1st LIVE 前世を忘れた野犬たち

第2話 奈緒は学校へ行かない(Eternal Vacation)

 平日の真っ昼間――。

 東京都シブヤアの雑踏を、奈緒は歩いていた。

 駅前のスクランブルエッジ交差点には、不倫に走る人妻や、牛丼屋を探すリーマンたちのざわめきが今日も溢れ返っている。


 奈緒はそれを、『雑音』と呼ぶ。

 それに対し、奈緒はいつも両耳をイヤーフォンでふさぐ。


〈♪わんにゃん、わんにゃん、ほいっちに、さんし!〉


 この日、奈緒が聴いていたのは、この春から放送開始された子ども向け教育番組のオープニングテーマソング『わんにゃん体操』にほかならない。

「この曲さいこ~」

 ロックな彼女がこのようなポップソングをチョイスするのには理由があった。

 それは、かの有名なあの伝説のロックンローラー《テッヅ=カオサム》の、『ロックになりたいなら、ロックを聴くな』という格言に酔狂しているからである。

 この言葉の意味は、オリジナリティのある音楽を創造するためにはそれ以外のものからインスピレーションを受けるべし! というようなニュアンスである。

 だから奈緒は、自分以外のロックを聴かない。

 たいてい聴いているのは、落語家のCDや、虫が嫌がる高周波音などである。


「んっ……」

 平日真っ昼間の生あたたかい空気の中で聴く『わんにゃん体操』は、奈緒のとげとげしい心を柔らかくほぐした。

 

 七週間。


 この数字は、奈緒が連続で学校をさぼった日数である。現在も記録は更新中。

 奈緒は17歳の現役女子高生だが、昼間は学校に行かない。

 そのことについては、『奈緒が生粋のエンターテイナーである』という事実が根底にある。


 授業をエンターテインメントに例えるならば、教師は演者であり、生徒は観客である。

 奈緒は観客ではない。ステージにいるべき存在だ。

 しかし、教壇というステージへ上がるためには、高倍率の公務員試験を勝ち上がらなければならない。

 それは、学力偏差値マイナス69相当の奈緒にとっては、無縁な話であった。


「あたしにはロックがある」

 

 したがって奈緒は、学校へ行かない。

 おとなしく座って授業を聞くことはロックじゃないからだ。

 同時に、自分がいることで授業中の雰囲気が重苦しくなってしまう――真面目に授業を受ける生徒たちへの静かなる配慮でもあった。

 誰かを思いやる気持ちに、言葉など必要ない。行動で示す。

 それがロックなのではないかという結論に、奈緒は誰よりもはやくたどり着いていた。


(誰もあたしを縛ることはできない。あたしは究極に、自由)

 

 ちなみに、授業が終わり放課後になると、奈緒はようやく学校へと向かう。

 そして部室に直行し、バンドの練習を始める。


 しかしこの日に関しては、放課後も学校へ行く予定はない。

 なぜならば今夜は、奈緒がフロントを務めるガールズロックバンド『デスペラードン・キホーテ』の記念すべき初ライブだからだ。

 つまり今現在、奈緒は会場の下見のため、東京都シブヤアの小さなライブハウス『イヌゴヤーン』へと足を運んでいる次第である。



 

「楽しみだわ」

 この日の奈緒は、ちょっとうきうきしていた。

 ――トラの胃を刈るキツネみたいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る