第31話 不思議なところ

「すごおおおおおい!!ロイくんみて!すごい、すごいよ!海だよ!」

「あーわーった、わーった。んなこと言われなくてもわかるっつうの」

「ちょっとなに耳ほじってんのよ汚い!それに私の話をちゃんと聞け!」

「聞いてんだろうが」

「それのどこが聞いてるっていうのよ!」

そう騒ぎ立てる私はいま、生まれてはじめての船の上で生まれてはじめてみる海に大きな声をあげている。

そして隣には遠出用のきちっとした星鎖の騎士団団員服を身にまとったロイくん。

しかしきちっとしてるのは服装だけで先程から横でダラダラして呆れた目で私を見てくる。


ほんとに腹の立つやつだ。

けどそんなことを思うのもつかの間。

すぐ目の前のキラキラする海に胸が高鳴る。


ずっとリオネス帝国にいた私は海をみるのはおろか存在すら知らなかった。

こんなに水があるって一体どういうことなんだろう、どんな仕組みになってるんだろう。


どこまで続いてるんだろう。

なんだかひどくワクワクしてくる。



「しかもさ貸切だよ?すごくない?」

「……あー、あー、そうだな」

「……あー、あー、ほんと腹の立つやつね」

「……あのなあ、こっちは身支度も何もろくにさせられずはやくはやくってせかされてほぼ無理やりここに来させられてんだよ」

「それは……悪かったけど……でもあんなお手紙もらったらすぐいかなきゃって思うじゃん!」

「お前なあ、手紙やった方のみにもなれよ。ぜひきてねって手紙送ったその日にそいつが意気揚々としてたずねてくんだぜ?なんか怖くねえか?」

「なっ……こ、怖いとかそんなわけないでしょ。それにあっちが手紙出したのはもっと前かもしれないじゃない」

「……あーそうかよ。じゃあ俺はちと休む」

「はあっ?!ちょっとどこ行く気よ」

「どこもなにもただそこの船室で寝てくるだけだっつーの」

「私一人にする気?!」

「うっせーな、子供かよ。あー、わーったよ。」

そういって眉間にしわを寄せながらヘリによりかかるロイくん。

そんな言葉を聞いてまだ少しムッとしながらもう一度海を見やる。

やはり一人で海を見てるのもね。周りに全然人気がないし、少し怖い。

海はキラキラしてるけどそれとともに落ちたらどうなるのかとか、恐怖も隠し持っている気がして。

「おい」

「なに」

「やっぱ休むぞ」

「は、はあ?」

油断していた私はまんまとロイくんの手中に嵌る。

「は、はなしてよ!わかったっていったくせに!」

「わかったっていってちっとは付き合ったろうが。それにおい、おまえ」

私の手首を掴み無理矢理にでも船室に連れて行こうとしていたロイが私の顔をまじまじと見つめ途端真顔になる。

「な、なによ。」

「船の上で暴れてると船が沈むぞ」

「…………」

すごく嘘っぽい。

けど私は船のことをよく知らないから本当のような気もしてくる。

私は腹の立つ気持ちをおさえ抵抗することをやめ、そしてロイくんとともに船室にはいっていったのだった……









「ほんと最低、ロイくん」

「そもそもおまえが一人でいられないとかガキみてえなこといってっからだろ」

船室の中。

王城の一室みたいに煌びやかで豪勢なそこで私とロイくんはソファの端と端に座りお互いむすっとしながらブツブツと会話してる。

「あーっ!!」

途端大声をあげ伸びをするロイ。

どうせこれからふて寝るんだろうな。眠そうだったし。

「なあ、こんなこといってても疲れるしこの件は置いといてよ」

……ロイくんの不思議なところ。

こうすると思ってたことと真逆のことをすること。

「おまえの家族のこと話してくれよ」

「……」

考えてもいなかった話題に固まる。

「なんで家族……」

ロイはん?という感じでこっちをみて

「この間はおまえの幼馴染の話聞いたからな」

という。

「……そうだね。この間は私もロイくんの恋愛遍歴を知れてよかったよ」

「うっせ」

「じゃあ、ロイくんも話してね」

「あー」

適当な返事。

けど意外とちゃんと聞いてるんだよなあ。

「まあ、私のうちはお父さんとお母さんと私だけで」

そう、兄弟は一人もいなくて親戚も少なく会ったこともほぼないし私はいつも幼馴染たちと共にいた。

「なんていうのかなあ。自由放任主義っていうの?なんでも自分で好きなことしなさいって家庭でね。私は別にそれでよかったけど。ほとんど話したこともないかも。食事も別々だったしたまに会うと挨拶するくらい」

だからあの日、リオネス帝国から出ようと決めた日も、家族との決別に特段胸を痛めることはなかった。

自分の好きなようにしろ、そういつも口癖のようにいってる人たちだ。

私がなにをしようときっとそういってくれるだろうと勝手に高を括り、手紙を置いて、でてきた。

今思うと声も顔もおぼろげで、それぐらい私たちは接点がなかった。

変わった家族だとも思ってたけど特段気にしてなかったし私には幼馴染たちがいた。

父と母もそうだろう。

みんな外に居場所があってうちは少し寝泊まりするだけの場所だったのだ。

なんて悲しいかな。

でも悲しいとも思えないんだよなあ……

「まあ、私はそんな家が好きだったけど」

やがて自然と出てきたその言葉に自分のことながらおどろく。

私、好き、って思ってたんだ。

「……ふ〜ん」

そんな声を上げるロイ。

なんかバカにされそう。つい身構えていると

「羨ましいわ、そういうの」

といわれる。

羨ましい……んだ。

「……ふ〜ん」

今度は私がそういう番だった。

なんて答えればいいかわからなくて。

「それも一つの愛情なんだろ」

誰にいうでもないようにそういうロイくんに

「まあ、そうなのかもね」

なんていう。

「ロイくんは」

あまり考えたことのなかった家族のことがなんだか途端恋しい気持ちを感じながらそう問いかける。

「俺は……なあ」

どこかうんざりしたようにため息をつくロイ。

「な、なに。ロイがいったんじゃん。お互いにいうって」

「ちげえよ。そういう意味じゃねえよ。」

そういうとガーッと頭をかいてからポツリと

「……笑うなよ」

ともらすロイ。

笑うってなにをだろ。

なんて思いながら頷く。

「……うち、俺以外みんな女なんだよ」

「?」

みんな女って

「姉妹ってこと?」

「……ああ。それも尋常じゃねえくらい。」

「……8人とか?」

「13」

「……え……」

途端頭に浮かぶのはロイくんがいつもの仏頂面で13人の姉妹にベタベタされてるとこ

「ぶっ」

思わず吹き出す私。

「おい、おまえ……」

「ご、ごめん。なんかちょ、ちょっと、水」

なんていって気を落ち着けようと手前のテーブルに置いてあった金色のコップにはいっていた濃い紫色の飲み物を口にする。

味しないけどなんだろこれ。なんて思いながら改めてロイくんの話を思い出すとまた笑いそうになる。

一度ツボに入るとだめなのよねえ。

「で、ほとんどのやつが父親不明」

「ごふぉっ」

ほんとなんの味だろこれ。なんて思いながらそれをもう一口飲んでいた時に発せられたその言葉に思わず咳き込む私。

「おい大丈夫かよ」

そういって慣れた手つきで私の背を撫でてくれるロイ。

確かに兄って感じだ……なんてひそかに感動する。

「……んでまあ、さっきのだけどよ。うちの母親すぐ恋に落ちたなんだっていってな。気づいたらこんなことになってた。しかもうちの母親子供ができると男にめっきり愛情なくなってすぐに縁切ってんだ。……最低だろ」

私は口元をぬぐいながら少し言葉に溜まりつつ

「子供は大事にしてるの?」

と問う。

ロイは目線をそらしながら

「まあ……な。ほんと意味わかんねえんだよあの人。みんなといれるだけで幸せ。みんなが私の宝物っていうくせすぐまた新しい男に恋に落ちたなんだっていなくなりやがる。でまたふらっと帰ってきたかと思ったら」

「……妹が増えると」

「……ああ。しかも不思議と女しかいねえんだよ」

「なんかさ、ロイくんすごい……」

いったら怒るかな。そう思って一旦止まった言葉にロイくんはなんだよ言えよというような視線をおくってくる。

「姉妹にこきつわされてそうだなあと」

「……」

うなだれたロイくんの様子からいって図星らしい。

……かわいそうに

「でも大丈夫なの?ここにいてっていうか騎士団にいて」

「……まあ、俺が稼がないとあいつら暮らせねえからな」

「なっ……」

「あ?なんだよ、どうし」

「なんて健気なのロイくん」

「はあ?」

「姉妹のために騎士団で働いてるとかそういう感動エピソードはもっとはやめにいってよね」

「はあ?なんだよそれ」

呆れたようにそういうロイくんにだからあと言おうとしたら一瞬視界がグラっとして前のめりに倒れかける私。

そんな私を慌てて支えてくれたロイが

「おまえ大丈夫か?」

と訝しげな表情でたずねてくる。

「だい……大丈夫れす」

なんだろ。うまく呂律がまわらない。それになんか……

「はあ?れす?っておまえまさか!」

ハッとした声を上げるロイのほうをみると先ほどまで私がちまちま飲んでいた濃い紫色のその飲み物をみてわなわなと震えているロイくんがいた。

「なに……なにがどうしたんれすか」

なんだろう。なんか頭の中がふわふわしてくる……

「おまえこれ酒だぞ!!」

「酒ぇ?」

アホみたいな声をだして、それがおかしくてなんだか笑いが止まらなくなる私。

そんな私を尻目にロイくんはテーブルにあった瓶を手に取りまじまじと見つめ出す。

「おま……これ……俺でも飲めるかわかんねえくらいの強い酒だぞ。なに飲んでんだよ……ったく」

「はひ〜?なひかなロイくんきこえましぇ〜ん」

「うっせえよ、酔っ払い。あーったく、どうしておまえはいつもいつも」

トントン

そんなノックの音にロイくんが面倒そうに返事をすると「もうすぐフラメニアにつきます」という声がしてくる。

しかしそんな声も頭の奥で響いてぼやぼやしてるだけでちゃんと理解することができない。

ふわふわしてなんかほんと夢見たい……

そんなことをおもいながら私はパタリとロイくんの腕の中で意識を失った。





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