第49話 かませ犬の復讐(REVENGE PORNO)

死篇交響曲ネクロシンフォニー・第一楽章‶冥界の廃犬〟』

 

 折田が弓で弦を掻くと、G線上からどす黒い音塊おんかいが溢れ出した。

 それらは奈緒たちの前で群れを成し、足元から人の姿を形成していく――。


「…………!?」


 やがて現れたのは――


【アオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!】


 音像。

 故・鎌瀬ユキナリ(24)の魂を宿した、音の塊である。



※鎌瀬ユキナリ(24)

 駆け出しのパンクバンド『KAMASE-DOGMANS』のリーダー。

 自らの声帯を楽器であると主張し、『吠える』という表現のみで音楽業界に飛び込んだ小柄な男性。

 自身初のワンマンライブを奈緒たちに乱入され、最後はグレンGによって圧殺された。(1st LIVE『前世を忘れた野犬たち』参照)



「このッ……!」

 奈緒は覚えていた。

 忘れるはずもない、記念すべきファーストライブの共演者――

 葬り去ったはずの彼が、いま目の前で、また吠えている。


「お前たちが殺した最初の被害者だ! この証人の言葉に耳を貸し、その罪の重さを理解し、後悔し、そして反省しろ!」

 ギコギコと左右に弓を動かす折田。


 折田が演奏を続けている限り、鎌瀬の魂は現世に留まり続ける。

 この音像は、カメラのレンズに映らない。

 その音を生で聴いている者だけが、それを認知し、映像として瞳に捉える。


 つまり、カメラの向こうの視聴者には、何も伝わっていない。

 テレビの前のみんなにとっては、『中年オヤジがヴァイオリンを弾いているだけの映像(しかもへたくそ)』でしかない。



【グルルルルウッ! ワンワンワンッ! アンアンアンッ!】

 現世に舞い降りた鎌瀬。

 途端に繰り出されたその吠えは、奈緒たちに対する怒りと憎しみに満ちている。

飛び入りゲリラの女子高生にかつての存在プライドを殺された鎌瀬の復讐心は、既に最高潮に達していた。



「――――」

 奈緒は硬直した。

 記念すべき初ライブ――鎌瀬を葬った夜のを、鼓膜が覚えていたからだ。

 復讐心を剥き出しにした死者の怒りを前に、どうしていいのかわからない。

 

「――――」

 レイも硬直した。

 死者が蘇るなんてあり得ない……。

 言葉にならない怪奇現象かれのおもいを、受け入れることができなかった。


「――――」

 シャムも硬直した。

 シャムが加入したのは2ndライブ。

 当然、こんなやつ知るわけがにゃい……。

 言わば、自分だけが置いてけぼりの状況――これからの展開についていけるだろうか、ちょっとだけ不安を覚えた。

 


 グレンGは、


「誰だこいつは……」


 グレンGは、忘れていた。

 鎌瀬のことなど覚えていない。

 自分がった男の顔など、何の価値もないからだ。



【ガルラアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】


 一方、鎌瀬は覚えている。

 忘れるわけがない。

 なにせ、自分を殺した張本人だ。

 

 鎌瀬の肉体は、グレンGの肉体によって圧殺された。

 鎌瀬の魂も、グレンGの台詞によって封殺された。

 鎌瀬にとってのグレンGは、まさに因縁の相手である。


【ガルルルルウウウウ……】

 己を全否定した存在が、いま目の前に立っている。

 何の因果か、こうして再び会いまみえることができた――

 鎌瀬はその興奮を表現するかのごとく、グレンGへと飛びかかる!

【ガルウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】



「ちっ!」

 すぐさま右腕で対応ガードするグレンG。



【ガブウウウウウウウッ!!】

 鎌瀬の音像は、グレンGの太い右腕に噛み付いた。

 その瞬間、グレンの鮮血が周囲に飛び散る。



「優子ッ!!」(※優子=グレンGの本名)

「優子ッ!?」

「にゃああっ!!」



「…………」


 しかしグレンは、微動だにしない。

 一切抵抗せず、鬼の形相で自分の腕に噛み付く鎌瀬を、ただじっと見つめている。



(こいつ……)

 そして、何かに気が付くグレンG。

 少し考えたあと、ようやくその口を開く。


「おまえ、鎌瀬じゃないだろ?」



【ガウッ!?】



「おれの知ってる鎌瀬ユキナリは、こんな歯応えじゃなかったなあ……」


 グレンGは、思い出した。

 グレンGは鎌瀬のことを思い出し、そして、煽った。


「もっと全力で噛んでみろよ。そんな甘噛みじゃあ、宿命の糸は断ち切れないぜ」






【…………!!!!】


 鎌瀬は激昂した。

 自分を殺した張本人に、死してなお馬鹿にされる屈辱は、もはや表現のしようがない。


【ワガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】


 怒り狂った鎌瀬は、その牙に全身全霊の力を込めた。

 肉に牙をめり込ませ、内部神経の分断を図る。

 その結果、次の瞬間。

 グレンGの右腕は――







 もげた。





「優子!?」「優子ッ!!」

「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 慌てふためく奈緒とレイ、悲鳴を上げるシャム。

 グレンGの右肩からは、大量の血液が滝のように噴き出している。

 映像だけを見れば完全にスプラッタホラー。撮影スタッフも大慌てでモザイク編集や放送休止などの処置を施した。



【へっへっへえ……】


 一方、復讐を果たした鎌瀬は、「してやったり」と言わんばかりの誇らしげな表情を見せた。

 その口には、もぎ取ったグレンの右腕を咥えている。




「……………」


 しかし、当の本人は、苦痛の悲鳴すらあげていない。

 ただじっと、真顔で鎌瀬の音像を見つめている。





【……………】


 死んだのか?


 殺っちまったのか?


 鎌瀬は若干、あせった。


 たしかに恨んではいたが、彼女と同じ殺人鬼にまで成り下がるつもりはない――

 例え自分が死んでいようとも、人としての体裁プライドだけは保ち続けていたい。


 人殺しなんてたまるもんか

 ただぎゃふんと言わせたいだけなんだ

 我が身が亡霊であろうとも、殺人鬼にはなりたくない

 頼む、死んでいないでくれ……!











 安心してください。

 生きてます。


「気が済んだか」


 血を垂れ流しながら、グレンGは言葉を紡いだ。


「おまえの〝命〟に比べたら、おれの〝腕一本〟なんて安いもんさ。……これでおまえの気持ちが晴れたのなら、おれはすごく嬉しいよ」







【…………!】


 鎌瀬の音像は、


【Gさん……!】


 膝をついた。


‶腕〟は、ドラマーの命。

 ドラマーの腕を剥ぐことは、アーティストとしての彼女を殺してしまったことと同義。

 それを‶安いもんさ〟と言ってのけるグレンGに対し、鎌瀬は生前と同じ気持ちを抱きつつあった。


 それは、尊敬の念。


 ドラマーの腕を咥えながら、鎌瀬は確信した。

 この女の子は、人に恨まれる覚悟をもって傍若無人な振る舞いロックンロールをやっているんだと、そう確信した。


【俺は何てばかなことを……。一つの才能を殺してしまった……。復讐なんてしたって、何も変わらないと分かっていたのに……】

 咥えていた腕を離し、鎌瀬は迷走を始めた。

【そう、俺はいつだって中途半端だ……。生前も、楽器ができないから吠えることに逃げていた……その挙句、何も抵抗できずにただ死んだ……。俺が本当にやりたかったのは、Gさんのような破滅系音楽パンクロック…………でも俺にはその覚悟がなく、根性もない……最後の最後でいつも弱さが出ちまって、結局後悔してしまう……!!】


「ああ、お前は優しい男だ。お前に音楽は向いてねぇよ」


 流血しながら慰めるグレンG。


「来世はもっと……社会貢献できる職業を選んでくれや……」




【あう、あう、アウウウウ……!!】


 鮮烈なグレンの言葉が、鎌瀬の魂にしみ込んだ。


【誰かッ……!! 誰かGさんの腕を治してくれ!!!!】


 無理難題を吠える鎌瀬。

 静まっていた場内に、魂の叫びが木霊する――。









因果縫合ナカナオリ・オペレーション』!!


 急遽イントロを鳴らしたのは、レイだった。

 針を縫うような指使いで、狂い無き音の連符を紡ぎ出す。

 レイの鳴らした繊細なベースラインは、もぎ取れたグレンGの腕と胴体を結び、やがてそれらを見事に繋ぎ合わせた。


 でもそれは一時的にくっついているだけにすぎず、内部の神経や細胞は回復していない。ちゃんとした外科医おいしゃさんに見てもらわないと結局は治らない。

 しかし、その場しのぎの応急措置としては最上の出来である。



「レイ、あんがとな」


 出血多量のグレンGは、そのまま気絶した。

 教会の床に倒れ込み、太鼓のような地鳴りを生んだ。


 その表情は安らかで、痛みを訴える様子はない。

 腕が縫合されたことにより、血液の流出も収まっている。

 後で正式な治療を施せば、再び目を覚ますことだろう。



【せ、先生……!! ありがとございます!! アリガトウゴザイマスウウウ……!!!!】


「勘違いしないでちょうだいな。アタシはアナタの為に鳴らしたんじゃなくってよ。アタシが鳴らしたいと思ったから鳴らしたの。余計なことしてごめんなさいね」

 レイは、二人が選んだ結末を邪魔するつもりはなかった。

 レイはただ、これ以上視聴者に視覚的恐怖を与えないために音を施しただけに過ぎない。

 それが自分なりのロックであると、レイは思った。



【アウウウン……! ア、アリガトゴザマス……! アリガ、ト、ゴザ、ワン……!】

 鎌瀬の音像は、歪み始めていた。

 まるでモザイク加工のように、存在がぶれて安定しない。

 


「つまらぬ結末フィナーレだな……。とんでもなく興を削がれた」

 やがて折田は、演奏を止めた。

 レイとグレンの行いが、死者の魂の怒りを鎮めてしまったからだ。

 荒ぶる感情がなければ、旋律に緩急は生まれない――

 折田は、その曲の演奏を続ける気力モチベを失った。



 結果、曲が鳴り止んだ。

 鎌瀬の音像は、はじけて消えた。






【アオーン!】


 鎌瀬の魂は、天国へと飛び去った。

『次は、破裂パンクしないような人生を歩みたい』と、来世への祈りを吠えながら――――。





『KAMASE-DOGMANS』

 ジャンル:パンクロック

 罪状:なし(えん罪)

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