第22話 別れと永遠の夜


掴んだ服を離さぬまま、その人のすぐ近くまでいく。


「ユシル、会いたかった……って……」


私が服を掴んでいたその人は、怪訝そうに眉をひそめた見知らぬおじさん。

そして私が掴んでいるのはおじさんが今日来てきたギラギラした色合いのタキシードの中でいちばんのポイントであろう真っ赤な鳥の羽かざり。


「あ、あはは……」

次第に深まっていくおじさんの眉間のシワを眺めつつそこから視線外せば人混みを抜け出口の方へ歩いていくユシルであろう人の姿を発見する。


「ごめんなさい!」


「まて小娘!」


バッと頭を下げバッと駆け出す私。

一瞬掴まれかけた右手首に寒気を感じながらも「ごめんなさい」を繰り返しながら人混みを抜けていく。

なんとか抜け切ったものの、そこにユシルの姿はない。

外を見れば入口からずーっと長く続く石畳のいくつもの宝石がちりばめられた道をテクテクと歩き去っていくユシルらしき人の後ろ姿がある。


「まって!」


足に絡みついてくるドレスを鬱陶しく思いながらも必死に足を動かす。


空はもう完全に夜の色に染まっていて目の前には綺麗に満月が出ている。

道の上をまっすぐに歩くユシルと思わしき人はまるで満月に向かって歩みを進めているみたいだった。


それにしても綺麗な空だ。



周囲に建物がなく暗いせいか星もキラキラしていていつも以上に綺麗に見えるしなんだかとても幻想的な雰囲気が辺りを包んでいる気がした。


そんな空を見ていると何かに思いあたる。

そうだ!

リオネス大王の冒険(リオネス帝国建国までが描かれた壮大な物語調の読み物で国民の中でこの物語を知らない人はいない)の中にある私のお気に入りの場面の一つ。

リオネスが大好きな女の子と仲違いして勘違いした状態で別れるあのシーン。

ーーどんなに哀しくても夜空はこんなにも綺麗で、まるで永遠に続いているようで、私の涙はとめどなく溢れては星となって、輝いたーー

という一説。




きっとリオネス大王が見た夜空ってこんなものだったんだろうなあ。





「ユシル!!」

私はあともう少し、というところで大声で彼の名を呼んだ。

ユシルであろうその人がゆっくりと振り返る。


「ユシル……!」

顔を見てそれは確信に変わる。

やっぱりユシルだ!


私はユシルの元へ一心にかけていくと彼に飛びついた。


「良かった!無事で」

「リィン……」

ユシルはなぜかひどく悲しそうにそういう。


「ユシル?」

そういって小首を傾げたら息ができないくらいギューッと強く抱きしめられた。

まるでそうやってないとどこかに消えてしまいそうだとでもいいたげなそれに、私はどうすればいいかわからずに目をパチクリさせる。

やがて状況を正確に理解しだすと頬が一気に上気しはじめる私。


「ユ、ユシル?」


「ごめん。ただちょっと、ね」

そういって体を離したユシルはなんだか涙目のような気がする。


「僕にもっと……勇気があればよかったんだけど」


「えっと……なんの話?」


改めてそう問うとユシルは哀しげで優しい笑みを浮かべた。


「ありがとう、リィン。僕は君に会えて本当に良かった。ありがとう」


「え?い、いきなり何。そんなこと言われたら嬉しいけど照れるよ」

なんていって頭を掻くとユシルはまた一つ笑みを浮かべてそして……

「え?ユシル?……」

目の前にいたはずのユシルは気づけばどこにも姿が見えなくなっていた。

魔法……かな。

なんとなくそう思った。

そして彼と最初に会った時の予感が本当のものになりそうで、胸がギュッと掴まれたように痛くなった。

なんであんな……

束の間の別れ、というよりあれは……


「おいバカ!なに勝手に外出てんだ。食事会始まっぞ!」


「うん……」


ユシルがいたその場所をボーッと見つめながらそう答える。


「お前やっぱなんかあったのか?さっきからおかし」

「ううん、なんにも。なんにもないよ」

そういって唇を噛む。


大丈夫。大丈夫だから。

ロイはそんな私を見て、ただなにも言わずに私の背中をバシッと叩いた。


「……いくぞ」

ロイの命令形がこれほど鬱陶しくなく、頼もしく聞こえたことは初めてかもしれなくもなかった。

私は方向転換してロイくんと並んでもう一度会場まで歩いていく。


「バカ」

不意に魔が差してそういう。

「あ?」

隣を見ればすぐそこに怪訝そうな、せっかくの整った顔が台無しの表情を浮かべたロイくんの顔。

思わず笑いがこぼれる。

「あはは。変な顔」


「アホ」


「はあ?」


「ふんっ。変な顔」


「はあぁ?」


「へえぇ?」


「ちょっとバカにすんな!」


「ちょっとバカにすんな!」


私の口調を真似て(それもなんとなく似ていて余計に腹立つ)くるロイにイライラしながらもまた助けられたな……なんて心の隅っこの方で思っていた。






会場のなかに入ると先程まで舞踏会をやっていたとは思えない程の豪勢な料理があちこちに並べられている。


また、最初来た時は太陽の光を取り入れて光っていたものが今度は月の光を取り入れて光っているので、最初とはまた違った、建物全体から奥深い趣のようなものが感じられる。


そんな光に照らされた数々の料理のそばで優雅にワインなんか片手に食事する人々。


中央目の前のステージには三人の王が豪勢な椅子に座りその周囲を囲むようにしてオーケストラ隊が穏やかでどこか愉快な音楽を奏でている。


「ねえ、ロイ」


「なんだ」


「私舞踏会よりこっちのほうが好きだわ」


「だろうな」


どこか呆れたようにそういうロイを無視するように食べ物めがけて駆けていく。


「美味しそう……」


「おっ!あそこにいるのはロイくんがお付きのアホひ……じゃなくてゴウネルスのお姫様だ」


「ちょっと、キキ」


「ごめんごめ〜ん」


そんな会話が聞こえて来た方を見やる。

恐らくというか確実に表情は崩れている。

そして見てみればあの、ナナミのお付きの子たちがいる。


普段は飄々としているのに一度剣を握れば全身から殺気を放つ金髪の二つ縛りの女の子キキとロイくんの元カノだという(今だに信じられない)穏やかで優しそうな女の子エミリ


あれ?ナナミはいないんだ。

なんて思っていると

「ナナミ様ならあそこですよ〜」

とキキという子に言われる。


言われて見てみれば沢山の男の人に囲まれて少ししか姿が見えないナナミがいた。

な、なにあれ……

ナナミ、モテモテじゃない

確かにナナミは昔からモテモテだったけど……。


幼馴染の中だと一番付き合いが長く隣の家に住んでいて家族ぐるみの付き合いをしてきた私たち。

だからこそ、私は知っている。

ナナミが小さい頃からよ〜くモテてきたことを……。


けどそれにしたってすごいものだ……。


「おいお前勝手にいくなよ……ってお前ら」


「は〜い、ロイくん。やほほ」


「…………」


陽気に挨拶するキキとは違いエミリの方は黙り込みどこか気まずそうに視線をずらす。


「何してんだ、こんななとこで。」

そんな言葉にキキはすぐ近くにいる男に囲まれているナナミの方に視線をやる。


ロイはそちらを見やり納得したように「あ〜……」と呟く。


それからどこか哀れむような視線を私に向ける。それからまた「あ〜……」と呟く。


「ちょっと!なにが『あ〜』よ。部下としてなんかフォローするとかないわけ!」


「フォローのしようがねえよ。だってほら」

なんてそんなことをいうとナナミの方から視線をずらしらそちらを見つめてどこかかなしむ様な目をする。


だからそちらを見てみればそこにもまた沢山の男の人に囲まれている人の姿が。

男の人の影になっていてよくは見えないけれど……

近くに立っている男の人。あの人は見覚えがある。

私がぶつかってしまったとき、ちゃんと謝ったのに不遜な態度をとったあの人だ。

ってことは……

「キラ?……」

そんな私の訝しげな声にキキが答える。


「三大国の姫様の中で声かけられないなんてそっちのが異常ですよ」


「なっ……」


キキの言葉に絶句しかけた私だけどすぐに

「で、でもうちにはサァヤっていう正式なお姫様もいるわけだしそれに私姫じゃないし。食客だし」

なんて子供みたいな言い訳をする。


「なんかかわいそう」


「なっ……あなたさっきからなんなの。失礼にも程があるでしょ」


「あらら失礼しました。ただ本当のことを言っただけなんですけど〜」


「あんた……」


「おいリィン、相手にすんな。そいつそうやって突っかかてくんのが好きなんだよ。反応すると余計面倒だぞ」


「……けどキキがこんな風に突っかかるのは気に入ってる人だけだよ。」


エミリさんに不意にそう言われて「そうなんですか……」なんて苦笑いになる。

だって気に入られてるったってこんなに嫌味をたらたら言われてたんじゃ不快以外の何物でもない。


「とりあえずいくぞ。お前幼馴染と話すんだろ」

そういうと有無を言わさずに私の手首を掴み引いていくロイ。


「ちょっなにすんのさ、やめてよ」


「いいから来いって」


無理やり連れてこられた先はナナミとナナミ護衛隊……ならぬナナミにゾッコンらしい男の人たちがいる。


「ほら、行ってこい」

そう言われて「はあ?」と聞き返そうとしたときには背中を思い切り押されて私はその男の人の輪の中に飛び込んでいた。


そして……


「っとっとっと……」

よろけてなんとか宙に手をつこうとすると誰かがすっと支えてくれる。


細くしなやかなあたたかい手。


「あなた……」

顔をあげれば少し険しげな、驚いている様な表情を浮かべるナナミの顔。


「あ、あはは。えーと、良かったら二人でお話ししない?」

苦笑いながらそういうと周囲からブーイングのようなものがおこる。


「おいお前順番だぞ」


「あ、で、ですよね。あはは。じゃあ私はこれにて」


「待って」


ギュッと握られる手。


「……話すわ」


「え?」


「あなたと話をします」

ナナミはきっぱりとそう言い放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る