるバーなんちゃらさん。


「そうだったんだ……」

こいつ、ほんと、なんだかんだいって気のいいやつよね。

あんな旅から帰って来て疲れてるはずなのに、上司の仕事を代わってあげるとか。

しかもそれでこんな大怪我負ってるんだもんね。

笑えないわ。

なんて思ってロイを見やる。



「懐かしいな」

「え?」

ハッとして隣を見ると、バーなんちゃらさんがじいっとこちらをみていた。

少し怖くなる私。

それをみかねたように大口をあけて笑うバーなんちゃらさん。

「怖がらなくていいよ。ただ、知り合いにそっくりでさ。おまけに美人ときたらそりゃ見ちまうよ」

「なっ……」

思わず赤くなる私。

美人なんて言われたことない。

そういえばこの間たまたま会った時もそんな言葉をいわれた気がする。


と思っていたらバーなんちゃらさんの手がわたしの頬に添えられる。

そしてバーなんちゃらさんの顔が少しずつこちらに近づいてきている気がする。


ええ?!なにこれ、どういうこと!?


こ、こわいんだけど。


ええ?!


そう戸惑いまくっていた、そのとき


「おい」

地の底から響くような聞きなれた声とともに、私とバーなんちゃらさんの間に手が入って


「なにやってんだ。離れろ」


その無愛想極まりない声に、これほどまでに安心感を覚えたのは初めてだ。


「ロイ……」

私はただそう呟いた。

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