第38話 花束を送ろう

「なるほどな。」

「うん」

「一言いいか?」

「なによ」

「俺とお前との恋愛物語とか心底気持ち悪いわ」

「なっ!そんなのお互い様よ!」

そう即答した私はあーこれだからロイくんはーなんていいながら内心、よし、なんとかお説教は逃れたわ。せっかくアイネくんに会って癒された心もこいつの説教を聞いてたら台無しだもの、なんて思っている。

「……で、なにが、報告はロイくんに任せるよ、だあ?」

「……そこは忘れてくれていいじゃないっ!」

くそう。執念深い奴め。

結局こうなるなら最初から大人しく聞いとけばよかったか。

なんて思う矢先

「……が、疲れたからもういい。だるい」

そういって踵を返し、歩き出すロイ。


うわあ、珍しい。


きっと、私とロイの恋愛物語が宮中で大流行しているということが相当心に負荷をかけたのだろう。

よし、今度からお説教されそうになったらすぐにこの話を持ち出そう。

なんて思ってほくそ笑んだ矢先、私はふと突拍子も無いことを思いつく。



そうだ!アイネくんに花を送ろう。

直接ありがとうともいえたけど迷惑がられてる感強かったし、やっぱりこういうのはちゃんとお礼の気持ちが伝わらないと意味ないもんね。


アイネくんが花好きなのは一目瞭然だし、なにか、好きそうな花をありがとうの気持ちに送ろう。

よし、決めた!




こういうふうに突拍子もなく何かを思いつくことも、どこか久しい気がする。

これもアイネくんのおかげかな。

アイネくんのおかげで走れたから……。

そしてこれが私らしさ……なのかな。


なんてことを思いながら、私はさっそく町へ繰り出した。








「アイネくんのことなにも知らないや……私」

城を飛び出したのは昼間。

そして花屋の前で項垂れている今は夕方。

結構な時が経過したものだ。


にしても、私、あまりにもアイネくんのことを知らない


いや、出会って数日しか経っていないわけだし、当たり前っちゃ当たり前なんだろうけど

好きな色も好きな花も、年齢すらも知らない。


そりゃ、アイネくんも引くよね。

自分のこと全然知らんやつに好きとかなんとかいわれても怖いだけだもん、きっと。



なんでこういう大事なことに今頃気がつくんだろう。



ほんと、私って……。


しかも勢いででてきてて、ロイに連いてきてというのも忘れてしまった。



『想像もしなかった喜び』


そんなとき、ふっと目をやった花屋に立てられた立て札にはそんな言葉がかかれていて、それが妙に心にひっかかる。


そうだ。

私、初めてアイネくんのこと見たときに、今はもう過去の姿となった、昔のユシルやトウヤに重なって見えたんだっけ。


あれは、まさに想像もしない喜びだったなあ……。





よし、決めた!この花にしよう。

そう思い立つと私はその大きな白い花を一輪買って慌てて城への帰路に着いた。









「リィン、見つけた!」

「うげえっ!」

その短い言葉だけでロイが怒って私を探しているという状況を連想し、ついそんな声を出す私。


だけど、今の声は明らかに違うひとだ……。



「サアヤ!」

振り返って、少し驚く。

あのサアヤがやけに焦った表情をしている。


「一体なにごと?!」

「なにごともなにも……ないわよ……」

そういうとへたり込んでしまうサアヤ。

騎士団長である彼女がこれほどまでに疲弊するぐらい、私を探してくれていたのか。


つまり、それくらいの大事が……。


「サアヤ、なにがあったの?」

慌てて膝をつき、サアヤの肩を掴んでそういう。


「……から」

「え?なんて」

「リィンが話しを聞かないでいっちゃうからっていったの」

そういうサアヤは珍しく怒っているように思える。

いや、珍しくどころじゃない。

私はサアヤの怒ってるところを見るのは初めてだ。


……でも、なんで?!



「恥ずかしくてすぐに言えなかったけど、実は私もあの小説の読者なの……。というか、すごい大ファンなの!」

叫ぶようにそういうサアヤは顔が真っ赤。

そして、状況を理解した私は想像していた理由が理由だけに、ホッとしすぎて肩の力が抜けてしまう。怒っているんじゃなくて恥ずかしがってるのか。

横に置いておいた花を手に取り直しながら

「なんだ、そういうことかあ」

と呟く。

「でも、なんでそこまでそのことを私に伝えようと?」

そういうとサアヤはゼエハアと息を吐いて下を向いていた顔を上げて

「だって私たち友達なのに、その……こんな……秘密、言わないのはひどいんじゃないかなって。だ、だって、自分と好きな人の恋愛物語を友達が勝手に読んでるのって不快じゃない?!」

「サアヤ、一旦落ち着いて。まず、秘密を言おうとしてくれたこと、ありがとう。

サアヤはほんとに信頼できる友達だよ。そしてすごく大事なこと改めて言うね。私はロイのこと好きじゃないし、ロイも私のこと好きじゃないよ。」


どうやらサアヤは文武両道性格良し見た目良しな普段完璧超人なのに恋愛ごとになるとてんでダメなようだ。


脳がパンク状態になっているように見える。


そのせいで普段のサアヤなら絶対しないようなこういった行動にでてるのではないだろうか。


もちろん、友達として秘密にしたくないっていうのもあるだろうけど。


……でも、真っ赤になってるサアヤ可愛いなあ。




「わ、わたし、32話のあれを、二人を見て勝手に頭の中で妄想しちゃって、そ、その先まで、考えてしま」

「ちょ、一旦落ち着こうか、サアヤ。それ以上話したら倒れちゃいそうだよ」

冗談なしに顔が赤すぎて顔から火が出てきちゃいそうだ。


……ん?

そういえばサアヤは……。


「もしかして、サアヤ自身も恋してたり?」

ニヤリとしてそういうとサアヤは先ほどよりも真っ赤になってしまう。

「そ、そんなこと!」

否定しようとしてたみたいだけどやがてシュンとして

「そ、それなりには……」

という。


「ひゅーひゅー、やるじゃん、サアヤ」

そういうとサアヤはなおも恥ずかしそうにする。

「や……やめてよ。」

「……うん、可愛い。サアヤ、サアヤは可愛い。どんな男も惚れる。私が保証する。だから自信もって」

「…………無理だよ。」

先ほどまでの様子がガラリと変わってそういうサアヤ。

立ち上がり、くるりと後ろを向く。

「サアヤ?……ごめん、私、無神経な」

「父上なの」

「……え?」

「私、父上のことが好き。そうなるように計算されてるんだとしても、とても好きなの。好きって気持ちに嘘偽りはない……よね」

その一連の言葉に多大なる驚きを抱えながらも

「それは、もちろん」

と答える。

「……ごめんね。私。最近ますますおかしいの。じゃあね」

それだけいうとターッと逃げるように去っていくサアヤ。


ほんと、サアヤにしては珍しいな。

感情的になって、突っ走るようなこと。


気になるけど今追いかけても仕方ないよね……。


なんだか先ほどまでの熱情が多少冷めはしたけど、とりあえずは花だけは渡してこよう。


せっかく買ったんだし、なんて思いながら私はまた歩き始めた……。






それから私は中庭、廊下、騎士さんの食堂、いたるところを見て歩いたけど、どこにもアイネくんの姿がない。


いい加減時間は夜になっていて、もう少しで廊下を歩いてたら侍女たちに強制的に部屋に連れてかれることと思う。


その前にこの花を渡したいのに……。


これ、特別な花だから、余計に。



なんて思った、その時だった。



「いたっ!」

中庭の吹き抜けを挟んだ向こう側の廊下をテクテクと歩いている少年。

あの人こそアイネくんだ!


よし!



私は心の中で気合いをいれると、花をダーツのようにもち、アイネくんのほうに向ける。


普通に投げたら届かない

そんなのは当たり前

だけど私には幸い魔法がある。



だから、お願い。


届いてーー。


そんな思いを込めてその花を投げつける。


……と


ちょうど、ちょうどアイネくんの目の前を花が通り過ぎてアイネくんの横の壁に突き刺さる。


驚いている様子のアイネくんはやがてゆっくりとこちらを見る。


わたしは廊下のへりから身を乗り出して

「私だよ、私!リィン!」

という。


アイネくんの顔が遠目でもわかるくらいに

そんなの知ってますけど

それよりこれはなんですか

といっている。


そしてちょうど、タイミングを見計らったようにお月様が、三日月が姿をあらわす。


「それ、かざして」

そう叫ぶとアイネくんは戸惑いながらも壁に突き刺さった状態だった花を抜き、月光に照らしてみせる。


これでいいのかとでもいいたげなその様子に大きく頷く私。


そして少しとしないうちに……。


蕾だったその花はぱあっと華やかにひらきはじめ、そして中から蛍のような淡く優しい光が溢れだしてくる。


先ほどまでパッとしない表情だったアイネくんの顔がぱあっと明るいものになってく。


よかったあ。喜んでくれてるのかな。


「リィンさま!こんなところで何してるんですか!もうお部屋に戻りませんと」

……と、もう時間切れのようだ。


「へーい。わかりまた」

なんて答えると共に、侍女さんに手を引かれほぼ強制的に歩きだす。


「あの!」

私の大声よりはずっと小さい、でも響いてよくとおる声で、そういう。


「ありがとう……ございました」

振り返ったら、アイネくんが深々と頭をさげていて、あげた顔には微かな笑顔が宿っている。


「いいってことよ」

私はなんだか気恥ずかしくてぶっきらぼうにそう答えた。



それにしてもあんな顔もするんだな。

綺麗な子だなあ。



なんて思いながら胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた……。







それから、暫く穏やかな時がながれた。


何事もない、ある意味つまらなくて、ある意味平和な日々が。


でもそんな日々もある日唐突に終わりを告げた。




ーーサアヤが命を落とし、ロイが倒れた、その日から……。

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