第27話 アコースティックVSエレクトロニカ(Acoustic✖Electronica)

『マジックナンバー〝エレクトロニカ〟』


 恍惚の表情で黄色ディスクを擦り回すDJアゲハ。

【ちぇっけらああああ!】

 室内の全電気系統の35%から抽出した電力波動が、巨大スピーカーからフロアに流出、奈緒たちの鼓膜を激しく揺さぶる。


「きゃあああああああああっ!!」

 悲鳴を上げる奈緒。

 両耳にダメージが蓄積し、立っているのがやっとの状態だ。


「いやあああああああああっ!!」

 床の上で悶えるレイ。

 皮肉にも、体内に伝導した電流によって腰の痛みは回復に向かっていた。


「にゃあああああああああっ!!」

 シャム、感電する。

 自らが形成した水たまりがあだとなった。



「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 グレンG、宙を舞う。

 その勢いのままバーカウンターのテーブルへと激突――背中を強く打ち付ける。

「ぐわああああああああああっ!!」

 口から紫色の血を吐くグレンG。



「……ダ、ダイジョブデスカ? ……アーユーOK?」

 心配するエリィ。真横で起きた大惨事に動揺を隠せない。


「た、助けてくれ……」

 弱気なグレンG。

 ぐったりしながらノータイムで助けを求めた。

「お、おれたちの代わりに……アイツを倒してくれ……。海外産まれのオマエなら……洋楽かぶれのアイツの攻撃を突破できるはずだ……」

 エリィに、戦線に立つことを命じるグレンG。その身体はボロボロで言葉も拙いが、瞳だけはまっすぐだった。



「イヤデス」

 しかしエリィ、これを拒否。

「不器用なワタシは、戦闘の役には立ちません。ココでミナサンを見守るのがワタシのお仕事です」

 淡々と事務的な言葉を告げるエリィ。

「ワタシはタダノ、バンドマネジャーですから……」

 サングラスで隠れたその表情が、グレンGに何よりのショックを与えた。



「………………そうかい」

 あきらめたように目を閉じるグレンG。

 大柄な肉体とは裏腹に、気持ちは途切れかけている。

 しかし、魂が抜け落ちるその前に、どうしても聞きたいことがあった。

「でもよ……」







「……死にかけの仲間を見守るのが、バンドマネージャーの仕事なのか?」








 エリィ、沈黙する。

「…………」

 少し考えたあと、口をとがらせる。

「イエ、チガイマス」

 立て掛けてあったアコースティックギター、《ギブソン・アトランティス》をその手に取った。

「ワタシハ、ミュージシャンです」

 エリィは、

「ワタシハ、ミュージシャンだったのデシタ!」

 立ち上がった。



「……ありがとうロックンロール

 誰にも聞こえないくらいの声量で囁くグレンG。目は閉じたままだった。






 バーカウンターから離れるエリィ。

 生まれたての小鹿のような足取りで、おそるおそる前線へと向かう。

(が、がんばるゾ……!)



【ご新規のお客様ですかー!?】

 スピーカーから大音量のロリヴォイスを響かせるアゲハ。

 お立ち台の上から新たな敵の出現を視認する。


(……ビクッ)

 肩をこわばらせるエリィ。

 ずれ落ちたサングラスを慌てて直す。

 悟られてはいけない、小心者のワタシを。

 平静を装うのだ。たとえ相手が悪魔でも。



【当フロアは海外のお客様のご来店を断固拒否しておりまーす! さっさとお還りくださいませー!】

 デュクデュクとディスクを擦り続けるアゲハ。

 必殺の神曲を繰り出すべく、ターンテーブルに沢山の電気エネルギーを溜め込んでいる。

【次のナンバーまで、少々お待ちヲオオオ……】

 大胆に鳴らされるそのスクラッチ音は、エリィへの威嚇の意味合いのほうが強かった。



「……ワタシ、マケナイ」

 反撃の意思を示すエリィ。

 勇気を出して、ギターピックを上下する。


 ――ジャーン、ジャーン、ジャーン……


 しかし、電気アンプを介さないアコースティックギターの音が、フロアの奥にまで届くことはなかった。アゲハの大音量のスクラッチによって簡単に跳ね返されてしまう。

(ううっ……)



 でもそんなの関係ない。

 エリィにはそんなの関係ない。

(オモイはトドク。ワタシはツヨイ。ワタシ、ゼッタイにマケナイ)

 心の底から湧き上がる強い意志を、お手製の桃色ギターピックに込め、何度も何度もアコギを引っ掻く。



(エリィ、がんばれ……)

 奈緒、応援する。

 心の中でエリィを想う。

 エリィのひたむきな演奏に、自然と仲間意識が芽生えていた。


(本場海外仕込みのアナタの音なら、きっとあの子を倒せるはずよ……)

 レイも応援する。

 自らの腰をかえりみず、エリィの背中を押さんとする。

 エリィのひたむきな演奏に、ロックの精神を感じずにはいられなかった。


(にゃああ……)

 シャムは失禁する。

 涙と一緒に垂れ流す。

 エリィのひたむきな演奏に、ただただ漏らすことしかできない自分が悔しい。



(ミナサン、アリガトネ。ワタシ、ガンバリマス……!)

 エリィは演奏する。

 不器用なピッキングを繰り返す。

 その音色が、相手の心まで届かなくとも。

 

 ――ジャーン、ジャーン、ジャーン……




【……………】

 手を止めて沈黙するアゲハ。

 微弱なマイクノイズだけが、フロアに響き続ける。

 つまり……













 エリィの健気な姿は、DJアゲハの逆鱗に触れた。


【ウゼエンダアヨオオオおおおおオオオオオオオビザギレくそババアガヨオオオオオおおおおオオ!!!!】

 

 フロアの静寂は反覆した。

 12歳の少女のものとは思えない、暴力的言語がフロア全体を大きく揺らす。

 

 指揮神アゲハ、12歳。

 全世界的に有名な超巨大企業『指揮神コンツェルン財閥』の最高経営責任者代表取締役会会長『指揮神しきがみ剛蔵ごうぞう』の一人娘として生まれた彼女は、生まれた瞬間から各国の英才教育を叩き込まれ、海外の飛び級制度によって九歳でアメリカの名門オックスフォウド大学を卒業し、十一歳の誕生日プレゼントとしてこのショッピングモールの経営権を授かった。

 天才小悪魔系美幼女の彼女にとっては店舗経営なんて朝飯前で、この『VAVAモールMrkⅡ』の売り上げはいつも左手ウチワ状態、人気アーティストによる催し物を仕掛けるタイミングも抜群だった。

 アゲハには才能があった。

 運もあった。実力もあった。

 語学力、先見眼、資金源、コネクション、なんでもあった。

 唯一、彼女に欠けていたのは――


【チェッケラッチョオオオオオオオオオオオオオ!!!!】


 光だった。


 海外のアンダーグラウンドミュージックが、彼女の心を闇に染めた。

【表の音楽は刺激が足りない! 表向きのエンターテイメントなんて全然刺激が足りないのよオオオオ!】

 よって一般客向けの経営だけでは物足りず、自前の施設に地下を作って違法賭博店の経営に乗り出した傍らでガンガンに好きな音楽をかけている12歳の春。

 彼女はただ、刺激が欲しいだけ。


【ソロソロ閉店のお時間とナリマシタッ! ハヤクカエレビザギレクソババアッ~ハッハッハッハアッーーーー!】


 アゲハ、ファイナルスクラッチ!

 中央の黒、右の緑、左の黄色、三枚のディスクに指を掛ける。


【ラストナンバー、〝エロティック・エロ・エロス・エレクトリニティ・カオティック・カオス〟ッーー!!】

 

 アゲハ、昇天する。


 ショッピングモール内の全電気系統の85%から抽出された音像が、ブース両脇のスピーカーから暴発――それらは中央で塊を成し、拡散することなくエリィの右耳へと弧を描きながら飛んでいく。




「び……BPMが速い!! エリィ、無理すんじゃねぇ!!」

 目を閉じたまま叫ぶグレンG。

 音だけでエリィの危険を察知した。






「大丈夫です。ワタシは今、ロックンローラーだから」

 サングラスをはずしてバーカウンターへ振り向くエリィ。


 目を開かずともグレンGは確信した。

 その表情が、最高にロックなものであることを――。

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