第2話 浴槽の女
その女との出会いは浴槽だった。
僕が見たとき、女は、すでに紅い缶からクリームを
「
顔からジャバをとると、女は顔にクリームを
『
「
ジャバジャバと歌う女。番組のキメ台詞である。スーツの出演者が押す
押下、また押下。女が缶を押下するにつれ、腹がたってきた。
だいいち、SE御用達の量販店にスーツ以外の人間が出入りするのが気に入らない。何が楽しくて、すれ違いざまに、いい香りに気が付き、無意識に振り向かねばならないのか。まあ、それは別にいい、むしろ…… そうではない、問題は、いつもの
「
思わず口から出てしまった。すぐに言葉を手でふさいだ。今は、
「
さいわい女は歌いながら、クリームを落としていた。シャワーの水滴が床にはじかれる。音とともに、僕の言葉はかき消されていた。
「ジャバですっきり泡パック」
クレンジングを終え、額にやさしく泡を塗布しはじめた。これもかつては、徹夜明けプログラマー必須のものだった。トウガラシ入りの刺激物だ。話題になってからは、肌にやさしい、アレルギー持ちにも助かる洗顔料に変わってしまった。アルコールも抜かれている。
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ひとしきり、肌ケアを楽しんだ女は、一刻の後、バスルームを出て行った。「ジャバッ!ジャバッ!」とヘッドバンキングしながらの退出。誰にも見せたことがない姿であることは明らかであった。
僕は、女が脱衣所から出たことを確認し、天板を開けた。バスルームのLEDがまぶしい。すぐさま、紅い缶を奪取。
「ジャバッ!ジャバッ!」
しまった!女の声だ!忘れ物だろうか?僕は天井にくらいついた。ダメだ、勢いが足りない。
「ジャバッ!?」
女が目撃したものは、天井から生えた二本の脚であったろう。誰もいない前提で放たれた奇声は、奇声と呼ぶにふさわしい声だった。
「すいませーん、大家に頼まれて
言い訳がましい声が天井裏に響いた。後から知ったが、僕が言い終わる前に女は
僕は慌てて着地すると、そのまま女にタックル。いや、バスルームの入り口に勢いよく向かった結果、そうなったのだ。その後、帰宅。朝までの記憶は残っていない。
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翌日、僕はいつになく早く出社した。社屋のトイレに入る。認証される部位に
「しまった。
紅い缶と間違えた。生体認証が
後日、「浴槽の女」とはスパで会うことになる。その時に僕が
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