第2話 浴槽の女

 その女との出会いは浴槽だった。


 僕が見たとき、女は、すでに紅い缶からクリームを取りだFETCHしていた。それまでは、顔を温めていたのだろう。ジャバ化BUILDしたタオルが張り付いていた。鼻歌が聞こえる。


ジャバ~あなたと♪ ジャバ~あたなと♪」


 顔からをとると、女は顔にクリームを塗り始めたINTEGRATE。紅い缶のロゴからするに、ジャバクリーム  JAVAC  だ。


 ジャバクリーム  JAVAC  。本来は、乾燥肌のプログラマーや、生体認証を通りやすくBIOMETRICS AUTHENTICATIONする SE らのためのお役立ちグッズであった。あるとき、ネットで「美容によい」と話題になった。その後、テレビの 『試してダウンロードTRY TO DOWNLOAD』 にて紹介されてからは、爆発的に広まった。



 ジャバは、ソフトウェア・エンジニア以外のジャバは、ソフトウェア・エンジニア以外の人間にも、需要が生まれたのだ人間にも、需要が生まれたのだ。



 『試してダウンロードTRY TO DOWNLOAD』 。何でも納得しながら、紅いボタンJAVA BUTTONをひたすら叩くCLICK、人気番組である。15年も続いている国民的番組だ。天下り式に構成された元官僚の出演陣が、とつぜんに暴露話DISCLOSUREを始める。省庁もびっくりなエキサイティング・コンテンツだ。


試してダウンロードTRY TO DOWNLOAD♪ ジャバッ!ジャバッ!」


 ジャバジャバと歌う女。番組のキメ台詞である。スーツの出演者が押す紅いボタンJAVA BUTTONを真似たのか、女は発声に合わせて紅い缶を押下している。声とへこむ缶の音は、ユニットを通してバスに響く。


 押下、また押下。女が缶を押下するにつれ、腹がたってきた。ジャバクリーム  JAVAC  流行BUZZってからというもの、店からクリームSOLUTIONは消え、通販の〝入荷予定あり〟は〝3ヶ月後に入荷します〟に変わった。その〝3ヶ月後〟は永遠に来ないNO LONGER AVAILABLE


 だいいち、SE御用達の量販店にスーツ以外の人間が出入りするのが気に入らない。何が楽しくて、すれ違いざまに、いい香りに気が付き、無意識に振り向かねばならないのか。まあ、それは別にいい、むしろ…… そうではない、問題は、いつものクリームSOLUTIONがないことだ。おかげでドア前の〝認証〟AUTHENTICATIONを繰り返す毎日だ。開発ルームを開ける〝承認〟AUTHORIZATIONが得られない。このことを女は知らない。


ふざけている!!  BULLS**T   


 思わず口から出てしまった。すぐに言葉を手でふさいだ。今は、〝メーリングリスト〟 INTERNET COMMUNITY のような文脈ではない。


ジャババババ~~JAVAVAVAVA♬」


 さいわい女は歌いながら、クリームを落としていた。シャワーの水滴が床にはじかれる。音とともに、僕の言葉はかき消されていた。危なかったWARNING。もう少しですべてが終わる所BLUE SCREENだった。


「ジャバですっきり泡パック」


 クレンジングを終え、額にやさしく泡を塗布しはじめた。これもかつては、徹夜明けプログラマー必須のものだった。トウガラシ入りの刺激物だ。話題になってからは、肌にやさしい、アレルギー持ちにも助かる洗顔料に変わってしまった。アルコールも抜かれている。


----


 ひとしきり、肌ケアを楽しんだ女は、一刻の後、バスルームを出て行った。「ジャバッ!ジャバッ!」とヘッドバンキングしながらの退出。誰にも見せたことがない姿であることは明らかであった。


 僕は、女が脱衣所から出たことを確認し、天板を開けた。バスルームのLEDがまぶしい。すぐさま、紅い缶を奪取。


「ジャバッ!ジャバッ!」


 しまった!女の声だ!忘れ物だろうか?僕は天井にくらいついた。ダメだ、勢いが足りない。


「ジャバッ!?」


 女が目撃したものは、天井から生えた二本の脚であったろう。誰もいない前提で放たれた奇声は、奇声と呼ぶにふさわしい声だった。


「すいませーん、大家に頼まれてバスタブの修理FIX THE ISSUEを…」


 言い訳がましい声が天井裏に響いた。後から知ったが、僕が言い終わる前に女は緊急脱出用の紅い斧MASTER KEYに、手を掛けていたのだ。


 僕は慌てて着地すると、そのまま女にタックル。いや、バスルームの入り口に勢いよく向かった結果、そうなったのだ。その後、帰宅。朝までの記憶は残っていない。


----


 翌日、僕はいつになく早く出社した。社屋のトイレに入る。認証される部位にクリームSOLUTIONを塗ろうと、カバンから紅い缶を取り出した。


「しまった。これはジャバボタンだTHIS IS A JAVA BUTTON


 紅い缶と間違えた。生体認証が通らずFORBIDDEN、早朝からロックされてしまうACCOUNT LOCKOUTのであった。


 後日、「浴槽の女」とはスパで会うことになる。その時に僕が死体となるZOMBIE PROCESSのはもう少し先の事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る