第40話 妖曲と拘束(Phantom Number &The Restraint)

 ――ペンペンペンペンぺンペンッ!


 遅かった。

 いや、細景が速すぎた。

 奈緒たちが楽器を構えた瞬間、細景はばちも持たずに指だけで弦をはじき始めていた。


忍奏にんそう・影縫い縛りの曲】


 繰り出されたのは、エレキ三味線の速弾はやびき。

 目にも留まらぬ速さの、恐ろしく繊細な指使い。

 繰り返される奇妙なフレーズが、奈緒たちの鼓膜へと入り込む。



「くっ!?」

(速い……! なんなの!? あの指使い……!)

 

 先手を打たれた奈緒。

 細景の指使いテクニックは、奈緒のそれを遥かに凌駕していた。


(でも、あたしだって、負けないんだから……!)

 負けじと弦に指をかけようとする。

 しかし……


「指が……動かない!?」



 時、既に遅し。

 細景の新曲『忍奏・影縫い縛り』は、聴いた者の身動きを縛る特殊な楽曲スペシャルナンバーであった。奇妙サイケ音の連続リフレインが、聴いた者の神経の働きを麻痺させる道理である。


(やられた……!)

 一瞬にして身動きを封じられた奈緒。

 ちなみに、この不可解な現象は他の四名にも同様に起こった。


「ああんっ!」

 思わず変な声をあげるレイ。

 初体験の金縛り。人一倍感度が強い。


「そんなバナナッ!?」

 グレンG、硬直する。

 拳は振るうことはおろか、歩くことすらままならない。


「にゃおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 悶絶するシャム。

 しかしながら、反射的に股を締めたので紙一重のところで脱水を免れた。渾身の締めである。




「――――」

 オヤジ、失禁する。

 自身が細景のファンであったことも影響し、その効果は絶大だった。

 身体を動かすことはおろか、脳が思考を停止し、喋ることすらままならない。

(オーマイガッドネス……)

 その場に倒れこみ、体内に蓄えていた栄養素を股座またぐらから垂れ流している。軽い植物状態である。




 ――ペンペンペンッ!

 ――チャンチャンチャカチャカチャンチャンチャカチャカッ!

 

 軽やかな指使いで演奏を続ける細景。

 細景がこうして音を鳴らしている限り、奈緒たちは楽器を弾くことができない。

 つまり奈緒たちは、演奏することを封じられてしまったのだ。



(最悪だわ……。これじゃあライブができない……)

 ピックを構えたまま呆然と立ち尽くす奈緒。

 音を出すことができない状況に不快感フラストレーションを募らせる。


「ああんっ! 一体どうすればいいの!?」

 焦燥するレイ。

 この態勢のままだといずれ腰が崩壊してしまう。

 立ちっぱなしを強制された状態に不安が募る。危機的状況である。


「ふざけんじゃねぇ!!」

 拳を構えたまま硬直するグレンG。これでは耳を塞ぐこともできない。

 戦うことすら許されない状況に苛立ちが募る。

 

「うにゃああああっ!!」

 抵抗するシャム。

 なんとかしてその場から動こうとするが、まったく動けない。

 トイレにも行けない。

 あんまりだ。




【見苦しいな……そろそろ楽にしてやろう】

 妖艶な手つきで音を鳴らし続ける細景。

 その視線をようやく観客に向けたかと思いきや、またすぐに手元の楽器へ戻す。

【前奏は終わりだ……そこで大人しくわらわの十八番ラストナンバーを聴くがよい!】

 

 装束のそでからばちを取り出し、三味線の弦に叩きつける細景。

 奏でるリズムが変調し、さらに異様な雰囲気が辺りを包んだ。



忍奏にんそう百鬼夜行の舞デスパレード】……!!



 終末を呼ぶかのような悪夢のイントロが、拘束された奈緒たちの鼓膜を襲う――。

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