第50話 砕かれた友情! シャムVS中島!(前編)
一曲目の演奏が終わり、『デスペラードン・キホーテ』はドラマーを失った。
会場にはただならぬ余韻が残っている。
死者の魂を表現する折田の演奏に、場内だけでなく世界中の視聴者が恐怖を覚えつつあった。
「ううっ……!」
奈緒の指先は、未だ震えていた。
恐怖や緊張、無力感、その他諸々の感情。
いまの状態で無理やり弾いても、きっと誰の心にも響かない。
このままだと奈緒は、ギターを弾くことなく折田の楽曲にやられてしまう――
この大舞台を逃したら、世の中を壊すチャンスは二度と訪れないだろう。
「それでは、二曲目を始める……!」
そんなことはおかまいなしに、折田は再び弓を動かし始めた。
――ギギギギギギィッ……!
曲を弾きながら、折田は一曲目と同じようにバンドの
「容疑その➁:東京都アキハバアラの高級ホテル『ニャンダーラ』最上階のコンサートホールで発生した大量虐殺事件。大人気アニソンバンド『スコティッシュ・クバリス』のライブ中に発生し、数千人規模の死傷者と建物の崩壊をもたらした。これだけ甚大な被害を出したにもかかわらず、犯人として逮捕されたのはクバリスのドラマー『ノルウェイ=ジャン・フォレスト中島(25歳・女性)』のみ。主催者側である彼女が事件を起こすとは考えにくく、事件の規模からして単独犯である可能性も極めて低い。しかし、決定的な証拠がないことに加え本人の自供もあることから、捜査は打ち切りとなり、真相は闇へと潰えた…………」
「だが、この事件の真犯人は紛れもなく『デスペラードン・キホーテ』だ! そこで本法廷では、誤認逮捕された『ノルウェイ=ジャン・フォレスト中島(25歳・女性)』の魂を証人として召喚し、真実を自白させ真相を解明する所存でありどーたらこーたら……」
「ちょっと待ってくれにゃあ!!」
異議を申し立てるシャム。
「んん? なんだ、吉沢」(※吉沢=シャムの苗字)
「にゃかじまは逮捕されただけで、今も生きているはずだにゃあ! 死んでもいないやつの魂を呼べるわけがにゃいだろおっ!!!! でたらめをゆうにゃ!!!!」
反発するシャム。
「なんだ、知らないのか?」
シャムの耳に目をやる折田。
「では特別に教えてやろう……よく聴け、吉沢」
「にゃあ~?」
耳を傾けるシャム。
そして次の瞬間、信じがたい言葉がそれを貫いた。
「ノルウェイ・ジャン=フォレスト中島(25)は、獄中で自殺した」
「はにゃ!?」
「もう一度言う。ノルウェイ・ジャン=フォレスト中島(25)は、獄中で自殺した」
「そんなばかにゃ!!!!???? 嘘をつくんじゃにゃい!!!!!」
「くくく……ならばその耳で確かめてみるがよい! いますぐ中島の魂に合わせてやるぞ~この私のメロディーをよお~く聴くのだっーーー!!」
(そんにゃ……にゃかじまが、そんにゃまさか!? ありえにゃい!!)
シャムは動揺した。
かつての中島は、シャムたちの罪を背負ってその身を牢屋へと預けた。
獄中で命を絶つ行為は、その罪の償いから逃げたことになる。
つまり、中島の死は、シャムに対する〝裏切り〟を意味する。
『
「!?」
【ゴロニャーゴォ……ゴロニャーゴォ……】
デブ猫の音像――――。
シャムの目の前に、完全起立するデブ猫の音像が現れた。
全長約2メートル、頭上に生えた大きな耳と、か細い両目に閉じた唇。
体格は中島に似ているが、その
※ノルウェイ=ジャン・フォレスト中島(25)
シャムが所属していたアニソンバンド『スコティッシュ・クバリス』のドラマー。奈緒たちに自身のイベントライブをめちゃくちゃにされたにもかかわらず、その罪の全てを背負って自ら逮捕されることを志願した男前な女性。
逮捕直前、シャムの移籍を奈緒たちに頼み込み、その未来を託した。シャムの才能を信じ、シャムの将来を誰よりも想っている。
(2nd LIVE『アイドルバンドの美神曲』参照)
【シャム、ヒサシブリダナ……】
デブ猫の音像は、ふてぶてしい笑顔で小柄なシャムを見下した。
「にゃかじま……? にゃかじまなのか……!?」
恐る恐る問いかけるシャム。
【イエス、アイアム……】
「そんにゃ……!? そんにゃばかにゃ!?」
シャムは、その音像に宿った魂が中島のものであると信じた。
ジョーク交じりのカタコト口調は、本物の中島そっくりだ。
(うそだ……こんにゃのありえにゃい……)
中島の魂がここにあるということは、中島が既に死んでいることを意味する。
そのことを理解してしまい、シャムの顔色は一気に青ざめた。
「……」
「…………?」
――しかし、その音像が見えているのは、シャムのみであった。
そこにいる全員が演奏を聴いているにもかかわらず、奈緒とレイの瞳には何も映っていない。
「その音像は中島じゃないわ! アナタの鼓膜が作り出した
大声で警告するレイ。
自身が音像を認識していないという主観的事実から、シャムが心理的動揺によって錯覚を起こしているだけに過ぎないという結論を導き出し、シャムが対峙している音像がニセモノであるということを指摘した。
レイのシャウトは、シャムの耳へと確かに届いた。
しかし、その心にまでは、届かなかった。
「にゃ、にゃかじまあ……そんにゃ……ありえにゃい……嘘だにゃあ……」
シャムは、目の前に立つ中島から目を逸らすことがどうしてもできなかった。
鼓膜に響いた仲間の言葉よりも、自分の瞳に映る像を信じてしまったのだ。
【シャム、オマエ、チャント‶セイチョウ〟シタノカ……?】
そんなシャムに、中島は問いかけた。
「にゃ…………」
シャムは、黙り込んだ。
いまのボクは、中島が罪をかぶったことによって生き延びている存在――そんな貴重であるべき存在が、ちゃんと意義のある日々を過ごせていたのだろうか――。
(ボクは、成長できたのか……?)
シャムは、自分が成長した確信――‶自信〟を持つことが出来ず、はっきりとした回答を返すことができなかった。
【ダマッテイタッテナニモツタワラナイゾ……! チャントオマエガ‶セイチョウ〟デキタノカ、イマココデタシカメサセテモラウ……!!】
「いたい!」
中島の音像は、シャムの小さな頬を、なぶった。
【ゴロニャーゴッ!】
「いたい!」
【ゴロナーゴオッ!】
「いたいにゃあ!」
【ゴロニャアゴッ……! ゴロニャアゴッ……!】
俺が捨て駒になった意味はあったのか?
俺の犠牲の上で成り立っているお前は、ちゃんと成長できたのか?
暴力的な疑問を孕んだ、中島の暴力。
シャムの頬を、襲う。
何回も、何回も。
「いたい! いたいよ! にゃにをするんだにゃかじま……!」
【……ナンダオマエ……ヨワイマンマジャナイカ……。セッカクオレガツミヲカブッタノニ、コレジャアミズノアワダナア!!!!】
「そ、そんにゃ……」
シャムはまた、漏らしそうになった。
中島の辛辣な言葉と暴力を受け、その股間に強い刺激が走る――――
そう、ボクはすぐに漏らしそうになる。
漏らしそうになって、そのまま我慢することなく、漏らす。
恐怖を感じた時は特に、簡単に、すぐに漏れる。
漏らせば許されると思っているからだ。
自分の恥を晒せば、相手は許してくれると思ってる。
自分の弱さを見せれば、相手は驕り、油断し、甘くなり、隙を見せる。
だからボクは漏らす。
漏らせば周囲の状況が一変し、全てが好転する。
漏らせばボクの勝ちだ。
でも最近は違うんだ。
最近は、こう思い始めてる。
漏らすという
何もできない、弱い自分から、ただ逃げているだけなんじゃにゃいかって――。
「おまえがその気にゃら、ボクも本気をだしてやるにゃあ……」
シャムは、キレた。
(つづく)
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