最終話 刑音楽部の放火後(After LIVE)
奈緒たちのラストライブは幕を閉じた。
ギターを胸に突き刺した奈緒は、その状態のまま血を流すことなく硬直している。
不敵な笑みを浮かべながら、憧れの《テッヅ=カオサム》と共に教会のステージに立ち続けている――
彼女は人間を引退し、『自由の象徴』としての活動を始めたのだ。
父・折田六誤郎の死体は、現場のスタッフたちによって教会の裏庭に埋められた。
わかりやすいよう、その土の上に彼のヴァイオリンを刺してある。
訪れた客たちが観光ついでに祈りを捧げてくれるだろう。
会場に残されたレイ・シャム・グレンGの三人は、グレンGのもげた右腕を本格的に治療するため、三人で近所の大学病院へと足を運んだ。
主治医がたまたま研修生だったが治療は無事に成功し、安静のためしばらく三人で入院した。
プロデューサー『JDB55』の逮捕を知ったのは、その病室のテレビニュース。
詳しいことはよくわからないが、その刑は軽いものになるそうだ。
またそのうちに会えるだろう。
しばしの休息を経て回復した三人は、空港から日本へと帰国した。
その間の莫大な旅費や医療費は、ライブを見てファンになった世界中のファンたちからの寄付によって賄われたそうな――。
ガールズバンド『デスペラードン・キホーテ』は解散した。
その名前は世界へと広がり、その存在は伝説となりつつある。
もはや楽器を握らずとも、彼女たちはロックに生きていける。
その後の三人は、音楽から離れて皆それぞれの日常を過ごした。
半年ぶりに高校へ復学し、何事もなかったかのように青春を謳歌した。
成長につれ、彼女たちのロックの定義は多様化し、それぞれが別々の道を進んだ。
穏やかだった時計の針は勢いを増し、ぐるぐると忙しなく回っていく――――
そんな感じで、日々は流れた。
☆☆☆☆☆
1年。
☆☆☆☆☆
2年。
☆☆☆☆☆
伝説のラストライブから早三年――――。
『デスペラードン・キホーテ』のメンバー四人は、それぞれが選んだロックな人生を歩んでいた。
では、
まずは、バンドのリーダー折田奈緒。
ギターの奈緒は、今もロンドン教会のステージで《テッヅ=カオサム》と共に立ち続けている。
その身体に衰えはなく、肌や髪質などすべてが17歳の女子高生そのものだ。
彼女は、『ギターを胸に突き刺した少女』という名の天然記念物として音楽史に殿堂入りを果たした。彼女の存在はイギリスの観光客数に大きく貢献し、世界中のロックファンたちから愛され続けている。
着ている衣装も当時のまま、ぴちぴちのイエロウTシャツに学校指定のワイシャツを羽織っており、ブラジャーはしていない。下半身は藍色のミニスカート。靴は裸足。
よってステージの下から彼女のホワイトパンティを覗くことができるが、ときたま睨み返されることがあるという逸話があるので注意が必要だ。
「こっちみんな!」
かくして『自由の象徴』となった奈緒の存在は、のちに音楽の教科書にまで掲載されるほどの栄光を辿るが、それはまだずっと先の話である。
☆☆☆☆☆
風呂蔵レイ(ベース)。
レイは高校卒業後、連日ドラッグストアに通い詰めるというドラッグストア漬けの生活を送っていた。
高級薬品を買いあさる彼女の主な収入源となったのは、買い物中にたまたまスカウトされた『ダメ、ゼッタイ』のキャンペーン広告モデルの仕事である。
単発の仕事かと思いきや、そうではなかった。季節や各都道府県ごとに違うポーズの写真を要求されるため、その日々は多忙を極めている。
「疲れるわ。もっと楽な仕事ちょうだいな」
そのポスターは全国各地に配布され、学校の掲示板などでそのセクシーダイナマイトな姿を拝むことができる。
これによって人気に火が付いた彼女は、のちにトップモデルとして業界を席巻することになるが、それはまだ先の話である。
☆☆☆☆☆
吉沢シャム(リコーダー)。
シャムは高校卒業後、膀胱の神秘を追求するため近所の泌尿器科でアルバイトを始めた。
上司や患者と揉めながらも、
休憩時間は屋上で笛を吹いてリラックス。
「またアイドルをやってみたい」という気持ちは常にある。
しかしいまは、「下半身で悩んでいる人を救いたい」という感情のほうが強い。
「ボクのゆうこと聞けば、かんたんに治りますにゃあ!」
シャムはその後、伝説の闇医者『ブラックチャック』として世界中を股にかけることとなるが、それはまだ先の話である。
☆☆☆☆☆
グレンG。
グレンGは高校卒業後、アメリカの名門オックスフォウド大学に進学。
経済学を専攻し、世界経済の仕組みを懸命に学んだ。
結果、現存する全ての授業の単位をわずか一年で習得し、飛び級制度によってそのまま卒業するという偉業を達成した。卒業式で表彰もされた。
そして現在は、無職となった。
グレンGは、働かない。
特にやりたいこともなく、欲しいものもないからだ。
あるのは、「腹を満たしたい」という欲求――〝食欲〟のみ。
食欲を満たすのに、金銭など必要ない――
経済学を極めた彼女が行きついた答えがそれだった。
彼女は都内の飲食店に突如現れてはメシをかっくらい、金も払わずに堂々と店を去るという行為を毎日三食かかさずおこなっている。
その店が先払い制だった場合は、券売機を壊して帰る。
グレンGは無職を超越し、野生の暴君と化していた。
警察がその行方を追っているが、なかなか捕まらない。
彼女を追跡中に殉職する刑事があとを絶たず、警察側も半ばあきらめかけている。
――これから語るのは、そんなある日の夜の出来事である。
☆☆☆☆☆
東京都・
深夜のファミレスのカウンター席に、その女はいた――――
「今日もメシがうまいなあ……」
入口付近のカウンター席で、ひとりで麺を流し込む。他に客はいない。
もちろんサイフなど持っていない。
現金を持ち歩くなど言語道断。彼女にとっては邪道の極みである。
「おい、そこの定員。
容赦なくトッピングを
『かしこまりました~♪』
即座に対応する女性アルバイター。
どんなに理不尽なお客に対しても笑顔で接客する――ファミレス店員の鑑である。
『お待たせしました、半熟味玉です』
「おう、あんがとな」
出された煮卵を素手で鷲掴み、丸呑みするグレンG。
「うっ!」
喉に詰まらせた。
脇のドリンクにすぐさま手を伸ばす。
「げほっげほっ……」
『お客さま、大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だ。気安く話しかけないでくれ」
『し、失礼しました……』
食事を取ること。
それが、〝生きる〟ということ。
(ちくしょう。またみんなとバンドやりてぇなあ……)
突然感傷に浸るグレンG。
深夜のファミレスの静けさが、彼女に寂しさをもたらしているのだろうか。
『いらっしゃいませ~♪』
そんな店内に、ひとりの男性客が訪れた。
「さみ~」
JDB55。
来店したのは、サングラスをかけたホームレス風の中年男性――
短い刑を終え、出所したばかりの『
オヤジは店に入るなり、最寄りの椅子にやれやれと腰掛けた。
「…………」
「…………」
奇しくも隣り合わせとなったグレンGとオヤジ。
実に三年ぶりの再会である。
「げほっ、げほっ」
「…………」
しかし二人は、互いの存在に気付いていながらも、言葉を交わすことはなかった。
互いはすでに新しい人生を歩み始めている。
ここでまた出会ってしまったら、また同じような
出会わないほうが互いにとって幸せであることを、二人とも十分に理解していた。
「ラーメンひとつ」
間を埋めるように注文を告げるオヤジ。
くしゃくしゃの千円札をポケットから取り出し、レジカウンターへ投げつけた。
『お客さま、お代はあとで結構ですよ?』
冷静に対応する女性アルバイター。
「ちっ、やかましい店員だな。俺が今払いたいと思ったから今払うんだよ。黙って受け取りな」
文句を垂れるオヤジ。
『は、はあ』(変な客きた……)
「ちなみに釣りはいらねぇからな。どっかの食い逃げ野郎の代金にでもあててくれや」
『え……?』
「フフッ」
グレンGは笑いを漏らし、ゆっくりとカウンター席から立ちあがった。
そして颯爽と出口へ向かい、扉を壊して店を出る。
「ごちそうさまアアアアアアアッ!!」
ロッカーは多くを語らない。
なぜならば、語る意味がないからだ。
伝えたいメッセージなんて、初めからひとつもありゃしない。
何か一つ語るとするならば、そう。
この一言に尽きる。
『ありがとうございました~♪』
大切なのは、お客様の笑顔。
誰かを楽しませたいというエンタメ衝動が、今日も誰かを走らせている。
『刑音楽部のガールズバンド』
第一部 END.
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