5th LIVE ヘビメタ海放区
第31話 出港(Dive to Odiver)
(すやすや……)
連休最終日――。
怒涛の連続ライブを終えた奈緒たち四人は、アキハバアラの中心にそびえ立つキリンビル69階・JDB事務所の会議室で、それぞれの楽器をマクラ代わりに深い眠りについていた。
「おい!! 大変だあ!! さっさと起きろ!!」
そこへ水を差すように、プロデューサーの
「……うるさい」
目覚めと同時に鋭い目つきを向ける奈緒。
「フッー!!」
同調するシャム。寝起きは機嫌がわるい。
「おいてめぇ!! TPPをわきまえろや!!」
同じく、怒りとともに目を覚ますグレンG。
寝癖のせいでライオンのような髪型になっている。
本来ならばTPO――Time(時間) Place(場所) Occasion(状況)をわきまえろと言いたかったのだろうが、間違えてしまった。
時刻も昼の十二時をとっくに過ぎている。
ちなみにTPPとはTime-Pacific Partnershipの略称であり、日本・米国を中心とした環太平洋地域による経済連帯協定のことなので本件とはまったく関係がない。
「さっさと本題に入ってちょうだいな。話半分で聞いてあげるわ」
手鏡を片手に髪を整えながら致し方なく相槌を打つレイ。
それを受けたオヤジが、水を得た魚のように本題に入った。
「みんな落ち着いて聞いてくれ!! ウチの所属アーティストが暴動を起こしやがった!!!!」
「……どうでもいいわね」
再び目を閉じる奈緒。
「ボクも興味にゃいからおやすみにゃ~」
同調するシャム。もうひと眠りしたい。
「ちっ、暴動の一個や二個でがたがた騒ぐんじゃねぇよ! そんなことより朝飯はどうした? はやく出せよ!!」
完全に目が冴えたグレンG。
その勢いのままオヤジに朝食を要求する。
「……お前らには、言葉よりも音で伝えたほうがわかりやすいかもな」
言語による意思疎通をあきらめたオヤジは、机に置いてあったテレビリモコンの電源ボタンをそっと押した。
【ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオイ!!】
――チュイイイイイイイイイイイイイインッ!!
【落ちれええええええええええええええええ!!】
――ダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!
【ろおおおおどろおおおおらああだあああっ!!】
――ヴァオオオオンッ! ガラララアッ! ガッシャアアアアンッ!! ガッシャアアアッ!
パッとついた会議室のテレビからは、ひび割れるようなデスヴォイスとともに、工事現場の実況中継のような
それに負けじと現場のニュースキャスターが必死に声を荒げているがほとんど意味を成していない。
カメラが、現場上空からの映像に切り替わる。
テレビ画面に映ったのは、東京都オダイバアにある巨大鉄橋『レインベイ・ブリッジ』の全景だった。
橋の両側には、大量の事故車が積み上げられ、車道にバリケードが張られたような状態になっている。
【ヴォオオオオオオオオオオオイ!!】
その中央で暴れていたのは、ジェイソンマスクをかぶった三人組の少女――――
JDB事務所所属のヘヴィメタルバンド『アイアンメルヘン』の面々であった。
それぞれが、それぞれの担当楽器を思い切り振り回している――
現場上空を飛ぶ報道ヘリコプターのカメラが、最先端のズームイン技術によってその様子を鮮明に捉えた。
【ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!】
チェーンソー担当、
夜勤明けのキャバクラ嬢のようなデスヴォイスとともにチェーンソーの空ぶかしを行っている。
【燃えれえええええええええ!!】
機関銃担当、スナイパーまき(19)。
自作のマシンガンを両手に抱え、事故車両を次々に打ち抜いては爆発による二次災害を次々と引き起こしている。報道ヘリコプターの打ち落としも担当している。
【ろおどろおらあだあああっ!!】
重機担当、少女A(5)。
ジェイソンマスクの代わりに、近所の夏祭りで買ってきたヒーローのお面をかぶっている。
その帰りに立ち寄った工事現場からかっぱらってきたであろう巨大ブルドーザーを
「……やばいねこいつら」
あまりの騒音に目を覚ます奈緒。
冷めた表情でテレビ画面を見つめる。
「にゃんだこれは……大惨事じゃにゃいか……」
失禁しながら目を見開くシャム。
ショッキングな音と映像に衝撃を受けてしまった。
「こいつら、この騒音を〝音楽〟だと主張してやがるらしい」
ざっくりと状況を説明するオヤジ。
「ただ凶器を振り回してるだけじゃねぇか。話にならねぇな」
ばっさりと切り捨てるグレンG。
「こんなのただの
同調するレイ。
『アイアンメルヘン』の音楽性を完全に否定した。
「ああ。こいつらはロックじゃねぇ。最近掘り出してきた新人なんだが、俺の先見眼が狂っていやがった。正直、手に負えねぇよ。このままだとウチの事務所にまで問題が飛び火しちまう。なんとかしてくれねぇか?」
「……もう手遅れじゃないの? だってニュースに映っちゃってるじゃん」
どうでもよさそうに相槌を打つ奈緒。
「いや、マスクのおかげでこいつらの身元はまだマスコミにばれちゃいねぇ。警察より先にこいつらを捕まえて国外にでも逃がしゃあなんとかなる!!」
淡々と無謀な計画を打ち明けるオヤジ。
「……まさか、こいつらを捕まえに行くつもり? ばっかじゃないの?」
「ばかなことをやるのが、ロックってやつじゃねぇのか?」
「……………」
いきなり煽り出したオヤジを前に、メンバーたちは黙り込んだ。
顔も見たことがないばかな同僚を助け出すことがロックに値するのかどうかを自問自答し始めたのである。
そんな四人の沈黙を切り裂くように、テレビ画面の映像がニューススタジオへ切り替わった。
『たったいま、現場上空の報道ヘリコプターが破壊された模様です! 警察側の判断により、報道関係者の撤退指示が出されました!!』
現状を叫び伝えるスタジオ勤務のニュースキャスターガール。
「よし!! 報道規制がかかった!! 現場に近づいてあいつらを回収するならいまのうちだ!!」
朗報に身を乗り出すオヤジ。
混乱した現場に便乗を図る。
「……でも、どうやってあの子たちを回収するの?」
レイ、質問する。当然の疑問である。
「安心しろ、策は用意してある」
対し、得意げな顔で返すオヤジ。
その作戦を早口でペラペラと喋り始めた。
「俺が所有している特殊スピーカー内臓のプライベートクルーザー『エラザベス・豪』に乗って海から攻める。船内のライブルームで音楽を奏でれば半径500メートルまで音を届けることができるはずだ。そいつでやつらのハートをキャッチしてブリッジからのダイブを誘引し、船に乗せる」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ! もっとわかりやすく簡潔にまとめろ!」
抗議するグレンG。
内容を理解できなかった。
「……要は、船内のライブルームでメッセージ性のある音楽を奏でてくれればいい。おまえらの演奏であいつらの心をつかんでくれ」
簡潔にまとめるオヤジ。
「なあんだ。やることはただのロックなのね」
ギターのペグをいじり、チューニングを始める奈緒。
「そういうことなら問題ないわね。いいわ、やりましょう!」
自らの腰に湿布を叩きつけるレイ。
「上等だにゃあ! やってやるにゃあ!」
リコーダーに溜まったツバをティッシュで拭き取るシャム。
「つまり、海上ライブってことか……面白そうだな」
内容を理解し、乗り気なグレンG。
田舎で漁師をやっている父親の顔を思い出した。
「よし、決まりだな! 俺のクルーザーは、オダイバアの
「
それぞれの楽器を手に、部屋を出るメンバー四人。
それは、方向性を誤った同僚バンドの
『アイアンメルヘン』
ジャンル:ヘヴィメタル
罪状:銃刀法違反・器物破損・無免許運転・道路交通法違反・公務執行妨害
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