第8話 おかえりなさい(Back to the Gendai)
奈緒たちは演奏を終えた。
その圧倒的なパフォーマンスを前に、多くの観客たちが『イヌゴヤーン』の床に倒れ伏している。
最後まで聴くことができたのは、たったのふたり。
サングラスをかけたプロデューサー風のオヤジ(55)と、前髪を垂らした幽霊みたいな女(21)。100人ほどの
「ありがとうございました」
相手を探るように、無表情で告げる奈緒。
「ありがとうございました」
レイが同調する。
「オエエエエエエエエッ!」
グレンGが、ライブ前に食したオニギリをもどす。
「まてや」
オヤジ(55)がその口を開いた。
「まだ、ライブは終わってねぇんじゃねぇかな?」
両腕を組んだまま、直立不動でこう続ける。
「アンコールを要求するぜ。続けな」
すると、オヤジのとなりにいた幽霊みたいな女が、ゆらゆらしながら
長い黒髪で瞳を隠し、ごみ置き場から拾ってきたようなエプロンを身に付けている。
女は黙ったまま、ゆらりゆらりと、奈緒たちのほうへと近付いていく。
「あんた、人間じゃないね」
再びギターを構える奈緒。
ライフルのように相手へ向けると、
「オカアサン、ゴメンナサイ……」
幽霊女がしゃべった。
この女、実は本当に幽霊なのだ。
今現在、『イヌゴヤーン』の入り口で倒れているチケット売り『売り子(21)』の魂が実体化したものである。と言ったら、いささか信用をえられるであろうか。
「オカアサン、オカアサン、ゴメンナサイ」
ライブ前――彼女の魂は、奈緒の音楽に乗ってたしかに天国へと向かった。
しかし現世に対する未練からかUターンして戻ってきてしまい、本体に還ることもなくその近辺をふらふらとさまよう亡霊と化したのだ。
「ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……」
「……やりたいことがあるんなら、戻っておいで」
無表情で言葉をかける奈緒。
そして、その弦に指を掛ける。
「あなたのために作った
『
優しい手つきで奈緒がギターを
それはまるで、野犬が寝床へ帰るような、野鳥のたまごが孵るような、100円でジュースが買えるような、そんな曲であった。
少女が田舎へ帰るような、そんな曲でもあった。
「オカアヤン……」
幽霊女の脚が、見えなくなった。
両腕がなくなり、胴も消えた。
顔は透明になり、その髪だけがはらりと揺らめいた。
☆☆☆☆☆
『イヌゴヤーン』の入り口では、一人の少女が目を覚ましていた。
「…………」
ゆっくりと立ち上がる。
その手には、レイが投げ捨てたブランド時計を握り締めている。
「終電、まだ間に合うかな……」
少女は走り出していた。
自らの故郷へ帰る。母親に会うために。
少女の向かう先――そこは九州・沖縄地方? あるいは東北・北海道?
それとも、この世界ではないどこか、なのかもしれない。
☆☆☆☆☆
奈緒のギターが鳴り止んだとき、観客席には一枚の紙きれが舞い落ちていた。
『
「おっ」
グレンGが、それをくしゃくしゃに丸めて食った。
「――うまい。これだ。これだよ。これがおれの求めていた味だよ」
「アンタ、なにがしたいわけ?」
レイが聞いた。
グレンGが答える。
「
――パチ、パチ、パチ。
イヌゴヤーンのステージに、乾いた拍手が鳴り響く。
「ブラボー、ブラボー」
オヤジ(55)が、その腕組みを解いていた。
奈緒たちの轟音に耐え、たったひとり立っていたそのオヤジがただ者ではないことは、「あんた何者?」と、誰かが口にするまでもなく明らかだった。
「非常にアメイジングだな。また新たなグラマラスに出会っちまったか」
そう。そうなのだ。
この男、アマチュアレベルの音楽ごときじゃ耳汁いってき流さない。
この男、何を隠そう、のちに音楽業界を席巻し、脱税でつかまる予定の天才的音楽プロデューサー『
「なに?」
ギターを構える奈緒。
「手短に済ませてちょうだいな」
ベースを抱き締めるレイ。
「カップラーメン出せや」
拳を舐めるグレンG。
「おめぇら、ウチの事務所こねぇか?」
伝説がはじまった。
1st LIVE finished.
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