6th LIVE 百鬼夜行はロンリネス

第37話 世界ツアーに関する討論会~すれちがう方向性~(The World Tour2016)

☆前回までのあらすじ☆


 悪質なマスメディアによって無実の罪を着せられたガールズロックバンド『デスペラードン・キホーテ』の四人と、プロデューサーのオヤジ。

 東京湾のど真ん中で警察部隊に追われていた彼女たちは急きょ、海外ツアーという名の国外逃亡を試み、オヤジが所有するプライベートクルーザー『エラザベス・豪』にて太平洋の大海原へと突発的に旅立ったのであった――――。






「よし、警察および報道陣から何とか逃れられたみてぇだな……」


 クルーザーの操舵室。

 説明的なひとりごとを漏らしながら先頭で舵を取るオヤジ。

 その背後では、バンドメンバーの四人がそれぞれにカラダを休めている。


「……………」

「……………」

 奈緒(ギター)はギターを枕代わりに白目を剝きながら床で仰向けになり、シャム(リコーダー)はリコーダーを握りながら床でうつ伏せになって仮眠を取っている。


「……………」

「……………」

 レイ(ベース)は床で座禅を組みながら抱きかかえているベースの弦でネイルを研いでおり、グレンGは壁にもたれて腕を組みながら静かに目を閉じている。



「ねぇ、この船どこに向かっているの?」

 沈黙を引き裂くように口を開くレイ。

 つまらなさそうなトーンでオヤジに行く先を尋ねた。


「……さあな。風にでも聞いてくれや」

 テキトーに答えるオヤジ。

 警察や報道陣から逃げきることを念頭に舵を取っていたため、自らの現在位置などとうに見失っていた。

「どこか行きてぇ場所はねぇのか? あるならさっさとリクエストをよこせや。俺の羅針盤がいかれちまう前にな」

 苦し紛れに今後の活動方針を尋ねるオヤジ。


「そうね……どこがいいかしら」

 斜め上を向き、考え込む仕草を見せるレイ。

 愛想のカケラもないオヤジの問いかけなど無視してもよかったが、他のバンドメンバーが自分の意見を言いやすい空気をつくるため、あえて相槌を打ってみせた。ベーシストの重要な役割のひとつだ。



「む、むにゃむにゃあ……ボクは、アメリカがいいにゃあ~……むにゃむにゃあ……」

 レイの言動に感化されたのか、寝言ながらに意見を述べるシャム。

 寝言である。

 夢の中にいながらも自己主張を怠らないその前衛的な姿勢はまさにアメリカン。

 どんな夢を見ているのかは分からないが、前々からニューヨークのファッションを強く意識しているというようなニュアンスのことを口にしているときがしばしばあった。


「アメリカねぇ……大統領選挙が終わったばかりだから今はやめたほうがいいと思うけど。アタシたちの音楽が大量のデモクラシーに搔き消される危険性があるわ」

 政治的な理由を踏まえ、アメリカ上陸を拒むレイ。

 数分前になんとなくアクセスしたヤホーニュースから得た知識をさっそく応用し、シャムの健気な願望をあっさりと打ち砕いた。冷酷でありながらも冷静な判断である。

 


「おれはロシアのハンバーガーが食いてぇな」

 唐突に目を覚まし、会話に混ざるグレンG。

 マニアックな理由とともに行き先の候補を挙げる。

 彼女が『なぜロシアのハンバーガーなのか』についての理由を明かすことはなかった。


「ロシアとか寒そうだから無理。却下」

 レイ、却下する。

 厚着系女子のレイにとって、極寒の地へわざわざ足を運ぶなど言語道断である。


「おい、勘違いするなよ! おれは『ロシアのハンバーガーが食いたい』って言っただけだぜ? 『ロシアに行きたい』なんて一言も言ってねぇ。むしろロシアなんか行きたくねぇよこっちから願い下げだ。ロシア以外で頼む」

 屁理屈をこね、自分の意見があっさりと否定された現実を捻じ曲げて跳ね返すグレンG。熟練のドラマーだけが成せるパワープレイである。


「……わかったわ」

 レイ、受諾する。

 これにより、ロシアに行きたい者など最初から誰もいなかったということになった。議論は振り出しに戻る。


「で、奈緒はどこがいいの?」

 レイは気をとりなおし、バンドのリーダーに意見を求めた。



「んっ……」

 問いかけを受け、ゆっくりとカラダを起こす奈緒。

 寝ぼけ眼で自分の意見をはっきりと主張する。


「イギリス。イギリスのロンドン以外ありえないわ」


 奈緒が候補に挙げた国は、イギリスだった。

 イギリスとは、ヨーロッパの島国であり、日本を中心とした世界地図で見ると左上のほうに位置する国である。

 そんな遥か彼方にある国を、なぜ奈緒は候補に挙げたのか――。


 それは、奈緒が唯一敬愛する伝説のロックンローラー《テッヅ=カオサム》のゆかりの地がイギリスであるということにほかならない。

《テッヅ=カオサム》は、世界的に有名な伝説のロックバンド『The Beastersザ・ビースターズ』のギタリストとして、『Red It Be』『Today』『Hey 柔道』など数々の名曲をこの世に残したが、ライブツアー中に夏風邪をこじらせてしまい、若くしてこの世を去った。

 なんと、演奏中に立ち往生したのである。


 その歴史的現場となったのが、イギリスの首都ロンドンの郊外にある教会ライブハウス『アレクサンダル大聖堂』であった。

 事実上のラストライブの現場となったこの『アレクサンダル大聖堂』は、ファンのみならず多くの人々のあいだでいまも伝説の聖地として崇められている。

 前々から一度そこへ行ってみたいと思っていた奈緒は、この機会にその想いをメンバーに打ち明けたのだ。


「イギリスって……遠すぎじゃない?」

 顔をしかめ、現実的な意見を返すレイ。

 レイの言うように、日本~イギリス間は約10,000キロメートルほど離れており、ざっくり言うと地球1/4の距離に該当する。飛行機でも15時間くらいはかかるであろう距離を、船で行こうと言うのだからかなりむちゃくちゃである。

「……わるいけど、もっと近くの国にしてちょうだいな」


「だったらアイルランドでいいわ」

 迷うことなく第二希望を口にする奈緒。

 しかしアイルランドはイギリスの隣国なので距離的にはほとんど変わらない。


「……妥協する気はないわけね。いいわ、イギリスにいきましょう」

 しぶしぶ納得するレイ。

 リーダーのワガママを受け入れるのもベーシストの役割のひとつである。


「やったー」

 無表情で喜ぶ奈緒。 



「シャムも、優子も、それでいいかしら?」

 レイは続けざま、他のメンバーの意向を確認した。

 リーダーのワンマンプレイを防止するためにも、メンバー全員の気持ちを統一しておくことはとても重要だ。

 たとえギターやベースが「GO」であったとしても、ドラマーが「NG」であってはバンドとしては「NO」であり、成り立たない。

 バンドとは、そういう繊細な生き物なのだ。



「かまわねぇ」

 グレンG、快諾する。


「ふにゃ~」

 シャム、失禁する。

 それはシャムにとって、「OK」のサインである。



「きまりね。オヤジ、行き先はイギリスのロンドン『アレクサンダル大聖堂』よ」

 奈緒、宣言する。

 メンバー間による激しい討論の末、決定した方針をドライバーへと告げた。


「オーライ」

 オヤジ、快諾する。

 高校時代の地理の成績が「2」であったにもかかわらず、己の感覚だけをたよりにヨーロッパ方面へとハンドルをきりはじめた。



「待て、オヤジ。腹が減った。イギリスに行く前にどこかに寄れ」

 空腹を訴えるグレンG。

 それもそのはず、船内には食料のカケラもない。


「たしかに、ノドが渇いたわ。はやくどっか寄ってくんない? 国は問わないわ」

 奈緒、同調する。


「……ちょうど前方に島が見えるな。どこの国だか知ったこっちゃねぇが、あそこで食料と燃料を蓄えてから行くか」

 オヤジ、決断する。






 やがて五人を乗せた船は、まるで引き寄せられるかのごとく、沖縄とパプアニューギニアの間らへんにある謎の孤島へと向かっていた。


 ――その孤島の名は、地図に記載されていない謎の幽霊街ゴーストタウン、〝サイケデリカ〟――――。

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