第33話 海上のロックンロール(Wave Of Rockn' Roll)
高層ビルディングの群れに囲まれた東京湾。
奈緒たちを乗せたライブクルーザー『エラザベス・豪』は、そのど真ん中を猛スピードで突っ走っていた。
向かう先には、メタリックな輝きを纏った巨大鉄橋『レインベイ・ブリッジ』が、横一直線に堂々と構えている。
『よし! そろそろ射程圏内だ! 演奏の準備はいいか!?』
操舵室からメンバーに呼びかけるオヤジ。
なんだかよくわからないが、メッセージ性の強い奈緒たちの音楽を届けることによって彼女らの暴走衝動を抑え込もうという作戦のようだ。
「はやくしてくんない?」
船室でギターを構える奈緒。
演奏の準備はとっくに整っている。
「いつでもオッケーよ!」
目を充血させながらベースを抱えるレイ。
酔い止め薬の過剰摂取により、船酔いした体調を強制的に回復させている。
「準備おうけえにゃあ!」
「かかってこいやオラア!」
屋外。
甲板の前後に立つシャムとグレンも、準備は万全だ。
――ブイーン
やがて『エラザベス・豪』は、うだつの上がらないエンジン音を詰まらせながら『レインベイ・ブリッジ』の半径500メートル内に到達した。
奈緒たちのロックバンド『デスペラードン・キホーテ』と、その事務所の先輩ヘヴィメタルバンド『アイアンメルヘン』の異種ジャンル対バン海上ライブステージの幕開けである。
――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!
誰よりも早く音を鳴らしたのは、橋の中央に立つ一人の少女だった。
『アイアンメルヘン』の
【幕針メッセージ!!】
デスヴォイスで曲名を叫ぶまき。
その両手に抱えるマシンガンから打ち鳴らされた銃弾の群れが、『エラザベス・豪』の正面に襲い掛かる。
『どわああああああああっ!?』
マイク越しに悲鳴を上げるオヤジ。
エコーの効いた動揺が東京湾一帯に響き渡った。
海外経験豊富なオヤジといえど、生の銃撃を受けるのは初めての経験である。
『助けてくれ!!』
「ボクにまかせろニャアアアアッ!!」
オヤジの指示を受け、船の先頭で身を乗り出すシャム。
首を真上にあげ、そのリコーダーを高らかに吹き鳴らす。
――ピュイイイインッ!
まるで水族館のイルカショーを思わせるような、その愛らしい笛の音は、東京湾の深海に潜む一頭の巨大生物の感情を揺さぶった。
つまり、海底から昇ってきたシロナガス・クジラが、『エラザベス・豪』の船底を跳ねたのだ。
『
シロナガスクジラの頭突きを受け、クルーザーが宙へと跳ね上がる。
その結果、迫り来る銃弾の群れを、見事にかわした。
「うおにゃああああっ!」
大技を決め、喜びのシャウトを挟むシャム。
クルーザーはそのまま海面に着水し、大音量を鳴らしながら周囲に大量の海水を打ち上げた。
『ナイスファンファーレ!』
アクロバティックなシャムの演奏に、思わず声援を送るオヤジ。
『さあ、反撃だ! 弦を掻き鳴らせ!』
そのまま調子のいいリズムで船内のライブルームへ指示を送る。
「いくわよ!」
「ええ!」
狭い船室で楽器を掲げる奈緒とレイ。
顔を歪ませ、互いに弦を弾き散らす。
『
交互に鳴らされる高音と低音の掛け合いは、海上にひとつの荒波を生み出した。
シャムの
そうして生み出された荒波は、あらゆる雑音を飲み込みながら橋へと向かった。
【や、やばいっ! 波がこっちに来るっ!?】
橋上で豆鉄砲を食らうまき。
マシンガンを打ち込んだ方向から津波が返ってくるという予想外の展開に焦燥を隠せない。
【あちきに任せてええええっ!】
まきの後方で、ブルドーザーに乗った一人の少女が迎撃態勢に入った。
『アイアンメルヘン』の
少女Aは、小さな両手で股下のアクセルを強く押し込み、猛スピードで波が来るほうへブルドーザーを走らせた。
【ろおどろおらあだああああっ!!】
少女Aの乗るブルドーザーは、橋上から海に
ガードレールを突き破り、東京湾の海へその身を投げたのだ。
橋から落下した重機は、海面と勢いよく
水しぶきに飲み込まれた少女Aは、笑いながら曲名を叫ぶ。
【
重機によって打ち上げられた海水は、
全身全霊のデスヴォイスを背中に受けた高波が船へと向かう。
つまり、少女Aは、
「へぇ……なかなかやるじゃん」
「これが、ヘヴィメタル……」
対抗する波のリズムを感じ取る奈緒とレイ。
ロックよりも素速いBPMを刻むヘヴィメタルのそれは、二人を圧倒した。
奈緒たちが生み出した波よりも、少女A(5)が生み出した波のほうが、わずかに速かったのである。
やがて、打ち鳴らされた二つの波は、橋と船との間で大音量を打ち鳴らしながら大激突を巻き起こした。
ぶつかり合った高波は、一時的な大雨と共に壁状の水流を生み出し、上昇。
操舵室からその様子を冷静に眺めていたオヤジが、ここにきて戦況を顧みる。
『ギターボーカルの
そう。
橋上にいるはずの『アイアンメルヘン』のリーダー、蛇切キョウ子(19)の姿を、未だに誰も捉えていないのである。
橋にいないとなれば、考えられる潜伏先はひとつしかない。
【デアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】
蛇切キョウ子(19)は、ぶつかり合った高波の頂点から姿を現した。
ジェイソンマスクで覆い隠した鉄製の顔面に、七週間は洗っていないであろう黒い長髪が鈍い輝きをなびかせる。
白いワイシャツ、黒のスカート。
蛇切は、チェーンソーをサーフボード代わりに波に乗り、敵対する船への直接攻撃に打って出たのである。
「にゃああああああああああっ!?」
波しぶきを受けるシャム。
甲板に倒れ込み、海水に尿を忍ばせる。
肝心のクルーザーは転覆こそまぬがれたが、その甲板は水に浸された。
【ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】
蛇切は、大量の波しぶきと共にクルーザーの甲板に着地した。
チェーンソーを左手に持ち、顔を前後左右に揺らし、破壊対象の選別を開始する。
ジェイソンマスクによって隠されたその瞳は、何も見ていない。
何も見ていないのだ。
蛇切キョウ子は何も見ていない。
攻撃対象を耳で探す蛇切にとっては、目の前の視界など何の意味ももたらさない。
蛇切は、その絶対音感の耳をもって音だけで破壊対象を認識し、何も思わずただ襲う。
ただ闇雲に、目の前の何かを壊し、その欲求を満たして終わり。
破壊衝動に憑りつかれた、生粋のヘヴィメタラーである。
【ヴァアアアアアアアアッ!! ヴォオオオオオアアアアアアッ!!】
――そんな蛇切の前に立っていたのは、甲板の後方で腕を組むひとりの女性――
「よう」
【ヴァアア!?】
その女とは。
「なかなかいいビートを奏でてくれるじゃねぇか」
グレンG。
「まあ、おれらほどじゃねぇけどな」
グレンGだった。
【ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】
「うるせぇな」
【ヴォオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】
活きのよいエモノを感知した蛇切の興奮は、絶頂に達した。
その
狂気に満ちたデスヴォイスが、真っ昼間の東京湾を埋め尽くす。
「こいよ。お嬢ちゃん」
手招くグレンG。
激しく揺れる『エラザベス・豪』の甲板で、互いに顔の知れない二人の少女の一騎打ちが始まった。
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