第5話 ジャバの女
むさぼりつくように、文字を食べている。
まぶたを開け、モシャモシャと文字列を平らげている。
なんて、うまい文字列なんだ。美味。一口食べるごとに、幸福感で満ち溢れる。もう一口だけだ。そう。もう一口だけだと、視覚野に運ぶたび、処理がなされ、高次のレベルで認識がなされていた。
気が付くと、端末のスクロールバーは、これ以上先がないとばかりに、明滅していた。指を滑らせるとき、バーはうっすらと姿を見せた。そして、うっかり指を離すと、幽霊のように消え去った。
慌てて指を連続で押下させた。そのためか、チラチラとバーは明滅していた。スクロールバーは、ジャバのサイトにあるボタンではない。残念ながら、何度画面を押してもジャバはダウンロードできない。
代わりに、バーの明滅は、文字列が終端であることを知らせていた。
小説を一つ、読み終えた。ネットをぶらつき偶然に見つけた文字列だった。たまたまそれは『カクヨム』というサイトにあった。
『カクヨム』なるサイトにて、至福の時を過ごしたのち、ジャバのことが気になってきた。
ふと思い出した。「ジャバ」なる文字列を頻繁に見かけた頃、あるうわさが立った。コンテンツに見えるが、これはれっきとした広告なのだと。昔の言葉でいえば『ネイティブ広告』か何かだと。「今すぐダウンロードできれば何でもよいではないか。」そう思ったものだった。
ある日から、ジャバは炎上した。これも20年ほど前のことだ。ネット原理主義者の矛先がジャバに向けられたのだ。ネット原理主義者らは、広告を嫌った。彼らの犯行声明では、しばしば「コンテンツはコンテンツ、広告は広告」などと主張していた。
炎上、炎上。また炎上。ジャバが炎上を繰り返すうちに、20年余りがたった。炎上するごとに、ジャバの勢力は増して見えた。もうそろそろ、120兆のデバイスで動くのではないか、と噂された。
まことしやかなその数字は、今、思うとデタラメでもないようだ。ジャバ側には嘘をつくメリットがないのだ。ただ、ひたすらに動くデバイスを増やすことが使命とも思われていた。
実際、デマが広がるより早く、ジャバが動くデバイスは増えていった。
正直に言おう。ジャバが何ゴッグルのデバイスで動こうが、私には関係ない。それよりも気にいらない事がある。「今すぐダウンロード」と謡っていたジャバが、今でも無料だ。 煽っておいて、ずっと無料。こんな話があるのだろうか。
「ふざけるな!」私は拳を下した。 ジャバ。奇妙だが聞きなれた音声が流れた。下した手の先には、紅いボタン。そうジャバボタンだ。
20年余り、ジャバはさして変化しなかった。一方、私はジャバボタンを買えるほどになっていた。プライベートでジャバボタンを保有している人間が、世界にどれほどいるだろう? 勢いよく上がるジャバのバージョンほどには、人類の格差は埋まっていない。
自分だけのジャバがダウンロードされたとき、私は、おちつきを取り戻した。 前のめりに浅く腰かけていた椅子を、深く座りなおした。
ピピッ。 部屋全体に通知音が鳴りひびいた。
「こんな時間に何だ。私は今、ジャバを……。」
「早朝早く失礼します。」
「要件を先に。」
「緊急です。工場から脱走者が出た模様。2名ほど。」
「……」
「……」
「……わかった。すぐに行く。」
私は、掛けてあったスーツをはおった。同時に壁にかかるムチを取り外す。メタリックなムチ。室内灯に照らされたムチの節々には、朱色のスーツが映り、遠目で見ると真っ赤であった。
一瞬、ヒュンとしならせると、ムチをとぐろのように丸めた。早朝のジャバを邪魔するヤカラを許すわけにはいかない。
コツ、コツ、コツ、コツ。 ガラス張りの向こうに陽が昇る。陽に照らされた廊下に、ヒールの足音が響いた。
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後日、脱走した二人の調査記録を読んだ。ジャバを飲みながらだ。……どうやら、とりのがした二人は意外な人物だったようだ。二人は誰だったのか。その話はまたいずれ。
ジャバと紅い女 トビーネット @tobynet
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