第28話 光る出口とお友達(Shining Laby, Shining Bady)

【ラストナンバー、〝エロティック・エロ・エロス・エレクトリニティ・カオティック・カオス〟ッーー!!】


 昇天するアゲハ。

 ショッピングモール内の全電気系統の85%から抽出された音像が、ブース両脇の巨大スピーカーから暴発――それらは中央で塊を成し、拡散することなくエリィの右耳へと弧を描きながら飛んでいく。



「び……BPMが速い!! エリィ、無理すんじゃねぇ!!」

 目を閉じたまま叫ぶグレンG。

 音だけでエリィの危険を察知した。





「大丈夫です。ワタシは今、ロックンローラーだから」

 サングラスをはずして微笑むエリィ、それを宙へと放り上げる。

 そしてアコースティックギターのネックをつかみ、斧のようにして持ち変えた。

「COME ON!!」

 右側から襲いかかる音の塊を、その大きなボディが受ける。


「IT'S SHOW TIME......!!」

 そうエリィが囁くと、ギターと衝突した音の塊が、ボディ中央のサウンドホールへと吸い込まれた。

【ばからっ!?】

 動揺するアゲハ。



 ――デレレレッ~!!


 ヘッドの先端まで満遍なく電気を帯びたアコースティックギターが猛る。

 この一音は、エリィが、エリィの実の父親である『ポセイ=ドン・マーキー(享年48歳)』から譲り受けたアコースティックギター《ギブソン・アトランティス》の魂が、アゲハ(12)の繰り出した電気仕掛けの音像と共鳴を果たした合図である。

 つまり、エリィの《ギブソン・アトランティス》は、エレキギターへと性質変化を遂げたのだ。

 

「ROCKッ!!」

 エリィは、大量の電気をまとったそのギターを正面のDJブースへと投げつけた。

(届け! ワタシの想い!)

 そして、滑舌のいい発音で曲名を叫ぶ。


FRIENDSHIPフレンドシップ TOMAHAWK・トマホーク』!!


 


 エリィの放ったギターのヘッドが、大鯨たいげいを射抜くもりのごとくターンテーブルへと突き刺ささる。

【ほわああああっ~!!】

 お立ち台からのけぞるアゲハ。

 突き刺さったまま波及するギターの電流は、ターンテーブル内部の複雑な電子回路で迷走を繰り返し、ショート現象とオーバーヒート現象を同時に引き起こした。

 


「IT'S SHOW DOWN......!!」

 床に落ちるサングラス。

 フロアに灯っていた明かりが消える。

 フロアを流れていた音楽が止まる。

 代わりにあるのは、パリパリというショート音と、白い煙。

【わわわわわ……わたくしの……たったの一人のオトモダチが……!!】

 ターンテーブルにしがみつくアゲハ。

 そのとき、アゲハの脳内で自作のヒップホップソングが流れ始めていた。



 ♪私の名前、DJアゲハ。

  海外生まれ、海外育ち。

  世界企業の社長令嬢。

  お金いっぱい、夢いっぱい、頭なでなで天才美少女。 

  ……でも友達いない。

  何もないときはだいたいひとり。

  心はいつでもひとりぼっち。



 年齢不相応な成長を遂げた彼女にとっては、大好きなアンダーグラウンド音楽だけが、唯一の話相手だった。


【う、うえ、うええ、うえええ、うええええええええええええええ!!】

 アゲハ、号泣する。

 縦横無尽に泣きわめく。

 フロアに飛び散るその涙は、敗北の合図を示す白旗のようなものであった。






「…………」

 静かに歩み寄るエリィ。

 その足取りは、海外のロックスターのように堂々としている。


【うえ、うええ! うえええええええ! うええええええええええん】

 泣きわめくアゲハ。

 白旗を振り回すように涙を散らす。


「…………」

 そんな拙い少女の前に立ち、エリィは言った。









「お友達になろう」









 口数の少ないエリィ。

 不器用な日本語、表情も不器用。

 その深い意味はわからない。

 しかし、12歳の少女へ掛ける言葉としては、それだけで十分だった。


「……うん」

 肉声で返答するアゲハ。

 長身のエリィを見上げる。

 年齢も国籍も異なる、まだ出会ってから数時間の女性。

 明るくうつむくその瞳は、アゲハにとって最初の『光』と成り得るのかもしれない――。











 ――パチパチパチ……


 ――パチパチパチパチ……


 ――パチパチパチパチパチパチ!!


 拍手するカジノ客。拍手するディーラー。拍手するバーテンダー。

「ええ話やないか!!」「感動したよ、お嬢ちゃん!!」「Very Goodですね」「いやいやこれはExcellentでしょう」




 その光景を目の当たりにした奈緒とレイは、それぞれの楽器をゆっくりとしまい込む。

「どうやら今回は主役を持っていかれたようね……」

「まあ、こういう締め方も、たまにはロックなんじゃないかしら」


「一件落着にゃあ」

 股を締めるシャム。

 特に何もしていないが、まるで偉業を達成した歴史人物のような顔をしている。

 シャムにとって、それは終演の合図であった。


「さあ、五時ユーガタになったぜ。さっさとここからずらかろうや」

 まるで何事もなかったかのようにメンバー間に溶け込むグレンG。

 絶体絶命の状態から一転、その目ははっきりと開いている。

 

 ドラマーであるがゆえの体力か。

 ――いや、エリィの音楽が、グレンをそうさせたのかもしれない。




             ☆☆☆☆☆




「おい!! このエレベーター壊れてるぞ! どうなってるんだバカヤロオイ!」

 祭りのあとの雰囲気を自らぶち壊すように一斉に騒ぎ出す客。

「どうやって帰ればいいんだチクショー!!」「晩ご飯に間に合わなかったどう責任を取るつもりだあ!?」

 エレベーターは、グレンGが激突した際のショックにより故障をきたしていた。




『ご安心くださいませお客様がた』


 ヘッドマイクからスピーカーを通して客をなだめるアゲハ。

 その声のトーンは、支配人としての装いを再び取り戻していた。

『DJブース右奥に非常出口をご用意しております。こちらからお帰りくださいませ』

 シャッと開かれる赤いカーテン。薄暗い非常階段が現れる。


『こちらの非常階段は、建物の外――当ショッピングモールの裏口につながっております。厳重にカモフラージュしてありますので、警察がたもまだお気付きになられていないはずです。ご案内いたしますのでともに参りましょう』

 アナウンスを終え、客を先導し始めるアゲハ。

 自信に満ちた口調と足取りは、さっきまで泣きわめいていた少女のものではない。



「なあんだ。五時まで待つ必要なかったじゃん」

 呆れながら後に続く奈緒。

 音をたよりに階段を上る。


「まぁいいんじゃないの? いいロックが聴けたんだから」

 後に続くレイ。

 刺激的な曲の連続により、腰の痛みはどこかへ消えていた。


「それもそうだにゃ」

 後に続くシャム。

 股はびしょ濡れだが、最終的に洋服は着ている。


「おれはもう疲れちまったよ。さっさとベッドでぶっ倒れてぇ気分だぜ。もちろん、オヤジにメシを奢らせた後でな」

 ごちゃごちゃと喋りながら後に続くグレンG。

 服は血まみれだが、その表情は柔らかい。

「ほら、お前もはやく来いよ」

 振り返ることなく、最後のひとりに声を掛ける。


 


「わかりました」


 にっこりと笑って後に続くエリィ。

 サングラスを失った瞳が、外界の光を受けて眩しそうに輝いていた。

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